受け取った銃をしげしげと眺める。
アズールが元から使っていた魔動式の銃は、近未来・機械的な要素が詰まったヒロイックな外観であったが。社長が貸してくれるというこちらは、それとはまったく違い、もちろんリアルの伝統的な銃とも違い……なんというか、有機的なデザイン? だった。神様の武器ってこんな感じなのかね。
「えーっと、たしか、霊銃ドラグーン、だったかな……うちに置いてある唯一の神造兵装ですね」
「……あっ。ドラグーンって……」
聞いたことあるな。……見たこともある。
例によってアズールが……ではない。オレが、だ。
これ、たしか『ダンジョンロード』のガチャで、アズールを引いた余りの石で引けたSSR武器だ。
じゃあ、なにか。もしかしてこの世界って、オレのアカウントのデータと連動でもしてるのか。
………。
それがわかったから何? ってかんじだな。アズールに乗り移るとわかっていたなら、もっと課金してSSRの剣とか当てておくべきだったなあ、くらい。思うことは。
お借りします、と社長に礼を言い、これをホルスターに……仕舞おうとしたが、サイズがちょっと合わなかったので。しばし思案し、パーカーの内ポケットに雑に入れた。
とりあえず今日は、初めての労働なので、この身体が扱い慣れている武器の方がいいだろう。試し撃ちは機を見て。
▽
社長の先導に従って、迷宮都市の第5層を歩いていく。彼の進む方角へ行くほど、やがて住宅や店舗、人の気配が減じていく。
そうしてたどり着いたのは、より下層へと続く大階段だった。ここから先は、宝物と怪物が同居する魔境……。
緊張してきた。オレに怪物退治の経験なんかあるはずないし、アズールも、知識と訓練経験こそあれど、本場のダンジョンに入るのは、実は初めてらしい。
気を引き締めていこう。
社長とのエロハプニングを起こすのも大事だが、普通~に活躍して好感度あげるのも大事だ。
第6層。
この第八迷宮では、ここからが本当に本当のダンジョンである。
とはいえ、人間の居住層を除けばもっとも浅層であり、道の複雑さも出てくる魔物も、実に初心者向けだという。新人探索者のための研修にはうってつけだ。
余談だが、迷宮都市の住民の中には、この層をジョギングのコースにしているような人もいる、なんて噂もある……。変なこと知ってるな、アズール。
さらに余談。近年はこの6層にも都市化計画が持ち上がっているらしい。自治体のやることだから詳細は知らない。
大階段を下りきると、すこし空気が変わったように感じる。魔物の気配、あるいは魔力というエネルギーの気配……とかだろうか。
アズールはとても敏感な女の子のようだ。
そして一歩踏み出してみて、なるほど、初心者向けだし、ジョギングもできるな、と思った。
第6層のぱっと見の景観は、ゴツゴツとした岩の壁、割と高い天井と幅の広い通路……大洞窟、とでも言い表せるだろうか。
しかしそのわりに、地面がしっかり均されているのだ。歩きやすい。人間が足を踏み入れる想定の地面。ドジっ娘じゃなきゃ転ばない。
さて。
これはもちろん人間が舗装したのだ……と、いうわけではない。実は。
神様がやったのである。
地球に存在する“大迷宮”はすべて、神々が、人間が利用することを想定して創り上げたものだという。
資源や武具は人間への恩恵であり、魔物は人間への試練だ。とくに魔物は、
神様は人間に、より強くより豊かになってほしいと考えている。なんせわれわれ人間は、彼らにとっての大事な戦力だからだ。
外敵を撃退するための。
以上、例によって、アズールが学校の授業で習った話。
この子、かしこくて真面目で助かるね。きっとオレのためにこれまで勉強しててくれたんだな、ありがとうね。
おバカキャラの美少女も好きだが、こうして脳みそを使わせてもらえるのなら、やっぱり性能の良い脳の方がいい。
「アズールさん、これを見て」
少年の声で、アズールの記憶を読む遊びを中断する。
社長の指す岩壁に、よく見ると、小さな鉱石が埋まっているのがわかった。鉱脈だ。
ほんのり赤く発光しているので、専門家でなくとも見つけられそうだ。
「これが魔石です。赤いのは“火曜石”。こうして壁や地面に埋まっているものは、掘り出さずに石の魔力だけを採取します。掘り出してしまうと神法違反ですね」
背負っていた荷物の口から、社長は、筒状の器具を取り出した。穴が空いている部分を壁に向ける。
すると石の赤い光が、吸い込まれるようにして、社長の手元へと移動していく。光は筒を通り、おそらく社長のバックパックの中へと収集されていった。
……あっこれ、掃除機みたいなもんか。
「この回収した魔力を取引先に買ってもらうのが、うちの収入源のひとつですね」
魔力……魔力か。これについても反芻してみよう。
指をこめかみにあて、アズールの頭の中を自分のモノにしていく。
考え事をするときのオレの癖で、腕組みをしようとしたのだが、乳がデカ過ぎてうまくいかなかった。
特徴は……そうだな。電気なんかと違って、人間の技術によるゼロからの大量生産が、未だに叶っていないことだ。社会がこれを活用していくには、迷宮からの直接回収が必要なのである。
そのおかげでこうして、ルーファンくんは、迷宮を歩き回って魔力を回収する業者として、それを食い扶持にできている……という構造だろうか。
ちなみに、人間の身体にも魔力に関連する臓器がある。……美少女たちがゲーム的なスーパーパワーを発揮できることへの、理由づけの設定だろうな。
「深層までいけば、魔石の“濃度”がまったく違いますし、さらには大鉱床なんてのも発見できるそうです。一獲千金の夢がありますね」
「………。それを見つけられたら、そのあとはもう安泰じゃありませんか? 他の業者には教えないで、占有できれば」
「鉱床は時間が経つと移動してしまうんですよ。明日同じ場所に来ると、もうそこにはありません」
なんて意地悪な仕様なんだ。
神様はどうも、人間にこの迷宮をうろうろさせたいらしい。恩恵が欲しければ足を動かせ、というのがルールになっているみたいだ。
仕事のひとつがわかった。
それで、次は……。
「いた。……アズールさん、魔物です」
左手で銃を引き抜く。
まだ距離があるが、オレ達の向かう先には、たしかに人間ではない何かがいた。
あの魔物は……そうだ、チュートリアルでも出てきた。それにアズールはもっとよく知っている。
名称は『バイター』。
大きめの枕ぐらいのサイズで、ふよふよと浮いている魔物。こちらを認めると、鋭い牙で噛みついてくる。それだけ。様々な種類のいる魔物の中で、一番くらいに弱っちいタイプであるとされる。
……ちなみに、
「まずは僕が倒してみますね。アズールさんは、魔物を観察していてください」
少年が荷物を静かにおろし、剣を抜く。
オレは一応、銃を起動状態のまま保持し、彼の背中を見守った。
「――やああっ!」
空いていた距離を一息に走り抜け、大上段から気合の一閃。
小さめの抱き枕みたいなバイターは、あっさりと真っ二つになって、地面にぼとりと落ちた。弱っ。
「お見事です、社長」
銃をしまい、胸の前で拍手をして、ほめる。……拍手も若干やりにくいぞ、このカラダ。
ルーファンは剣を鞘に納め、照れ笑いをする。うん、女の子の接待で機嫌をよくしてくれ、社長なんだし。
「いやあ、迷宮都市生まれならこれくらい、10歳の子供でもできますから……」
ところが途中から、ルーファンくんは嬉しそうな顔から、なんとも申し訳なさそうな顔になり、卑屈なことを言うのであった。
ありゃ。もしや自分の実力にコンプレックスがあるのか……?
………。
「アズールさん、ちょっと、これを見てください」
呼びかけられ、近くに歩み寄る。
ルーファンが示しているのは、真っ二つになったバイターの、血も出ない死体……、
の、真ん中にいつの間にか現れていた、小さく光る石くれ。
魔石だ。さっきも見たやつ。
「青いので水曜石ですね。魔物は絶命すると、こうして死骸から魔石を零します。これは、さっきとは違って、持ち帰っても神法違反にはなりません」
言いながら、ほんの小さな魔石を、彼は拾い上げて収集した。
壁の石は持って帰っちゃダメなのに、魔物が落としたやつはオーケーなのか。魔物をちゃんと倒させるためのルールかな……。
「強い奴ほど質の良い石を落とすみたいなんですが、僕はこのレベルを相手にするのが精いっぱいで……へへへ。ともかく、これも大事な収入源、ですよっ」
なるほど。
では、アズールがたくさん、強い魔物をボコボコにすれば、ルーファンくんに利益をもたらせるわけだな。
自分の仕事がわかった。
ここまで来たら、研修の次のプログラムはわかる。
さあ、実際に、自分の手で挑戦してみよう。
▼
しばらく、迷宮をうろうろして。
第7層まで来た。大して魔物の強さは変わらないらしい。
というわけで、ついに目の前に現れた初獲物は……、バイターが3匹、加えて『バタフライ』が1匹だった。
バタフライは、地球の生物の情報から造られた
オレとしては、あんなデカい羽虫、正直キモいし怖いし相手にしたくないんだけど。
なるべく、
「では……行きます」
右手に光剣、左手に魔弾銃を持って、ゆっくり前に出る。
ちらりと横目に少年を見ると、こちらを心配する顔つきだった。もしかすると彼には、4体となると、この層の相手すら難しいのかもしれない。だから心配顔になる。
こちらの有用性を示して、安心させてあげよう。
……4体もいるのだし、色んな攻撃方法を試そうか。
結局、銃はしまって、剣の刃もオフにした。ちょっとかっこわるい。
左腕の袖をまくる。
腕の内側に書き込まれた、4つの刻印のうち、ひとつにふれ、魔力を走らせた。
――
迷宮の壁にそっとふれると、そこから敵に向かって、紫色に可視化された魔力が迸る。稲妻状のそれは、派手に瞬いて4体の魔物の身体を焼き、動きを止める。
すぐにスタートを切る。同時に、
そこで加速時間が終わる。
硬直の解けたバイターが殺到してくる。
三体目が、その大口を開ける。バイターは、口を開いて牙を剥いた瞬間だけは、さすがに怖い。
迎撃できたが……思うところあって、左腕を差し出し、噛みつかせてみた。
「あっ!」
今のは社長の声。
でも、うん、攻撃を受けている感触はあるが、痛くはない。バリアはちゃんと作動しているようだ。
腕を思い切り振って、地面に叩きつける。そのまま剣で貫き、邪魔なので蹴り飛ばした。
上方に顔を向ける。さっき
4体目、処理完了。
「す、すごい……」
剣を仕舞って、社長のほうに歩いて戻る。
そして、左手で抜いた銃を向ける。
「えっ!?」
彼の背後から襲い掛かろうとしていた、
「……ふっ」
別に煙も出てないのに、銃口にふっと息を吹きかけて、かっこつけた。
いや、撃てる角度の位置関係で良かったな。ちょっとひやっとした。
「あ、アズールさん……すごいっ!」
「………。ありがとうございます」
表面上はクールに振る舞えているだろうか。正直、自分でも意味分からん動きができたので、興奮やら激しい運動やらで心臓がどくどく言ってる。
ルーファンくんは目を輝かせて、こちらを讃えてくる。これも照れる。
そうだろうとも、このカラダは有能なんだ。おっぱいデカいのにスピードスターなのだ。
オレはアズールの性能に興奮し、わたしは、努力の正しい発揮と、社長からの期待を喜んだ。
「いまの、
「えっと。
……
ただし、体中に
ひとつひとつの魔法の威力も、この容量をどれだけ使用するかで決まる。
例えばアズールなら、100ある容量を、4種の魔法に、20、20、30、30と振り分けて使っている……といった具合。
刻印は専門店でいじってもらえる。
ちなみに、『容量』と『魔力量』は別。前者はスキルポイント、後者はMPと各種ステータス。
ま、そういう設定らしい。ゲーム的、マンガ的だ。
ともかく、迷宮で何か成し遂げたい人間にとって、
「すごいなー。憧れちゃいますよ」
魔石を回収しつつ、社長は興奮冷めやらぬ様子だ。
その後ろについて、周囲を警戒しながら、作業を見守る。
「………。社長は? どんな魔法入れてるんですか」
「ああ、僕、容量がゼロなんですよ。魔法屋さんに行って魔法入れようとしても、全部弾かれちゃって。才能無しですねー」
「あ……」
話題を広げようとして、地雷踏んだ。本人は地雷踏まれた~なんて思っていないだろうけど、表情が少しだけ曇った。
剣の腕も普通で、
うーん。
そういう劣等感、ちょっとわかるな。誰でも経験することではある。
子どもは……大人もそうだが、成功体験が少ないと、どうしても自己肯定感が低くなってしまう。それから周りと比較してしまって、さらに落ちていく。
そんな暗~い世界は抜け出せた方が、たぶん人生は楽しい。あの歳の子なら、このへんでひとつ、自分の良いところを何か見つけていてほしいところだ。
でも、そういう部分を見つけて褒めてくれる、保護者とか、学校の先生とか、周りにいるべき大人が今の彼にはいない。
愛情というか、信頼関係というか。子どもが健全に成長するには、そういう要素が必要だと思うんだが。
……………。
「えい」
どん。
乳からぶつかる。
そのままルーファンを、壁に追い詰めた。
「うえっ、あ、アズールさん、うぶっ!?」
つま先立ちで位置を調整し、口元をふさぐようにして、少年を石壁と女体の間に挟む。
それで、じっと見下ろして、目が合うのを待った。
ルーファンのブラウンの目が、こちらを見上げる。口を解放してあげた。
言葉を頭の中で整理して、すうっと息を吸った。ルーファンが漏らした息が、膨らんだ胸にかかる。
今からいいことを言おうと思う。
「……あの、わたし。経理仕事とかできません。営業もできません。できるのなんて、こんなふうに、肉体労働くらいですよ。……ね? 肉体の」
「に、にくたいの……」
「労働」
「ろうどう……」
「でも、社長はすごいですよね。まだ15歳なのに、いろんなことを頑張っているのでしょう。わたしにはできません」
言葉の意味がルーファンに染み込むのを待つ。
そうしたら身体をひっぱり、くるりと向こうを向かせ、今度は後ろから抱き着く。胸が、ルーファンの背中で、ぐにゃりとつぶれた。
体温が伝わるように、しっかり身体を押し付ける。
この姿勢になると、ちょうど少年の耳が、こちらの口元に来る。右の耳に向けて、後ろから熱い息をかけた。
「……あなたはちゃんとできてる。できないことには、わたしを使って下さい。ね、社長。なんでも言うこと、聞きますからね」
そっと身体を放す。あ、という名残惜しそうな声が、少年から漏れた。
「言いたかったのは、それだけです。まだ知り合ったばかりなのに、知った風なことを言ってごめんなさい」
「……あ……その……いえ、ありがとう……ございます」
「いえ。……明日から、よろしくお願いしますね、社長」
あとはそれだけ言って、わたしは踵を返した。
………。
にひ、と。
見られない角度になると、表情が、いやらしく崩れてしまった。自分がこんな、純な青少年に、愛情を示してあげられるカラダをしていることに、優越感のようなものを覚えて。
これならルーファンくんも、健全に成長していけるかな? くひひ……。
これで研修は終わりだ。
しかし長い一日だったな。社長に……わたしの“有用性”、わかってもらえたかな。
刻みつけられたかなぁ。
帰り道。ちらちらとこちらを見ているのが、すぐにわかった。
たまたま目が合ったふりをして視線をぶつけてみる。
オレは、わたしは、どろどろに熱いものが漏れ出さないように、つとめて爽やかに、笑いかけてあげた。