誤字報告機能で、ロマノフを全部ロマノヴァに直してもらいました(ありがとうございます)
く、悔しい~~~~~~~~
恥ずかしい とても恥
これから創作をするたび、ロマノフを全部ロマノヴァに直されたことが脳裏をよぎる
腹いせにこのアスーニャというキャラにはいずれ酷い目に遭ってもらう
120層から始まった行軍は、たっぷり時間をかけて115層まで上がってきたところで、休息をとる運びになった。
迷宮の一角、魔物が立ち入らない地点、いわゆるセーフゾーンとされる場所に、野営のための道具を広げていく。すると一時間もしないうちに、一晩休めるだけの設備ができる。
この場所の安全性については……、先代の残した地図にもセーフゾーンとして記されている。さらに、昨日、他の探索者にも問い合わせてみて、この情報を補強できた。そしてこうして実際に目で見ても、ここには魔物の残す痕跡がない。以上のことから、ここを休憩場所に選ぶのは、正しいはずだ。
とはいえ、何事も例外はある。とくに今は“階層違い”というルール破りを追っている最中で、やつらがここに現れることは十分に考えられた。
よって。僕たちはこの夜、2名ずつで交代制の見張りを置くことになった。
僕は騎士のアスーニャさんと一緒に、数時間の間、見張りをすることに。そのあとには、アズール・スカーレットペアが。
実力や適性のバランスを考えての組み合わせだという。このスカーレットさんの取り決めにはなぜか、アズさんとアスーニャさんが抗議の声を上げ、そしてスカーレットさんの圧のある態度に黙らされていた。
皆が食事や水浴びを終え、時刻は夜。アズールさんとスカーレットさんは、睡眠をとるために個別の簡易テントの中にいる。
目の前に、火がある。雰囲気を出すためにと、アスーニャさんが魔法で起こした火。その灯りと熱にあたりながら、静かな時間を過ごしていく。
「あーあ。折角二人きりで、こう、仲良くなるチャンスだったのに」
鎧を取り外しさらに軽装になったアスーニャさんは、今こぼした言葉の口調もあって、騎士ではなく、普通の女の子にしか見えなかった。
言葉を聞いたからには、あちらが独り言風であっても、何か話題をふろうと思う。
「アスーニャさんは、アズールさんと仲良くなりたいんですか?」
「……。まあ、はい。一方的にですが、あの子のことは知っているので……」
「そうですか。きっとすぐに打ち解けられますよ、ふたりとも同い年だし、良い人だし」
この仕事がうまくいったなら、あとは個人的につきあいを続けるといいと思う。終わったらはいさようなら、では、少し寂しい。まあ、ふたりとも、忙しそうだけど。
赤い火から視線を上げる。
……アスーニャさんが、こちらを、じっと見ていた。
「実は、あなたのことも知っていました。ある程度ね」
「え?」
「平凡で、無個性で、感情移入しやすいタイプ……そう思っていましたが」
火を挟んで対面にいた彼女が、席を立った。
そのまま、小さいアウトドアチェアを手に持って――、僕のいる、すぐ隣にそれを置く。
肩がぶつかりそうなくらいの近くに、アスーニャさんはやってきた。きれいな金髪が火の灯りに濡れている。ふわり、と、アズさんとはまた違う香りがした。
そして。
ぐっ、と。顔を、こちらに近づけてきた。ドキッとして、思わず身体を引く。
「な、なんです?」
「どんなビジュアルの野郎かと思ってたら、君……けっこうかわいい顔だ。ふふ、女の子からモテるのは、わかるかも」
そう言って笑う。
お、女の子からモテるって、なんのこと……? 僕は今日まで、ぜんぜん、気になる女の子とかと、こう、うまくいったこととか、ないし。
……アズさんの顔が、頭に思い浮かんだ。いや、あの人は、僕のこと異性として意識してくれてなさそうっていうか……。子ども扱いというか……。
なんだかよくわからなくなっていると、そんな僕を見てアスーニャさんが、にっ……と笑った。
とくん、と心臓が動く。この顔。初対面の印象とは違う、いたずらっぽい顔。この顔って、アズさんも――、
「ね……社長くん。ぜひ私にも試してくださいませんか? その、レベルアップ、ってやつ」
「え……ええっ。あの、それは、でも」
あれはその、なんていうか。外部の人に気軽に試していいものではないというか。契約をしないといけないし、何より、あれをやると、その……
知り合ったばかりのひとに、やっていいことでは……ない、と、僕は、思います。
そう言おうとすると、アスーニャさんは、もっと距離を詰めてきて、肩が触れ合うくらいになった。ち、近い。
そのまま僕の目を覗き込んできて。なんか、変な声を出した。
「してくれるなら、お礼にぃ、そうだなぁ。膝枕をしてさしあげます。むふふ、どうです? アスーニャのむちむちのふとももでぇ……いい夢見られますよ……♡」
「ひ、ひざまく……」
「あ、見た。むふふ」
その言葉を聞いて、アスーニャさんの白い脚を、ちらっと見てしまった。それがばれた。
な、なにこの人。17歳くらいの女のひとって、みんなこうなの……!?
身体を引くと、アスーニャさんはそのぶんだけ、猫みたいにすりよってくる。なんか良い匂いがして、あったかくて……ア、アズさん、助けて……!
「すみませんが。外部の方が、あまりうちの社長にくっつかないでください。犯罪です」
「うわぁっ!? あ、アズさん!」
「むへぇっ、アズールちゃ!? あっやばっフローラルな匂いする、いやっ、あにょ、これはね」
突然背後から、眠っているはずのアズールさんが顔を出した。アスーニャさんは素っ頓狂な声をあげて慌てている。
……た、助かった……?
「社長、少しお話したいことが」
「あ……はい、わかりまし……」
立ち上がろうとして、アズールさんの顔を見上げる。
思わずすくみあがった。……すごく、目つきが、なんというか。くらいもの、に見えたからだ。
セーフゾーンの小部屋から一歩出た、曲がり角。アスーニャさんには見えないところ。さっきの火も、迷宮の灯りもうまくあたらなくて、少し暗い。
そこまで、いつもより薄着のアズールさんに手を引かれて……それで、
「うぶっ!」
またしても壁に追い詰められる。息苦しくてあごを上げると、僕より少し身長のある彼女が、ぽかぽかと温かい体温を伝えながら、冷たく僕を見下ろしていた。
アズールさんの胸がふくらんで、唇が動く。
「きみはわたしだけ見ていればいい……って。昨日、わたし言いませんでしたっけ」
「あっ、あ、あのっ、いいました、いいました、はい」
「あの人に、例のレベルアップをしてあげるとかなんとか、聞こえた気がしましたけど」
「そっ、それは、その……」
なぜ機嫌が悪いんだろう。僕がアズールさん以外の人を雇うのに、彼女は不満をしめしていた。そして今回は、仕事相手のふたりに、どこか冷たい。
「……まあ、たしかにあの人、清楚で育ちがいいですみたいな顔してふとももがむっちりしてるのがヤバいしいい匂いするし、あとスカーレットって人はママみがすごくて、ルーファンくんに刺さるのはわかりますけど……」
「え……えっ? アズールさん……?」
「だからって。だめですよ、あんなの。だって、わたしのほうが、かわいいし、やわらかいですよね」
そう言って、アズールさんは、ただでさえ近いのに、もっと、もっと身体を近づけてきた。くっつくくらい。
いつもこういうことをしてくる。な、な、なんで……? 何を考えているのかわからない。
僕に、アズさんの、その……む、胸が、当たっている。顔も近すぎる。息苦しいくらい心臓が鳴っていて、たぶん、それは、アズさんに聞かれている。
アズさんは、顔を僕の耳に近づけてきた。
息が耳にかかる。良い香りのする髪が、頬や鼻先をくすぐってくる。
「ルーファンくんは、わたしだけの
アズールさんは、そう、甘い声でささやいた。
背骨がぴりぴりとしびれる。
かっと茹だった頭で、なんとか返事を口にする。
「は、はい、そうです」
「よろしい。では、目を離さないように。わたしの身体なら、別にどこを見ても、怒りませんから」
そう言って、やっと、彼女は僕から離れてくれた。
……どうやらアズさんは、他の人と、スケヴニングを使った契約をしないでほしいみたいだ……。理由は、いまいち、はっきりしないんだけど。
……というか、ちょっと待って、僕は別にっ、おおおっ、女のひとの身体をじろじろ見るなんて。したいわけじゃない。はず。
「あと、膝枕してほしいなら、してあげます」
………。
そこも聞かれていた……。
▽
113層。ついに辿り着いたそこを、警戒を最大限に、時間をかけて探索する。
……が、“階層違い”が現れることはなかった。魔物自体は出てきたけれど、このあたりのレベルを逸脱するものではなく、アズールさんがほんの一瞬で倒してしまった。
そして、あらかた回ってみたけれど、怪物の巣、と呼べるような空間は、ここにはなかった。
本当にここが目的地なのかと、騎士のふたりに確認する。
スカーレットさん曰く。
この階層に、たしかに“気配”がある、とのこと。そしてそれは巧妙に隠されている。ここまで案内してもらったなら引き返してもいい――、とすら言われてしまった。
たしかに、それが賢明かもしれない。けど、まだやつらの巣窟がみつかっていない以上、それを明らかにするところまでは僕たちも働くべきじゃないだろうか、と思った。
「……あれ。ここ……」
足を止める。
階層のほぼすべての通路を歩ききり、視点を変えて2周目に……という場面のさなかのことだった。
じいちゃんの代の、第113層の地図。それを手元に広げながら歩いていて、気が付く。
地図と、実際の様子が、わずかに異なる通路があった。
地図を見る。ほんの短い、行き止まりに向かって数メートル伸びているだけの、迷宮としては無意味な通路がある。こういうのはよくある。
前を見る。……ない。ここにあるはずの、短い道が、ない。まるで岩と土で埋め立てられたかのよう。
……この第八迷宮アンダーアビスは、ひとりでに拡大することはあっても、あったはずの道が消えた例は、ない。まだ僕ら探索者が未到達の、もっともっと下の層では起こり得るのかもしれないけど。
ともかく、今目の前にある壁。これは、“正解に辿り着く間違い”である気がした。
話を受けたスカーレットさんが、念入りに壁を調べる。壁に手をあて、しばらく目を閉じる……という、不思議なこともしていた。
そして。
「うん、君たちに仕事を頼んで良かったわ。……アスーニャ」
「ビンゴ、ですね」
アスーニャさんが壁の前に、脚を広げて立つ。僕らは後ろに下がらされた。
「はああ……!」
ひとつの深呼吸の後。小柄な少女騎士、アスーニャさんは、僕みたいな素人でも肌で感じるほどの、凄まじい気迫を放ちだした。
って、まさか。壁を……!?
「シャキーン! 『ばくれつけん』! どがががっ」
アスーニャさんは唐突にバンザイのポーズをした。今の何?
そして……津波のような勢いの連続拳打が、迷宮の壁に叩き込まれる! さっきの何?
まるで銃器、いや重機を運用しているかのような音、揺れ、地響きを、アスーニャさんの拳が打ち鳴らす。あっでも音は自分で言っていた気もする。
……やがて、厚い岩壁ががらがらと崩れ、さらに向こうにつづく、道が現れた。
「さて。いよいよ本丸、ですね」
そしてその先は。本来あるべき行き止まりではなく、何も見えない暗闇へとさらに続いている――。
十分に警戒しながら、騎士たちの後をついていく。
大丈夫だ、おそろしい“階層違い”たちがひしめいていても、アズさんを伴って逃げる算段と心構えはできている。騎士のふたりの足手まといには、ならないようにする。
本当はここで、僕らは戻るべきだろう。でも……、自分がいつも恩恵を受けているこのアンダーアビスに、何が潜んでいるのか、見ておくだけはしたかったんだ。
歩を進めていく。
ほとんどの階層にはあるはずの、
……これらのことから。この道は、この迷宮の神様じゃない誰かが、勝手に、新しく作った空間なのだとわかる。
やがて。
とても、広い部屋に出た。
小さな火では、壁を照らせない。おそらく天井も高い。相当の大部屋だ。それは、今までの探索の経験からわかった。
……でも。
さっきから、背筋がぞくぞくする。脚がふるえる。頭の皮が引きつりそうだ。
スカーレットさんが、灯りの炎を、強くした。
「!!! っ、く、あ……!」
心臓が止まる想いだった。
――天井に壁際に右に左に、視界に収まらないほどいる、魔物、魔物、魔物魔物魔物!!
そしてそのどれもが、浅層のものとは比べ物にならない力を持っているのが、僕なんかでもわかった。体格、魔力の気配、獰猛な表情、生物離れしたシルエット。それらが、これでもかと、迷宮潜りとしての勘に危険を訴えてくる。
そして……これだけの数がいて、種族が、どれも違うものばかり。群れる性質がなさそうな個体までもが、静かに、静かに、仲間と共にこちらをじっと見ていた。
こんな、ところに。
文字通り、“階層違い達の巣”があった……!
「よくもここまで戦力を溜め込んだものね」
「ふたりとも、ここからはお任せを」
「……社長、引きましょう」
「――は、はい――、えッ!?」
振り返ると。
帰り道が……ガラスのような、透明な壁に、阻まれていた。
「ぬん!!」
アスーニャさんの拳が叩きつけられる。彼女の怪力で、それは、それこそガラスのように粉々に……、
ならなかった。依然として、それは僕たちの退路を塞いでいる。だとすれば、アズールさんの攻撃でも、たぶん破壊できない……!
「いたた……。これ、とんでもない物理障壁ですわね。破るのに時間かかります」
「ふうん、いつの間に罠なんて張るようになったのやら。……アスーニャはふたりの護衛に専念なさい。もう来る」
状況がどんどん切羽詰まっていって、緊張感が増していく。アスーニャさんが、アズールさんが、僕をかばうように前に立った。
スカーレットさんが双剣を取り出す。
そして、切っ先を、何かに向けた。
「長らク待ち構えていたというのニ……成果ハ、たかだかこれだけカ」
誰も聞いたことのない、声がした。
スカーレットさんの剣の先には、ひとりの……人間がいた。
「なん、だ? あいつ」
体格や顔つきからして、少年、あるいは少女。ただ、色の使い方がおかしかった。肌の右側が青だったり、反対は緑だったり、髪に色がなかったり。それによくみると、左手と右手が逆だったり。
人間ではない。
擬態、という文字が脳裏をよぎる。擬態型の魔物。
いや……。
「こんにちハ、地元民のみんナ。共にこのホシを明け渡シ、あなたを共存しませんカ?」
「“イオナル”ですね。予想はしていましたが……ここまで入り込まれるのは問題です」
イオナル。
子どもでも知っているその名前と意味。
イオナルとは、地球の神々と人類にとっての、絶対の
彼らと僕らは、あちらが諦めるまで終わりそうもない、長い長い戦争状態にある。神々が戦力として人間を頼りだし、世界がそれを前提とした仕組みになるほどに、長い間。
でも、イオナルを間近で見るのは、これが初めてのことだった。多くの場合、彼らが攻めてくるたび、太陽系の惑星を戦場として、神の兵士たちが彼らを撃退しているから。
だから……これは、異常事態だった。
「あちらの諜報員に入り込まれるのはよくあることですが、地球の重要施設である大迷宮で、ここまで調子に乗られるのは――」
「………」
「とてもよろしくない。腹が立ちます」
イオナルが“笑み”を顔に浮かべると、群れの中から、ものすごく大きな魔物が飛び出してきて。
それを、スカーレットさんが斬り伏せた。ここまで、ほんの呼吸一回分の間の話だった。
「……なるほド。ただ迷い込んだ地元民ではなイ。
「……!?」
「ようやく特記戦力の鹵獲と、迷宮の破壊が叶ウ。……あレ。こういうことは、口に出しては、いけないのけ? 不便な構造の生物ですも」
魔物たちが、僕らに向かって、動き出した。
「
ごう。
赤い火が高く立ち上って、まるでカーテンのように景色を遮り、僕らと魔物との間に境界線を引いた。
やつらが炎にひるむ。
これをやったのは、たぶん、スカーレットさんだ。
彼女がこちらを向く。いつも余裕のあった表情を硬くしていて、それで、状況がよくないことを察する。
「3人ともよく聞いて。あいつは、私をここに足止めしたがっている。その理由は……憶測ですが、上の第八迷宮都市を潰すためでしょう」
「!! そんな……!」
「相手の口ぶりからして、我々がここを突き止めた手段は向こうに見破られていて、逆に利用された。おびき寄せられた。そして、これだけの数を操れるのなら、他にもっと隠していても不思議じゃない。つまり……」
スカーレットさんは、人差し指を立てた。視線で、それが、“上の階”を指しているのだとわかった。
……たくさんのことをまくしたてられた。……慌てるな、整理しないと。
ええと、つまり。
強い騎士が来ることを、相手は見越していて。この部屋は罠。
そうして騎士を閉じ込めている間に、もっと上の階に控えさせている魔物を、街に侵攻させる可能性がある――。
……! ただの憶測。相手は地球人とは思考の違うやつらで、スカーレットさんのいうことが的を射ているとは限らない。でも、でももし、本当にそうなったら、アンダーアビスの人たちは……。
「ここにいる分は私が滅します。だから、あなたたちは……急いで街へ戻って、できることをして」
「騎士スカーレット。ふたりなら早く片付きます、私も残って、この神器を……
「いいえ。アスーニャ、それはまだダメだって言ったでしょう。なぜ自分がまだ
「………」
「あなたは上で
ふたりにしかわからない会話は、少しだけ続いて。そして、そこで終わった。
水を差す声があったからだ。
「しかシ、こんな顔ぶれが期待シテいた特記戦力だとは。。もっト大軍勢を閉じ込めるためニ、ここまで掘っタというノニ。。。」
少年とも少女ともつかない、やや高めの声が、スカーレットさんの邪魔をした。イントネーションには違和感がある。内容ははっきり伝わるのに、どうしてか会話が通じる気がしない。そんな不思議な確信を覚える。
――魔物たちを寄せ付けないはずの炎のカーテンを、やつは、炎上しながらくぐり抜けてきた。
表情に苦痛の様子はない。いびつな子どもの姿をした“イオナル”は、そのまま続ける。
「40? 5? アァ4か。サンの次はヨン。たったの4人。……胸オンナ、チビオンナ、腿オンナ……」
目が、こちらを順繰りに見ている。
「……あと、ババア。ハァ~ヤレヤレ」
ちょ、ババアって。どこでそんな言葉覚えたんだ。
……あれ、もしかして今、僕女の子って言われた? く、くそっ。侵略者め。やはり目が機能していないんだなっ。それか言葉を間違えている。
……! こうしている場合じゃない、はやくここから出ないと。あいつが本格的に攻めてくる前に、ここから。
え、ええと。脱出するのは、僕とアズさんと、アスーニャさんでいいのだろうか。騎士たちの方を見る。
アスーニャさんは。
顔色を悪くして、小さく震えていた。ぼそり、と彼女が何かをつぶやく。
「あ、あいつ。地雷踏みやがった……」
その目は、スカーレットさんの後姿を見ていた。
「!? な、なんだ……!?」
ぴしぴしと、地面に亀裂。こんなときに地震か地殻変動かなにか……!? とくに、スカーレットさんのいるあたりが酷い。危険なのでは。
「アスーニャ。彼らとともに行きなさい」
「あ、あの、スカーレットさ……」
スカーレットさんの赤い髪をまとめていた髪留めが、ボッ、と燃えて消えた。
「――黙れ。行け」
「ひゃ、ひゃい……」
それはまるで、地獄から響くような、低い声だった。
えっ。今の、スカーレットさんの声ですか?
「おっ、おおおおふたりとも。巻き込まれる前に行きましょうか。えと、私があのバリア壊すんで」
「あっ! 待ってください。……スケヴニング。あの壁無視して、ここから一番近い
アスーニャさんはここを出る。スカーレットさんはここに残る。それが決まったのなら。
僕たちには、複雑な迷宮で逃げることにおいては、非常に有効な手段がある。そう。スケヴニングの隠し持つ、転移の
『できるよ~。ただ、俺と主の魔力じゃ、死ぬまで絞り出しても、ちょっと足りないかな』
「だったら、わたしの魔力を使って下さい。できますよね、契約してるんだし」
………。
ああ。それが可能か不可能かは、たぶん、聞くまでもないことだ。
アズールさんと目を合わせる。僕は、スケヴニングの刃を地面に突き刺し、頷いた。彼女を見たまま。
アズールさんの手が、僕の手と重なる。
「えっまじ、すごいですね。じゃあ早く、マジで早く、ここ今から溶解するんで――」
『ハアアアア!!
すごく、魔力がもっていかれる感じがした。身体を流れる血が、ぎゅんぎゅん抜かれていくみたいだった。あのとき、スケヴニングがものすごく疲れていたのも、今なら分かる。
けれど。今はアズールさんと繋がっているから――、
たぶん、絶対、大丈夫だと、思った。
▽
「アエ……消えた」
ぼそりと。
人間の子どもを参考にした姿をした“イオナル”は、状況を確認するような言葉を漏らした。
閉じ込めるはずだった対象のうち、大半を逃がしたことは明らかだ。それを受け、彼の中でどのような演算が今行われているかは、地球人類にはわからない。
しばしの間を置き。彼は、ここにひとり存在する原生知性体に視線を移した。
「これは、『おれを置いて先にユケ』、というやつですネ。ならここでかける言葉は。。。」
彼は、表情をつくった。それは非常にうまくできていて、相手をあざけるような笑顔、といえるものだった。
「お前2人が……アッ、zeroの次は壱。……お前1人は、何ができるというのですカ?」
言葉に呼応するように、騎士の周りをとり囲むように、巨大で獰猛な魔物たちが、徐々に行進を始める。
どの個体も、並の探索者であれば一目見ただけで力の差を悟る、神からの試練というには残酷すぎる化け物たちだ。まして今は、加減の分からない異邦の者に操作されている。
脅威、であった。
「そいつは1050階から……あとそいつは2134階カラ連れてきたヤツだ。操作するのはタイヘンだった。……じゃあ、一緒に行きまショウカ。ソラへ」
行進が、侵攻へと切り替わっていく。小さな人影に、無数の異形が群がろうとしている。
彼の言ったことが真実なのかはわからない。どうやらこの宇宙人は、地球の数字に弱いからだ。
だが。この怪物たちはたしかに、第八迷宮の探索者たちが未だに出会ったことのない、下の下の下の深くから来た、究極の試練たちである。
その事実を、ここにいるただひとりの人間は感じ取っていた。
その上で――、
「――■■■■■!?」
ある境界線を越えてしまった一匹が、たちまち赤く燃え上がり、瞬く間に灰となった。
「!? …………!?」
前に出たものから、次々に炎にまかれる。暗闇だったこの洞穴は、いま、赤い光に彩られている。
その中心。すべての赤が照らすそこに、もっとも紅いものがあった。
「神域たる迷宮への侵入、及び損壊。刑罰100年」
ソレが、ふたつの剣を両手に取る。
「試練であるべき魔物を操り、人々を害した。刑罰500年」
女が踏みしめた地面から、炎があふれる。
「第八迷宮都市への壊滅的な攻撃の企て。刑罰1000年」
騎士は両の剣を構え……、その柄を、ひとつにつなげた。
「それともうひとつ」
その瞬間、双剣は巨大な“弓”となり。空間に立ち込める熱が増していく。
「私を………と呼んだ。……刑罰100万年」
灼熱。
燃える暴風が吹き、魔物たちの身体が焼ける。燃える。融ける。“イオナル”は、崩壊していく魔物の身体を盾にしながら、目の前の、対話をする気のないニンゲンを見た。彼我の戦力差は、どれほどか。
そして気が付く。アレは、手にしたモノの
攻撃は、始まっていない。つまりこれは、この現象は、
ならば、その後に。
「捕縛の努力をすべきだが、しない。どうせ元より滅すべき神敵」
火のついた導火線のような弦が出現し、弓の先端をつなぐ。
「お前は百万と千六百年、この刹那で燃え死に続けろ」
そして、星煌騎士エレナ・スカーレットは、自身について回るその兵器の銘を呼んだ。
「
▽
「あの人、まだ20代前半なんですよね……」
「「えっ」」
息を切らしながらも、走る。
多くの魔力を使って、転移門のある第120層まで一瞬で移動できた。
周りの景色を見て、今いる場所をなんとか把握する。アスーニャさんとアズさんを伴って、覚えているルートを遡っていく。そして……
辿り着いた。この道! ここを抜けた先の空間に、120層の転移門がある。
呼吸を乱しながら、今の限界の速度で走る。目的地に続く狭い通路を、抜けた。
「はぁ、はあ、はあ、はぁっ……」
そこで、走るのはやめてしまう。
息切れしていなかったのならば、僕は大体こんなことを口にしたはずだ。「そんな」とか、「うそだ」みたいなやつを。
……待ち構えていたかのように、魔物の群れがいた。数は、この部屋を埋め尽くすほどではないが、しかし彼らは高い壁のように、転移門の前に立ちふさがっている。
もちろん、こういった事態は予測していた、けれど……。それでも足が止まってしまったのは、この魔物たちが、さっきの部屋にいた強敵たちと遜色ない重圧感を発していたからだ。
“階層違い”たちの妨害はあっても、本命の戦力はさっきの部屋に集中している……そう思いたかった。これでは、ここを突破できないどころか、戦いにすらならず死ぬかもしれない。スカーレットさんに先に送りだされた意味がない。
ここまで、軍勢を用意していたなんて。
あいつは、あのイオナルは、本当にアンダーアビスをめちゃくちゃにするつもりなんだ、
「……はぁ、はあ、っはあ、はあ、ぜぇ、ぜぇ」
「社長? ……ルーファンくん!」
地面に膝をつく。
走る足を止めてしまったからだろうか。
それとも、心が負けたから、だろうか。
スケヴニングの転移魔法は、個人が使用できるものとしては、破格の性能だった。ただし代償として、半端な魔力や体力は、こうして底をつく。
体温が汗になって出て行って、手と足が冷たい。心臓と肺は爆発しそうで、呼吸をさぼればたちまち気絶しそう、なのに、気分も悪くて吐きそうだ。限界を超えて走ったら、たぶん人はこんな感じになると思う。
アズールさんにはまだ余裕がある。僕は、鍛え方が足りないから、こうなる。
少し休めば、もちろん歩けるだろうけど。でも、今は。
そんなこと、誰も許してはくれない。
集団の中の、とくに大柄の魔物たちがこちらへと動き出した。遠目に見れば1、2、3体だけれど、近づくにつれ、彼らのことは押し寄せる波濤にしか見えなくなっていった。
のろのろと立ち上がれずにいる僕の前に、ふたりが、かばうように立ちふさがった。
その背中を見て、なにか、“泣きそうになる焦燥感”のようなものをおぼえて、自分の内側が締め付けられる。
「クソッ! こうなったら! ――神器、解、と、う……! ぐぐ、ぐぎ……!」
アスーニャさんは、今まで刃を見せなかった剣を手に取り、それを引き抜こうとしていた。
でも、彼女のことは何も知らないけれど、それは判断ミスだったんじゃないかと、なんとなく思った。
剣が、鍵でもかかっているかのように、抜けなかったからだ。
一番槍、というより、先頭車両の勢いで、いよいよ一体が突っ込んできた。悪魔のような姿をしたその怪物は、アズールさんの全力の銃撃でひるみもせず。大きな両腕を振り回して……、それで、ふたりが吹き飛ばされた。
別々の方向に飛んだふたり。アスーニャさんはむこう、アズールさんは……僕の、後ろに。
こっちに跳ね飛ばされて、すごい速度で、僕を通り過ぎていくところ。それを、見てしまった。
剣を杖に、立ち上がり、身体の悪い老人のように、ゆっくり、振り返る。
壁面にたたきつけられた彼女は、頭から血を流していた。強く打ち付けて、どこか切ってしまったのだろう。しかも、気を失っている……。
……ほかのところは。打撲は、骨折は、裂傷は、損傷は……ここからじゃ、わからない。ただ、
ただ、アズールさんは、それでも綺麗な人だった。
だから、他にどこも怪我をしていないといいな、って思った。
前を見た。
魔物は僕を見ている。顔のつくりは鬼か悪魔のそれで、人間側の癖で表情を読み取ろうとしてみたけど、笑っているようにも、怒っているようにも見える。
そして、後続から追加メンバーが2体。計3体の、とびきり愉快なやつらに絡まれた。
剣を構える。
今回は、スケヴニングが目覚めてくれたときのような奇跡は、もう起きてはくれないだろう。
とにかく、いろいろと判断ミスが多かった気がする。背伸びしすぎたというか。今回の仕事は、最後の詰めが甘かった。反省。次に活かしたい。
次って。僕はここで終わりそうだし、そんなものはない。意地を張って持ち上げている剣も、もう、下ろしてしまってもいいと思う。
でも……。
でも、ここはどかない。
アズールさんは僕のものだ。これ以上、魔物なんかに好き勝手にさせていいわけがない。
だから、ここはどかない。最後まで……。
柱のように大きな腕が、振り下ろされる。
それで。目はそらさなかったのだけど、何が起きたのかは、いまいちわからなかった。
一階建ての家くらい大きな魔物たちは、その上半身が消失していた。
僕の前には、大きな背中――ブラウンの髪色の、男の人が立っていた。
「散々振り回しやがって。まだこんなに隠してやがったのか」
その人は、右手に、魔法使いが持つような長い杖を。
そして左腕に、白いお尻を抱えていた。
「ぶげっ」
お尻の人のほうは、その人にぽいと落とされて、顔から地面につっこんで潰れたカエルみたいになっていた。
ちなみに、アスーニャさんだ。
「あー君たち、おじさ……お兄さんはちょうどよく駆け付けた救援の者だ。ここは任せて、ゲートから地上に戻るといい」
そんなことを言いながら、男の人が振り返る。その顔を見て――、
どくん、どくん、どくん。なぜか、鼓動の音がうるさくなっていく。
……よく見かける髪の色、瞳の色、どこかで聴いた声、いつも、朝、写真の中に見る姿。
「…………父、さん……?」
「何?」
怪訝な表情でこちらを見下ろすその人、よりも、僕の方が、僕の口から出た言葉に、よほど驚いていたはずだ。
――おとうさん。父さん。
じいちゃんのグランメイズに所属していた、迷宮の探索者。10年も前、僕がまだ小さかったあの頃に、家へ帰ってこなくなった人。
間違いない、間違いない、間違いない間違いない。間違えるはずがない。頭が何か理屈をこね始めるより先に、心がそう騒ぎ立てた。
……ううん、でもどうして、なんで目の前にいるんだ。だって、迷宮に行って帰ってこなかったのなら、それは死んだってことで――
そっくりさん。幻覚。魔物やイオナルの擬態。
色んな疑念が湧き上がる。頭で考えたぐるぐるの理屈と、警戒心が、剣を持ち上げようとして、
「……おまえ。ルーファン、なのか」
その言葉で、さっきまで何を考えていたのか、全部忘れた。
「……やっぱり、父さん、なんだ。生きて、たんだ」
「……あー……まあ、その……。うん、生きてるぞ」
思わず、一歩、二歩、近寄って、彼の纏うボロボロのローブにしがみつく。
身体に触る。
「くすぐったいんだが?」
「本物、なの」
「あ、うん」
「………」
「………」
見上げたところにある顔は、写真と全く同じで、前から思っていた通り、少し、自分と似ているなと感じた。
何を言えばいいのか分からない、っていう顔をしているのも、たぶん、今はお互い一緒だ。
「どうして迷宮なんかにいる? 親父は……おまえの爺さんは何してる」
「去年亡くなったんだ。グランメイズは、僕が継いで」
「そうか……」
触ってみても、なんだか不思議で、現実感がなかった。
手を放して、半歩下がる。父さんは、じいちゃんのことを聞いて、少し、思うことがある顔をしていたように思う。
悼む顔、だったのかも。
「……いくつになった? 10?」
「そんなに子どもじゃない。15だよ」
「ふうん。思春期じゃん。あっ、これ、もしかして彼女?」
「その人は仕事を回してくれた騎士様だ」
「えっと……じゃあ、そっちが彼女?」
振り返る。
「っ、アズさん! 大丈夫ですか!?」
「は……は、い。そちらの、方は……?」
右腕をかばい、右脚を引きずり、頭も強く打っているアズールさん。
満身創痍だった。また僕は、彼女の背中に隠れて、こんなに怪我をさせて……!
そうだ早く、早く、ここを抜け出して、病院へ。それと騎士団や警備兵にも……ああ、呆けてる場合じゃないんだ、魔物もまだいて。
「痛そうだから治したけど、ところでお嬢さんは息子のガールフレンドさんですか?」
「え……」
父さんが、アズさんに向かって杖の頭を向けると。アズさんは、怪我をしていたはずの自分の脚と手を動かして、不思議そうに眺めた。
……
「な、なあ。どうなの?」
「……あ、え、えっと。彼女じゃないです。こちら、従業員の方で」
「むっ」
「あれ、そうなんだ。……えっと、じゃあ、息子をよろしく……でいいよな。息子をよろしくおねがいします」
「は、はあ。……息子……!?」
「っ!! とうさ――」
後ろに、魔物が。
恐ろしい咆哮が耳を貫いたときには、もう、そいつは、確実に僕らを薙ぎ払う位置にいて、両腕を振り上げていた。たぶん、その位置にくるまで、勝ち鬨をあげるのを我慢していたんだろう。
心臓が跳ねるほどの暇もなく、僕は――、
「うるせえって」
怪物
「ウン年ぶりの家族とのおしゃべりを邪魔するかね、普通。情緒がないんだもんなァ。だからお前らは
さらに、すべての杭から眩しいくらいの電光が迸り、魔物は身体を焼かれる。そしてそのまま絶命し、一匹残らず、塵になった。
……一瞬の出来事だった。ここで死ぬんだと思わされた魔物の精鋭部隊。彼らは、この数秒の間に、みんな倒された。父さんに。
それにあの技。岩の杭に、電撃、そして治癒……どれも、アズールさんが普段使っているような、一般的な
でも、
……父さん。一体、あなたは……。
「……あー、上がヤバいな。……じゃ、ルーファン、俺行くから」
「え?」
父さんの身体が、存在感を失っていく。透明人間にでも変身していくように、すぅ、と静かに消えていく。
どこかに行こうとしていることが、わかった。
僕は大声をあげていた。
「ま……待ってっ!! 生きてたんでしょ!? 生きてるんでしょ、父さん! 僕と……僕と、一緒に帰ろうよ!!」
そうだ。僕は……、僕は父さんと一緒に帰りたい。もっと話したいことがたくさんある。聞きたいことがたくさんある。したいこと、たくさん……!
こんな、こんな時間だけじゃ、全然足りないのに!
父さんは、そんな情けない子どもを見て……、
笑った。
「悪い。俺は
「……じゃあ、どこにいるの? どこに行けば、あなたに会えるんですか?」
「えーとね。ここの最下層。3650階」
「え? さ、さんぜん……」
「おっと。ネタバレしちゃったぜ」
冗談……じゃ、ないんだ。顔は笑っていても、なんか、本当のことなんだって、わかった。
「今日のことは夢だと思ってくれ、くれぐれも俺を探したりするな。……今日までそれでやってこれたんだろ? すごいよ、おまえは」
「………」
「あーあー、ごめんって。……ほら」
頭に。
父さんの、大きな手が乗った。
それで、小さいときのことを思い出して。彼が本当に僕のおとうさんなんだって、本当の本当に、確信した。
途端に、胸の内から、さっきよりもっと、もっと、気持ちがこみあげてくる。
「じゃあな。親としてはクソすぎる言い草になるが……その。会えて、嬉しかった」
頭に乗せられた、その手を掴もうとして。
それはできなかった。姿の像が消えていくと同時に、父さんの実体が無くなっていく。
「おまえのこと、どっかで応援しててやる。新聞とってるから、載るくらい活躍しろよ。したら俺も嬉しい」
「あ……」
それで、彼は、ここからいなくなった。
「社長……」
………………なんだよ、それ。
3650階層に届く新聞って、なんだよ……………。
教えてよ、おとうさん。
▽
人生の中で一番長く感じたかもしれない、そんな一日の、顛末は。
騎士スカーレットや、
グランメイズは、星天教会騎士団から、多額の成功報酬を受け取り。今後も依頼を回してくれるかもしれないという、このひとたちとの縁もできて。結果だけを見れば、仕事はしっかり、成功に終わったといえる。
けれど、もちろん、いろいろと反省点はありすぎたわけで。
アスーニャさんがスカーレットさんに説教されているのを横で聞いていると、こちらも耳が痛かったわけで。
そして、何より気になることが、ひとつ、できた。
「社長のお父さん……あの人が……? 15のお子さんがいる年齢には、見えませんでしたが」
「はい。いなくなって10年以上経つのに、あのとき撮られた写真と、あまり変わっていませんでした」
迷宮の中で出会ったあの人。
変わっていない見た目。アスーニャさんが手こずるレベルの魔物の群れを、一瞬で殲滅した強さ。迷宮から出られないという言葉。
オフィスに戻った僕たちは、それらのことを、折を見てスカーレットさんに相談した。
事後処理で忙しいのに、スカーレットさんは話を聞いてくれて、そして、
「――あなたのお父上は、
ダンジョン……ロード?
初めて聞く、言葉の組み合わせだった。
「この星に複数存在する大迷宮。あまり知られていないことですが、それぞれ生みの親が違います。例えば、この第八迷宮は、フレイヤという神が創造したものです。ひとつの迷宮に、一柱の神がある。そして……」
スカーレットさんは、そこで間をあけた。ここからの僕への言葉を、選んでいるかのようだった。
「迷宮には、その神から、人界への恩恵・試練としての迷宮を維持するための、あらゆる仕事を押し付けられた
「とんでもない上司に気に入られて、家に帰れないくらいのブラック企業で労働してるわけですわね」
「変なたとえをしないで。……
……そんな。
それなら、父さんは帰ることはできない。ずっと、永遠に、僕がおじいさんになっても、迷宮で働き続ける。
「………迷宮の管理者を、やめる方法は?」
どきり、とした。
アズールさんが、そんな質問をスカーレットさんに投げた。……あるのか? 父さんを、解放する方法が。そんなもの、本当に。
スカーレットさんは、アズールさんをみて。そして、僕の方をみて、話した。
「もし。誰か、ほかの人物……たとえば、あなたが。お父上より強く、賢く、管理者として優秀であると、フレイヤ神に示すことができたのなら。彼の方は、お父上を使命から解放されるかもしれません。……その場合、代わりとして、あなたを迷宮に縛り付ける」
「うへぇ。神さまってコワイ。ろくでもないッスわね」
「あなたが働いてるところ、どういうところかわかってます? アスーニャ」
………。
なんだ。
あるんだ……方法。
そのあと。
相談に乗ってくれたお礼、そして、一緒に働けたこと、守ってくれたことへのお礼を言い。向こうからは、仕事を最高のカタチで終えてくれたなんていう社交辞令と、必要以上の危険を体験させたことへの謝罪を受け。
いつかの再会を約束し。僕たちは、ふたりの騎士を見送った。
迷宮都市の夜。
騎士たちは行き、アズールさんも、過酷な仕事を終え、ようやく帰路についた。
いま、ここには誰もいない。剣はいるけど、彼とはもうかなり信頼関係を築けたはずなので。僕がなにか変なことをしても、茶化したり、咎めたり、そんなことはしない。スケヴニングはいいやつだ。
だから。……いまだったら、惨めに泣いても、いいと思う。
とうさん。
じいちゃんがいなくなったときも、悲しかった。もし生き返ってもらえたら、まだ言いたかったこと、やってあげたかったことが、数え切れないくらいある。でも、人が死んだら、それを受け止めて、大事に自分の中に仕舞いこむのも大事だ……って。生きているときのじいちゃんが、教えてくれた。
そのことを、大切にしていたのに。
……生きているんだって、わかっちゃったら。仕舞い込むなんてできないよ……とうさん。
子どもみたいに、泣く。泣くとすっきりするので、これでもかと泣く。
ほとんど育てられた記憶もない、なんとなく憧れはあったけど、単なる他人のようにも思えた人。
それが、会って話せたら、頭に手を置かれたら、なんでだろう。もっと一緒にいられたらな、って、心底思ってしまった。
でも……
できるはず、ない。そんなこと、ひとりでは……。
「………社長」
「!? え……」
くらいオフィスで、しんみりしていたら。
帰ったはずのアズさんが、そこにいて、つまり、情けなさすぎる泣き顔を見られた。
「あっ、あの……これは……へへへ……アズさん、帰ったはずじゃ……」
ちょっと目元とかを隠しながら、声色を調整しながら話しかける。でも、アズさんは、正直アズさんにだけはあまり見られたくないのに、ずんずんと遠慮なく近づいてきて、
「うえっ!? あ、あの……」
思い切り、抱き着かれた。
というより、きゅって、抱きしめられた、っていうか。
「社長……ルーファンくん」
耳元で、アズールさんの、やさしい声がする。
「だいじょうぶ。泣かないで。きっと……いつか、また、会えますよ。ううん、会いに行くんでしょう」
……あたたかい。アズールさんの、体温。
「だったら、一緒に。それまで、あなたのそばには……わたしが、いますから」
あっ。
そうなんだ。
アズールさん、一緒に、いてくれるんだ……。
僕は。さすがにそれはダメだろと思って、躊躇はしたけれど。
すごく、そうせずにはいられなくって。アズさんの背中に、腕を回して。
甘える子どもみたいに、このひとに、くっついてしまった。
いつも、優しく、欲しい言葉をくれる。憧れる、かっこいい姿を見せてくれる。
こんな風にされたら、僕、僕は、アズールさんのことが――、
▽
…………。
…………いひ。
…………いひひひひ……!
なんか物語の山場っぽいけど、ヒロイン面できたぞ!
「よしよし……ルーファンくん、なでなで……」
「……って、あっ、ちょっ、やめ、いえ、すみません! アズさんに僕、だっ、抱きつくなんて」
「いいんですよ。アズールがこんなことしてあげるの、ルーファンくんだけです」
「ふ、え、あう……」
どうやら物語の大目的のひとつらしい親父が出てきたけど、生きていたのか。ふーん。イケメンだったけど、ルーファンもあんなになるのだろうか……うーん複雑、今の良い感じの童顔のままでいてほしい。
教会騎士のふたりはガチャから出るキャラのはずだが、加入はしなかったな。今後もなるべく阻止していきたいところ。
父親は……さすがに父親まで邪魔者扱いする気はないが、次の感動の再会までに、ルーファンくんは
この子がバリバリ仕事しつつ、もしあの父親も追いかけたいというなら……
これからは、公私ともに支えてあげる人間が必要ではないだろうか。
いひひ。
▽
「今日から夏休みなので、こちらに住み込みで働かせてもらいますね」
「?????????????」
貞操の危機