私の夢は夢を持った他の子をシバくことです。   作:しゃけむすび

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 遅くなりました。申し訳ないです。

※拙作の修正点についてですが、一部台詞や文章を改変しました。大筋にはあまり影響が出ない範囲ですのでご了承ください。
 また、それに関わって、支障が出ない程度に、幾つかの話を統合しました。ご迷惑をお掛け致します。


期待

 

 

 私だって、走る事以外は人並みの感性だ。レース外では真っ当に生きている筈だ。

 

 

 

 

 

 はて、秋のお天道というのはイマイチ覚束ないもので、雨降りに鬱々としていれば、いつの間にか穏やかに雲が揺蕩う……、と言った風な、移ろいの目紛しい事この上無しというものである。

 今し方、胸に抱いた憂鬱だか悔恨だか混ざり合ったこの想いもまた、丁度そんな風な揺れ方をしているところであった。

 せっかくの善行なのだからもっとハッピーに居たいのに。

 

 

───数十分前。

 

 表すとしてまず何と言うのが適当なのだろうか。白髪混じりの、初老と言うのは些か憚られる……如何にも人好きのしそうな柔和な顔。

 言葉にするとして、丁度そんな様な見てくれの婆さんであった。

 

 常であれば無くなる前に買い足しておくワサビを切らしていた為に、もうじき日も暮れ始めようかという時分に、最寄りのコンビニに向かったのだ。

 遭遇したのはそんな些事の帰り道である。大層な荷物を背負った婆さんが、丁字状になった住宅街の一角を、右往左往していた。

 ここでそのままスルーするのも良いのだが、取り立てて急ぐ用事があった訳でも無かったので、ちょっぴりの親切心と暇潰しを兼ねて声を掛けたのだ。

 

「バーサン大丈夫?」

 

 話を聞いてみれば、何でも初孫が産まれたという息子夫婦を訪ねて田舎から出てきたらしいのだが、あんまり同じような形の家が並んでるもんだからいつの間にか迷子になってしまったというのだ。

 そんなこんなしている内に、いつの間にか日まで暮れ始めていたのだという。

 

 因みに携帯か何か持っていないかと聞けば、自宅に黒電話があるのみで、他は何も無いそうだ。ハイカラな物にはてんで疎いのだ、と気恥ずかしそうに言っていた。 

 何ともありがちな、微笑ましい話である。今回は少し危ないけども。

 

「いやぁ、老いぼれが無理はするもんじゃないねぇ……」

 

 まぁ、明らかにヨボヨボいう訳では無い様な風体ではあるし、話す雰囲気はとても明朗だ。息子夫婦は婆さん一人に随分と無茶をさせるものだとも思ったが、恐らくは婆さんが、元気な姿を見せたいとかで少し張り切ったんだろう。

 

「あははは!そんな事ねぇさ。私もどれがどれだか分かりゃしねぇし!」

 

 一番重い風呂敷を婆さんからひったくり、これまた婆さんが持っていた簡素な地図の様な物を頼りに、私はいそいそと道案内をすることにした。

 

 地図という物をあまり見慣れなかったので、見方を定めるのに四苦八苦したが、やがて大体の検討がつき、のそのそと歩き始めた時、婆さんが徐に口を開いた。

 

「こう見ると、今も昔も、貴女達は良い子ばかりだねぇ……」

 

「どったのさ、いきなり」

 

 そうすると、婆さんは思い出をなぞるように少しずつ話し始めた。

 

「昔ねぇ、貴女と同じように助けてくれた娘がいたのさ。初めてこの町に来た時、貴女がしてくれたみたいに、とっても良くしてくれてねぇ…」

 

「それっきり、すっかりその娘のふぁんになっちゃってねぇ。その娘を応援したくてね、初めて会場に行って競バを見たんだよ」

 

 ふーん。何ともまぁ、健気な事で。しかし、あれだ。年寄りの話は当たり外れが大きいから、出来ればこっちから話題を振りたかったんだが。

 

「でも結局、その日はその娘負けちゃってねぇ……お婆ちゃんは、あんまりお金が無かったからねぇ、それっきりだよ」

 

 ム。まぁ、どこにでもありそうな話だな。いつの時代だかは知らないが、察するにこの人が若い時なのだろう。中々苦労を重ねてきたのだろうと言う事は察せられる。

 

「はぇ〜。そっからはレースとかみてねぇんだ?」

 

「そうさねぇ……お婆ちゃんが知ってるのは、その娘と、シンザンくらいのもんだねぇ。」

 

 昭和かて。いや、そうなのか。

 ていうか、全く関係無いレースを見ただけのバーサンでも知ってるって、シンザンてやっぱ凄いんだな。

 

「シンザンやばかった?」

 

「あんまり世間様の流行りを知らなかったお婆ちゃんでも、名前だけは覚えてるからねぇ。」

 

 シンザン……。1960年代といえば、恐らく戦後の日本に於いて最も苛烈な熱を持った時代。その激動も呑み込んで、神と讃えられたのだ。

 早い話がマイケル•ジョーダンみたいなもんか。

 

「バーサンの好きな奴の名前教えてよ」

 

「アーチライターっていう娘だよ」

 

 ふむ……、ン〜……。あぁ、思い出した。

 

 

 アーチライター。言ってしまえばそこまで強いわけではない。

 G2を計5勝し、日本ダービーを始めとした最前線の舞台では、一着こそ獲った事は無いものの最高三着、掲示板入りは四回している。知略を擁した走りが持ち味で、脚質は差し。

 レース開始から中盤に差し掛かるまでは脚を溜め、そこから緩やかに加速していく。その際、周囲のウマ娘とこいつはよく駆け引きをするのだが、それがまた巧いのだ。

 ゲートの開く直前に騙りを入れ出鼻を挫き、そこから中盤までは周囲に動揺を誘う牽制、……惜しむらくはその脚質でありながら、パワーに恵まれなかった事と、掛かりやすさだ。

 優位であれば冷静だが、少しでも劣勢になると途端に瓦解する。アーチライターはそれが特に顕著だった。

 更には、上澄みの上澄みであるスター級の奴らは、そういう戦法にそう簡単に嵌るような精神力では無いので、それらの要素もまた、彼女が勝ちきれない理由であった。

 そういう訳があってここぞという場面では、そこを突かれ容易く沈んでいた。しかしファンには寛容であったようで、引退は惜しまれていたらしい。知る人ぞ知る名ウマ娘といった感じだ。

 

「お、もうすぐだぞバーサン」

 

 のんべんだらりと話していると、いつの間にか目的の場所に近づいていた。もう少し時間の掛かるものだと思ったが案外そんな事は無かったのに少し驚きである。

 

 道中、バーサンが恵んでくれたドロップ缶の菓子を舌で転がしながら、このババアとの交流がもうじき終わるのに、ちょっぴり寂しさを抱いていた。

 

 話は変わるが、この道順を迷うって、バーサン方向音痴なんだな。

 

「ありがとうねぇ。あぁ、そういえば」

 

 思い出したように婆さんは言った。

 

「ン?」

 

「いつだったかねぇ、息子がお祝いに、競バを観に行くらしいんだけどね、もし貴女が出てたら、お婆ちゃん応援するわぁ。だから、名前を教えてくれないかい?」

 

 ふはははは。このババア、何を言い出すかと思えば。

 嗄れた老いぼれのちんけな声援なんざ毛程も要らぬわ。故に名乗る必要も無し!

 

「………デイズオブレスト。デイズって呼んでよ。もし出てても、観てくれるだけで良いからね?」

 

 万が一に、老体に無茶はさせたくないのだ。

 

「デイズちゃん、可愛い名前だねぇ」

 

「何のレース観に行くのか教えてよ。一応、もし出たらバーサンの事探すからさ」

 

「確か……3月頃の……何だったかねぇ…」

 

 3月?ワンチャン来たかこれ。私の出るレースだと良いんだが。

 まぁ、もし来てくれるなら丁度いいか。ファンサービスをしてみるのも、偶になら吝かではない。

 

「あぁ!お母さん‼︎」

 

 あれやこれやと思索に耽っていると、そんな声が前方から聞こえてきた。

 

「ム。」

 

 見れば、少し利発そうな眼差しの女が此方に手を振っていた。何やら幾分走り回っていたようで、少しだけ汗ばんでいる。

 

「じゃあまぁ、バーサン。今度は気ぃつけてけよ?」

 

「おやまぁ、もう行っちゃうのかい?良かったら何かお礼をさせておくれよ」

 

「あははは!好きでやったんだから大丈夫だよ。それに飴も貰ったし」

 

 そう言ってみれば、バーサンは少し申し訳なさそうな顔になってしまった。やめてろよな。せっかくのお人好しも、そんな顔をされたら意味がない。というか、そんな顔でいられると後味が悪い。

 

「その代わり、レースで見かけたらさ、心の中で頑張れーって応援してよ。私、頑張っちゃうからさ。」

 

 嘘である。別にバーサンが居てもいなくても、普通に頑張る。

 

「もちろんさぁ。お婆ちゃん、デイズちゃんの大ふぁんに、なっちゃったからねぇ」

 

 まぁ、バーサンが居たら、やる気がほんのちょぴっとだけ上がるかもしれない。

 ハナ差勝ちが、5バ身差くらいになる程度の変化である。

 

 そんな会話をしてしばらく後、バーサンと別れて私は帰路についた。

 薄々勘づいているかもしれないが、実は私は、お年寄りにあまり強い物言いができないのである。

 まぁ、健全で道徳を学んだ一般ぴーぷるなら、至極真っ当な事ではあるが。

 

 少し歩いたところで、流し目程度に振り返ってみれば、安堵と心配を半々にしたような顔で、バーサンと若い女が何やら話している。

 見れば分かるものだ。きっと、仲睦まじい関係をあの家族は築いているんだろう。

 

 

 

『……んで…………言えば……』

 

『分か………だけ……』

 

「ム。」

 

 ああいう雰囲気は、やはり何処か苦々しく見てしまう。あまり直そうと思った事は無いが、それでもやはり、嫌になる。

 

 

 

 因みに、門限を過ぎての帰宅だった為、寮長に大変ありがたいお言葉をいただいた。

 

 

 

───しばらくして。

 

「グラスワンダーってこのクラス?」

 

 季節も少しずつ変化の様相を見せ、寒さに歯を震わせながらも私が向かったのは教室棟の3階である。この学び舎は如何せん生徒の頭数が多いので、この他にもだだっ広い敷地の中に様々な施設があるのだが、人っ子一人居ないというような場所は全く無いのだ。

 何が言いたいかというと、考え無しに探し回っていたところでまず間違いなく見つからないのだ。

 

「あ、はい。そうですけど……」

 

 つまり、今私が名前も知らない生徒さんに怯えられているのも、決して無駄な損害ではないのである。

 

「要件は、レースの事ですか?」

 

 そんな声が背後から聞こえた。

 

「ン!いいね。物分かりが早くて」 

 

 振り返りながらもそう言えば、中々どうして小憎たらしい澄まし顔が目に映った。

 

「勝負には、乗ってくれるって事で良いんだろ?」

 

「ええ。いつであろうとも貴女を退けてみせます」

 

 悪くない。どっちかと言えば、スペシャルウィークみたいな方が昂るのだが、こういう手合いも新鮮だ。寧ろ、こいつの方がなまじ心が強い分、好ましく思う。

 

「皐月の前座がよ、3月にあるらしいんだわ」

 

 そう言うと、眉を微かに八の字に曲げ、グラスワンダーは言った。

 

「………本来であれば、レースを個人の勝負事などには使うべきでは無いのでしょうが、ここは貴女に合わせましょう」

 

「悪りぃな。ありがとね」

 

 

 さて、これで後はシバくだけか。中々どうして心が躍る。やっばり癖になってしまうような感覚があるものだ。

 

 ……あのバーサン来てくれんのかな

 

 

 





 一般ボランティア主人公。

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