私の夢は夢を持った他の子をシバくことです。 作:しゃけむすび
“グラスワンダー”……、人格は正に誠実そのものだ。実直というか、一般の観点からすれば、こいつと仲良くなりたい、って思わせる様な人当たりだ。しかし反面、勝負事に於いてはまだ甘さが若干残る。何かの起点、或いはそこまでおおげさで無くとも良いから、キッカケさえあれば大いに厄介な敵となる。
「先行でいいのか?」
そう言って共に研究に勤しんでいた我がトレーナーに声を掛けた。こいつは練習メニューに口を出さない分、知恵を絞る時に一緒に悩んでくれるから良い。
最近は今後の展望を考慮してレース前には必ず作戦を組み立てる取り決めをしたのだ。この先無策でいられるほど甘くは無いというのがトレーナーの見解である。因みに私の魂胆とかは上手くぼかして伝えているので、やり方について文句を言われる事はない。よしんばそれが露見したとしても、トレーナーは私を糾弾するような事はしないだろう。だが、少し伝えるには心の準備が間に合ってない。
「そうだねぇ、理由はぁ?」
「一番無難だろ。お相手の才覚は青天井だからな。発展途上のイレギュラーは予測が出来ねぇ」
「まぁ、丸くはあるかなぁ。ただよぅ、あんまり入れ込みすぎんのも良くないかなぁ、後で見せるけどさぁ、他の娘も大分強いよぉ」
流石にG1有数の大舞台の前哨戦ってだけある。この分ならグラスワンダーにばかり目をやっていると足元を掬われるな。ただ、余程のメンタルが無ければ、如何に強豪と言えど模倣を目の当たりにして平素のままレースを運べるとは思えない……やはり念頭に置くべきはグラスワンダーだろう。あの精神性は“ともすれば私の技術を貫くだろう”という危惧がある、アレへの対策を軸に展開を思索するべきだ。
トレーナーが言うには、まだ所詮は未成熟の精神状態なのだから、2.3度の揺さぶりを掛ければ沈むと思われる……とのことだ。
恐らくはそうに違いないが、かと言ってどんなに長くても5分掛からないレースの際中に、有効打と成り得るフォームを各々適切なポイントに挟み込むというのは至難だ。それ以外のアプローチも視野に入れるのが賢明だろう。まぁもし、それらが困難な場合は少々不確定にはなるが、純粋な根比べも悪くは無い。
問題は手段である。今のところあいつの琴線が友人である事は把握しているが、それをどうにかこねくり回した案を考えようと思う。
「ねぇ〜」
「あぃ?」
「頭疲れたからさぁ、飯行こうぜぇ」
まったくしようの無い奴め。まだ談義を始めて2時間なのに、堪え性が無いったらない。足繁く学園に通う生徒ですら毎日6時間くらいは机に向かっているというのに。どうにもこれだからこのトレーナーは駄目なのだ。何が駄目かってこれが初めてで無いのだ。一昨日などは年頃の生娘であるこの私に、二郎系ラーメンとかいう代物を食わせた。おかげで次の日は歯磨きを入念にしたにも関わらずマスクをして生活せねばならなかった。それに加えて、いつも気紛れに物を摘まむから、最近はトレーニングの量を増やさなければならなくなってしまったのである。この間抜けめ。
「はぁ……今日はなんだ」
「海鮮だぞぉ」
「行く」
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して、レース当日である。因みにサーモン丼がとても美味かった。やはり鮮度が命である。また連れてってくれないだろうか。あの後、作戦について考えてみたが、特に良い案は出なかった。やはりトレーナーのせいである。番外戦術を仕掛けようとも考えたが、アレの周りには私のやり口を知っている奴がいる。要らぬ事をして備えを堅牢にされては堪らないから、止むなく断念した。
だがやはり性分には合わない様で、どうにも何か言っておきたい気分である。
因みに会場については、スペシャルウィークとやった時よりも盛況のようである。まぁ黄金世代と今回のレースのネームバリューを考えれば妥当であろうと思うが、それにしたってまだ薄ら寒いような時期によくここまで人が集まったなとは思う。煩わしい。煩悶だ。
あと、これは最近気づいた事なのだが、グラスワンダーは同期の中でも人気が著しく高い。大和撫子然とした佇まいと、生まれに違わぬ整った顔立ちに加え、レースになれば見る者全て(私を除く)を熱に巻く一気呵成のその姿勢。成程、端的に表すだけでも十二分に脅威が分かる。
さて、トレーナーと日程の打ち合わせをしながらも控室へと脚を運び、身支度を整える。何気に今までで一番の大舞台なのだが、私自身は酷く苛ついていた。……?イマイチ思考を把握し損ねる。調子は悪くないし、懸念点も気を揉むほど切羽詰まったものじゃない。ならば、何故ここまで胸焼けのような不快感を覚えているだろうか。
そんな事を思いながらのそのそと歩いていると、気付けば地下バ道まで来ていた。……何というか、掃除は行き届いているのだろうが、出口へ近づくにつれ、独特の臭気と湿気を感じるのが煩わしい。古惚けた汗と、ロマンチシズムを絡めて言うのなら努力の結晶の成れの果てだろう。うざったいったらありゃしない。
「どうやら、臆す事はなかったようですね」
「みたいだな。私もびっくりだわ」
「なんでそんな他人事みたいな反応なんですか」
聞き覚えのある声である。闘志……というよりは幾分か私情だろう。謂わば仇討ち目的で同意したのだから、こいつの言った論理は既に機能していない訳だ。
よく見てみれば、グラスワンダーの顔からは少しだけ険が抜け、体格に関しては前見た時から今までの肉体面においての成長があまりに乏しい。
というのも、予測では今の状態のざっと1.3倍程度に仕上げてくるだろうと見積もっていた。この予測については、客観的な成長の度合いとこいつ自身の才覚を可能な限り検証して出したものなので、信頼に足るだけの根拠がある。
それに基づいて考えるならば、大方グラスワンダー自身も己が信念を曲げる様な事だと今回の一件で気づいたのだろう。そして自分の心と事実の矛盾に苦悩し、思うような練習が出来なかった。細部は知らないが大筋はこんな感じだろう。ありがたい話である。
ハッキリ言って拍子抜けだ。今回のレースはグラスワンダー、他の有望株、その他で脅威度の検討をつけていたが、こういう事になっているなら別にグラスワンダーだけ特別扱いする必要はないな。
だけど何の用だろう。私は用があるけどこいつには私と話すだけの要件はない筈だ。
「で、何の用か聞いていい?」
「……あれから、少し考えを改めました。ですが、一つ聞いておきたい事があります。貴女は、害意のみを抱えて走っているのですか?」
「……さぁ?」
何故だかは知らない。理由すら浮かんでこないが、以前と打って変わって、こいつの顔を見ていると不快感が強まるのを感じる。いや、つい数秒前まではそんな事なかった。とどのつまり、こいつの纏う雰囲気が、この瞬間に変わったのだ。
「私達に夢を見てくれる誰かが居て初めて、私達は勝負ができるのです」
「……で?」
「如何に露悪的にしようとも、それが貴女の信念であるなら否定はしません。ですが、貴女にも、貴女の背中にも期待を寄せる人がいます」
「…………」
「ライバルに情を移さないのなら、せめて、未来に於いて貴女のファンであった事を誇りに思う誰かの事を、気にしてあげて下さい」
そう言って、朗らかに、慈しむように、包み込むように、
憐れむように、グラスワンダーは笑った。
あぁ、分かった。何で苛ついてたのか。言い分じゃない。こいつの言ってる事は紛れもなく正しい。レースってのもただ走るだけじゃない。愛想振り撒いて媚び諂って、兎に角大衆に受ける工夫をする。強くなればなる程、自由じゃいられなくなる仕組みだ。
で、だ。何でそうなるかって言やぁ面白いからだ。ウマ娘からすれば走る事が、観客は見る事が、面白いからだ。面白くて、需要があるから人が集まる。
こいつは、こいつらは、前提ですらない常識で、面白いのが当たり前なんだ。それを基に思考して矜持やら何やらを創り上げたのだ。だから、食い違って当たり前なんだ。
何が面白いんだ?
何に夢見てんだ?
幾ら努力しても、お前らと笑えねぇよ。
幾ら望んでも、夢が分かんねぇよ。
何で、私はこんなに醜くて、テメェそんなに綺麗なんだ?テメェらそんなに生き生きしてんだ?頭の出来が一個違っただけだろうがよ。
頭叩きゃあ私も笑えんのか?クソくだらねぇかけっこ擬き見て、ギャハギャハ馬鹿みてぇに燥げんのか?
違ぇよな。テメェら頭数が多いだけでよ、綺麗じゃねんだろ?
偶々似たような事考えた奴が多いだけでよ、全部がそうだと思い込みやがる。
母親も父親もそうだった。走る事が面白くねぇのがそんなに変か?
走る事が面白く無くちゃあ絶望しなきゃいけねぇのか?
元々無ぇもんを失くしたみたいに扱いやがって。
悪ぃな歪でよ。大人しくしとけば良かったな。私は異常者ですっつってべそかいてれば良かったな。申し訳無さそうな顔しながら毎日暮らしてれば良かったな。
そうしとけば誰も悲しくなかったもんな。糞みてぇな唯一の趣味もみつけなかったよな。誰かさんのポリシーも穢れなかったな。
「おい」
理由は、無い。もっと言うと、そんな眼で見られる、理由は無い。
「お前、轢き潰してやるからな」
お前ら、笑顔が癇に障んだよ。
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