私の夢は夢を持った他の子をシバくことです。 作:しゃけむすび
(うるせぇなぁ……)
秋の寒空というにはあまりに晴れやかなレース場の、ゴールのすぐ後ろでそんな事を思った。
ざわざわと混乱している生徒の声が聞こえる。すぐ近くで蹲ったウマ娘が何やら呻いているのが見えた。
混迷冷めやらぬレース場で抱いた疑問はきっと、私が異常であることの何よりの証明なんだろう。
−−−始まりは、二ヶ月程前に遡る。
兼ねてよりの計画。それは、出来るだけ早めにG1に出場し、とっとと一着をぶんどる事である。というのも、今私は母親への義理立ての為だけにここまで来たと言っても過言ではないので、レースに対してマジでモチベーションが無いのだ。正直バイトとかして金を貯めたい。
高等部に上がるタイミングで動き始めたのは、一般的にそっちの方がレベルの高い相手がいるからだ。有名な賞の方がきっと周りも納得するだろうという腹づもりだから、三冠と目される内のどれか一つを最終的には獲りたい。母親は確か3つほどG1で賞を取っていたので最低でも4つは獲らねばならない。
しかし、私のそんな計画は早々に頓挫しかけた。
「単刀直入で申し訳ないが、このままだと君は退学処分になってしまう。」
「わっつ」
呼び出されるがままに向かった生徒会室で、現生徒会長のシンボリルドルフさんは開口一番そんな事を仰った。あまりに突飛すぎたので変な声が出てしまった、怒られないだろうか。未だ理解が追いついていないがいつまでも呆けてることはできない。性急に状況を整理せねばならないのだから。落ち着け、素数を考えて落ち着くんだ。
(2.4.6.8.10…)
それは偶数だろうというツッコミはさておき。単刀直入と言っていたが単刀直入どころの騒ぎではない。まだ寛いでいる時にフラッと現れるGの方が可愛げがあるというものだ。学園では品行方正をモットーに、慎ましやかに生活してきた筈の私が何故そんな目に合わなければならないのか。
そんな事を考えていると会長さんはハッとした様な顔でこう言った。
「い、いや、すまない。少し唐突すぎた。だけど、君が退学の危機にいるというのは事実なんだ。一先ず私の言うことを落ちついて聞いて欲しい。」
「はぇ」
彼女が言うにはこうだ。まず、私は未だに模擬レースすら出ておらず
この学園に在籍する生徒として好ましくないと思われていること。次に、このままでは如何に普段の生活態度が良くても退学処分を下されてしまうこと。しかし、ニヶ月後にある今年度最初の模擬レースに出場するのを皮切りに、徐々に競走活動に参加していけば退学の話は無くなるだろうということ。
「本当に急な話だが、私もつい先日にその事を聞かされてね。いきなり理事長が話すのでは君も驚いてしまうだろうということで私が伝えることになったんだ。」
「ひぇ」
私のような一般ウマ娘からすれば理事長と生徒会長に目に見えた違いは無いのだが、会長さんも下々を出来うる限り気遣ってくれたのだろう。
──肝心なのは走りさえすればどうやら退学は無いらしいということだ。……無自覚ながら、早くも惰性に負けていたらしい。しかし、先述の通り、そろそろ動かねばなぁと思索していたところではあったので、丁度良いと言えば丁度良いのだが。
「…私達にとってレースは生活の基盤と言っても過言では無いが、そういう訳では無い子がいるのも重々理解しているつもりだ。君の普段の行いは私もよく知っているんだ。正に清心誠実。君のような人格者がレースに出ないと言う理由だけで将来を左右される経歴に傷がつくのはあまりに心苦しい。」
「ふぇ」
「……本格化さえしていなければまだ何とかなったんだが、君は既にしてしまっているからね。このままというわけにもいかないんだ。だけどもし、何か心因的な理由で忌避しているのであれば心配無用、心置きなく言ってくれて構わないよ。その時は力になる。」
「へぇ」
「……まさかそんな事は無いと思うが、どこまで相槌をふざけたら怒られるか試してる訳ではないよね?」
「ほぇ」
「よし、分かった。何も心配は要らなさそうだね。明日にでもどこかのチーム練習に参加させて貰えるよう打診しておこう。」
…ッチ。5回が限界か。優しそうだし7は堅いと思ったんだけどな。しかしまぁ、何だかここまで下手に出られると逆に申し訳ないものがある。要はこの話は、走る為の学園で走る気のないバ鹿がいるというだけなのだから。そんなの怒られて当たり前である。
──事実を陳列するとあんまりにもあんまりなので、ここら辺でやめておこうと思う。
さて、二ヶ月か。猶予にしては長いし鍛えるには短いな、とも思ったが、除籍の条件と私と他のウマ娘との現状を鑑みてくれたのだろうと思う。
おんぶにだっこも極まれば恥はなくなるものだ。つまり、私の頬が林檎のように赤くなっているのと今の話は何ら関係のないものである。
───そして二ヶ月後、とあるレース場。
時の流れというのは早いもので、走り方だのなんだのを復習して、もはや日課となったフォーム研究をしているうちに本番の日が来てしまった。
しかも何の因果か秋だというのに曇り一つない晴れ。本番といっても所詮は模擬レースなので特に進退がかかっている訳でも無いし、考えてみれば二ヶ月という短期間での出走を令されたのも、私が特に順位にこだわらないだろうから怪我の危険性が低いと思ったに違いないし、実際その判断は間違ってない──とも限らない。ここで私が他のをぶっちぎって一着を取れば、きっとその後の選手生命に良い影響を及ぼせるのだ。
だがしかし、辺りを見やればそんな暢気な事を考えているのは私だけだと分かる。どいつもこいつも今にも飛びかかって来そうなほどギラついた目をしている。
察するに、こいつらは今回のレースで何か結果を残さないといけないんだろうな。なら最悪一着は譲ってやるのも吝かではない。私は心優しいウマ娘だからな。わははは「おい。」はは、
「…んん?」
左の、少し柄の悪そうな目つきのベリーショートの髪の奴が声をかけてきた。
「お前みたいなのがなんでここにいんだ?」
その言葉を皮切りに、ベリーショートは熱弁を始めた。要約すると大体以下の通りである。
「ここは本気でレースに勝ちたいって思ってるヤツだけが立てる神聖な場所なんだ。ハッキリ言って邪魔なんだよ、お前みたいな半端者は。目ぇ見りゃ分かるんだよ、お前私達に勝つ気ないだろ?」
…私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の正論パンチウマ娘を除かねばならぬと決意した。
どんなに自分が悪くたってそんな口調で言われれば腹の一つも立つというもの。というか私は熱意を持てないのに特に知りもしないで偉そうな口を聞かれたのはムッとした。何よりこいつは
「勝ってから言えよな、そういうのはさ。」
「あァ?」
顔がムカつく。
「もういい?そろそろ始まるぜ?」
「なっ!?おい!」
こいつの言葉を借りるとするなら、神聖な闘争の場面において猫を被るのはナンセンスだろう。ならこの際、無駄なことはしない。何よりさっきの熱弁ですっかり私はやる気になった。正論を言われた事に腹が立った訳でも、その生意気な口調にムカついた訳でも無い。
改めて、何やら吠えているベリーショートを見やる。体操着の上からでも分かる、太腿の辺り筋肉のつけすぎだ。これではパワーは上がるだろうが肝心のスピードは出ない。そしてやや右に偏った重心は、適切な体幹トレーニングができてない証拠だ。これでは最も適当なフォームが維持出来ないだろう。加えて浅くはあるが隈があり、顔色はこの天気で若干蒼白だ。こいつはこの程度、このレベルの仕上がりで私に啖呵を切ってきたのだ。私はそれが何よりも腹立たしかった。私はレースに興味はないが、舐められるのが好きな訳では無いし、寧ろそういのは我慢できない気性だ。それこそ自認するレベルで。最低でもこいつは必ず負かさねばならないと決意した。
指定された時刻通りにレースは始まるというので、予め抽選されていたラインに出る。特に意識する事は無い。後は始まるのを待つだけだ。
そして、
『よーい‥始め!』
教員の号令とともにレースは始まった。
(逃げは2人、先行が3人、差しは2人、追い込みは無し、と。)
事前情報が一つも無いので、より具に観察をしなければならない。本来ならなぁなぁに済ませる予定だったが、止めだ。殺す。
‥概ねよくある展開だろう。逃げに関しては1人がかかり気味なので、冷静に隙を突ければ、落とすに難くない。先行はとりあえず自分も含めて4人だが、見たところそこまで図抜けた奴はいない。
終盤の動きを見てからの対応で間に合うだろう。
そして差し、さっきのベリーショートは差しらしい。成程、だからパワーをつけていたのか。
しかし前述の通り決して好調とは言えないコンディションに加え、逃げが2人居ると言うのを加味すれば、さして気に留める必要はない。
残りの1人は…
(ン、あいつのフォームはいいなぁ。踏み込みに独特の緩急があるのか。粗いと言えば粗いが、この中では際立ってるな……溜めた脚を使う時に振りも少し大きくするかな。加速力のことをよく考えてやがる)
よし、決めた。今のところ1番の注意人物はあいつだしフォームも悪くない。一先ずはあいつのを真似て潰そう。
緩急。あいつは2歩毎に切り替える。なら2歩半にしよう。あとは、少し掌は大きく開いて、やや前傾姿勢。…よし、こんな感じか。中々どうして良いフォームだ。きっとこれを物にするのは並大抵の努力じゃ済まなかったのだろう。
後ろを少し振り返る。
「⁉︎…え、え?」
ぐへへ、良い感じに動揺してるみたいだ。これなら100mも走れば潰れるだろう。他に脅威は無いし、後はこのまま行って最終直線でぶっちぎりだな。
残り200m…来た100m、ここで一気に加速する。3歩目の最高速に達したら、この前ビデオで見た走法で加速する。フォーム自体は良かったが、ば数を踏んでないせいか彼女のでは末脚を活かしきれない。改善にはどうしても研究が必要になるだろう。
(ふむ……)
良いフォームを魅せてくれた礼はせねばならない。今し方、彼女のフォームでは末脚を活かしきれないと言ったが、それは経験に劣る本人の話で、基礎を重点的に鍛えた私は、その限りではない。
当然、後でこのレースを見返すだろうし、その時の一助になってやろう。余計なお世話の老婆心だが、それでもまぁこんなクソ下らない行事に少しは華を添えてくれたのだ。感謝はしている。
「……ふッ、」
予想通りだ。先程までの弄ったフォームを切り替え、未完成の彼女に合わせて、再現し、呼吸のタイミングとつま先の出し方を少しだけ意識するようにした。
…50m…10m
『ピッ!』
私は一着だった。二着とは2バ身程度。まぁ完勝と言って差し支えないだろう。驚くほどに何とも思わない。
…しかし、本当に何が楽しいんだこれ。そもそもただ走るだけなのにどこに楽しみを見出せば良いんだ?
(わっかんないなぁ)
そんな事を考えていると何やら呻き声が聞こえた。
よくよく思い返してみれば、レースが終わった後の事は深く考えたことがなかった気がする。あの娘はどんな顔をしているだろう。
「な、……え?…なんで」
理解が追いついてないといった様子の彼女は、そんな事を呟いていた。
無理もない、自分が磨き上げてきた筈の自分だけの技術を、少し見ただけの私に完璧に模倣されたのだ。風邪ひいた時に見る悪夢の方がまだ現実味があるだろう。
(うっへぇ、ネバギバぁ)
さらに辺りを見渡せば、今し方レースを終えた者の中で最も注目を集めているのは私だと確信できる程度に人目を集めていた。と言っても、そこまで人がいる訳ではないが、それでも分かるほどに周囲は動揺し、騒めいている。
その状況については、驚いたというのが正直な感想だ。いくらこの学校がレースに重きを置いていると言っても、言い方は悪くなるが大した実力がある訳でもない一般の生徒に私のした事が分かるなどと思っていなかったのだ。それについては些か認識を改めなければならないだろう。彼女らもまた、全国から夢を追いかけてここまで辿り着いた強者という事だ。
ついでに言えば、恐らくは私が模倣した差しの娘を見にきたのであろうトレーナーらしき人間も数人いたが、そいつらもまた激しく動揺していた。それについては大して驚きはしない。ウマ娘を戦士とするなら、トレーナーは軍師だ。フォームだなんだという領分は彼らの方が余程詳しいからな。
しかし困った。私の戦法は、自分で言うのもなんだが今までに前例がないくらいには特異だ。対処のしようがあるとも思えないが、これを機に私の噂は広まるだろう。闘争に於いて情報は何よりも強かな武器になる。万が一にも対策を立てられた時の為に今のうちから何か策を練っておいた方が賢明だろう。
…だがそれよりも今は、私の目の前で茫然自失としている娘に関心を惹かれていた。何故だろう、この娘を見ていると妙に胸がざわざわする。
先程とは打って変わって、何だか鳥肌の立つような感覚に私は支配されていた。
そのざわつきは私にとって未知であり、自分の周りで未知があるのはあまり好ましくない。ついでに、先のフォームについても議論がしたい。如何に未完と言えど天然物にしてはとても良いフォームだった。
「改善点とか分かった?何だったらもっかい見る?」
すると、その娘は突然の問いに多少面食らっていたようだが、やがて唇をワナワナと震わせて然る後、とうとう泣き出してしまった。そして何を思ったのか、その泣き顔のままどこかに駆けていった。
「ン?ん〜…あぁ、そうかぁ。」
暫しの逡巡の後、気づいたことがある。彼女が顔色を明滅させていたのは十中八九私のせいであり、あろう事か模倣をした張本人に彼女は気遣われてしまったのだ。プライドがズタズタどころの話ではないだろう。もはや立ち直れるかも怪しい。私は僅か数秒の間に、どうやら取り返しのつかない大ポカをやらかしてしまったようだ。
だと言うのに、1人のウマ娘の未来を潰してしまったかもしれないというのに、私は何故かいつもよりも晴れやかな気分だった。寧ろ、あの泣き顔が頭にこびりついて離れない。あの顔を思い出す度に胸が躍る。いっそ今から長距離を走れと言われたら喜んで駆け出してしまうかもしれない。
今日は驚くことばかりだ。自分にこんな一面があったなんて思わなかった。
ただ、不思議と悪い気はしない。脳裏には、眉を八の字にする気力もなく歪に曲げ、汗と微かな砂埃に塗れた涙を頬に滴らせながら、横っ面を張られて怯えて泣く子供のように唇を噛んで嗚咽を殺す彼女の表情が想起されていた。
しかも、考えれば考えるほど落ち着くどころか興奮してくる。こんなもの、こんな気持ちを知ってしまったら手放せる訳ないじゃないか。
(よし、決めた。)
これからは、彼女たちの泣き顔を見る為に走ろう。勿論、元々の目標であるG14勝は大前提として、私の個人的な趣味としてそれらを楽しもう。
今までレースの事を考えるだけで毎日げんなりしていたが、今はそれが嘘のように昂っている。レースに夢を見たウマ娘は、それが叶わぬと知った時どんな顔をするのだろうか。何を見て、何を思うのだろうか。
想像するだけで、やる気がムンムン湧いてくる。何かやりがいを見出すだけでこんなにも世界が変わるのか。明日からの練習が楽しみだ。
誤字報告等あればコメント下さい。