もしも毘沙門天の兄が勇将だったら   作:サンサソー

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戦国の世は、急な病で世を去る猛将たちも多い。

そんな世に病弱で生まれてしまえば……早死するのは当然の帰結である。


景虎、台頭す

春日山城、夜━━━

 

景虎は綾御前から晴景の症状が悪化したと聞き、すぐさま馬を駆けさせた。徒歩で約一日かかる距離…しかし景虎は休みなく走らせることで、綾御前に伝えられた日のうちに春日山城に到着出来たのだった。

 

「景虎さま!もういらっしゃったのですか!」

 

小姓が景虎を呼び止める。景虎は小姓に気づくと、早足で詰め寄った。

 

「兄上の様子は!」

「……酷く苦しんでおられます。おそらく、今夜が峠かと」

「な……兄上は何処に!」

「あちらの寝床に…」

 

景虎は足音も気にせず、廊下を走り襖を開ける。そこには敷かれた布団の上で苦しげな呼吸を繰り返す晴景の姿があった。

 

「兄上!」

「はぁ…はぁ……景虎か…」

「はい!私はここに!」

「お前に…お前に、教えねばならぬことが……」

「兄上…」

 

身体を起こそうとして、しかし力が入らずに上半身が軽く上がるだけ。景虎は傍によると、そっと晴景を抱き起こした。

 

「ああ…景虎……」

「兄上、無理はなさらず。ご自愛くださいませ」

「……そうはいかぬ」

 

景虎は晴景の答えに何かを感じ、晴景の顔を真っ直ぐ見つめる。晴景はしっかりと景虎の目を見ながら言葉を紡いでいった。

 

「お前は人がわからぬ…そうだな?」

「……はい。景虎は五常の徳、そして義を()()ました。人はそう思い、そう考えて生きるのだと。しかし……いいえ、いいえ!私にはわかりませぬ!人というものが、弱くつまらぬものとしか思えぬのです!」

 

景虎の目が変わる。為景が恐れた目、綾御前であっても唯一触れることはついぞなかったもの。瞳が歪み、もう一つ白い瞳ができるのだ。

 

「景虎……」

「わからぬのは人だけではありませぬ!兄上!私はあなたがわからぬのです!」

 

抱き起こしていた景虎の手が、叩きつけるかのように床へ押し付けた。弱っていた晴景は大きく咳き込み、血の塊を吐き出した。

その血が顔にかかるが、気にせず景虎は続けた。

 

「父上は怯えをもって言いました!私の目は妖の目だと!皆は祈りをもって言いました!私の目は神仏の目だと!しかし、兄上だけなのです!目をそらすこともせず、しかし怯えも祈りもなく見る者は!答えてください兄上!兄上にとって、私の目は何物なのでしょうか!」

「…………」

 

晴景は苦しさに顔を歪めながらも、しばらく熟考した。景虎は笑いの面を貼り付けたまま、じっと晴景を見たまま動かない。それを見ながらも、ついに晴景が口を開く。

 

「雪は城に満ちて冬気驚く……霜は地に立ち、月三更。我仰ぐ眞白なる月…はぁ…さもあらばあれ、内苦、行苦を憶うを」

「……雪は城に降りて、冬の気配を気づかせる。霜は地を染めて、月は更けていく。自分が仰ぐ真っ白な月を見ていると、身体の苦も、生の苦も忘れてしまいそう」

「くっ……はぁ…はぁ……」

 

景虎の力が弱まり、晴景は優しく抱き起こされる。景虎の目は戻り、貼り付けたかのような笑みも意思ある慈しみの笑みに変わっていた。

 

「兄上……申し訳ありませぬ」

「よい…よい……景虎、お前は人がわからぬだろう。そして、どれも弱くつまらぬものと見えてしまうだろう……だが、お前ならきっと、弱く…されど強き者と巡り会えるであろう……私にはわかる…それまでに、お前は強敵との会合も……」

 

晴景はゆっくりと呼吸しながらも、景虎の肩に手を置いた。

 

「戦に関しては…今生最後の教訓を教えよう……いずれ強敵との会合に備えてな……」

 

苦しみに耐えながら、晴景は少しずつ言葉を紡ぐ。景虎はその一言一句をしかと聞き届けた。

 

「はい、その教えは来たるべき強敵のために」

「うむ……ふさわしき強敵を得るは、友を得るより勝る。心しておくことだ……これで戦の教えは全て教えた。景虎、長尾の家督をお前に譲る…後は頼むぞ…」

「はい、万事この景虎にお任せください。兄上はご自愛くださいませ」

「うむ…うむ……」

 

晴景はゆっくりと目を閉じる。景虎の耳に、少々乱れつつも穏やかな寝息が届き始めた。

 

「………………」

 

景虎は部屋を立ち、馬に跨った。目指すは栃尾城。しかし、その進みはゆったりとしたものだった。

 

ふと、景虎が空を仰ぐ。降っていた雪は雲とともに去り、綺麗な月が輝いていた。

 

『我仰ぐ眞白なる月。さもあらばあれ、内苦、行苦を憶うを』

 

「……私も、天に浮かぶ輝きとなれるでしょうか、兄上」

 

景虎は背後を振り返る。晴景のいる春日山城はすでに遠く。しかし、景虎の胸に秘めた教えは、しっかりと刻み込んでいた。

 

 

 

 

 

春日山城、その壁に教えはある。

 

 

運は天にあり。

鎧は胸にあり。

手柄は足にあり。

 

何時も敵を掌にして合戦すべし。傷つくことなし。

 

死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。

 

家を出ずるより帰らじと思えばまた帰る。帰ると思えば、ぜひ帰らぬものなり。

 

不定とのみ思うに違わずといえば、武士たる道は不定と思うべからず。

 

必ず一定と思うべし。

 




早死するのは当然の帰結であるが、晴景は稀に見る長生きの類であった。

最終回じゃないぞよ、もうちっとだけ続くんじゃ。


1548年(天文17年)、12月━━
長尾晴景、長尾景虎を養子とし、家督を譲り隠居する。しかし、まだ死は遠く。

カルデアでの話、いる?

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