第28話:曇り時々晴れの日~待ち望んだ再会~
Walter perspective
チュンチュンチュン♪
「ん・・・むぅぅ。・・・朝、ですか・・・。」
チュンチュンと可愛らしい
いつも早起きな小鳥たちの囀りは、さながらモーニングコールのようで、浅い眠りから私を目覚めさせてくれる。
寝起きでボーっとする私の目に、慣れない朝日の光が入り込んでくる。
「今日もあまり眠れなかった・・・」
眠たいのに寝られないジレンマに半ば匙を投げつつ窓の外を覗き込む。
東から昇る太陽が朝日によって森に影を作り、世界に朝を伝えている。
ここ数年で、すっかり朝型の生活には慣れた・・・と思っていたが、妖怪の性質上、どうしても朝に起きるのは苦手だ。
それなのに、こうして朝日を覗くのは、朝に慣れようとしているのか。
それとも夜を忘れようとしているのか・・・
寝起きで重たい身体をなんとか起こして、グッと背伸びをする。
そうしてそのまま、顔を洗う為に洗面台へと向かう。
月光館の住人の生活はここ数年で朝型の生活に変化した。
皆、
とはいえ、変わったのは私とルーミアさんだけであるが。
洗面台の前に立ち鏡を見てみる。
そこには、目の下にくまが出来た不健康そうな、私の顔が映り込む。
『貴方のような落ちこぼれの狼男は、誰からも愛されないのよ。』
『本当に貴方は使えない狼男ですねぇ、私達人狼の邪魔をしないで頂きたい。まぁ、貴方は存在するだけで十分邪魔ですがね。』
突然、私が狼男だった頃の記憶がフラッシュバックする。
檻に閉じ込められて、ひたすらに浴びせられていた同族達からの誹謗中傷。
それだけじゃなく、〖機微を悟る程度の能力〗という
その全てが依然として私の中で燻り続け、今のように、時には幻聴として聞こえてくるのだ。
寝起きで冷たかった体温が、さらに冷たくなってゆく。
聞こえてくる幻聴に合わせて、胸が締め付けられるように痛くなる。
冷や汗が止まらなくなり、世界から自分が浮いて消えてしまうような感覚に陥る。
鏡の中の私が胸の痛みに負けて情けない顔になる。
「そうじゃない・・・そんな顔じゃない・・・」
常備しているナイフを使って、迷わず自分の手の平に突き刺す。
赤い飛沫があがる。
鈍い痛みが身体中を駆け巡るが、胸の痛みはそれ以上に私に苦痛を与えてくる。
ポタポタと自分の身体から温かいものがとめどなく流れ出してゆく。
それでも、幻聴は治まらない。
記憶のフラッシュバックは止まってくれない。
・・・分かってはいた。
もう何百、何千回と試していたから。
私から流れ出す血が私の周囲に血溜まりを作ってゆく中、しばらくの間いつもの様に激痛が走る胸の痛みに耐える。
皆に気取られない様に・・・
迷惑をかけない様に・・・
私はしばらくの間、鏡の中の私にポーカーフェイスを強要しながら、じっと見つめていた。
しばらくして、流れ出る血が止まり、手の平の傷が綺麗に再生する。
胸はいまだに痛むが幻聴は聞こえなくなった。
鏡の中の私を見る。
そこには先程の情けない顔は無く、いつものポーカーフェイスを浮かべた私が血みどろの服を着て立っていた。
「・・・うわぁ・・・またやっちゃった・・・」
最近、記憶のフラッシュバックが多くなってきた。
まぁ、間違いなく原因は分かっているが。
するすると、血みどろになった服を脱ぐ。
脱いだ服はそのまま空間倉庫に投げ入れて、血みどろの身体を魔法で洗浄する。
そして、空間倉庫から取り出した新しい燕尾服を着て、鏡を見て身なりを整える。
寝起きは、自分の身支度すらも満足にできない困ったお嬢様は、案外わがままで、いつも私に甘えるのだ。
・・・だから、頼りにしてくれる・・・はずだ。
「・・・あれ?・・・あくびが出たのですかね・・・。」
鏡に映る自分を見ていると、あくびが出た時のように目尻に涙が浮かんでいる事に気が付いた。
私は寝起きは良い方なので、一度目が覚めると眠気なんて感じないほどに覚醒する。
だから寝不足だろうと、あくびなんて滅多にしたこともない。
なのになんでだろう・・・。
ハッとして、慌てて目元を拭って涙を払拭する。
もし、こんな所お嬢様に見つかったら、またあの時みたいに・・・
そう考えた所で、そんな事今は起こるはずが無いと思い直す。
だって、お嬢様は・・・
『ヴァルターでもあくびが出るんですね。』
昔、油断してお嬢様にあくびを見られた時のことを思い出した。
あのときは、一日中ずっとまとわりつかれた。
『寝不足はお肌の天敵です!』やら、『夜更かしはいけませんよ?』やら、『ヴァルター!私と一緒に寝ましょう!強制です♪』やらと、そんな理由をつけて、心配性のお嬢様は私を寝かしつけようとしてきたっけ・・・。
・・・それで、最終的には魔法まで使われて、主の膝の上に優しく固定されて・・・
懐かしい思い出がとめどなく溢れてくる。
・・・それで、強制的に膝枕で子守唄を聞かされながら、丸まって寝てしまったっけな・・・。
くすくすっ。
懐かしい記憶の想起に、久しぶりにポーカーフェイスの私の顔に笑みがこぼれ落ちる。
そんな記憶を想起してしまったら涙なんて止まらなくなってしまうわけで・・・。
「・・・うぇ・・・グスン、お嬢さまぁ・・・。」
優しいほほえみを浮かべるお嬢様を思い出し、涙が止まらなくなる。
寂しい感情が溢れ出し、たまらなく悲しい気持ちがこみ上げてくる。
チュンチュンチュン♪
いつも早起きな小鳥たちのモーニングコールが再度聞こえてくる。
「・・・グスン。」
とめどなく溢れてくる涙を必死で抑え込んで、私は再度、顔を洗面台で洗う。
冷水で顔を洗って涙の痕跡をなくしていく。
洗い終わってから、バシンと両頬を叩いて気合を入れる。
「・・・よし。今日も一日頑張るぞ・・・」
鏡に映る私の顔の両頬が真っ赤になっていた・・・
・・・しまった、強く叩きすぎた。
部屋から出て月光館の住人の朝食を作るために1階の厨房に移動する。
ここ数年で館の住人が増えた。
妖精メイド達がいつの間にか増えているのは今まで通りだが、居候の吸血鬼まで増えたので、朝食の品数も今までの倍近く作るようになった。
まぁ、お嬢様が開発に成功したバナナという果物が大量に在庫にあるのでバナナを使った料理がメインであるが・・・。
ガチャリと厨房の扉を開ける。
「あっ、ヴァルター様。おはようございます。」
「「「「「おはよーございまーす。」」」」」
そこには、先に大妖精と妖精メイド達がいて、仲良くバナナを調理していた。
皆して元気よく笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
ここ数年で真面目に料理などの家事に挑戦しだした大妖精と妖精メイドたちは今では立派で優秀なメイドになっている。
なんでも、お嬢様が
あの日から、そんな妖精メイド達のひたすらに前向きな姿勢に何度救われたことか・・・。
・・・うん。
・・・きっとお嬢様も喜ぶと思いますよ。
「すみません。寝坊してしまいました!どこまでできていますか?」
まあ実際は、寝坊というよりかは血みどろになったり、涙が止まらなくなったりしていただけだが・・・。
「ヴァルター様が寝坊なんて珍しいですね。あんまり無理はなさらないでくださいね。朝食の方は大体できていますので、ヴァルター様には恐縮ですが寝坊助さん達を起こしてきてほしいです。」
「「「「「料理は私達にお任せ!!」」」」」
片手間で調理をしながら微笑む大妖精と、ぐっと親指を立てて笑う頼もしい妖精メイド達。
「分かりました!・・・それにしても本当にあなた達は成長しましたね・・・。そんなあなた達を見れば、お嬢様もきっとお喜びになりますよ。」
「・・・そうですね。」
「「「「「そうだね!!」」」」」
そんな少し寂しそうに返事する妖精達はあの日から決して涙を見せていない。
能力で垣間見える、その内情は寂しさや悲しみに溢れているのに、本当に強い子達です・・・。
「それでは私は寝坊助たちを起こしてきますね。」
はーい。
と元気よく返事する妖精達を尻目に私はいつも寝坊する困った妖精と妖怪達を起こしに、それぞれの部屋へと向かった。
コンコンコン
「もう朝ですよ。・・・扉、開けますね。」
ガチャリ
部屋に入るとひんやりと冷えた空気が肌に触れる。
所々凍り付いている部屋の調度品はお嬢様が凍り付いても問題なく使用出来るように調整して作っているものだ。
この子の為にお嬢様が寝る間も惜しんで制作しているのを見た事がある。
・・・それにしても、この子の部屋はどんな季節の日でも、まるで極寒の地のように寒く感じる。
余りの寒さに、私でも少し体が震える程だ。
・・・まあ、氷の妖精ですし、しょうがないですね。
「・・・まったく、どんな寝相をすればこんな風になるのでしょうね。」
チルノさんはいつも、起きたときの寝相がすごい。
大体ひっくり返っているし、すごいときは逆立ちしながら寝てることだってある。
今日は抱き枕にしている氷枕(直訳)を抱き締めて、ベッドから滑り落ちてひっくり返っているだけだが、そのうち怪我でもしないか心配ではある。
「チルノさん、チルノさーん。もう朝ですよー。」
「うむぅ。にゃあ。大ちゃん・・もうあと1時間んぅ。」
「早く起きないと、せっかくのあいすくりいむは、なしですよぉ。」
「んあ!?あいす!食べるぅ♪起きた、起きたぞぉ!」
あいすの言葉に反応し、すぐさま起きる意外と現金な困った氷の妖精。
昔、お嬢様が開発に成功した【マジックチルドボックス】と様々な調味料を用いて作り出す、〖あいすくりいむ〗と呼ばれる食べ物。
今まで食べたことのない冷たくて、甘いこの食べ物は、当時から館の住人にはすごい人気であり、今では大妖精や妖精メイドたちの手によって様々な種類が開発されている。
「ありゃ?・・おぉ、ヴァルターだったのか!大ちゃんかと思った!珍しいな、ヴァルターが起こしに来てくれるなんて。おはよーだぞぉ♪もう朝ごはんかぁ?」
「はい、今日は大妖精と妖精メイド達が作ってくれた朝バナナ定食ですよ。」
内容は、バナナのフレンチトースト、焼きバナナ、バナナあいす、そしてそれらにバナナが添えてある。
我が家の【マジックチルドボックス】略して〖れいぞうこ〗には、1週間に1度はバナナずくしのメニューが出るほどにバナナにあふれているのだ。
でも皆飽きること無く美味しくいただけているのは大妖精や妖精メイドたちが頑張って工夫してくれているおかげなのである。
「おぉ、大ちゃん達が作るご飯はなんでもおいしいんだ。よーしヴァルター、あたいと一緒に食堂に向かうぞぉ♪」
「あぁ、いえ、まだ、寝てる寝坊助たちがいるので、私はその人達を起こしてから行きますよ。」
「おぉ、そうか。分かった!」
そう言って、あいす♪あいす♪と口ずさみながらスキップをするかのような軽い足取りでチルノさんは食堂に向かった。
うん!
元気なことは良いことですね!
私まで少し元気が貰えましたよ。
コンコンコン
「ルーミアさん。起きてますか?」
「!ヴァ、ヴァルター!?お、起きてるぞぉー。でも、ちょ、ちょっとまってー。」
慌てたように、ごそごそと部屋の中で音が聞こえる。
部屋の中から聞こえた声は涙声だった。
各々の部屋にお嬢様が設置した洗面台で顔を洗う音が扉越しに聞こえてくる。
・・・おそらくルーミアさんも今朝の私と同じで、急にお嬢様を思い出して泣いちゃっているのだろう。
ここは空気を読んで涙声を聞かなかったことにして、扉の前で待っておこう。
・・・・・。
ガチャリ。
「ごめんね?お待たせヴァルター、おはよー。」
慌てて身支度したのか、ルーミアさんの綺麗な金髪は寝癖でボサボサで服はシワだらけだ。
顔を洗うのに夢中で他の身だしなみには気付かなかったらしい・・・。
「おはようございます、ルーミアさん。朝ごはんの時間ですよ。今日は朝バナナ定食です。あいすもあります。」
「おぉ!バナナ定食かー。楽しみだなあ。それに、・・・あいす・・・。グスッ。楽しみだなあ。」
あいすの話をしたところでルーミアさんはそっぽを向いて鼻を鳴らす。
顔を逸らしても、能力で機微を悟る私にはお見通しだ。
あいすの事でお嬢様の事を思い出したルーミアさんは慌てて駆け出す。
「先に、しょ、食堂に行ってくるねー」
と言って食堂とは反対方向へと走っていった。
あっちには大浴場があるし、多分、またもや涙が溢れ出した、泣き顔を隠す為に顔を洗いに行ったのだろう。
今回の
なにせ、こんな事が起きる直接の原因となったのはルーミアさんが教会に狙われてしまったからだ。
もちろんルーミアさんは何も悪くは無い。
悪いのは忌々しい教会の過激派。
今は【聖教会】と名を変え、そのトップの教皇も世襲され代替わりしている・・・。
依然として、あちこちで妖怪を根絶やしにする活動をしているようだ。
今では、お嬢様が締結した3館同盟と呼ばれる、紅魔館、夢幻館、月光館の相互協力、不可侵同盟のおかげで、教会との戦争は停戦している。
それでも、ルーミアさんは討伐された事にされているし、奴らは、
絶対に許さない。
スカーレット伯爵が止めてくれなければ間違いなく、私は奴らの本拠地に乗り込んで暴れるだろう。
だが、〖聖教会〗には先代教皇のような化け物じみた強さを持つ人間が多く所属しているようで、スカーレット伯爵はそれも踏まえて私を止めてくれているようだ。
ルーミアさんは、お嬢様の件で、あの日からかなり自分を責めており、はじめの数年は、食事もろくに喉を通らなくなるほどに精神的に参ってしまっていた。
恥ずかしながら私も同じだったが・・・。
でもスカーレット夫婦や小悪魔、それに胡散臭いスキマ妖怪、夢幻館の妖怪や悪魔達と関わりを持ち、交流していく中で少しずつ、心は持ち直してきていた。
今では、普通に生活できるまで、心は持ち直してくれた。
しかし、寂しい気持ち、悲しい気持ちは完全には消えない。
今日みたいにふとした時に、あの温もりを思い出すのだ。
あの優しい笑顔や、一緒にいて和む、あの雰囲気を思い出すのだ・・・。
・・・いけない、いけない。
また、しんみりしてしまうところだった。
今日はいつになく、お嬢様の事を思い出してしまう。
私はお嬢様に月光館の事を任されているのだ。
こんなに弱気な心ではお嬢様が起きた時に笑われてしまう。
さて、最後の寝坊助は、居候の吸血鬼ですね。
あの方はしっかりしているようで抜けたところもあるので、もう寝坊常習犯ですね。
コンコンコン
「【モルモー】さん。起きてますか?ヴァルターです。」
「・・・・」
返事がない。
多分、まだ寝てるのだろう。
「朝ごはんです。扉、開けますよー。」
ガチャリ
扉を開けて、部屋の中に入る。
ベッドの上で彼女はぐっすりと眠っていた。
ぐでんと眠る彼女の豊満な胸は、まるで零れ落ちるかのように、呼吸に従ってふわふわと揺れている。
そんな光景から慌てて目を逸らしてモルモーさんを起こす。
「モルモーさん。朝ごはんです。起きてください。」
「・・・うむぅ。・・・むにゃあ・・・。あれぇ?・・・珍しいね。おはよう、ヴァルターさん。」
眠たそうな目をこすりながらムクリと起き上がった彼女は、とろんとした目で挨拶をしてくる。
彼女の名前はモルモー。
お嬢様の治療のために、数年前から月光館に居候している吸血鬼だ。
見た目は短髪の黒髪に吸血鬼特有の真紅の目、悪魔の翼を持つ発育の良い女性だ。
人間で言うと18歳くらいに見える。
そんな彼女の服装はいつもの寝巻きのネグリジェだ。
彼女の豊満な胸がまるでこぼれ落ちるかのようにたゆたゆと揺れているのが視線に入ってくる。
・・・私は元狼
身体は女の子だが、刺激が強いものを見るとドキドキしてしまうのだ。
「も、モルモーさん。まずは着替えて来てください!私、部屋の外で待ってますので!!」
「うぅ。・・・眠たいけれど分かったよ。でも女の子同士だから別に外で待たないでも・・・」
「じゃあ外で待ってますね!」
バタン
「・・・んぅ?変なの。」
「ヴァルターさん。着替え終わったよ!」
ガチャり
「・・・早いですね。さすが吸血鬼。・・・それはそうと朝ご飯の時間ですよ。モルモーさん。後は貴方だけなので一緒に食堂に行きましょう。」
「おやおや、待たせちまってるのかい?ごめんねえ。・・・ちなみに、今日のご飯は何かな?」
「今日は、バナナ定食ですよ。あいすもあります。」
「おぉー!やっぱりバナナ尽くしなんだろうねぇ!まあ妖精ちゃん達が作るご飯は美味しいからねえ。楽しみだよ。」
そう話すモルモーさんは、いつもの薄赤色の肌着に白衣といった服装だ。
彼女は、数年前から月光館で住み込みでお嬢様の診察をしてくれている妖怪医学のパイオニアをしている、言わば妖怪にとっての医者みたいな方だ。
一見して、おっとりとした雰囲気を持つ、落ち着いた女性の印象を受ける彼女だが、数年一緒に生活して、まったく落ち着きの無い、変わった妖怪という事が分かっている。
例えば、吸血鬼なのに大浴場で長風呂して危うく死にかけたり、日傘も刺さずに外に出て全身大火傷を負ったり、様々である。
・・・なんとなく、彼女が何故医者のような事をしているか分かる気もするが・・・。
昔お嬢様に教えてもらった言葉で言うと、彼女はちょっと天然なのだ。
「あぁ、それとヴァルターさん。」
「?何でしょうか?」
「・・・まぁ、あたしは医者まがいの事してるし、そういう事に首を突っ込みたくなるものだけど・・・あんまり無茶しちゃだめだよ?」
「無茶?どういう・・・っわぁ!!」
急にモルモーさんか目にも止まらぬ速さで私の左手を掴んでまじまじと見始めた。
「ここかい?・・・まぁ、今は再生してるようだし、大した怪我じゃないから大丈夫そうだけど・・・自傷だろ?それ。」
・・・どうやら鼻が利く吸血鬼には血の匂いは誤魔化せそうにないらしい。
「だ、大丈夫です。大した事では無いので・・・」
得意のポーカーフェイスで上手く誤魔化す。
「・・・まぁ、無理に診察を受けろとは言わないけれど・・・いつでも言ってきてね?診たげるから。」
そう言って彼女は微笑む。
・・・どうも見透かされてる気分だ。
天然だと思った彼女は時折今みたいに鋭くなる。
それはそうだ。
彼女は私達より遥かに長い年月を生きている大妖怪であり、吸血鬼でもある、かなり強大な存在だからだ。
「ふわぁ・・・。やっぱり流石に眠たいねぇ・・・。ヴァルターさん、あたし達妖怪って普通夜行性だと思うんだ・・・夜に起きて、朝には寝てるのが常識なんだけど・・・」
さっきまでの鋭そうな雰囲気はどこへやらモルモーさんが起床時間にブーブーと文句を言い始める。
「月光館にいる間は、月光館のルールに従ってもらいますよ。」
「むぅ・・・。今度生活リズムが逆転する薬でも作ってみようかな・・・。いや、でも前失敗してえらい目にあったからなぁ・・・」
そう言ってブツブツと色々な言葉を呟き出した彼女。
・・・変な事しなきゃ良いが・・・
・・・それと、どうも、吸血鬼という種族は頭の回転が早すぎて、いつも置いていかれる。
モルモーさんや、スカーレット夫婦・・・それにお嬢様もそんな感じだ。
「うぅ。・・・でも、まぁわかりましたよー。友人の命の恩人様への恩返しのためなら、あたしはなんでも従うよ。」
そういってモルモーさんは眠たそうに体を引きずりながら、身支度を整える為に洗面台に向かった。
彼女は前教会のトップのキルケーさんの伝手でここに住み込みでお嬢様を診てくれている。
私はよく知らないが、キルケーさんはお嬢様に命を救われたらしく、その恩返しの為にキルケーさんの友人であるモルモーさんは色々と協力してくれているようだ。
「準備できたよ!妖精ちゃん達を待たせちゃってるし、早速行こう。」
準備を終えたらしい彼女が扉の前で待っている。
・・・さすが吸血鬼。
恐ろしく支度が早い。
ふむ、スカーレット夫人と違ってあんまり暴走しない大人しい彼女は吸血鬼の中でも案外まともな方なのかもしれない。
天然だとか、言い過ぎだろうか・・・
「分かりました。行きましょう。」
「あ、ヴァルターさん。この間の人狼生体標本の話なんだけど・・・」
「却下です!」
「えぇ!まだ話のはの字もしてないのに!」
・・・ちょっと訂正する。
やっぱり吸血鬼って変人ばっかだ・・・
「あ、モルモーさんおはようございます。」
「「「「「寝坊だぞー。」」」」」
「早くご飯食べよう。あいす食べたい。」
「あははは。おはよう。妖精ちゃん達は、皆朝から、元気だねえ。ごめんよ。なにせ吸血鬼だから、お姉さん朝には弱くてねえ。」
そんな風に談笑していると、ルーミアさんが慌てた様子で食堂にやってきた。
「ご、ごめん。ちょっとお花摘みに行ってた。」
うん、ちゃんと顔も洗ってるし、服も髪も整えられてますね。
皆が揃った所で、ホールの長机に皆で座る。
「皆さん集まりましたね。では、いただきます。」
「「「「「「「「いただきます。」」」」」」」」
お嬢様から教えてもらった食事前の挨拶をしてから、皆でご飯を食べ始めた。
「では、私はお嬢様のところに行ってきますね。」
「あ、じゃああたしも行くよ。定期診察の時間だからね。」
皆で美味しい朝ごはんを食べて、一段落したところで私は日課のお嬢様のお見舞いに向かうことにする。
モルモーさんもお嬢様の診察の為に一緒に付いてきてくれるようだ。
「では、行きましょうか。」
図書館を歩いて地下室へと向かう。
以前までは、転移魔法でしか中に入れなかった、本で埋まっていた入口も、今は紅魔館の図書室に大半の蔵本を移動させてスッキリとしている。
この図書館の先にある、地下の研究室は、お嬢様が魔法や魔道具の開発をしている部屋で、かなりの広さがある。
薄暗い地下室への階段を一段一段ゆっくりと降りていく。
そして、到着したお嬢様の研究室。
ここを開けたら、
扉に手をかける。
・・・ここを開ける時は毎回だが手が震える。
開けた先に、ひょっこりとお嬢様がいて、いつもみたいに名前を呼んでくれて、手を振ってくれる事を願いながら、その願いは何度も叶わなかった。
開けた扉の先には誰もいないのだ。
ガチャり
・・・そして、それは今回も同じの様だった。
薄暗い研究室は不気味な程に静かで、生きる者の気配は感じられない。
それでも薄暗い研究室の中央には微かに光を発する巨大で美しい結晶がある。
その中に、目覚める事を願ってやまない白銀の美しい髪を持つ少女が、まるで死んでいるかのように、静かに眠っていた。
お嬢様が眠りについてから、今日で30年にもなる。
「・・・大丈夫だよ。ヴァルターさん。貴方の主さんはいつか必ず起きてくれるはずだから。」
心強い言葉を掛けてくれるモルモーさん。
能力で見るからに、本心から心配して声を掛けてくれているようだ。
「ありがとうございます。」
そう言葉を返すも、内心は不安や悲しみに押しつぶされそうだ。
部屋の中央に不思議な力で浮かんでいる半透明な薄青色の結晶。
〖
長年、お嬢様の魔力に晒されて、魔力が潤沢になっている月光館地下で、魔力供給を受けながら稼働する封印魔法。
胡散臭いスキマ妖怪によると、あの日、お嬢様は、なにかしらの力によって、館周辺に存在する負の影響を全て背負いこんだ。
その影響で魂も心も黒く塗りつぶされていた、と。
その事をスキマ妖怪から聞いた私はしばらく放心して、あの時、私や美鈴さんが負っていた怪我が何故消滅したのか、理由を知った。
その場に居合わせたスカーレット夫人と胡散臭いスキマ妖怪によってお嬢様にのしかかる負の影響を封印し、その後、伯爵、モルモーさんで、その封印を補強した。
スキマ妖怪が言うには、その際にお嬢様自身も封印する必要があったらしく、30年が経った今でも、お嬢様は結晶の中で深い眠りから目覚めていない。
研究室の机に、朝ごはんのバナナ定食を置き、お嬢様が眠る結晶へと話しかける。
「お嬢様。おはようございます。」
まずは、朝の挨拶から。
不思議なもので、妖怪にとってのおはようございます、の挨拶とは、本来夜にするものであったのに、朝型の生活になってからは、朝にするようになった。
「・・・今日で、お嬢様が眠ってから30年の時が経ちました。30年も過ぎましたが、月光館の皆は変わらず、元気ですよ。」
次に近況報告。
毎日のように伝えているし、同じ事を繰り返し伝えているが大事だから、毎回伝えている。
「・・・お嬢様が懸念していたバナナ大量廃棄問題も大妖精や妖精メイド達が解決してくれました。あの子達はすっごく良い子達で、今ではとっても優秀なメイドに育ちました。」
今朝方に見せてくれた妖精達の成長ぶりをお嬢様に報告する。
早く起きてあの子達を褒めてあげてほしい。
「・・・ルーミアさんや、チルノさんも元気に過ごしています。最近は弾幕ごっこの腕も上がってきていて、恥ずかしながら私でも被弾してしまうくらいに強くなりました。」
弾幕ごっこについては、皆さんとても強くなり、大妖精や妖精メイド達もお互いに連携しながらの弾幕等も、上手くなってきている。
あの日感じた無力感を少しでも無くせるようにと、夢幻館の主人に師事して、弾幕ごっこで各々強くなる為に努力している。
私もうかうかしていたら、追い抜かれてしまいそうだ。
「・・・新しい月光館の住人のモルモーさんも、色々と面倒を見てくれます。まぁ、本人は抜けていて、少しおかしな所もある妖怪ですけど、悪い妖怪ではありません。」
「お〜い。隣に本人いるけど〜。おかしな妖怪じゃないぞ〜。」
ニコニコ笑いながらモルモーさんが指摘してくる。
「・・・私も、あの日からずっと貴方の帰りを待ちながら、執事として、頑張っています。」
あの日から30年が経った今でも、私は変わらずに執事であり続けている。
いつ、お嬢様が帰ってきても良いように月光館を家族達と一緒に守っている。
だから、お嬢様。
「だから・・・グスン・・・お嬢様ぁ。」
ポロポロと涙がポーカーフェイスを転がり落ちてくる。
早く起きて、私の事も、褒めてください。
「早く・・・起きてぇ・・・私の事・・・褒めてぇ・・・うぇ・・グスン。」
ポロポロこぼれ落ちる涙は段々と勢いを増していき、嗚咽もこぼれ始める。
今日は朝からお嬢様の事を思い出す事が多かったからか、寂しい気持ちと、涙が溢れるのを止める事が出来ない。
「寂しい・・寂しいよぉ。アズール様ぁ。」
モルモーさんは泣き出した私を見て、焦ったかのようにワタワタとしている。
それでも、1度決壊した感情はそう簡単には止められない。
「うぇ・・・うわぁぁぁん、アズール様ぁ。」
止めることもできず、
寂しさと悲しみで、どうにかなってしまいそうなほどに悲しい感情でぐちゃぐちゃになる。
ピシピシピシピシ
パリパリパリパリ
そんな折、何かが壊れる音が聞こえた。
そっと涙に濡れた顔を上げる。
まず、視界に入ったのは、目を見開いて、口を大きく開けて驚いているモルモーさん。
次いで、正面を向き、
抱きしめられて、どうしようも無い程に落ち着く温もり。
・・・そして、懐かしい、嗅いでいて落ち着く優しい匂い。
小さい体なのに、私を宥めるように必死に抱きしめてくれて感じる、不思議な包容力。
そんな誰かは、聞くと落ち着かせてくれる甘美な魔性の声で、優しく私に声を掛けた。
「そんなに泣いて。どうしたのですか?」
【後書き】
今話初登場キャラクターモルモーさん。
イメージ図
【挿絵表示】
(Dairi様の絵を改変させていただいています。)
モルモーさんはエンプーサさんと同じく、女神ヘカテー(ヘカーティア・ラピスラズリの元ネタとされる女神)に仕える吸血鬼をモチーフにキャラ作りしました。
夢現の揺籃の夢現とは、夢か現実か区別しにくいように、はっきり意識しない状態を指す、夢現から取っています。
今話は少しダークなシリアスなお話でしたが、次回からは少し明るくなる予定です。→追記:次次回からになりました(吐血)
今回の作業用BGMは、ダブルスポイラー~東方文花帖 取材テーマその4~から『無間の鐘 ~ Infinite Nightmare』
DOVA-SYNDROMEより、MATSU様が手掛けるフリーBGMから『時計図書館』を作業用BGMに使用させていただきました。
また、それらのBGMについての感想や、個人的解釈。
音楽プレイリストのURLを、活動報告に投稿します。
宜しければ、御覧になってください。