善吉と鴎が黒神グループの上級職IDを取った日の夜、ふたりはカニを食べに行くことにしましたとさ。

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ヒートとバーミーがカニを食べに行った話

「そういや言ってなかったけど、カニって嫌いなんだよね。私」

 

鶴喰鴎がそう言ってのけたのと、人吉善吉がおおぶりなタラバガニの脚をぱきんと折ったのが同時だった。

 

「……は? え? おい、そりゃないぜバーミー! カニが喰いたいっつったのはお前じゃねーか!」

「いやいや、それはヒートの聞き間違いだね。私はカニカマが食べたいって言ったんだ」

「カニカマ? カニは嫌いなのにカニカマは食えるのかよ」

「むしろ大好物さ。カニカマより美味しいものなんてこの世に存在しないと思ってる。主食の靴は例外としてだけど」

「カッ! まあ別にいいけどな! そんじゃこのカニはぜんぶ俺がいただくぜ! 鍋に残った白菜とネギと豆腐とシイタケと紅葉カットのにんじんはくれてやるよ! 不満なら追加で鶏肉でも注文することだな!」

「憎まれ口に見せかけた怒涛の気遣い、痛み入るね」

 

店員を呼んで豚しゃぶセットを追加注文したのち。鴎は、善吉のたいらげたカニの残骸を横目に見つつ、口を開く。

 

「カニってホラ、何考えてるかわからないじゃない」

「俺はお前が何考えてるかわからねーよ」

「言葉使いたる私だからね。他人に思考を読まれない特別な訓練を受けてるのさ。まあ冗談はさておき、実際、不気味なんだよね。胴体の大きさにそぐわない異様な長さの脚が十本近く生えているだけならまだしも、ハサミがついてたり棘があったり種類によっては甲羅に毛とか生えてるんだから。極めつけに茹でたら赤くなるとか何それ、何の意味があるの。造形から仕組みから、何をどう考えて、何処をどう求めればああいう進化を遂げるのか、心の底から謎なんだよ。いや形だけならいいんだけどさ、味だって大いに問題があると私は思うね。細長くていかにもスカスカっぽい脚には海鮮風味豊かなお肉がぎゅっとつまってるし、一番大事な本体はこれまた美味しいカニミソでいっぱいだし、そのくせカパッときれいに割れて甲羅焼きの容器にもなる。日本酒なんて注いでみなよ。一杯二杯と数えるのもうなずける相性。乱獲されてしかるべしだ」

「……さてはお前カニ大好きだな?」

「なんでわかったんだい。言葉使いたる私は他人に思考を以下略。だがしかし、バレちゃあしょうがない。ああ、白状するけどカニの味は大好きだよ。だけど言ったようにカニそのものは受け入れられない。頑丈な殻で身を包んで防御を固めているかと思ったら、とたんサービス精神にあふれた自己犠牲的美味しさをあらわにする。そういうどっちつかずなカニの在り方が気に食わない。だから食わない。食ってやらない」

「だからカニカマで誤魔化してるのかよ。ったく──」

「『やっぱり梟博士の息子だな』──そう言いたいんだろう?」

「あ?」

「……私も自分で言いながらそう思ってたところだよ。所詮、カニカマは偽物で安物で粗悪品さ。カニが好きなくせにカニを好きになれないからカニっぽい代用品で妥協して、いつの間にか、カニよりカニカマの方を好きになってしまうようなクズなんだろうね。あの人はそれを愛なんて大仰なものでやってしまったからああなったけれど、なんのことはない、私は食欲をカニの代用品に向けていて、あの人は愛欲を姉の代用品に向けようとした。けっきょく、たったそれだけの違い──むぐ」

 

鴎の言葉が途切れたのは、むき身のカニの脚を口に突っ込まれたからだった。

 

「カッ! そいつは違うなバーミー。俺が言おうとしてたのはカニカマのこともちゃんと考えてやれよってことだ。カニとカニカマは別ものだろ。ジャンププラスをジャンプの二軍置き場だと舐めてたら思わぬ名作に足もとすくわれるぜ! それに何より違うのは、誰もお前と梟博士を並べて見たりしてねーことさ。決定的な違いがあるからな」

「へっへいへきあ……ひふぁい……?」

「お前には、無理やりにでも本物のカニの美味しさを思い出させてくれる『本物の友達』がいるってとこだよ」

 

そう言って恥ずかしげもなく笑う善吉に、鴎は数秒あっけにとられた。そして思い出したように──思い出すように、口の中のカニを味わった。

 

「ああ。やっぱり本物はいいもんだね、ヒート」

「そりゃーよかった。なんならもう一杯いっとくか、バーミー。追加分は俺がおごってやるからよ」

「……いやー遠慮しとくよ……言ってなかったけど……甲殻類アレルギーなんだよね……私」

「最初に言えよ! それを!」

 

 


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