設定ガバガバかもしれませんが許してほしい。
とある魔術学園に、一つ噂話があった。
柵に囲まれて今はもう使われていない旧校舎、何故か解体されていないそこには大きな書庫がある。
そしてその書庫には過去の名だたる賢者達が長年をかけて研究してきた結晶、魔術師にとって垂涎モノの宝庫があるとーーーーー
「……よぉし」
そんな埃をかぶったような重苦しい空間に、一人の少女がひょこりと顔を出した。
彼女は左右を確認して、誰もいないことにニマニマと笑みを浮かべる。
(柵の回りなら見回りの人もいたけど、私の唯一得意な隠蔽魔法を使えば楽勝だね~)
抜き足差し足忍び足と、一応音に警戒をしながらもそろそろと移動する。
(垂涎ものの宝庫かぁ……一体どんな魔導書や魔導具があるんだろうなぁ)
想いを馳せながら、脳内で何度も予行した道を進む。
旧校舎の地図には描かれていない空間がひとつある、恐らく書庫はそこであろうと彼女は目星をつけていた。
どうやって旧校舎の地図を見るにまで叶ったのか、それは再び彼女の得意魔法の出番だったわけだが。
「えへへ~……そろそろ書庫に辿り着く頃かな~、もー誰もいないよね……?」
「いるよ?」
「っっっ!?」
背後からの声に彼女は飛び退く。
振り返るとそこには、カラカラとした笑みを浮かべる銀髪の好青年がいた。片手には分厚い書物を持っており、どこか知的な雰囲気が漂っている。
「やぁやぁいらっしゃい、客人は久しぶりだなぁ」
(えっ……!?えっ、バレてる!?喋っちゃったから!?あの厳しいアルター先生にすらバレなかった私の魔法なのにぃ……!?)
一応、本当に一応まだ声は出しておらず魔法もとけていない。
飛び退いてしまったので思わず足音は出ていたのだが、彼女はそこまで気が回らないのであった。
「いやぁ、中々に練度が高いね?よほど相性が良いのか、元々影が薄いのかな……?」
そう言って指を鳴らした瞬間。
「ひうっ!?」
どこからか縄が現れて、彼女の両腕ごとまとめてみの虫の様に拘束されてしまった。同時に集中が切れて魔法が解けてしまいその姿が露になる。
「おや、制服は少しデザインが変わっているようだね……折角のお客さんだ、悪いけど話し相手になってもらうよ?」
そう言って、縄の余った部分を握って引っ張り始めた。
「えっ……えっと、あの……!?」
「ん?あぁ!すまないね。自己紹介が遅れてしまった。僕の名前はブック、本の虫で君の大先輩であろう男さ」
ズルズルとひきずりながら笑う彼の顔は、心底楽しそうに見えた。
敵意は感じない、だが魔法の看破から捕縛があまりにも鮮やかな手口に終始驚きを隠せない。
そんなことは気にしないとばかりに彼は喋っていた。
「あぁ、茶菓子でもどうかな?あぁ大丈夫だよ本の虫といっても僕は本を食べるわけじゃないから……これジョークなんだけどやめた方がいいかな?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アンタ、仕事は?」
「え?」
それは、唐突だった。
ブックは丸机の向かいに座っているクラスメイトを見る。
「どうしたんだいレイス?急に先生みたいなことを言うじゃないか」
普段なら手の届かないような高級茶菓子に伸ばす手を止めて、そう言った。
孤児であるブックと違い、まぁまぁ裕福な育ちの知り合いである彼女のお茶会に誘われて来ていた。普段は面倒だからとやんわり断っているが、今回受けた理由としては卒業間近ということもあって……決して食費含めて切迫し苦悶していた所で、額面だけで生活費が賄えそうな高い菓子に釣られたわけではない。
そこまで思い出して止めていた手を伸ばしてお菓子をつまみパクりと食べる。美味である、高級の繊細な味なんてブックにはわからないが美味しくて腹が膨れるのなら十分であった。
「いやいや『え?』じゃないわよ。私を差し置いて魔法学校首席で合格したってのに、まだ無職なんでしょ?」
「んー……そうだなぁ。君みたいに立派な血筋もコネもないからねぇ……成績は割りと優秀ではあったけど、友達も少ないしね」
「貴方が本ばかり読むからでしょう?……まぁ、それだけではないでしょうけど」
この世界では魔法が使える人間はそもそも絶対数が少ない、それに魔法を使う原動力になる魔力を持つ人間を、お金に余裕のない市民側から一々探すのも難しかった。
故に余裕のある貴族などの名のある家柄が多く、それこそブックのような平民からの出で立ちは割りと稀であったりする。
そして、貴族にはプライドが高い者も多い。
舐められたら終わりの世界では仕方ないのかもしれないが、そんな風に教育されてきた子供達が、平民に負けるなんて言うことは屈辱以外何者でもないのだろう。
現に卒業するまでの間に嫌がらせにもあってきた、全て返り討ちにするかレイスと呼ばれた彼女の手によって未然に防がれたが。
貴族のプライドについてわかっているブックは、しかし淡々と勉強をして常に上位をキープして首席として学生生活を終えるのだ。
ちなみに、レイスと呼ばれた彼女は次席である。
「……呆れるわね、貴族なら貴族らしく高貴にで優雅に事実を認めて邁進するべきでしょうに。私のように!」
「教育する大人がその例になれていないのだから、子供にそれを求めるのも難しいと思うけどね」
「あなたは達観しすぎなのよ。ところで話を戻すけど仕事はないのね?ツテも?」
「……魔法関係は、全滅かな」
その言葉に少しむすっとしながらも首肯する。
そう、問題はこの後であった。
なんせ優秀であれば引く手数多だと考えていたのだが、そうは問屋が卸さなかったである。
なんでも彼に嫉妬した貴族達の根回しで、就職する先がないのだ。探せばないことはないのだろうが肉体仕事ばかり、少なくとも魔法に関連する仕事は全滅といってもいいだろう。
ブックは魔法自体は大好きなので、それに関連する仕事には就きたいが、悉く名前を出すだけで門前払いを喰らっていた。
『ごめんね、でも君みたいな優秀な人材は他が欲しがるよ。大丈夫』
そう優しく断ってくれた就職先が最後の望みだったことは、ブックとしても中々にショックであった。
しかし普通に考えて首席になれるほどの優秀な人材を欲しくないわけがない、だがその需要を根絶する程までに貴族達による金銭の根が深いのだ。
貴族の被害者である彼等も必死なのだろうから無理は言えない、ブックも責めるべきは彼等ではないと考えているために抗議はしなかった。
とどのつまり、ブックは大人の汚い世界の犠牲者になってしまった訳だ。
「こんな形になるのは流石に予想してなかったなぁ。仕事がないのは困るよ」
すると彼女は少し豊かな胸を張る。
「ふふん、そうでしょうとも!まぁ、あなたがどうしてもって言うなら!お父様に言ってこの私の元でーーー」
「そうだなぁ、ここは折れて冒険者業でも始めるかな」
「えっ」
彼は前々から少し思っていた事を口に出すと、彼女の眼が点となった。
「ど、どうして?」
パチパチとさせた目をこちらにむけるレイスに、小首をかしげる。
(……?特に変な話でもない気がするんだけど)
「そりゃあ、危険じゃない仕事でも魔法使えばそれなりな額稼げるだろうし、冒険者関連なら貴族は関係ないからね。これでも首席だからそれなりに重宝されるかもだし、魔法使いなんて珍しいだろうから需要もー」
「だ、だめよっ!」
「えっ」
彼女は目を開いて向かいにいる彼の方に乗り出す。
「そんな事をしたら私と遠くに……いえ!そ、そうよ。ほら?あなたそれなりに優秀なんだから駆け出しの人達の仕事も奪うし、魔法使い一人には少し荷が重いんじゃない?だってブック、あなたボッチだったじゃない?」
「失礼だな。別に学校の外出の時に知り合った冒険者達がいるし、彼らに頭を下げて頼めば……」
「とっ、とにかく!私には冒険者より素晴らしい提案があるのよ!」
「へぇ……もしかしてそのために呼んだのか?僕のために?どんな風の吹きまわしだい?」
彼は怪訝そうな顔をした。
学園にいるときに事あるごとに彼女は彼に突っかかってくることが多かったためだ。基本成績は首席と次席ということもあってか衝突も多かった二人だが、二人きりの茶会を誘う誘われるの関係なので少なくとも仲が極端に悪いというわけではない。
……と、少なくとも彼は思っている。
正確にはもっと別の思惑が彼女にはあるのだが。
「え、えぇ!アンタにも私にも得があるのよ」
「というと?」
彼女は髪をかきあげ、そしてニタリと笑う。
「ーーー貴方、王国の禁書倉庫の管理をなさい」
「却下」
「なんでよぉ!?」
あっさりと断られてバァン!とテーブルを叩く彼女、宙を舞う茶菓子の『重力を消して』プカプカ浮かぶそれをつまんで食べながら、退屈そうにブックは言った。
「いや、響きだけで冒険者よりタチ悪いじゃないか?」
「そんなことないから!アンタ本好きでしょ?それに魔法だって常に側にある!完璧じゃないの!」
「いや、好きだけど読むのが好きであって管理するのは別に好きではないんだよ……誰が好きで読んだら呪われるなんて
「あっ、そこはしっかり興味あるのね」
その言葉に、あきれたような嬉しいような複雑な表情を浮かべる。
「まぁ、好奇心と探求にこそ真理はあるからね」
「なら管理くらい任されなさいよ!読める本があるかもしれないじゃない!」
むすっとした彼女にむけて、小さく嘆息を漏らす。
「そんな無茶苦茶な……そもそも有名な貴族の娘といっても流石にこの件は君の一任じゃ無理だろうさ。許可降りてるの?なにより給与と休みと保険は?」
「お金諸々なら心配ないわ、私がなんとか融通するもの!」
その言葉に、苦笑を浮かべる。
「……貴族の割に君は無駄に営業というか交渉上手いからね。なんか余計に心配になってきたよ、僕の未来が」
「既に暗い上に無駄に顔と頭がいいアンタに言われたかないわよ。よし、決まりね!ならお父様と掛け合ってくるわ!!」
そういってはしゃぐ彼女に、思わずブックは笑った。
「……あれ?結局職を得るかもしれない僕には得があるのはわかったけど、君にはなんのメリットがあるんだい?」
「え、あっ……えっと、話し相手が増える、とか?」
「なんで疑問系?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ーーそんなこんなで不老になって今はここの管理者してるんだよね」
「いやはしょり過ぎではぁ!?」
若い話に華を咲かせてケラケラと笑うブックに、少女はバァン!と机をたたく。高級な茶菓子が宙を舞った。
「だってこれ、旧校舎が旧校舎になる前の話ですよね?いや、というかそもそも学校に王国の図書館があったなんて……!!」
「僕も働くまでは知らなかったから驚いたよ、なんでも貴族の子供たちが育てる学舎への防御は王国レベルに万全にしているから、隠れ蓑として十分だし問題ないだろうってさ」
「本音だだ漏れじゃないですか……もしかして今も!?」
「いんやぁ?今の人達は殆ど知らないんじゃないかなぁ、噂される程度にはどこかで漏れてるんだろうけど、ひょっとしたらそんな噂があるから新しく建て直してここは旧校舎になったのかもね」
そういって、紅茶の入ったカップを慣れた所作ですする。
「基本、禁書は使うことを禁じられた魔術の書が陳列していて……書かれている魔術の習得はもちろん、閲覧ですら罪に当たります」
「うん、勿論知ってる。身をもってね」
「それで貴方は出ることも叶わず、禁書倉庫で暮らしていたと?」
「出れるよ?出ないだけで」
「えっ」
「まぁ不老になったからね。呪われてしまったんだけど読む本間違えたなぁってつくづく思うよ」
「あの、えっと……さっきから軽くないですか?」
「そんなものさ、それにそもそもその禁書を読むために忍び込んだ人に言われたくない」
「うっ」
思わず痛いところをつかれて小さく唸る彼女をよそに、彼は本を浮かばせた。
「それに老いで死ななくなったんだ、ある程度の本を読むことができるようになったとも解釈できる」
「……でも、寂しくないですか?」
「うるさいのがいるから平気だよ」
「うるさいの?」
その言葉に首をかしげると、彼女は急に肩を掴まれた。
『呼んだかしら?』
「じゃぁあぁぁぁ!!!??」
「誰も呼んでないよアーレ、だから失せてくれ。客人であり若い女の子がだしていいような声じゃないものが出てしまっているだろう」
『あら。可愛らしい子ね、お客さん?力与えていいかしら?』
「軽率に呪おうとするな。ダメに決まってるだろう?」
そこには女性がいた、長いブロンド髪の彼女はその青い目で少女をまるで美術品を吟味するようにいろんな角度で見る。
ちなみに彼女、浮いていた。
「えっ……!?ももももももしかして幽霊なんですか!?」
「厳密には違うけど、まぁそんな感じかな」
『フフフ、反応が可愛らしいわね。名前は何て言うの?』
「え、あ……私はリリーと言います。えっと、アーレさん?」
『アーレでいいわよ、ねぇブック。真名教えてあげましょうよ?気に入ったわこの子』
「ダメに決まってるだろ、彼女は客だ」
そう言い放ったブックに、アーレはけらけらと笑う。
ブックの事をからかっている。ということはわかったが、かえってリリーには他のことが何もわからなかった。
「えっと……話がよくわからないんですけど……?」
「アーレが僕を不老にした本人なんだ。真名を教えると呪われて老いを奪う。まぁ呪いはそれだけじゃないんだけど……基本は無害だよ、だからこうして話し相手として扱ってるかな」
『ハァイ、悪魔とか怨霊とは別で呪いそのものなんだ私。呪われたかったらいつでもそこのブックに真名を教えてもらってね?』
「アハハ……えっと、じゃあブックさんは本当にずっとここに?」
哀れみを込めた目で見ると、ブックは小さく笑って頷く。
「まぁね、基本的に僕の存在も隠匿されてるから……あぁ、でもお金は貰えてるから変に貯まってるんだよね、まぁ後釜が出来て生き飽きたら外に出て豪遊でもしようかなって」
「……はい?ブックさんは不老不死なんですよね?ずっとここにいるのでは?」
「それさらっと死ぬことも許されないブラック企業にずっといろって言ってるようなものだからね……『不老不死』とは言ってないよ?それにここに縛られているとも言っていない。不老になっただけで、不死になった訳じゃないんだ。殺せばしっかり死ぬよ、殺せればね」
『ただ私はここを出られないからダメよ、暇になるじゃない』
「そんなこともないだろう?」
「……?」
意味深な言葉に首をかしげる彼女を置いて、彼は笑顔で机を指す。
「一段落着いたしどうだい?読書でも」
「えっ読んでも良いんですか!!?」
思わずビクリと肩を震わせる。
そう、一瞬でも忘れていたリリーの目的。
禁書庫の書物を読むというもの、まさか管理人からその提案を受けるとは思っていなかった。
それに、書庫といっていたが規模があまりにも膨大であって先が見えない。恐らく魔法による部屋の拡大もされているのだろう。
「まぁね、だが流石に僕に選ばせてね。読むだけで知識が流れ込んできて情報過多で廃人になる本とかもあるから」
「えっなにそれ怖い」
そういって、手を振ると一冊の本が彼の手元に飛んできた。
「これなんてどうかな?『ロズの大冒険』の原本だ」
「えっ……ロズってあの原初の魔法使いと言われて、絵本にもなってるあの!?」
「うん、厳密には少し違うんだけどね。時間が経つに連れて大衆向けに多くの改編と捏造にまみれる前の一冊さ……正直内容は学生が読むには手に余るんだけど、君程の執念のある子なら理解できるだろうし低い危険度ならこれがいいかな……更に面白いのがあってね、追体験ができるんだ」
「追体験?」
『あなたがロズになったつもりでこの本を楽しめるって訳、しばらくの間は周りの音も何も聞こえないくらい没頭しちゃうのよ』
「えぇ……凄い!凄い、けど。大丈夫なんですか?それ」
「大丈夫さ、この栞を持っていればいつでも出られる。それにロズの物語自体は長くても二時間もあれば終わるよ……もし不安でも、僕がいるからまぁ何とかするさ」
「うーん……このチャンスを逃すのは流石に……読みます!!」
「オーケー、じゃあ本を開いて。それだけで始まるよ」
いわれるがままにリリーは本を開くと、眩い光と共に大量の文字が飛び出して彼女の周りを包む。
「あぁ!君はロズの追体験をするわけだからしっかりと自我を保ってないと記憶が混合することがあるから気をつけてね」
「えっ!?それって割りと重要なことなんじゃーーーーー」
思い出したようにブックが放った言葉に、リリーは最後まで言い終わる前に消え、本はパタリと閉じられた。
それを見て、アーレは呟く。
『いったわねぇ』
「……あぁ、そうだね」
ブックは背伸びした。
「さて、では別の来訪者の相手しようか……でてきなよ、わかってるからさ」
そう言うと、次々と何もなかった筈の所から人がでてきた。
影に溶け込みやすそうな黒い服装、手にはナイフ等の暗器を構えてブック達を狙っている。
「……隠蔽魔法つかってるんだから黒装束とか意味なくない?」
『気分の問題なんじゃないかしら』
隠蔽魔法、己の姿を隠す魔法である。
練度が上がると光の屈折や匂いまで痕跡を消すことができる、暗殺や盗難に突出した魔法だ。あまり表舞台で活躍することはないだろう。
(そういえば彼女の隠蔽魔法は、それこそ学生の中では類を見ないレベルの練度だったな……この人達よりは流石に及ばないけど)
先程本の世界に送った彼女のことを思い出す。
ブックがそれを看破できるのは当然であった、幾度も、数えるのも億劫な数の隠蔽魔法を見てきているのだから。
「何人かまだ隠れているみたいだけど……帰ってくれないかな?今日は久しぶりにお客もきているし、君達のおもてなしを一緒にできるほど器用じゃないんだ」
『うーん、この人達は呪うには少し……というか論外ね。面白くもないし強くもないじゃない』
ジィと物色していた視線を興味を失い外して面倒そうな顔になる。
『で?どうするの?全員殺すの?』
「いやいや、あくまで管理人だからね僕は?うーん……用件を聞こうか?」
そういったブックの営業スマイルの頬の横を、投げナイフが通る。
「うーん……?無言でいきなりは酷くないかな?」
『話す気もないみたいね、貴方戦闘力低いのバレてるんじゃない?』
「うーん、それは困ったな。魔法の看破も操作もそれなりにできる自信はあるけどここじゃあ無駄だしなぁ」
数人が黒装束の下で小さく口角を上げる、それを一瞥したブックは小さく唸った。
「……君達さては頭悪いね?少なくとも僕よりは悪いとみた」
その言葉に、元々静かだった書庫が静まり返る。
そんな中、ふーよいしょ。と気の抜けた声を出しながら足元に呼び寄せておいた本を開いた。
「「「!」」」
一瞬だけでも気を抜いた、そのお陰でワンテンポ遅れてしまった。
距離がある者は投げ物や魔法を、そして背後に近づいていた者達が死の一太刀を与えようとする。
「僕との会話で足元が疎かになってるし、耳も悪くなっていたのかな?」
しかし、突如彼の周囲に現れた檻が全ての攻撃を防ぐ。
「「っ」」
まるで雨を防ぐ傘のように、ブックに襲い掛かる攻撃は一つとして彼に当たらなかった。
ちなみにアーレにも一つ投げナイフが飛ばされていたのだが霧の中に投げるかのように意味がなかった、口を開けて食べるような仕草をする辺りかなり余裕である。
「魔法による外からの攻撃を完全に無効化する檻さ」
そういってカラカラと笑うブック。
「いってしまえば最大の盾、ってところかな?君達がどんな研鑽を重ねていようと、全ては無に帰す」
『まぁ貴方も何もできないけどね』
「……カッコつけてるんだから邪魔しないで欲しいんだけど」
『檻に捕まってるのよ貴方、傍目から見たらかなり間抜けよ?』
「え?恥ずかし、やめてよ冷静な分析」
まぁいいや、とジト目で見ていた彼女から目をそらして侵入者達を見る。
「……君達は闇の世界に溶け込んで色んな仕事をしたんだろうし、それなりに優秀なんだろうけどさ、相手が悪かったよね」
そこには、若干の哀れみも含まれていた。
ふと、黒装束の一人が気づく。
地面が揺れていると。
「君達が求めていたのは古代の王の手記かな?それとも知恵を得られる魔法の禁書?もしくはそれら売ったことによる金銭かな?」
大きくなる揺れに伴って音も大きくなり一人、また一人と気付いた。
「ここは僕の『世界』だーーーーなーんて言えたら良いんだけど、僕は本当にただの管理人さ。手に負えないようなやんちゃな本達がいっぱいいるからね」
そして、その正体を察して目を見開いたときには全てが手遅れだった。
演説をしていた彼の背後、投げナイフを飛ばした方向から、まるで津波のように轟音と共に本が雪崩れ込んできていた。
奥の見えないほどの巨大な書庫の、大量の本が迫ってくる。
本が本を飲み込み、勢いが増していく。
火を噴き、凍らせ、水に沈め、石像が現れ、本が鳴き声をあげ、パッと花が咲く……まるで御伽噺のような怪奇と共に黒装束達に迫ってくる。
逃げるものもいるが、およそ間に合わないことを察しているのだろうか。
「転移魔法に期待しても無駄だ、ここには起きたら魔法を封じる魔法書も存在する」
そこで、ブックの行動の全てを察した。
全てはこのためにあったと、長々と話したのは時間稼ぎ、そして檻は自分達の攻撃を防ぐためだけではなく……!!
「君達が本当に気を付けるのは、求めていた本達だったんだ……物量でさっさと潰された方が楽に死ねるよ」
そして、ブックを含めて黒装束達は本の波に埋もれていった。
「……はっ!!」
リリーが目を覚ますと、そこはつい先程訪れた書庫であった。
「やぁ、目が覚めたかな」
「ぁ……、えと、ドラゴンは!?そ、そうだエルフのお姫様!いくら助けるためとはいえ泥に落として村娘って言ったことを詫びなくちゃーーー」
「うんうん、正常そうで何よりだ。ちなみにそれは全部物語だよ」
「えっ」
飛び起きた彼女に、冷静に言い放って紅茶を一口含む。
「君はリリーだ。ロズと呼ばれていた時の記憶は全て君の記憶じゃない」
「え、えっと……」
「ほら、クッキーに紅茶を飲みなさい。気持ちが和らぐよ」
そういってテーブルの上にあるクッキーとお茶を指す。見るとお腹が減っていたのか糖が足りていなかったのか生唾を飲み込み、リリーはそっとクッキーに手を付けた。
「……おいしい」
「そうだろう。冷静になり、気持ちが穏やかになってくるだろう」
『まぁ慌ててるの全部貴方のせいだけどね』
「ーーーっそうじゃないですか!?なんつーもん見せてくれたんですか!?」
「面白かったろう?」
「えぇ本当にいい機会をありがとうございます!!!」
『お礼をいうのね、面白い子』
カラカラと笑いながら、紅茶を一口。
「まぁ少しは苦い思いもさせたかもしれないが、よい薬になると思ってね。どちらにせよ貴重な体験なのは間違いないだろう?」
「えぇ、まぁ……」
「残念ながら世界が求めているような本はここにあるが、読ませるわけにはいかない。例え一人だけに教えても世界のバランスが崩れるからね。ここはあくまでも世界から弾かれた求道者達が遺した記録を置く場所なのさ」
「貴方は、ずっとここに?」
「……僕がここに来た経緯は話したね?あの話には続きがある……当時の管理人としての役職には魔法に理解があって、スパイの可能性が少なくて、そして逃げない人材が欲しかった。その結果が、僕だった」
「えっ……じゃあその、彼女さんは。その仕事を紹介した」
「いや、彼女も被害者……というか僕らは若かった。よく考えればわかることだったよ、大人の事情というやつをさ」
「この仕事は、まぁなんとなくわかると思うけど一般の人達の感性には受け入れがたいものがある。過去の管理人は夜逃げしたり精神が崩壊したり、雇い主の親が買収して席が空いたり、本に殺されたり……いろんな者がいた。しかし廃棄することもできず、管理するものは必要だ……だからこの仕事自体、軽く疫病神のような扱いを受けていた」
そう言って、一呼吸置く。
「僕は孤児だ、これ程都合の良いものはなかったろう」
軽く視線を落とした、その瞳には、薄い後悔と失望が見える。
「それで……彼女は?」
「何百年も経っているんだ、言わなくてもわかるだろう?」
「……さて!君はもう帰りなさい。持って帰っていいのは茶菓子だけだよ、本は譲れないからね」
そもそも僕のものでもないし、と付け足した。
「あ、えっと、またきてもいいですか?」
「ダメだ」
「えっ」
「今回は連れてきたが、本来ここは立ち入り禁止だよ?あくまで善意として警告するけど、もう来ない方がいい。僕なしにここに入って、永久に出られなくなってもいいなら話は別だがね」
「……うぅ」
「一般的な図書館の本を全て読むだけにしておきなさい」
なだめるようにそう言って、リリーとの別れを告げる。
「なかったことにはしなくていい、ただ記録はしない事だ。一つの思い出としてしまっておくんだね」
「さて、しっかり片付けようか……うわぁ、血の染みがついてるじゃないか。酷いなぁ洗うのに一苦労だ」
一人ごちりながら作業していると、フワフワと背後からアーレが来た。
『嘘つきね、本当の事はなにも話さないのかしら』
「ただしい知識を得るためには、ここは必要じゃないんだ。久しぶりの客人に舞い上がったけど、本来彼女はここに来る資格も必要もない」
『それもあるけど、命の恩人としての自覚はないわけ?』
「何の事かな?」
『最初にリリーちゃんを捕まえたのも、本の世界に一時的に閉じ込めたのも侵入者達から彼女を守るためでしょ。流石に長い付き合いよ、嘘をついたところですぐにわかるわ』
「それに、ここには読むだけで魔獣を出したり喰われたりする本達もあるが……そもそも倫理的に反している魔法や実験の書物も大量にある……彼女の若さでそれを知ったり見たりするのはよろしくないだろう?」
『あら、認めるのね』
「バレてるなら必要ないからね、縁というのは厄介なものだ」
『私達の場合は腐れ縁でしょうけどね、話を戻すけど彼女、性格も向いてるし才能はあるわよ?それこそ後任だってありえたじゃない、外に出られるわよ』
「それはよくないさ……ここに囚われるのは僕だけでいい。それに君は出られないだろう?寂しくなるんじゃないか?」
『あら呪いである私の心配をするなんて珍しい、一番の変人は貴方ね』
「まぁ、否定しないよ……さて、ティータイムといこう。君も座りなよ、気分だけでも味わえるだろう」
『はいはい、まぁ不思議と貴方の顔は見てて飽きないし、暇潰しにはなるものね』
そうして、二人は席に座る。
アーレの場合は物理的に浮いているので、実際に座っているというわけではないのだが、頬杖をついてブックの事を見ている。
(……ずっと、前からそうだった)
ブックにとっては、懐かしくもあり見慣れた光景だった。
丸机に対面するように座る二人、遥か昔の自分なら手の届かなかった菓子類。
彼女を見ながら、彼はそっと紅茶を飲む。
『そのお茶本当に好きなのね。創れば良いのに、それくらいできるでしょ?』
「できるよ、でも初めて飲んだときからこれが気に入っているんだ。この茶菓子も忘れられなくてね」
『飽きないの?』
「飽きないよ。これを食べると、思い出が甦るんだ」
『変わってるのね、ブックって』
「……君もね、
一人ごちるように、彼女の名前を呟いた。
「君から受けた呪いは、本当に強力だね」