凍て地のボワボワ救出作戦!   作:Senritsu

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第二話担当:蒸しぷりん




第二話:慌てず騒がず料理長の手土産付きで

 

 深緑の針葉に積もった新雪が、朝のやわらかな日差しを受けて少しずつ溶けてゆく。葉の先からこぼれ落ちた滴が、光を弾きながらぽたり、ぽたりと根元の綿雪に穴を開けていた。

 

 風花が飛ぶ空に、鳥の囀りが響く。それらさえも、一面の白銀に吸われてすぐに消えてしまう。

 決して音が無いわけではないのに、静かな寂しさに包まれている。ここは、渡りの凍て地からほど近い峡谷だ。

 

 雲の流れる空を突くような岩山に囲まれたその場所に、地の啼く歌に導かれて辿り着いた人々がいた。

 星を象った紋章を背負う人々は、歌の調べを聴くために未開だったその地を開拓し、羽休めの止まり木を造り上げた。

 調査の前線に設けられた拠点。風に漂って舞い降りた場所。

 若いけれど確かなぬくもりのあるその地を人々はセリエナと呼んでいた。

 

 崖沿いの居住区には、人々が暮らす建物がぽつぽつと存在する。

 そのうち、奥の方にある一戸の窓が開いた。

 

 昨夜干しておいた洗濯物から、今日着るものだけを弾く。凍って傷んでしまうため、長持ちさせたい衣類を外に干すことはできないが、地熱や暖炉のおかげで生乾きの臭いはしない。

 男は少し考えると、畳むのは帰ってきてからで良いか、と残りを籠に放り込んだ。

 

 雪狼の毛皮でできたコートを羽織り、ポーチにメモ帳や地図、ペンと簡易なインク壺などが揃っていることを確かめる。付箋だらけの分厚い編纂書も忘れてはいけない。

 すべて指差し確認を終えると、男はドアを開けた。

 

 息を吸い込むと、湿った雪や泥の匂いが鼻腔から肺にかけてを冷やしていく。

 ほわほわと上っていく白い塊の向こうには、空高くそびえる煙突が立ち並ぶ。セリエナの機構を動かす動力には、蒸気の存在も必要不可欠だった。

 その時どこからか爆発音がし、男は肩を跳ねさせた。こんな朝から何事か。

 しかし、皆ちらりと様子を見に行っては、すぐに再び自分の仕事に戻っていった。大方、また蒸気機関の手伝いで羽目を外したアイルーがいたのだろう。そろそろ毎度対処する技術班リーダーの身体が心配だ。

 

 男はルームサービスやすれ違う面々に挨拶をし、凍って滑りやすくなった足元に気を付けながら木目の上を通る。

 すると、アイルーの鳴き声と共にざく、ざく、と心地良い音が聞こえてくる。

 彼らは屋根に積もった雪にスコップを刺しては、小さな身体を一生懸命使って雪を放り投げていた。たまに雪が当たって悲鳴を上げる者もいるが、ご愛嬌。

 

 流れ弾が飛んでくるのを警戒しつつ、男は傍にある小さなテントに顔を出して挨拶をする。

 積み上げられた鉱石や様々な部品などの中央で、帳面に目を落としていた浅黒い肌の女性は、男に気付くと快活な笑みを浮かべた。

 

「あーらおはよう、調子良さそうねえ」

「ええ、おかげさまで」

 

 黄色の上着がよく似合うこの女性こそ、物資班をまとめるリーダーだった。彼女はなんだかんだ言いつつ、いつも大量の物資をたった一人でさばいてしまう。

 男が下に降りようとしたのを、彼女は引き止めた。

 

「いま物資補給所の彼は席を空けてるから、私が代わるわ。いつものでしょ? ハイ、これの確認お願い」

 

 物資班リーダーは、腰に下げた帳面のうちの一つを男に手渡した。

 同時に指差されたのは、淡い緑色の液体の入った瓶が詰められた箱だ。それはハンターの受注するクエストで調達される応急薬だった。

 拠点を回していく為に、ハンターの存在は必要不可欠だ。そして彼らが活躍するには、裏方が支えていかなければならない。

 箱に記載された消費期限と、薬剤部の印が押されていることを確認すると、男は帳面に手早く記名した。

 

「ありがとうございます。助かります」

 

 男は腰を痛めないように気をつけながら、その箱を持ち上げる。

 その後ろ姿に向かって、物資班リーダーが「そうそう」と声を掛けた。

 

「この後、司令エリアで会議があるらしいわよ。調査班の何人かが呼ばれてるみたいだから、キミも行ってみたら?」

「会議、ですか」

 

 アステラやセリエナでは、不定期だが高頻度で会議が執り行われる。過酷な環境で生き抜くためには、こまめな情報共有が欠かせない。

 果たして呼ばれていない自分が参加して良いのかと迷ったが、好奇心の方が勝る。男は箱を抱え直すと、物資班リーダーに会釈をした。

 

 遠くで角笛の音が聞こえる。仔ポポの引く、物資を乗せた荷車が出発する合図だ。

 

 物資の積み上げられたテントの少し奥。そこは絶えず暖炉の火が赤々としており、いつ緊急事態が起きてもすぐに重役が集まれるようになっている。

 大きなテーブルの鎮座するその建物には、既にセリエナの若き司令官、そして数人のハンターと編纂者が集まっていた。

 各々が思い思いに談笑していることから、まだ会議は始まっていないようだ。

 その中に自分のバディの姿を見つけ、男は目を丸くする。相方はこちらに気がつくと、手招きをした。

 

「サク。君も呼ばれていたんだな」

 

 男──サクは、首を横に振る。

 

「いや、僕はさっき物資班リーダーさんに言われて来たんだ。君も、ってことはヒアシは召集がかかったの?」

「ああ。どうも凍て地が最近ざわついているらしくてな。万が一、モンスターが暴れ出した場合に備えて、作戦を考えておきたいとのことだ」

「だから全員参加じゃなかったんだね。……それにしても、氷刃佩くベリオロスが見つかってから暫くは落ち着いてたのに、どうしたんだろう」

 

 サクが首を傾げると、ヒアシは唸った。

 

「わからない。だが、確かにここのところポポやガウシカが怯えた様子を見せることはあった。これも予兆だったのかもしれないな」

 

 調査班リーダーが人数確認を始めるのを見て、サクは居た堪れなさを感じる。そっと相方に耳打ちをした。

 

「やっぱり僕呼ばれてないし、事務所でクエスト依頼の確認を──」

 

 その時、甲高い鳴き声と共に翼竜が低空を横切る。掴まっていた調査員は、門にさえ戻らず司令エリアの目の前で飛び降りた。

 普段ではあり得ないその行為に、司令官は事態の深刻さを察し、足早に歩み寄った。

 

「何があった」

「き、緊急です! たった今、渡りの凍て地にて、救難信号が上がりました」

 

 その言葉を聞くやいなや、調査班リーダーは少し目を見開く。そしてすぐさま振り向き、太い声で指示を出す。

 

「すぐに救援に行ける者は?」

 

 どよめきの中、数名のハンターと編纂者が挙手をする。調査班リーダーは頷き、連絡員に続きを促した。

 

「今、凍て地には四期団が一名、氷刃佩くベリオロスの調査で滞在しています。しかし、聞こえたのはレイギエナのものらしき咆哮でした。挟み撃ちになっている可能性があります」

「レイギエナだと? ここ一ヶ月以上、導きの地での調査報告しかなかったのに……」

 

 その時、もう一人司令エリアへと駆け込んでくる者がいた。導きの地担当の連絡員だ。

 

「調査班リーダー、報告です! 導きの地の凍て刺すレイギエナが、渡りの凍て地方面に向かいました。推薦組は大団長と別モンスターの調査中で、手を離せないとのことです」

 

 再びどよめきが上がった。緊急性の高い報告が立て続けに二本。

 最悪の事態を想定した司令官は、一層表情を険しくした。

 

「四期団ということは、おそらく信号弾を打ったのはヒオンだろう。彼が手こずる相手だ、救難員にも制限をかける。この中でマスターランク二十四以上の者はいるか?」

 

 現大陸でも新大陸でも、ギルドに所属するハンターならば、功績に応じてハンターランクが加算される。

 マスターランクはその名が表す通りさらに上の位で、G級と同等の資格だ。それを所有するということは、これまでに高難度の依頼をこなしてきた証となる。

 

 次々と上がっていた手が降りていく。残ったのは、ヒアシのみだった。

 調査班リーダーは額に手を当て、束の間考え込んでいた。ひとつ息を吐くと、視線を上げる。

 

「一人か……わかった。それじゃあ、お前たちバディに頼む」

 

 ヒアシとサクは頷いた。

 調査班リーダーの灰青色の瞳は、一見すると静かだ。しかし、その内には強い光を湛えていた。守る者の目だ。

 

「今回は、難しそうなら撃退まではしなくていい。あくまでも調査員の救出を最優先にしてくれ」

「わかりました」

 

 調査班リーダーは、二人の肩を叩いた。

 

「くれぐれも、無事に戻ってくるんだぞ」

 

 仲間を思う若きリーダーの言葉に、二人は顔を見合わせ、一層強く頷いた。

 

 すぐに出発しようとしていたヒアシとサクは、後ろから「待って」と呼び止められた。

 そこにいたのは一期団を象徴する赤い頭巾に、ふくよかなシルエットのアイルー。

 おばあちゃんの呼び名で親しまれている彼女こそ、セリエナの料理長だった。彼女の優しい表情と声音、そして何より豪快かつ繊細な味わいの料理は、皆の胃袋と心を満たしてくれる。

 

「これ、持っていってちょーだい。ご飯、しっかり食べなきゃだーめよ」

 

 料理長がそう言って手渡してくれたのは、まだ温かい紙の包みだった。中からは、小麦やら香辛料で味付けされた肉やらのいい匂いがする。

 料理長の心遣いに、それまで強張っていた二人の表情がほっと緩んだ。

 

「ありがとうございます、いただきます」

 

 料理長に見送られながら、二人は門へと向かう。

 その途中にも、何人かに声を掛けられた。きちんと見送られた人は、悲惨な事故が起こりにくくなるのを皆知っているためだ。

 

「本当は俺も編纂者として付いて行きたかったんだけどな。ま、何かあったら手伝うよ」

「お、救難要請か? いま凍て地には白い騎士が鎮座しているはずだ。気をつけて行ってくるといい」

「頑張ってこいよ。オレもおやっさんの手伝いに精を出すぜ!」

 

 仲間たちからの声援に、力が漲ってくるようだった。

 それぞれに対し、手短かに返事をして手を振ると、二人は翼竜を呼ぶ指笛を吹いた。

 

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