その争いは、別に誰かが扇動せずとも遠くない未来に自然に起こっていただろう。
凍て刺すレイギエナと氷刃佩くベリオロス。どちらも氷山一つを縄張りにできる強大な飛竜だ。それが近場で睨み合っているというのだから、棲み分けなどできるはずもない。
凍て地に一時立ち入り禁止令が出てもおかしくないくらいに緊迫した状況だ。ここまでの規模の縄張り争いはそうそうないし、普通は見ることすら叶わない。
故にこそ、その現場に居合わせた者にとっては、忘れようもない大迫力の記録として残るのだろう。
それは互いの咆哮から始まった。
氷刃のそれは低く、氷河を伝うように。凍て刺すそれは高く、空へと澄み渡るように。
小石や雪が小さく跳ねて踊る。氷耐草や氷瑞草の葉がびりびりと震えている。壁際の氷柱がぱきぱきと落ちて、きっと、この凍て地の全土に響き渡っていた。
互いに、これが仕向けられた舞台であることは察しているだろう。しかしそんな意図はどうでもいい、むしろ手間が省けたとでもいう風に、迷いなく彼らは激突した。
レイギエナは空から襲う。ベリオロスは地上から迎え撃つ。
花びらのようにふわりと風に乗ったレイギエナは、ベリオロスの直上で翼を畳んで両足の爪で襲いかかった。タイミングが全く読めない猛禽の一撃を、ベリオロスは寸前で避ける。
その仕返しとして振り抜かれるベリオロスの尻尾には、相手の骨を砕く硬い突起が生えている。レイギエナもまたこれを避けた。ひらひらと舞うように。自らの身体の使い方を十分に心得ている。
逃げ回る蝶を捕まえようとしているかのようなそのやり取りは、突如としてレイギエナが空高く舞い上がったことで打ち切られた。
ベリオロスが天空を見上げる。きらりと光る太陽と風、氷の礫にその眼が細められる。
直後、高空から一瞬で舞い戻ってきたレイギエナの蹴りがベリオロスを撥ね飛ばした。
ごっ、どごっ、と。あの巨体が鞠のように地面を跳ねていく。どれほどの威力だったのかは想像もつかない。
ふつうの竜ならばそのまま岩壁にでも激突して息絶えていたかもしれない。しかし、かの老騎士はまるでハンターのような身のこなしを見せた。
吹き飛ばされながらも姿勢を戻し、スパイク状の翼爪を地面に突き立てて威力を殺す。ぎゃりぎゃりと地面が抉れていく音が生々しい。
ベリオロスは全く怯んでいない。決して無事では済まなかっただろうに、全く苦痛を伺わせない。自らの身をばねのようにたわませ、地面を蹴る。
迫り来るベリオロスに、地面に降り立っていたレイギエナは再び翼を広げた。かの竜にとっては飛んでいた方が小回りが効くのだろう。
どんなに速くとも、どのように緩急をつけようともひらりと躱してみせる。レイギエナからはそんな余裕が感じられた。それに対してベリオロスは愚直に突っ込んでいく。
かくして、突進の勢いのままに飛びかかったベリオロスの牙は空を切った。通り過ぎていくその背中に向けて、レイギエナは追撃を仕掛けようとする。
が、振り返った先でレイギエナが見たのは。
先に見たはずのものと全く同じ光景。己に向けて襲いかかる氷刃の姿だった。
地を走って、壁を蹴る。氷の大地を縦横無尽に駆け回る。見渡す限りの平原でもない限り、ベリオロスの機動力は地に縛られない。三角飛びで強引に方向転換したベリオロスの体当たりが、とうとうレイギエナを捉えた。
悲鳴を上げてレイギエナが地上に落ちる。あまりの勢いに地面が揺れ、大量の雪煙が舞い上がる。ばたばたと転がるようにして両者がもつれあっている。
そのまま何度も地面を転がり、上を取っていたベリオロスがその牙を深く突き立てるより先に、レイギエナがベリオロスを蹴り飛ばした。見た目にそぐわぬ脚力が互いの距離を開く。
恐らく、どちらも骨が折れたか肉が千切れたかはしているはずだ。それでも互いに睨み合い、自らが上を行く手段を模索している。
遠い間合いを保ったまま、両者の取った選択は全く同じものだった。
レイギエナが翼を広げてぐるりと一回りすると、真っ白な冷気が身を包み、夥しい量の霜が纏わりつく。ベリオロスが大きくその身を仰け反らせると、その喉元がぼこりと持ち上がり、口から凍気が溢れ出す。
一拍置いて、両者は己にできる全力の遠距離攻撃を撃ち出した。相手のそれを避けてからという選択は、端から頭にないようだった。
その遠撃戦の結果は、片方の勝ちでも相殺でもなかった。
レイギエナが放った氷は風そのものだ。ベリオロスの全身を飲み込む面攻撃。壁でも生成しない限り止められるものではない。
ベリオロスが放った氷は砲弾そのものだ。レイギエナの胴を狙った一点集中攻撃。同じ高密度のブレスでもぶつけない限り、止められるものではない。
だから、結果は相討ちになる。
ベリオロスのブレスはレイギエナの翼の根元に着弾した。直後、どぱっと大波が弾けるように膨大な氷の華が咲く。
それはレイギエナの胴を容易く飲み込んだ。二歩三歩と後退っても抱えきれず、あえなく転倒させるほどの密度がそこには閉じ込められていた。
レイギエナの風はベリオロスの全身を撫でていった。冷気そのものには耐性があったようだが、付着した霜にベリオロスが違和感を感じるより先に、形作られた氷の棘がその身を包み込む。
図体が大きければ大きいほど、その殺傷力は増していく。全身を串刺しされて血を流すことになったベリオロスは痛みを堪えるような声を漏らした。
息つく暇もなかった攻防がようやくそこで途切れた。互いの竜はゆっくりとその身を起こし、傷を受け入れて息を整える。
レイギエナを覆っていた氷が剥がれ落ちていく。ベリオロスを突き刺していた氷が砕け散っていく。どちらも膝を付く様子は見られない。
ふつうの竜であれば、今までの間に何度死んだか分からない。むしろ、どうしてベリオロスもレイギエナも、まだ戦い始めたばかりという雰囲気でいるのだろうか。
沈黙の中で、息づかいと緊張感だけがこの場に残留している。
ベリオロスとレイギエナの瞳が、同時に二人の狩人へと向いた。
「おぉ……これはやばいな。駆け出しのオレなら気絶してるぞたぶん。お前は大丈夫か?」
「ええ、慣れてます」
「流石は五期団。ランスの使い手はそうでなきゃ立ち行かないよな。よし、あれに並び立てるかは分からんけど、混ざりに行くとしようか!」
にやりとヒオンは笑い、背中に担いでいた盾斧を抜く。がちゃがちゃと鳴る音がその合図だ。
これだけ強かな竜たちが、彼らをここへ連れてきた存在を忘れるはずもない。このまま互いに消耗すれば、ヒオンたちが利を得るかたちになることをよく分かっている。
だから本気の敵意を向けたのだ。次はおまえたちを狩るぞ、と。
上等。そのためにこちらはそそくさと逃げることなく縄張り争いを見守っていたのだ。
ふたつの咆哮が狩人を出迎える。凍て地を揺るがす大騒動の火蓋が、今をもって本格的に切って落とされた。
ふつう、モンスターの狩猟をするときはできるだけ乱戦を避けるべきだ。
ウルグのような群れを相手取るときはある程度致し方ないが、大型種が複数いるような場はとてもよろしくない。少し考えれば分かる。彼らの争いに巻き込まれて潰される羽虫の側は自分たちなのだ。
ただ、現大陸のハンターたちには、ややその認識が異なる者もいる。
彼らが愚かで蛮勇か、と問えば、そうなのかもしれない。調査は慎重に行うに越したことはない。
しかし、大抵の場合、その一言で済んでいれば楽だったのに、と彼らは思わせてくる。
状況によっては。情報の処理が間に合えば。身体がそれに追いつくなら。
つまるところ、その場で生き残り続け、かつ存在を示すことができるなら。
戦術という武器を持つ人は、乱戦という混沌とした場に利することができる。
ヒアシという狩人が生きてきて、そんな、不可能ということを除けば完璧、と言いたくなるような作戦を実践してしまうのは、それこそあの青い星が一人目で。
彼と共にこの場に立つ、ヒオンという四期団のハンターが二人目だった。
レイギエナは手強い遠距離攻撃を行うが、代わりに近接戦で劣るかというと、そうでもない。
むしろ、他の竜にあまりない危険性を持っていると言うべきだろう。滑昇風や寒風を乗りこなすために脂肪を削ぎ落した彼らの身体は、そのほとんどが筋肉と言っていい。
その道の研究者が感嘆するほどに洗練された肉体は、鞭のような性質を持つに至った。堅くはないが重く沈み込む。それにやられて腕や腹を腫らすハンターをヒアシは何度も見てきている。
それこそ、今、この瞬間のように。
「……ッ」
レイギエナの突進を盾で受けたヒアシは、その構えが崩されないように脚に力を入れる。 突進の勢いのまま押し潰されないように、盾で塞き止めるのではなく、力の流れを変える。多くの盾持ちが実践しているだろう立ち回りだ。
レイギエナの直接攻撃は他の竜よりいくらか長く力がかかる。筋肉の弾力によるものだろう。
ちょっとした違いのように思えて存外大きい。多くのハンターの鞭打ち傷を作ってきた主因だ。故に、この竜を相手取るときはいつもより丁寧な盾捌きを心掛ける。
間を置かず、今度は振り回された尻尾がぶつかってきた。
ばちん、という乾いた音は独特のもの。無理なく受け止めたつもりでも腕に響いてくる感触は歓迎できるものではない。
その図体を盾で押しのけるようにして、鋭利に磨かれた盾の縁でその皮を切り裂く。
ヒアシもあまり期待はしなかったが、流れる血は僅かだ。その刃の多くは鱗に貼り付いた氷に阻まれ、傷口も一瞬で霜に覆われてしまった。出血が他の竜より手痛いレイギエナらしい守りと言える。
せっかく近付けたのだから離れたくはない。懐の内に入り込んで攻撃の出を抑えにかかる。
それを嫌がるレイギエナと押し合いをしていたところで、ヒアシの耳が鋭い声を聞き取った。
「左手方向来るぞ!!」
その声に従ってヒアシが盾を構えるのと、レイギエナが強引に空へと舞い上がったのはほとんど同時だった。
直後、大きな落石がぶつかってきたかのような衝撃に思わず呻いた。
腕だけでは到底受けきれず、身体ごと持っていかれる。レイギエナとは違う、硬く激しい感触。それを盾伝いに全身に受けて、大きく後退させられた。
瞑っていた目を開けば、眼前に広がる真っ白な身体。レイギエナと同じく、その場にいるだけで冷気を感じるような風貌は氷刃佩くベリオロスだ。
レイギエナとヒアシ、双方を巻き込むつもりで強襲してきたのだろう。レイギエナが積極的に仕掛けてきていなかったのはこれを警戒してのことだったのかもしれない。
そのおかげか、レイギエナの方は無傷でやりすごしている。対して、地に縛られがちな人は甘んじて防御に徹するほかない。
「すまん取り逃がし、ぅおっと!?」
ヒオンがフォローに入ろうとしたようだが、彼は彼でレイギエナの標的にされてしまったようだ。
盾の端から垣間見れば、なんとレイギエナの爪に雪狼の防具を引っ掻けられ、空高く連れ去られてしまっている。見ている側のヒアシですらひゅっと肝が冷えた。
自身が自由に動き回れるだけの高さで、ヒオンを空中へと放り出す。その場でぐるりと宙返りして、翼から生み出した凍て刺す風を叩きつける。その身の捌きはまさに風漂竜のそれだ。
さらにダメ押しと言わんばかりに、自らを傘のように折りたたんで突貫する。ヒアシは思わず声を上げそうになった。
小柄な竜であれば大抵はこれで何もさせずに仕留めきれるだろう。標的の命を獲りにくる動きだ。
「っぶなぁ……!」
しかし、レイギエナがその姿を再び目に収めたときには、標的のヒオンは辛くも自らの足で地に降りた。
びっしりと氷が付着した衣のようなものを無造作にベルトに挟みこむ。恐らくあれは、耐寒の装衣と滑空の装衣だろう。
耐寒の装衣で氷風を防ぎ、着地の瞬間のみ滑空の装衣を広げて衝撃を和らげたのだ。大胆な使い方だが、判断が速い。
と、ヒオンの立ち回りを見ている場合ではないとヒアシは自分に言い聞かせる。そんな余裕、どこにもありはしないのだ。
通常のベリオロスであれば、ヒアシも二回ほど交戦経験がある。そのときに比べると、このベリオロスは身体能力以上に外皮が頑丈になっているように感じられる。先ほどのレイギエナには通った盾の仕込み刃も、この竜にはなかなか通る気がしない。
その強靭な外装を活かしてか、かなり手荒なこともやってのける。ともすれば己の肉体に反動が来そうな荒々しい動きをためらう素振りがまったくない。
例えば、今繰り出した頭突きのような。
文字通り自らの頭部を地面に勢いよく打ち付けて、懐の内に入った者を狩ろうとしてくる。その後、一滴の血も流さず平然と頭を持ち上げるのだ。
とてもではないが深入りはできない。それなりに狩りの経験を積んでいるヒアシの勘が、下手に張り付いて視界を塞ぐと命が危ないと告げていた。
それにしても、とヒアシは思う。ある程度覚悟はしていたが、相当に盾を持つ腕が辛くなる狩りだ。
複数人で囲むことでモンスターの標的が分散されるというパーティの利点が、乱戦によって潰されてしまっている。絶え間なく何らかの攻撃に晒され、受け止めるか避けるかの判断を常に迫られ続けている。
飛毒竜の装備を身に着けてきたのは正解だったかもしれない。厚着ではあるものの軽く、動きやすいので回避行動が取りやすい。全ての攻撃を受け止めていたら、すぐにこの腕は上がらなくなるだろう。
縄張り争いの傷も含めて対価は支払われているとは思うものの、厳しい狩りであることに変わりはない。世辞を抜きに生きるか死ぬかの境界線に立たされている感じがした。
しかし、泣き言はいっていられない。むしろ、望むところだとヒアシは思う。
ヒオンはヒアシが隻腕で盾のみの立ち回りを模索している最中だと知った上で、この困難な任務を持ちかけてきたのだ。下手な気遣いは抜きにヒアシを現役のハンターとして扱っている。
槍を握っていた頃の自分ですら躊躇するようなこの狩りで、自分がどこまで立ち回ることができるのか、盾のみの戦いが通用するのか、確かめたい。
氷刃の攻撃を掻い潜るべく、ヒアシは数歩後退る。と、その脚から絡みつくような冷たさが這い上がってくるのを感じた。
はっとしたが、そのときにはもう遅い。
氷刃佩くベリオロスがブレスを吐く様子は、調査中にもほとんど見たことがないとヒオンは言っていた。
ヒオンが調査に来た段階で既に縄張りは確立していたし、ブレスがなくとも十分に狩りが成り立つからだろうと。
ふつうの個体であれば、着弾時に一瞬だけ竜巻のような旋風が巻き上がることで有名だ。それとは性質が大きく異なりそうなことは、先の縄張り争いで判明している。
恐らく、これがそのブレスなのだろうとヒアシは察する。たしかにこれは、通常種とは全くの別物として見た方がいいだろう。
背後と足元への警戒が疎かになっていた。いつの間にそれが敷かれていたかも分からない。これだけ目立たないということは、それそのものが攻撃というより、罠として使っているのか。
ベリオロスの碧い目が光る。ヒアシの脚は氷でできた鎖に雁字搦めにされて、その場から動くことができない。
きぃぃ、と氷刃が鳴った。冷え切った金属が奏でる音だ。極寒の吐息を漂わせながら、氷牙竜が跳び上がる。
抜け出せないのならせめて、と、ヒアシは覚悟を決めた。
氷の泥沼にあえて深く沈み、重心を下げて、盾に身体を隠すように。そして、あらん限りの力を脚から地面に伝えた。びきり、と踏み砕かれた氷が割れる。
かなり無茶な構えなので何秒と持つものではないが、そんな時間は必要ない。ヒアシが構えを取ったと同時に、それは空から降ってきた。
ばごん、と、地面が陥没する。そう、錯覚してしまう程に。
「ぐっ、あっ……!」
重い。間違いなくこの狩りでは最も重かった。これまでの自身の狩人の経験からしても、かなりの上位に食い込むだろう程の。
この威力を、大型種の中では比較的軽量とされるベリオロスが放ってくるのか。
もしヒアシが構えを取れていなければ。頭からあの一撃を迎え入れて、そのまま潰されていただろう。今だって、自分の身体が自分のものでないような、余韻が響いている。
ベリオロスの視線を感じ取る。ほう、とでも言いたげだ。
なにか、ようやく相対する者として意識されたかのような、そんな感覚をヒアシは覚えた。
少しばかりの硬直を挟んでベリオロスが動き出す。こちらを認めたとしても、容赦するつもりはないらしい。
盾で防げるか、五分だ。自らの縄張りで歯向かってくる不届き者の命を奪うべく、氷結した牙がヒアシのもとへ振り下ろされる。
その寸前、その喉元の氷の針のようなたてがみに、燃え盛る炎の剣がねじ込まれた。
たてがみに付着していた氷が一瞬で気化し、多量の蒸気を吐き出す。火で焼いているというよりかは、溶岩を流し込んだかのような。埋まった刀身からどろりと炎が垂れる。
ベリオロスは反射的に頭を上げるが、たてがみでは防ぎきれず、切先は首の肉まで到達したらしい。くぐもった声と共に何度も咳き込んだ。
「この剣さ、実はあんまり切れ味よくないんだ。熱すぎて、赤熱化しちゃって、柔らかくなってんだよ。……だけど、その熱さで溶かして断てるなら、切れ味は関係ないよな。むりやり鍵穴を作るようなもんだからさ」
ベリオロスには、ヒアシが構えていたはずの盾からいきなり別人が現れたかのように感じられただろう。ヒアシですら全く気付かなかった。
大盾が両者の視界を塞ぐことを利用した不意打ち。湯気立つ
「やっと剣強化だ。ほんと、あったまるのが遅くてごめんな」
ヒアシはチャージアックスにはあまり明るくないが、その言葉には聞き覚えがあった。
斬撃の反動を蓄えて攻撃に転化するチャージアックスは、新大陸の工房の手でその前衛的な性質をさらに尖らせた。
盾にも剣にも、これでもかという程に詰め込まれた内部機構は、さまざまな戦い方を使い手に与えている。剣強化はその一つだったはずだ。
ただ、そう言った様々な選択肢があるにしろ、その恩恵を得るために盾斧使いはある宿命めいたものを背負っている。攻撃を相手に当て続けなくてはいけないのだ。
口で言うのは簡単だが、ふつう、ハンターの攻撃などまともに当たるのは三割がいい方で、残りはさまざまな要因で弾かれたり、そもそも当たらなかったりする。
特に、現状のように相手が明らかな強者で、しかも乱戦となれば攻撃の機会は激減する。現にヒアシはほとんど防戦一方になっていた。
いつ、どこでその剣を強めていたのか。火竜武器と言えど、かの氷刃の外皮を焦がす程まで。
翻して、それはヒオンがこの新大陸で十年以上生き延びてきたハンターであり、守りや手堅さでなく、これだけの相手にも十分に反撃できるだけの攻撃能力を有するために氷刃の調査を依頼されていた、という経緯を何よりも証明している。
ヒオンの手で怯んだベリオロスに向け、様子を伺っていたらしいレイギエナが空中から宙返りして勢いよく尻尾を打ち付ける。
これも避け切ることは叶わず、背中を打たれて腹部から地面に叩きつけられたベリオロスがくぐもった声をあげた。
その間に、ヒオンに引っ張られるようにしてヒアシは彼らから距離を取り、勢いづいてきたレイギエナの攻勢に備える。
状況は混沌としている。目まぐるしく移り変わる攻防は思考をも沸騰させ、折を見て落ち着けと自分に言い聞かせる必要があった。
しかし、強者への挑戦とはまさにこれだとヒアシは思い出す。
一瞬の油断も許されないながら、一方的な蹂躙にはさせない。戦えていると慢心した瞬間に命を落とすだろうが、これは死ぬ、殺されるから撤退しようとは思わない。そんな、ぎりぎりの瀬戸際に立てている。
「あの飛びかかりを耐えきったのは凄かった! まだ先は長そうだけど……存在感、出していこうぜ!」
そう言ってヒオンは駆けだしていく。未だに体中に鈍い痺れが残るヒアシは、厳しいことを言ってくれるなと思いつつも、口に含んでいた回復薬を飲み干して確と両足で立った。
氷に閉ざされた地でありながら、静寂とはかけ離れている。凍えるほどに寒いはずなのに、そこにある命の火は猛々しく燃え盛っている。
その差異が、むしろ渡りの凍て地らしい。まさしく、自分たちの知る新大陸だ。
生存競争に加わる、などと偉そうなことは言うつもりはないけれど。ヒオンの言う通り、せめて存在を示すために。
防具越しに両の太腿を何度か叩き、ヒアシは再び狩りの場へと踏み込んでいった。