凍て地のボワボワ救出作戦!   作:Senritsu

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第七話担当:蒸しぷりん




第七話:コレイインジャナイ?!?!

 

 雪と針葉樹に隠された凍て地の上層に、水のせせらぎが響く。だが小川の水面からは湯気が立ち上っており、それが清水ではないことを伝えていた。

 

 応急処置を終えた後、三人はボワボワの集落へと招かれた。長曰く、コルトスに任せれば凍て地の外れへと連れて行ってくれると。

 ヒオンには、それぞれのコルトスに掴まったヒアシとサクが腕を組み、その上に座ってもらう形で移動した。やや不安定だが、無事なほうの手で掴まってもらえば、肩の怪我に障るよりはましだろうと判断した上でのことだ。

 だがコルトスが自分たちを降ろしたのは、硫黄の匂いが漂うこの温泉だった。

 テーブル状の地形になっており、一段一段の深さはさほどでもない。ギンセンザル達が寛ぐ姿が、なんとも長閑だった。

 

「本当にここで合ってる、のか……?」

「温泉を抜けた場所って言ってましたけど、どう見ても行き止まりですね」

「こっちの道も使われている様子はないですし、おそらく下の道も違うかと」

 

 ボワボワ達との交流は始まってからまだ日が浅く、このエリアは地図に詳しく明記されていない。

 ヒオンはざぶざぶと湯をかき分けながらその場を観察したが、やはり道らしき道は見つからなかった。

 

「温泉を抜けた場所……はは。まさか、この下とか言わないよな」

「そのまさかな気がします……」

 

 遠慮がちなサクの返事に、ヒオンは再び乾いた笑いを零す。その顔は引き攣っていた。

 

「そういえば、陸珊瑚の台地に住むテトルーの集落にもこんなところがあったな。案外、獣人族の思考は似通っているのかもしれない」

「それマジで言ってる?」

「せっかく洗濯したのに、全部洗い直し確定か……あとこの編纂書どうしよう」

 

 三人はしばらく立ち往生していたが、突然サクがぱっと顔を上げた。

 

「あっ、向こうから声が聞こえる! やっぱり合ってたんだ」

 

 どうやら方角は間違えていないようだ。

 しかし、そうだとしても。先ほどの戦闘の最中、雪や氷で散々濡れたとはいえ、どうなっているのかも分からない水の中に潜るのは勇気がいる。

 だが、後輩たちに不格好な姿を見せるわけにはいかない。濡らしてはいけないメモなどを雪の上に置き、石の重りを乗せる。

 そして、ええいままよとヒオンは息を吸い込み、湯の中に飛び込んだ。

 

「いっててて、傷が滲みる……って、おお……!」

 

 落ち葉の浮く温泉から顔を出したヒオンは、水気を払うなり歓声をあげた。

 洞窟を抜けてすぐのドーム状になったその場所は、ボワボワ達の集落になっていた。

 食べ終えた魚の骨やはじけクルミの殻などが落ちており、一見雑然としている。だがポポを模った置物や毛皮の絨毯、しっかりとした土器にパンなど、そこでは想像以上に文化的な生活が営まれているようだった。

 中央では巨大なブランドドスの切り身がこんがりと炙られていた。ぽたぽたと脂が火に落ち、なんともいい匂いが漂っている。

 

「すごいね。集落があるとは聞いていたけど、まさか南キャンプの近くの山に、こんなところがあったなんて」

「ああ。ここ二、三年ずっと凍て地を調査していたのに、全く知らなかったな」

 

 集落に足を踏み入れる前に、三人は温泉で濡れた髪や防具を絞った。着替えも無く、湯冷めしてしまわないかと思ったが、この空間は温かいため問題ないだろう。

 三人は揃ってボワボワ達の歓迎を受けた。

 

『ようこそ、ワレラの集落へ!』

『招待と歓迎をありがとう。お邪魔します』

 

 サクが微笑むと、ボワボワの長は満足げに頷いた。

 

『キミラが繰り広げた先程の戦い、素晴らしかった! 尊敬に値する!』

 

 ボワボワ達に通されるがまま、三人は集落の中央に腰を下ろした。

 高低差と奥行きのある住処は、ボワボワ達と同じ目線の高さで見てみると、かなり広く見える。奥には、ぴょんぴょん跳ねているボワボワの姿があった。

 時折、子ども達が笑っているような声も聞こえる。

 

 ボワボワのうち、一緒に登山をしていたと思われる一人が、大きな皿を持って歩み寄ってきた。

 

『助けてくれて感謝でアリマス! お礼にこちらを召し上がってください!』

 

 手渡されたのは、パンによく似た食べ物だった。おそらく、入口の傍らにある壺の内側で焼かれていたものだろう。

 焼き立てのそれは、千切ると中から湯気がふわりと踊り出る。その見た目と匂いからして、寒冷地で育つ穀物が材料だろう。

 独特の酸味があったが、もっちりとしていてうまかった。

 

 好奇心旺盛なボワボワが、珍しそうに道具を眺めるのに応じながら、ヒオンは長く息を吐いた。

 

「無事……って言えるかはわかんないけど、ひと段落付いて本当によかった。安心したよ」

「二人揃ってレイギエナに連れ去られそうになった時は、肝が冷えました」

「つ、連れ……!?」

 

 狩場では寡黙だったヒアシが零した言葉に、ヒオンは快活に笑って同調した。

 

「うんうん、アレやばかったよな! マジで死ぬかと思ったよ」

「なんてブラックジョークですか……」

 

 唯一その場にいなかったサクは、さらりととんでもないことを言う二人に唖然とする。

 ヒオンの傍にいたボワボワは、三人が話している意味は分かっていないようだが、楽しそうに聞いていた。

 

 やがてヒアシは笑いを収めると、ヒオンに向き直った。

 

「ヒオンさんがいなければ、片方の撃退すらできなかったかもしれません。あの場での立ち回りや盾斧さばき、流石でした。まさかあの瞬間に斧強化まで持って行っていたなんて……あんな芸当、初めて見ましたよ」

「へへ、ありがとな! こっちこそ、お前がいてくれて助かったよ。おかげで攻撃に全振りできたんだ。走れる盾ってすごいなって! 特にあのレイギエナのブレスから守ってくれたの、ナイス仕舞いって感じだったよ」

 

 狩人たちは、互いを讃え合う。

 そんな中、揺らめく火を眺めながらふいにサクがぽつりと呟いた。

 

「二人が戻ってきてくれて、よかった。……本当に」

 

 決して信じていなかった訳ではない。むしろヒアシとヒオンは絶対に帰ってくると思っていたからこそ、応急処置の準備を万端にしておいたのだから。

 それでも絶え間なく聞こえてくる風の音や氷を巻き上げる音が、二人を飲み込んでしまわないかと恐ろしかった。

 

 安堵の表情を浮かべるサクに、ヒアシは柔らかく笑いかける。

 

「心配をかけたな。きつい仕事だったが、やり甲斐があったよ」

「同感。しかもあのベリオロス、レイギエナが来なかったとしても、多分そう遠くないうちに戦おうとしてたと思うぜ」

 

 ヒオンの言葉に、サクは目を瞬かせる。

 

「なんでですか?」

「や、何となくなんだけどさ。調査中、ずっとこっちを見られてる感じがしてたんだよな」

 

 悠々自適に暮らしているようで、張り詰めた糸のような警戒は怠らない。その姿勢はまさに、この過酷な環境で生き抜いてきた証と言えよう。

 

「今考えてみると、あれはオレがどう出るかとかを窺ってたんだと思う。まったく、抜け目のない奴だよな」

 

 そう言ってヒオンは火に手をかざした。

 焼べられた植物が、パチパチと爆ぜる音が心地よい。

 

 ヒオンもヒアシも表情はさっぱりとしていたが、疲れ切っているのがわかった。

 何より二人の武器からして、モンスターの返り血がこれほどまでに付着するとは考えにくい。

 そろそろお暇して拠点へ、とサクが思ったところで、ヒアシが思い出したように呟いた。

 

「あのレイギエナは、生き延びられるだろうか」

「あのレイギエナって?」

 

 不思議そうに首を傾げたサクに、ヒアシが事の顛末を説明する。

 それを聞いたサクは、複雑そうな顔をした。

 

 あれほどまでの出血をしていて、さらにレイギエナのあの細身だ。生きる為の体温を保つことは困難だろう。

 弱い者は淘汰され、強い者のみが生を謳歌する。それは大自然の覆されることのない理。

 ハンターとして生きてきて、傍目からは理不尽に思える場面は何度も見てきたし、自らの手で息の根を止めたことも数知れない。それでも、若い命が散るのは忍びないと思ってしまう。

 

「どうだろう。でもあのベリオロス、あえて急所外してたっぽかったしなあ。あれで殺ってたら凍て刺す方がブチ切れて収まりがつかなくなるっての、分かってたんじゃないかな」

 

 ヒオンは腕を組み、自分の見解を述べた。

 サクはよちよち歩いてきた子ボワボワと戯れながら同意する。

 

「そうなったらベリオロスにとっても不都合ですもんね。そこまで考えるなんて、特殊個体の名は伊達じゃないなぁ」

「まさかレイギエナの番を追い払ってから本気を出されるとは思わなかった。これまで交戦してきたモンスターの中でも、指折りの相手だったよ」

「へえ……ヒアが言うならよっぽどだったんだね」

 

 戦闘が終わり、やや気が緩んできたらしい。

 そんな二人のやり取りを、ヒオンはにこにこと相槌を打ちながら聞いていた。

 

 だが、そのうちヒオンがふわっとあくびをする。するとそれがヒアシにも伝染し、ヒアシの隣に座っていたボワボワにまでうつった。

 その様子を見ていたサクは、堪えきれず吹き出した。

 

「おいそこ笑うな」

 

 ヒオンとヒアシに笑いながら小突かれ、サクは抗議した。

 

「いやいや先輩たちだって笑ってるじゃないですか!」

 

 二人の目蓋が重たそうだな、と思っていたところであくび三連発だ。表情を変えない方が難しい。

 

「そりゃあほら、鍛えてるから。な?」

「そうですね。これが日頃の成果だよ、サク」

「あまりにも脈略がなさすぎません?」

 

 冗談はさておき。あれほどの激戦の後なのだから、二人ともさぞ疲れて眠たいだろう。一刻も早く、ふかふかのベッドに飛び込みたいはずだ。

 サクは笑いを収めると、ボワボワの長に招待してくれたことへの礼を言った。

 

「この後セリエナに帰る前に、ちょっとキャンプで休憩していこうか。サク、悪いけど見張りを頼んでもいいか?」

「わかりました。……あ、そうだ。ヒオン先輩、帰りどうします? その怪我でメルノスに掴まるのは危ないし、歩きも大変ですよね」

 

 先ほど応急処置をしたとはいえ、ヒオンは肩を脱臼していた。完治していない状態でメルノスに掴まって帰れば、下手をすると振り落とされてしまう。

 

「あー、考えてなかった。しかもオレ、長期任務だからメルノス連れて来てないんだよなぁ」

「またおれ達に掴まってもらう手もありますが……ネコタクを呼ぶのはどうですか? 安全便にすれば、怪我にも障らないと思います」

「ネコタクか、確かに!」

 

 クエスト契約をすると、ネコタク──ギルドのアイルーが助けに来てくれるというサービスを利用できる。

 彼らはどんな危険地帯でも駆け付けてくれるが、大抵は終着点で振り落とされるため、割増で安全便を使うことが推奨されていた。

 

 二人が会話している傍らで、ボワボワの長に事情を聞かれたサクが説明する。すると長は思いもよらなかった提案をした。

 

『なに、怪我をしていて帰る方法がない? それなら、ワレラの仲間に力を借りれば良い』

『仲間?』

『この狼煙を使えば、ウルグが駆け付けてくれる。キミラの好きな時に使ってくれ』

 

 そう言って長が手渡してくれたのは、サク達が頂上にいたときに使ったかまどのような道具。救援を呼ぶための"のろし"だった。

 ボワボワとウルグは協力関係にある。

 以前、青い星がウルグの力を借りたと嬉しそうにしているのを見たことはあるが、まさか本当にウルグの力を借りる日が来るとは。

 

『ありがとう、使わせてもらうね』

 

 サクは獣人族の温かさをしみじみと感じた。種族は違えど、彼らにはいつも助けられてばかりだ。

 

「ボワボワはなんて?」

 

 ヒオンの問いに、サクは微笑んだ。

 

「これを貸してくれました。ウルグに力を借りるといいって」

「えっ、ウルグ? あいつらを手懐けるってできたんだな……」

「先輩。ネコタクとウルグ、どっちがいいですか?」

 

 サクの問いにヒオンは、それはそれはいい笑顔で返事をした。

 

「それはまあ、面白そうな方だよな!」

 

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