核で一度滅んだ世界に転生した瞬間なんか死んだ件について 作:rikka
「んっ……ふふ……っ……!」
目の前で、おなじみのくすんだ赤いコートを着た新聞記者が必死に笑いを噛み殺している。
ついさっき死ぬ程笑ったにも関わらず、あるいはだからか。
全力で笑いを嚙み殺している。
チラチラこっちを見ながら。
俺は無言で立ち上がり
とうとうカウンターをバンバン叩き始めた。
返礼だ、いい感じに調整した低音ボイスを喰らうがいい。
『この罪はあまりにも長い間、罰されていなかった!』
「……っ、あっははははははははは!!!!!」
シルバーシュラウドやグロッグナッグ・ザ・バーバリアンといった戦前のコミックは今でも残った物は読まれている。
やはり娯楽の力は強いのだ。
『シュラウドは正義の担い手、倒れるわけにはいかぬ。悪人には死が訪れる。ここにいるのは……シュラウドなのだ!』
「もう、もうやめるんだロスト……っ、お腹痛い……ちょっとそれ! 無言でこっち見るのをやめろって!!!」
見ろ、真顔のまま黙って見つめるだけで弾一発も使わずに人を殺しかねない威力がある。
「……とりあえずこれくらいで勘弁してやるか。お前、人を見るなり吹き出しやがって」
「アレを初めて見て笑わずにいるのはキツいって!」
……正直、着慣れたっていうのもあるけど結構普通の服に見えて来たんだけどな。
笑う要素は服じゃなくてこの帽子か?
とはいえ、この格好してヘルメット被ってもアレだしなぁ。
ケントの怪我の様子を見るついでの依頼報告でグッドネイバーに寄る時も、この格好しているだけであの子喜んでくれるし。
「防御性能はいいんだよ。下手な防具より。ケントが色々実験して成功する度にこの服を改造した結果、下手な銃弾程度、衝撃が来るだけで通さないんだ。レーザーにすら耐性がある」
「本当かい?」
「あぁ。マイアラークの一撃にも余裕で耐えて見せた」
直近のシルバーシュラウドへの依頼は、グッドネイバーへ水を引き込んでいる取水口周りに突如として湧いたマイアラークの群れ――コロニーの排除だ。
真面目に居住地のライフラインに関わる話だったので慌てて駆け付けたら、先に向かっていたグッドネイバーのギャングらをその硬い鋏で殴り殺し、彼らの肉を食べようとしているマイアラークやその幼生の群れがいた。
慌てて餌食になりそうだった奴の前に飛び出て盾になったのだが、衝撃こそ凄いがダメージらしいダメージは負わなかった。
おかげで、その時点での生存者はどうにか全員救助できた。
「もしあの子が防具屋やりたいって言いだしたら、すぐさま俺は出資するよ。そんで契約して定期的に品を卸してもらうね」
「そしたらシュラウドが量産されるんじゃないかい? なぁ、
「……確かにやりそうだ」
なんなら、戦うヒロイン枠の
その時はお前に着せてやる。絶対にだ。絶対に逃がさん。
「でも実際、予備としてこの服もう一丁欲しいんだよな。防御性そのままなら……生地買い込んで頼んでみるか」
ケントはこの服をアレコレ改造する実験や練習をしている間に裁縫を覚えたらしい。
マイアラーク事件の報告のついでにケントの家――メモリーデンに寄ったら、彼の世話をしている女主人のイルマが感激していた。
『聞いてちょうだいロスト! あの子が! ケントが私のためにドレスを直してくれたの! わざわざ生地を買って……あぁ、絶対に安い物じゃないのに! 見てホラ! 心配かけて御免ってこの間の事を謝ってまでくれて!!』
と非常にお喜びだった。
一緒にいたメモリー・デン――顧客に任意の記憶を追体験させる設備の調整を担当しているアマリという白衣をいつも着ている女性と共に、どうにか笑顔を作って頷くのが大変ですっごく疲れたなぁ。
「というか、なんでシュラウドを演じ続けるのさ。ケントって子ももう満足しているんだろう?」
「あぁ、まぁな。俺が違う格好で行っても『シュラウド』って呼ぶけど」
まごうごと無き我が住居となったミスティックパイン。
その玄関を潜って右手――かつての受付カウンターを越えたその先の、本来食堂だったらしいスペースを改造したバーで俺達は寛いでいる。
近いうちに壁の一部をぶち抜いて、外からも気楽に入れるバーにしてやろう。
自分の店を持ちたいと言ってわざわざ人造人間が住むここに来たマックというバーテンダーの勇気に報いてやらねば。
「俺にとって実益があるんだよ」
「実益?」
「受けがいいのさ。グッドネイバーは言うに及ばず、ダイアモンドシティでも」
「あぁ、確かに。アンタの記事――シュラウドラジオの依頼とその顛末を書いた記事は売れがいいよ」
俺が人造人間と知って少し怯えていたDCセキュリティが、この間通りかかった時は「ようシュラウド」って手を振ってくれた。
正体をバラした自分の印象改善に、シルバーシュラウドを演じていた事が思わぬ助けとなっている。
ただ、「ロスト」より「シュラウド」と呼ばれる事が増えているのがちょっと問題だ。
下手に定着したら本当に二世になってしまう。
「売れてる?」
「バカ売れって奴さ。アンタ、例のラジオの中継アンテナをいくつか建てただろう? 周りがミニッツメンやトレーダーの待機所になっている」
「ああ」
「おかげであのラジオを聞ける範囲が広がったから、こっちでも知る人間が増えたんだよ。トレーダーとか経由して。で、あるトレーダーがたまたま耳にしたわけ。『緊急事態だ、シュラウド! DC近く、フェンズエリアでヤオグアイを見たっていうトレーダーがいる。急行して調査、出来るなら排除して!!』ってさ」
「……あったなぁ」
六回目くらいの依頼だったかな。
エラくデカイ熊とその子供らしき三体が建物と建物の隙間に身を隠して獲物を狙ってやがった。
足元には犠牲者らしき血に濡れた骨が転がっていて……やるしかなかった。
小さい方はともかく親熊はマグナムでも耐えるしショットガンでも足止まらないし……下手なデスクローより厄介だったのを覚えている。
「そのケントって子が危ない噂話を教えてくれるし、しかもその実態を調査して解決してくれるヒーローもいる。正直ね、DCでも『シュラウドラジオ』を拾えないかって陳情が出ているのさ」
「マジか」
「大マジも大マジ。明確に反対しているのはマーナくらいさ。『一体何を言っているの? あれが人を洗脳する電波じゃないって誰が断言できるの?!』って」
「…………相変わらずだなぁ」
俺がグッドネイバーと繋がりを強めた最大の原因だ。
コンクリートと鉄資材が山ほどいるって言うのに、取引拒否と来たもんだ。
屋根を完全に修理するまで何回グッドネイバーとここを行き来したことか。
「今じゃセキュリティの中にラジオ係までいる。シュラウドラジオの範囲に常駐して、緊急の依頼要請が出ていないか確認する係さ」
「……実際、ケントの依頼って今はほとんど近隣のトレーダーやキャラバンの要請そのものだからなぁ。貴重な情報が入りやすくなっているのか」
最初は小遣い貯めて依頼していたケントだが、逆にキャラバンがキャップを払って危険なミュータントの目撃情報を俺に伝えてくれって頼んでくるらしい。
イルマのドレスを修理した生地代とか、最近の報酬はそこから出しているんだとか。
無論、この服の改造に関わる費用もだ。
「それに、だ。パイパー」
「ん? 他にも理由が?」
「個人的な物だけどな」
冷蔵庫でキンキンに冷やしたピルスナーの瓶を空にする。
この「ミスティック・パイン」初のバー、『マックズ・バー』でしか飲めない冷えた酒だ。
「あの子が、訳ありの俺を今でも『正義の味方』って言ってくれるんだ」
――君こそシュラウドだよ。弱い人を見捨てられない、正義のヒーローだ!
ケント・コノリー。
戦前から生きている永遠の子供。
グールとなって二百年近くを生きて、今も過去に捕らわれている子。
「シュラウドごっこ自体は終わった。あの子は正義を通してその危険性を知って、それでも正義を信じているんだ」
「シンジンの件だね? デカいレイダー集団を組織しようとしていた」
「あの子もそれで、俺に対する人質にされてね。足を撃たれている」
「……怖かっただろうね」
「あぁ。だから依頼もレイダーのような人に対する物じゃなくて。あくまでミュータントの排除になっている」
それはそれとしてレイダーは見つけ次第片っ端から頭を吹っ飛ばしているが。
「まぁ、それでもこの時代で『正しい物』を信奉する子がいるんなら、さ」
なんとなく、目の前の記者の妹を思い出す。
あの子も俺が『悪者』だとは欠片も思っていなかった。
「答えてやりたくなるだろう?」
それに依頼目当てで情報持ってくるキャラバンらと、母親代わりと言っていいイルマを交えて交流する事で少しずつ色々外の世界の事を考えるようになったらしい。
その事でイルマから酷く礼を言われたし、彼女の口添えでグッドネイバーでの取引は全部安くなっている。
「……アンタって奴は、相変わらずだね。ヘイ、マック!」
俺と同じタイミングで瓶を空にしていたパイパーがバーテンダーを呼ぶ。
「あぁ、ご注文かい?」
「ピルスナーを二つ頼む。在庫はあるかい?」
「当然。オーナーの好みだぜ? 全力で発注出してるよ」
腕はいいんだよな、マック。
腕というか要領というか。
冷たい水をいつでも提供できるって強みを生かして、バンカーヒル以外の個人トレーダーを上手い事ここに呼び集めている。
おかげで俺も修理の資材――大量発注が必要な類の物はともかく家具や電化製品の修理はサクサク進んだ。
「ほら、ロスト。アタシがおごるよ」
「珍しいな」
「売上がいいっていったろ? おかげでナットを預けて遠出の取材も出来るようになった」
ウェイストランドでもここでしかお目にかかれないだろう、冷たさで軽く汗をかいた瓶が二本運ばれる。
普通のバーなら勝手に栓を開けて勝手に飲むのだが、ここでは綺麗なパイントグラス――探し出すのに苦労した――にマックが手ずから注いで見せる。
透明なガラスを通して、綺麗な金色の液体が注がれ、その上に白い泡が蓋をする。
俺が一度やってみせたらマックが練習したいと言って頑張った成果だ。
「預ける?」
「ベッキーの所さ。
「あぁ」
「キャップを渡して、新聞を売る時以外はあそこに寝泊まりしてもらってる。このご時世、壁の中でも一人で寝かせるのはアレだからね」
まぁ、人造人間問題があるしなぁ。
冷えたグラスを互いに持ち上げ、軽くぶつける。
「そうか、ベッキーさんはDCの失踪事件に敏感だったな」
「旦那の事があったからね。私が取材で外に出る時、いつも気にかけてくれていたのさ。稼ぎが安定したおかげでやっと筋を通せたよ」
良い事だ。
コイツの稼ぎが安定するって事はナットもちゃんと食べているという事になる。
「ん? ヘイ、オーナー。客人が来たみたいだぜ。こっちに来ている」
おっと、客人?
一旦グラスを置いて、外に出る。
そこには近づいてくる四人――いや、二人と二体の影があった。
一人は女性。深い緑色のジャンプスーツを着た褐色肌の女性だ。
もう一人も女性。ただし子供だ。
明るいブルーのレギンスの上から黄色い綺麗な洋服を身に着けている。
そしてもう
「初めてみた。アレってセントリーボットよね?」
俺の後ろについてきていたパイパーが、ちゃんと10mm拳銃を用意しながらそう呟く。
「ああ。あれとやり合うと厄介なんだよな……。いや、それよりもだ」
問題はもう一体だ。
セントリーとはまた違う、キャタピラ式のロボット。
ロボット自体は珍しい物ではないが……
「パイパー」
「ああ」
「お前にはあのキャタピラ付いたドラム缶みたいなロボットの頭が何に見える」
「何って……ありゃあどうみても」
「ケースの中に
「だよなぁ」
シュラウドの帽子をもう一度被る。
はてさて。
「止まってくれ。さすがにそんな物騒な物を平然と近づける訳にはいかなくてね」
声をかける。
すると彼女達は立ち止まり、成人していると思われる方が声を出す。
「あ、ごめ、あ……あの……ここに、ここにあのシルバーシュラウドが、いるって聞いてきたのだけど」
…………。
まさか女性版ケントか?
ドモり方までそっくりだ。
「シュラウドではないが、最近そう呼ばれているのは確かだ」
「あ、あぁ。よかった! わ、私はイザベル。イザベル・クルス」
とりあえず、敵対の意思はないようだ。
不意打ちの様子もない。
この距離でこのレベルの軍用ロボットが襲い始めたら、俺の身体じゃなければ対処できない。
よろしく、ととりあえずは握手でもしようと思ったら、その隣の子供が飛び出して来た。
「ねぇ! アンタ機械に強いって本当?!」
アルトゥーロの娘と同じ洋服を着たその子供は、酷く食い気味にそう聞いてきた。
「あぁ。他の人に比べてなら、という意味だけど……」
どうかしたのか? と尋ねる前に少女は前に出てくる。
そして彼女は、酷く慌てた様子でこういうのだ。
「お願い、私の友達を直して!!! この前レイダーに襲われてから、調子がおかしいの!」
……友達?
『ロボットを友人と呼び孤独を誤魔化す非合理性。つくづく人間――特に未熟な個体とは愚かしい存在だ』
…………。
あの。
『チアンカツドウ ノ ジャマ ハ シナイヨウニ』
…………どっちが?
まさか、どっちも?