ガイア連合が所有する船の甲板の上にて、オレこと沢田綱吉はパラソルの下、ビーチベッドの上で優雅な時間を過ごしていた。
本当の事をいえばこれから地獄のようなガイア連合ギリシャ支部に戻らないといけないわけなのだから、全く優雅ではないのかもしれない。だが船の上で過ごす平和な時間ぐらいはこうして優雅に過ごしておきたかった。
そう思いながらテーブルの上に置いてあったドリンクに手を伸ばす。
「ふぅ、良い天気」
本当に世界が滅んだとは思えないくらいに綺麗な青空だ。
ドリンクに刺さったストローに口を付けて吸う。口の中に広がったのはブルーハワイの味だった。
「少し、昼寝でもして休息を取ろうかな?」
なんだかんだで休めなかったのだから、こういう時に少しでも休んだ方が良いだろう。
襲ってくる眠気に身を預け、そのまま眠りにつこうとする。
「陛下! 例の連中がまた脱走しようとしておりました!!」
そして駆け寄って来た部下の報告を聞いて休みが無くなった事を知るのだった。
グッバイ平穏、お帰り仕事。
「…………ここに連れて来て」
「かしこまりました!」
デモニカを纏った数人の兵士達が例の連中を連れて来る。
連れて来られた連中はデモニカ装備の兵士に両脇から抱えられ、逃げ出せないようにされていた。
「う、うぅ…………」
連れて来られた連中は涙を流し、今すぐにでも逃げ出そうと身悶えしていた。しかし、両脇の兵士がそれを許すことはなく、無駄な努力にしかならなかった。
そんな連中の無様な姿を見て溜め息をつく。
「ねぇ、良い加減に諦めたらどうなのさ。流石にここから日本には帰れないって」
「だ、だとしても…………っ! このまま国外に連れてかれるよりは、遥かにマシだ…………!!」
涙を流しながら此方を睨み付けるのは一応ガイア連合に所属する転生者達だった。
尤も、ただ所属しているだけの連中なのであまり好ましいとは思えないが。
「一応言っておくけどあんた達は了承した。だからこの船に乗ってるわけなんだけど」
「ふざけるな…………!! あんな、あんな一方的な契約…………無効、無効…………!!」
そう言って此方に詰め寄って来る転生者達。
「そうは言っても、これ呪術契約だからね。アンタ等からは反故には出来ないんだよ」
「じゃあお前が契約を解除しろ…………!!」
「なら借金返せよ」
ここに居る連中はガイア連合に所属する転生者の中でもあまり立場の良くない者、はっきり言ってしまえば底辺に位置する存在だ。
自分のシェルター、そしてガイアポイントカードのブラックカードの権利を手放し、日々の生活で稼ぐお金を全てギャンブルに費やし、挙句の果てには借金までしている。はっきり言って救えない連中である。
しかも、借金は借金でもヤミ金での借金である為、マジで大変だった。
何が悲しくてこんな連中の借金をオレが肩代わりしなくちゃいけないんだよ。しかも肩代わりしたらしたでヤミ金の人から「坊主、悪い事は言わねぇ。そいつ等は屑だ。何の反省もしないし感謝もしねぇ。そいつ等は慈悲をかけちゃいけないタイプの人間だ」なんて忠告も受けた。
確かにその通りだと思う。でも、屑には屑の使い道が無いわけじゃ無いのである。
「オレがお前達の借金を肩代わりしてやったんだ。お前達はそれに乗った。当然書類にも記載してあるしね」
そう言ってみっともなく喚く屑どもに一枚の書類を見せびらかす。
すると連中は書類を奪おうと行動に起こそうとする。
「全員動くな」
だが呪術契約によって縛られたこいつ等に出来る事は無い。
そもそもとしてここに居るこいつ等はオレが借金を肩代わりするかわりに絶対服従という契約を自ら交わしたのだから。
本当にショタオジに呪術習っておいて良かった。
まぁ、当の本人もこんな使い方されるとは思っても見なかっただろうけど。
「そんじゃ、全員部屋に戻れ。ギリシャ支部につくまでは待機だから」
「がが、ぎ、ぐご…………!」
「この、悪魔……………外道…………!」
「ショタオジに、会わせろ! こんな契約、ノーカン…………!」
うざったい、福本モブかよこいつ等。
そんな事を考えながら自らの意思に反して部屋に戻っていく。
「何がショタオジに会わせろ、だ。お前等にそんな資格はねぇよ」
少なくともオレ達がショタオジに会わせない。
ショタオジは転生者にかなり優しい、というかゲロ甘なくらいだ。
そんな人に自分の自業自得を何とかしてもらおうだなんて烏滸がましいにも程がある。
精一杯努力してそれでもダメだった、本人ではどうしようもない事が起きて不幸になったのなら分かる。そういった人達ならば救済措置を出すべきだと思うし、助けた方が良い。
だけどギャンブルに溺れて借金して、困ったからショタオジに借金を帳消しにしてもらおうなんて虫が良すぎる。
「まぁ、しっかり働いて借金を返せれば日本に帰れるんだ。悪い話じゃないだろ」
ギリシャ支部に居る間は危険手当で利息は帳消しになる。
そして衣食住も此方で管理するから真面目に働けばいつかは完済出来る。
もし早く帰りたいのならばデモニカを使って前線に出れば良いし、覚醒者になればより良い仕事も受けられるようになる。報酬に関しては九割引で生活費食費そして借金の返済に当てるけど、普通に生活する事は出来るのだから。
少なくとも帝愛地下王国よりはマシだろう。
死んでさえいなければ怪我だって治せるのだから。
「余程バカやらなければ大丈夫」
相手は借金を返せるし、こっちは人手が手に入る。
まさにWIN-WINの関係性だ。覚醒者になってくれれば尚良しである。
誰も損をしない、得しかしない皆が幸せになれる最高にハッピーな提案だ。
真面目に働きさえすればの話だが。
「ああいった連中が真面目に働くわけないじゃん」
「まぁ、その通りなんだけどさ。そもそも真面目にやってればこんな所に居るわけがないし…………ところで何でこんな場所に居るのかな響?」
隣で自分と同じようにビーチベッドの上で寛いでいる響に視線を向ける。
「別に居ても良くないかなー?」
「いや、良くないからね。と、いうか学校はどうしたのさ」
「ショタオジにお願いして留学するって事にしたんだ」
まぁ、ショタオジにはかなり反対されたんだけど。
そう言って呑気に笑う響の姿を見て思わず溜め息を吐く。
「何? 仲間が増えて嬉しくないの?」
「嬉しくないわけじゃないけどさぁ…………これから行く所に親友を行かせたくないんだよ」
さっきの連中や今この船に乗っている国外に向かう事を決意した転生者や兵士戦士を含めれば結構な人数になる。
しかも国外と言う名の地獄に向かって最前線に挑んだ転生者達のレベルはまあまあ高い。
だから響が居なくても大丈夫だとは思うのだけれど――――。
「親友がそんな場所に行くっていうのを放っておけるわけが無いでしょ」
「響…………」
「それに一応対策が無いわけじゃないからね。いざという時でも大丈夫だよ。何でこれを使えるのかは知らないけど」
確かに立花響ならばガングニール、もといグングニルというイメージがあるだろう。
だけど響が使えるのはグングニルではない。この世界では厄介な代物だ。まぁ、元ネタが明言していなかったとはいえ、同一視されてたから使える理由にはなってるが。
そう考えているとゼウスが突然姿を現す。
「別に良いじゃねぇか。本人が自分の意思で行きたいって行ってるんだからな」
上機嫌にゼウスはそう言った。
どうやら日本に行ったのはゼウスにとってかなり良かったらしい。
とは言え、それも当然か。それなりの数の戦力を確保出来たのだから。
シキガミに対し自分の娘かと尋ね廻っていたが殆ど無駄だったみたいだが、それでもシキガミの主がギリシャ支部の方に来てくれているので、ゼウスとしては得にしかならないだろう。
「しかしあれだな。日本の事を勘違いしていたが…………もしかして優勝トロフィーなんじゃねぇのか?」
「優勝トロフィーかどうかは兎も角、多神教の神との相性は良いからね」
インド神話のサラスヴァティーが日本では弁財天と呼ばれているように、異国の神でも受け入れないわけじゃない。
ならばギリシャの神々と日本は相性がかなり良いだろう。ギリシャ神話自体、他の神話の神と同一視されることが多いのだから。
「四文字、もとい造物主もかつては大日如来と同一視されてたしね」
「マジか」
「マジだよ。まぁ、その後デウスって呼ぶように言われたらしいけど浸透したかどうかって聞かれると、ねぇ…………」
実際のところ当時の人達にしか分からないだろう。
「だから支配じゃなく融和なら八百万の神々も受け入れるよ。冥府を司る神として、温厚なハデスとも相性が良さそうだし、人手ならぬ神の手も足りないからね」
「…………悪いな、少しだけ考えさせてくれ」
「良いよ。返事はオリュンポス12神が全員揃ってからでも良いから」
そう言ってゼウスはスマホの中に戻った。
これで少しは考えを改善してくれたら嬉しいのだが。何だかんだでゼウスやデメテルにはお世話になっているし、恩には報いたいから。
「…………そういや、ツナの悪魔召喚プログラムって連合のやつより強い悪魔を呼べるんだね」
「その分デメリットがあるけどね」
マンセマットから渡されたオレ専用の悪魔召喚プログラム。
あいつが言っていた通り、罠なんてものは仕掛けられていなかった。が、それはそれとして安全性が保たれているわけではなかった。
何故ならこの悪魔召喚プログラムは使用者の脳と連動して作動するというやつだったのだから。分かりやすくすると使用者の脳を疑似的な生体パーツとして使用すると言った方が良いのだろうか。
過激派が使っているやつ程じゃないにしろ、危険性のあるものだ。
とは言え、それは過去の話。今はヘスティアのサポートとガイア連合のサポートを受けてそれなりに安全性を保てるようになった。
代償としてギリシャ系の悪魔しか召喚出来なくなったけど。
「まぁ大丈夫大丈夫。それよりもさ――――」
開いていたパラソルを手に取って畳む。
そして上空から接近して攻撃しようとしてきた天使の身体をパラソルを槍のように振るい、その胴体を貫いた。
「襲撃が来たよ。って、そろそろオレが気付くよりも先に対応してよ」
オレが少しばかり文句を呟き終わると同時に警報が鳴る。
「休憩終了。よし、ここからは天使狩りだ」
「えっ、えっ? 何でそんないつもの日常のような反応なの?」
「いつもの事だからね」
言ってて悲しくなるけど事実なのだから仕方が無い。
さて、大天使が十数体に天使が百体近く居るのか。ならばアンティクトンを連発して殲滅しよう。
そう考えてアンティクトンをぶっ放そうとした瞬間だった。
「ほぅ、随分と可愛らしい童が居るな」
背筋に氷柱でも突っ込まれたかのような濃密な死の気配を感じたのは。
「な、何…………これ…………?」
隣に居た響、そして甲板に居た人達が恐怖で震えてその場に膝をつく。
膝をつく者の中には決して弱くない、むしろ強い実力を持った転生者だって居る。
だけど、この場で行動出来るのはオレだけだった。
一体何が起こったのか――――。
「って、そんな事丸分かりか」
冷や汗を流しながら空を見上げ、濃密な死の気配を出している対象に視線を向ける。
そこに居たのは一体の悪魔だった。
七つの首を有し、七つの冠を被った獣に跨り、片手に黄金の杯を持った顔が骸骨の女。
その悪魔の名をオレは知っている。
ヨハネの黙示録曰く、大バビロン、みだらな女たちや、地上の忌まわしい者たちの母であるらしい悪魔の名はマザーハーロット。
万人に等しく凶事と死を撒き散らす魔人という種族の大悪魔である。