第1話
気が付いたら異世界に転生していた件。
集落の広場で謎の女神に祈りを捧げている連中を横目に見ながら、俺は死んだ目で前世日本人の暮らしに思いを馳せていた。現実逃避とも言う。
「おお、イリアス様……どうか御加護を……」
「我々を救ってください……」
何かの前触れがあったかどうかも定かではないが、本当にいつの間にか俺はこの村の男子として生まれていたのだ。
村人の話を聞く限り、聞き慣れない神様の名前だったり魔物とかいう生き物の存在だったりが俺たちの暮らしにかなりのウェイトを占めている様子で、そこからどうやらここが異世界らしいぞ、ということを俺は悟った。
いや、異世界ってこと自体は別にいいんだ。前の人生にそこまで未練があるわけでもなく、むしろその異世界というフレーズに少しばかりの冒険心がくすぐられていたことは否定できない。
俺も大人になったら魔法とか使えたりするのかな、とか、やって来たからにはこの世界を周って冒険してみたいな、とか? そういった事も考えないことはなかった。
しかも話に聞く限り、この世界の魔物とやらはとんでもないドスケベ生物の集まりって事じゃないか。それもまた非常に気になる。
何でも彼女らは殆どが美しい女の見た目を併せ持っていて、人間の男から精をむさぼる事を何よりの喜びとするのだとか。一度捕まれば生きて解放されることは無いと言ってもよく、搾り殺されたり飼われたりすることが割とよくあるという話だ。
もうその時点でこの世界が何かのエロゲーの舞台的なアレなんじゃねとは思ったものの、今となっては確かめようもなく。搾り殺されるのはどうかと思うが、そういう事情もあって俺はこの世界にけっこう夢と希望を抱いたりしていたのだ。
今が原始時代じゃなければな!!!!
もう本当に勘弁して欲しい最悪な状況なんだが! 正真正銘に文明がゼロ状態なんだよ!! 中学校とかの歴史の教科書で言うならマジもんの1ページ目に載ってる感じのアレだ!!
……ていうか、それよりもっとずっと遅れてるかもしれないぞ、この時代。だって信じられるか? まだ
吹けば倒れるような草ぶきの屋根に身を寄せ、冬は寒さに耐えるばかり。死ぬ思いをして狩ってきた肉も生で食べるような、もうハードモードとかそれ以前の話である。
もし神様とやらが実在するんだったら思い切りブン殴ってやりたい。……まあ、この世界の住人はもれなくイリアスとかいう女神様をガチで信仰しているらしく、そんな事を口走った翌日には村の入り口で吊られているだろうから間違っても何も言えないのだが。
「くそぅ……寒みぃよ……」
俺は確信した。こんな世界じゃ長く生きられない。
他の誰の為でもなく、俺の為にやれる事をやらないときっと死んでしまう。他でもない俺が、この世界の文明を発展させなきゃいけないんだ。
「はぁはぁ……」
それでさっきから鼻水を垂らしながら俺がセコセコとやっているのは、火起こしだ。
人類の発展は火の発見から始まった。とりあえず命の危険を遠ざけるのに一番の近道だろうという判断もあって、俺は真っ先に火を手に入れることを試みた。
「くっそマジか! ディ◯カバリーチャンルとかじゃ点いてたのに!」
しかし木の棒と板を擦り合わせるだけで火が起こせるとも思っていなかったが、これほどとは。
予想外に難しい問題になるかもしれんと、本腰を入れて挑戦を始めてからそこそこ経った気がする。ちょっとチリチリ焦げ目が付いたりっていうのは安定して出せるようになってきたが、これ以上が中々うまくいかないんだよな。
「…………」
色々と試したおかげでじんわりと赤く晴れてきた手をさすっていると、どうしても嫌なことを思い出してしまう。
——お前は毎日そればかり、何をやってるんだ!
——見ろよ、村の役立たずだ!
——そんな事をしている暇があったら、イリアス様に祈りを……
俺のやっていることに理解を示すような人は誰もいない。大人からは怒鳴られ、同年代の子供達からは馬鹿にされ、実の親からさえ異端なものを見る目を向けられる。
彼らは悪くない。
ただえさえ集落は貧しく、子供とはいえ遊ばせておく余裕なんて無いんだ。他の子らが狩りを覚え、魚をとり、木の実を拾っている間にも、俺は僅かな時間を使って火起こしの練習をしているだけだ。
当然俺だって必死にやるべき事はやっている。
だけど現代の生活に慣れきった俺の仕事はどうやったってぎこちないものになるし、そんな俺が空いた時間に遅れを取り戻そうとするでもなく、誰かに教えを乞うでもなく、ただ一人で無意味に木のくずを弄って遊んでいるときた。
そもそも、やっていることを誰かに説明すらできなかった俺が悪いんだ。
いくら相手が『火』が何かすら知らなかったとしても、ちゃんと考えて説明すればもしかしたら分かってくれたかもしれないのに。それを俺は怠って、結果さえ出せば良いんだと高を括り、予想外に時間をかけてしまった今となっては周りに口を利いてくれる人もいなくなった。
俺は、間違ったことをしているとは思ってない。このまま無理をして原始人の暮らしを続けていたらいつか本当に死んでしまう。
「ただ……」
一人でいるのは、寂しいな。
そんな益体もない言葉を飲み込みつつ、俺は誰もいない村の外れで火起こしを続ける。秋も深まってきて、雪が降り始めたら家の外での作業もできなくなる。もちろん家の中で火起こしの練習なんてできるわけがないので、もしかすると春まで何もできないなんて事になるかもしれない。
その間、冬の寒さにも負けず劣らずの冷たい視線が俺に向けられ続けるのかと想像すると……あまりの心細さに思わず目尻に涙が浮かんでしまう。くそ、何泣いてんだ。本当はいい歳いってるくせに。
「ううっ……」
「何を、やっているのですか?」
「……?」
何だ、女の子の声?
年齢の割にはやけに凛とした、しかしどこか緊張してもいるような、そんな聞き覚えのない声が頭の上から聞こえてきた。
冬に向けて忙しいこの時期にわざわざ俺をやっかみに来るような奴がまだいるとは思わなかったが……。
何にしても、俺は今は少し気分が落ち込んでいる。どうせ何か言っても理解されるとは思わず、顔を上げないまま黙っていると。
「摩擦によって生じる熱を……種火も魔法も使えないことが前提であれば確かにこの方法が……なるほど……」
「えっ……」
何だ、今何て言った?
あれこれ考えを挟む余地も無く弾かれたようにただ顔を上げると——そこに居たのは、思わず目を疑うような格好をした少女だった。
まず目に入ってきたのは服装だ。
俺たち原始人の文明レベルを遥かにぶっちぎっているとしか思えない。こんな動物の皮を切って貼ったような服っぽい何かとは根本から違う、まるで俺がもといた世界からそのまま持ってきたと言われても信じてしまうような暖かそうな服だった。
それだけでも卒倒ものの衝撃だというのに
メガネ。
めがね。眼鏡。スペクタクルス。
俺がこれ以上何か言う必要もあるまい。何がおかしいかって、何もかもだ。そんな常識外れの権化みたいな格好をした少女が、なぜか「興奮を抑えられない」といったような上気した顔で俺のことを見つめているじゃないか。
「はあああああああああ!?!?」
結論から言おう。この出会いは、俺の人生を決定的に変える一幕だった。
そしてこれから数百年にも及ぶ……俺とこの世界との因縁の始まりでもあった。
クール系美女っぽいプロメスティンさんも良いけど若メスティンさんも良いよね……。