あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第18話

「……という訳で、村を出てきた私達ですが」

 

 紫色に染まる空が随分と近いように感じる山膚(やまはだ)の上、焚き火の音がパチパチと簡素に散らばる。

 春を待ってから新たな旅の一歩目を踏み出した初日、俺たちは野営の支度を済ませようとしているのだった。

 

「良かったんですか? あんな風にひっそりと出発する必要も無いでしょうに」

 

「……ま、そういうもんだろ」

 

 あんな風に、なんてプロメスティンが言うのも分かる。ヨロギのみんなには「近い内にまた旅に出るから」と事前に言付けておいただけで、直接的に見送りを受ける事は結局のところ無かったからだ。

 まあ仕方ない。俺だけならともかく、プロメスティンを連れ立ってあんまり目立つのは避けた方がいいって判断は間違いじゃないはずだ。何よりこれぐらいの方が俺もやりやすいさ。

 

「あ、でもロンとフウは来てくれたよな。あいつら結構な頻度で遊びに来るから偶然だろうけど」

 

「そうですね。それにしてもあんな山奥に好き好んで通うとは物好きな方々ですが」

 

「お前もしかして本当に悪気とか無いのか……?」

 

「?」

 

 あまりにもサラッと毒を吐いたなこの野郎、悪意は無いんだろうが言葉選びが下手くそ過ぎるだろ。自然すぎて気付くのが遅れたわ。

 

「つーかそれお前が言うのかよ。”あんな山奥”に通うために遥か天界からほぼ週5で降臨してる天使サマは他にいねーっての、いい加減自覚しろ!」

 

「なっ……それと私はまた別でしょう!? 私はもっと、こう……ほら!」

 

 何が”ほら”なのか1ミリも理解できないが、恐らくこいつの中では「本拠地はあくまで現世(こっち)であって、むしろ天界(向こう)の方が面倒にも定期的に通わなければならない辺境の地だ」とかいう認識になってるのかもしれない。

 ……もしそうなら不忠者ってレベルの話じゃねーんだよな。さして好きな訳でもなく何処の誰とも知れないとはいえ、件の女神イリアス様とやらがいい加減不憫に思えてきたんだが。

 

 まあ、何にしても。と俺は焚き火に薪をくべながら思う。

 

「こっちの居心地が良い、楽しいって思ってくれてんなら、俺としてはそれに越した事ぁ無いけどな」

 

「……そう、ですか?」

 

「そうだよ」

 

 ここだけは自信を持って即答できる。この世界にただ一人、孤独だった俺を助けてくれたプロメスティンの()んでいた時間を動かす一助になれた。それがどんな形であれ俺にとっては本望だ。

 ……何か、久し振りに面と向かって思ったことをそのまま口に出して言った気がするな。こいつの苦手なタイプの物言いだったかと少し不安になってきたが、当の本人は小さく身じろぎした後、ふっと笑いを漏らし始めた。嬉しいのか、またはバツを悪くしているだけなのかどうかはよく分からない、曖昧な笑みだ。

 

「ふふっ」

 

「どうした?」

 

「いえ、この旅を始めた最初の頃を思い出してしまいまして。……貴方はあの時からそういう事を言っては私を困らせていましたね。臆面もなく、真っ直ぐと」

 

「あー……んな事もあったな。あん時ゃこっ酷く叱られたりもしたっけか」

 

 鍋を火に掛けて湯を沸かすプロメスティンを見ていると、俺らが出会った頃の事、それから今までの出来事が次々と頭に浮んでくる。

 

「つーかお前こそ取り繕って物を言うって事をしないだろ。ノーガードなんだよ全く」

 

「やはり似た物同士なんでしょうね、お互いに」

 

「……そうかぁ?」

 

「そうですよ」

 

 くっ、意趣返しかよ。意地の悪い事をしやがる。

 つってもお前から「自分に似てる」と言われて首を傾げずにいられる人間はこの世にどれだけ居るのかね。どうしても複雑な気分になるだろうが。

 

「あ、お前のはそっちじゃなくてコレな」

 

 と、鞄から取り出した即席スープ入りの袋を開けようとしていたプロメスティンを慌てて咎める。そりゃコンソメ味だ。鶏肉を煮出してあるから食べられまい。

 

「ありがとうございます。しかしこれは?」

 

「キノコや香味野菜の出汁……言うなればフォン•ド•レギューム風の即席スープ。春の新作だな」

 

「……私が来てから此方(こっち)、貴方どんどん料理が上手くなってませんか……?」

 

 しょーがねーだろ適度に縛りがあると嫌でも上達が早まっちまうんだよ。なんで野菜の旨味を引き出す技術にかけてここまで熟練した腕前を獲得するに至らにゃならんのかは俺が聞きたいぐらいだ。

 

「ずず……お、美味しい。これほんと凄い美味しいです」

 

「それは良かったけどよ、食いながらでもいいから話は聞いてくれよな」

 

「あ、はい。何でしょう」

 

 こいつの言う所によると。魔物というのはいわゆる”魔王”のお膝元——大陸の北に向かうほどに強くなる傾向にあるらしい。

 ゴルド火山はセントラ大陸最北端のゴルド地方に位置するだけあり、ここからの旅路はより一層厳しくなっていくものと見て間違いない。つまりは日毎のブリーフィングが今まで以上に重要になってくるという訳だ。俺は事前に用意しておいた地図を鞄から取り出し、整理した情報を共有するべく声を出した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「まず俺たちはここ。目的地に向かって山越えをしてる訳だが、今まではひとまず問題は無かった」

 

「そうですね……精霊の森付近のあの集落のように、ヨロギとの交流がある居住地は経路上にどれぐらい存在するんでしたっけ?」

 

「前回の旅ほどには残念ながら無い。……とはいえ完全にゼロじゃないし、到着さえできれば俺を歓迎してくれるとは思う。持つべきものは地位と権力ってわけだな」

 

「ですね」

 

「今のは即行で同意するとこじゃねーぞ……」

 

「? ……ともかく、それなら留意すべき点は周辺の魔物の情報ぐらいですかね」

 

 相変わらず倫理観ゼロの天使は顎に指を当て、思案し始めた。

 

「時に貴方、魔物側の所謂——“文明”についてはどれだけご存知でしょうか?」

 

「魔物の……? まばらに野良のそれを見かけるって事はあるが、やっぱりあるのか。そういうのが」

 

「ええ。名門アルテイスト家などの魔王城周辺に集まる勢力を除けば、例を挙げるとするとやはり八尾の妖狐が束ねる狐族などでしょうか。先の大戦で頭目の玉藻を失ったとはいえ、あれらに数で勝る勢力はそうそう無い筈ですし」

 

「出たよまた知らん単語が大量に」

 

「まあ聞いてください。極東のヤマタイ村を庇護下に置いている彼女らを外で見かける事は滅多に無いのですが、問題はそうした”人間を擁する魔族”が一定以上は存在するという事なんです」

 

「ふうん……?」

 

 妖狐だの極東のヤマタイ村だのと何がモチーフになっているのか面白いぐらい明らかな用語が出てきたが、今考えるべき事はそれじゃない。

 人間を擁する魔族……つまり、人外の文明に恩恵を受けている人間がこの世界には結構いるわけだ。

 

「イリアス教圏の外、って事か」

 

「その通りです。私たち天界側が”人類”と見做して管理するのは実際、人間という種族の大きな括りの中でもイリアス様を信仰している単なる多数派に過ぎません。その中で最初に”文明”と呼べる物を内側から興したのは紛れもなく貴方ですが、それより遥か以前にも……例えば人類最古のコミュニティの一つである、先程も名前が挙がったヤマタイ村ですね。そこでは大昔に魔物と接触•迎合した人間の集団が今日に至るまで独自の文化を享受していたりもします」

 

「周りに住む魔物の種類の関係で文明はほとんど発達していなかったが、広義で言えば『精霊の森』もその中に入りそうだな……オーケー、理解した。で、それが今回の旅に何の関係が?」

 

「ドワーフ族、と言ってもピンと来ないかもしれませんが」

 

「うっ!」

 

「はい?」

 

「あ、ああいや別に。何でもない。続けてくれ」

 

 ピンと来る来ないどころの話ではない単語を耳にして変な声が出てしまった。

 ドワーフ。ファンタジー物ではエルフやらフェアリーやらと並んで欠かせない有名な種族だ。総じて人間よりも背丈が低いほか、酒好きであり鍛治の技術にも長けているとされる。

 

 これは面白そうな事になってきた。ちょっと能天気な思考かもしれんが、久しぶりにテンションが上がってきたぞ。

 

「ドワーフの特徴はその技術力です。伝承によれば魔王城の建造にも関わっているとされ、魔物の中でも特に高い生活水準を維持しているらしいのですが」

 

「うんうん」

 

「問題は彼女らがその、”人間を擁する魔族”の内の一つであるという事なんです」

 

「……なるほど、読めてきた」

 

 話の流れからするに、そのドワーフの村——あるいは『町』とすら言える規模かもしれない——それがゴルド火山の周辺に根差しているのだとしたら。ここからの旅は同じ人間の暮らす領域とは言っても、ヨロギを中心とするコミュニティとは全く縁の無い土地を主に歩かなくてはならないという事だ。

 

「イリアス教と”賢者”の名前で繋がっていない場所、か。それも精霊の森の時とは規模からして訳が違う。確かに注意を払っとくべきだな」

 

「まあ、無条件に支援を受けられた今までの方が例外だったと考える方が良いですよ。見知らぬ土地でどう立ち振る舞うか……それも旅の醍醐味と言えるんじゃないでしょうか」

 

「……ふーん、お前にしては粋な事を言うじゃんか」

 

「別に、貴方ならどの道そう考えると思っただけです」

 

 ま、プロメスティンが言った事も間違ってない。ここ数年で俺が育て上げた人類の文明以上に発展を遂げていると思われるドワーフの町……それを一から見て回れるっていうのは面白そうだ。

 あるいは俺が本来やりたかった冒険ってのは、案外こういう事だったのかもしれないな。

 

 山岳に特有の心地良い風が頬を擽る。漠然と思考を巡らせながら、薄っすらと空に浮かび始めた星々を見上げるのだった。

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

 セントラ大陸北部、某所。

 硝子(ガラス)張りの窓から街道を見下ろす男がいた。

 

 だぼっとしたズボンと肩から先を露出したタイトな衣服を身につけ、全体的なシルエットには夏場の鳶職(とびしょく)を彷彿とさせるような格好をした長髪の男は、声を震わせて呟いた。

 

「……本当なのか、それは」

 

「伊達や酔狂でこんな話はせんよ」

 

 部屋の奥から響くのは、若く瑞々しくもどことなく老獪な雰囲気を纏う女の声だった。

 執務机にどっかりと足を乗せる姿勢は妙齢の女性であれば様になっていたかもしれないが、尊大に伸ばしているその肢体は短く、かろうじて引っ掛けているという程度であり少々無理をしているという印象が拭えない。

 

 とは言え——それを気にしたような気配も見せない堂に入った態度が、むしろ体躯の小ささを補って余りあるほどの威厳すらを醸し出しているようだった。

 身に纏う滑らかな質感の黒い子供用ドレスは、大胆なオフショルダーのデザインも相まってどこか矛盾した艶やかさを演出していた。切れ長の瞳を眼鏡越しに細める銀髪褐色の女が、椅子に寄り掛かりながら静かに言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 


 

 

 

 女が部屋を後にして、暫く。

 

 突然に叩き付けられた現実に、男は覇気の感じられない緩慢な動きで眼下の喧騒を見渡した。

 人も魔族も分け隔てなく肩を組んで笑い合う活気ある町。この光景がある日何の前触れも無く、突然にして消え去る。血みどろの地獄と化すだろうという。

 

 色白の肌が際立つような黒髪を腰まで伸ばし先端で一纏めにした長身痩躯の男は、拳を握りしめつつ虚空に問う。

 

「オレらは、どうすればいい。お前はどうする。また力を貸してくれるのか? 教えてくれよ……」

 

 その言葉に応えるように。

 男の心臓に、ぞわりと”炎”が脈を打った。

 

「……なぁ、サラマンダー」




いつものように捏造設定を盛りに盛ってしまい申し訳……ヤマタイ周りのアレコレとかも整合性を色々考えてたらこう、ね…なりました…。
原作に既出の設定でもう矛盾があるのを見落としてたりぱら終章辺りで諸々ひっくり返されたりが非常に怖いのですが、これも原作未完な二次創作の運命っちゅーことで……(そもそもタグにあるようにぱら要素まで完璧求めて無理に合わせなくてもね!?)(それは流石に言い訳か…)

そしてアレなんですが、ドワーフ編は完全にさっき書いてていきなり生えてきた行き当たりばったり編です。
ゴルド火山でこちょこちょやって即帰還するの味気なくね…?って急に気が付いてしまい、急遽それっぽい話を入れる他なくなったんです。助けてくれ!!!!!
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