俺の絶叫も無理からぬことであろう。
当然の権利を余す事なく行使した後、俺は盛大にどもりながらも辛うじて疑問の言葉を絞り出すことに成功した。
「なんっ……!? だ、誰だアンタは!!」
「ま、待ってください。落ち着いて。私は怪しい者では……!」
何だコイツ……落ち着いてって言う割にはコイツが一番落ち着いてないぞ。そんな異常すぎる格好をした女が自分を怪しい者では無いとか、己を客観視できてないにも程がある。
つーかアレだろ、こいつ魔物ってやつだろ! 明らかにおかしい服装もそう考えると辻褄が合う。俺たち人間は魔物の事をほとんど知らないが、向こうの文化がどれだけ発達してるかによるとあり得ない話でもないだろう。
……ってことはオイ、待てよ?
もしかしてこれ、そういう事が起こり得てしまうのか?
「や、やめて! 俺にエッチな乱暴するつもりでしょ! エロ同人みたいに!!」
「んなっ!? え、えろどーじんというのは何の事か分かりませんが、私がそんな、魔物のような蛮行を働くわけないでしょう!!」
えぇ〜……当の本人からそう言われてもなぁ。
「犯罪者はみんなそう言うんですよ」
「うっ……ええいうるさい! 貴方のような人間ひとり私にどうこうできないと思わ……っちょちょ! やめて、人を呼ばないでください!?」
一瞬だけ上位存在っぽい雰囲気を出したかと思えば途端に泣きついて俺を止めてくる赤髪の少女。何だコイツ、可愛いかよ。
うーん、しかしどういう事だろう。少女の口ぶりからするとどうやら魔物ではないようだけど。
「分かった分かったよ、俺をさらうつもりならこんなに呑気してないだろうし。それで、あんたは何者? 名前は?」
「……私の名はプロメスティン。何者なのかという問いには……すみません、答えられません」
「ふぅん……」
何やら訳ありの様子だ。これ以上聞いても意味がないだろうと見切りをつけつつ、別の質問をする事にした。
「それで、そのプロメスティンさんが一体俺に何の用? 村一番の役立たずにそんなものがあるとは思えないけど」
口では適当な疑問を並べ立てながら、頭では全然別のことを考える。
一番最初に彼女が言ってたことを思い出せ。摩擦だとか魔法がどうとか、未だに原始時代の人類から出てくる言葉とはやっぱり思えない。
「私は……」
魔物じゃないとは言うが、少なくともそれっぽい何かでは確実にあるんだろう。そんな風に何となくアタリを付けていると、プロメスティンがまた胡乱なことを言い出した。
「私は、ずっと前から貴方の事を見ていました」
ふーむ、一筋縄では行かなさそうなセリフを簡単に言ってくれる。そんなん聞かされて俺はどうしろっていうんですかね。
とはいえ単にストーカーをやっていたという話でもなさそうだ。告白するように声を絞り出すプロメスティンにとって、これはとても大切な意味を持つ話なのかもしれない。
「イリアス様の教えが多くの人にとって唯一の救いとなっているこの世界の中、貴方は神の聖句にではなく、他ならない自分の力に救いを求めました。自分を見ているのかも分からない神に頼らず、たった一人で周りを変えようとした」
何だって?
まさか、この少女は俺が何をしようとしてるのか分かってるっていうのか?
「貴方がこの世に生み出そうとしているものは、『火』と言います」
「火……」
「そう。恐らく貴方は見たことがあるのでしょう」
プロメスティンはそこで目を閉じ、燃えるような激情をゆっくりと吐き出すようにこう続けた。
「落雷、火山の噴火、もしくは太陽の中にそれを見たのかもしれません。それはヒトという種を大きく変える力。……私は、その進化が宗教的禁忌として阻まれる瞬間を何度も見てきました。何度も、何度も! 神の裁きにあやかろうとするな、神の神秘に近づくな、神の恵みに手を伸ばすな……! そうやって自分たちを進化から遠ざけようとする人間を、何度も! …… 真実に近づく事で救われる命があるのなら、などという高尚な考えは持っていなかったに違いありません。私は結局、愚かな連中に自分の正しさを認めさせたかっただけなのでしょう。許されない事だと分かってはいても、ヒトが自分で歩みを進める事ができないのなら、私がそれを与えようとすら……」
独白する少女の苦悩はその小さな体にはまるで不釣り合いなほど巨大で、積み重ねられた果てにあるものなんだろうと……俺は、そう直感した。
「ですが、貴方だけは違った。貴方だけは真実を……!」
「あー。ちょっと、ちょい待ってくれよ」
「っ……?」
だからこそ、俺はこの厄介者と真っ直ぐに向き合ってみたくなったのかもしれねぇな。
面白くなってきた。
自然と口角が上がってくるぜ。
「まず、俺はアンタが思ってるような意気込みで新しいモノを作ろうとしてたわけじゃない。詳しい事は省くけど……この火の点け方だって、俺はこの方法で『できる』って知っていたから、お手本になる正解ってやつを見たことがあるからやっているんだ。今でこそ色々と試してはいるけど最初は酷いもんだった。何も考えない、生み出さない、そんな不出来な猿真似ってやつさ」
そうだ。俺はまだ何も作り出してなんかいない。
まあ聞いてくれよ。自分のことを特別な目で見てくれる女の子を目の前にして、そこんとこを勘違いさせたままでいるのだけは絶対に嫌なんでね。
俺はくるりと振り返り、よく乾いた木の棒と繊維状の塊を再度手に取った。
「俺は……そうだな、旅人と出会ったんだ。彼はここよりもずっと豊かな国で暮らしていて、そこで見聞きしたものをたくさん俺に教えてくれた。彼は既に死んでしまって……彼のことを知っている人はこの世界に誰もいないけど、俺だけは別なんだ。旅人のことを知ってる俺だけは。……ごめんな、何言ってるのか全然わかんねーと思うんだけど」
困ったように笑う彼の言う通り、プロメスティンは少年の言っている事が全く理解できなかった。少年が彼女の浮世離れした格好を目の当たりにしたあの時と丁度同じくらいの疑問で頭が一杯になっていた。
ただ、それでも少年の次の言葉ただ一つだけは、不思議とすんなり胸に受け止められるような説得力が込められているようだった。
「俺は特別なんかじゃない。たまたま特別な道を通ってきただけの、ただの普通の人間だよ」
そう言って再び一本の木の棒を懸命に擦り始めた少年は、続けざまにポツリと呟いた。
「ただ、俺が人より少し違う所があるとすりゃ……夢がある」
「夢……」
ひたすら汗を流しながらも凄い集中力だ。彼のことをずっと見ていたプロメスティンからしても類を見ないと思えるほどに。
あるいは、彼は今までその夢を誰かに聞かせてやりたくて仕方がなかったのかもしれない。それは楽しそうに顔を緩めて、ただ作業に没頭していた。
「魔法だよ」
「えっ?」
「神様すら存在しない場所から来た『旅人』に聞いた話が全てだった俺にとって、どうやら自分が今いる世界にそんなモンがあるなんて話を聞かされた日にゃあそれは大層な驚きだった。俺は震えたよ。興奮のせいで体が震えて止まらなかった。それからだな、俺の夢が決まったのは」
しかしその内容はあまりにも無謀で、雲を掴むように現実味の無いものだとプロメスティンは思った。あらゆる文明が未だ興ってすらいない人類が魔法を学びたければ、その体系を自分自身で根本から開拓しなければならないからだ。
未だに魔物の技術であるその秘奥の入り口にすら到達する事は人間の短い寿命ではとても叶わないと、分かりきっている。
「……不可能です。貴方がそこに至るまでの障害は多く、そして大きすぎます。……残念ながら」
「……そうか」
「——あっ」
目を伏せながら思わず事実を口にしてしまうプロメスティンは、直後に顔を青ざめさせてその口を両手で押さえた。
(私は何を言っているの? わざわざ彼を絶望させる理由なんか無い。寿命の短い人間が技術を発達させていくには彼のような犠牲がなくてはならないのに。むしろ、人間が前に進むことを望むなら、私はこんな犠牲が人の世に芽を出しつつあることを喜ばなくちゃいけないのに……)
「あ、私は……っ」
「アンタはさ」
遮るように。
「ヒトが自分で歩みを進める事ができないのなら……って言ってたけど、それは違うと思う。俺なんかが居なくたって誰かがそれをやっていた。人間は強いよ。——それに、俺だってその一人だ」
キラキラと、尚も楽しげに目を輝かせて。
「もし俺が死ぬまでに杖の一振りで火花も散らせなくたって、魔法のために努力してるってことを思うだけでワクワクしてくるんだ。俺はこの世界をもっと識りたい。生きていくのは苦しくて仕方がないけど、夢を見ている時だけは——勇気が湧いてくる」
スパァ……ッ! と。
その瞬間、木の板から今までと比べ物にならない量の白煙が噴き出した。
少年は額の汗もそのままに繊維状の木屑を押し付ける。今までの失敗からは考えられないほどの冷静さに、「こんな所で立ち止まっていられない」とでも言外に語るかのような強い決意を表しているようだった。
「俺はこれから人間に火を教え、車輪を教えて、金属の溶かし方を教える。そうやって進み続けていれば、いつかは必ず夢のことを思い出すことができるから」
「だから、まずは生き抜くんだ」
静かで、それに丁寧な仕事だった。
あらかじめ念入りに準備していたのだろう。間違いなく緊張の中にあるだろうにその動きは淀みなく、石を並べて丸く囲んだ焚き火の炎は少しずつ勢いを増していく。油脂を多く含む針葉樹の木切れに燃え移らせて——そして、掲げる。
(ああ……)
歴史が刻まれたその瞬間をただ一人見ていたプロメスティンは、彼の背中の中に確かに見た。
真理に足を踏み入れた、自分と同じ求道者の歓びを。
火を作る方法を考えたのは自分では無いと彼は言うが、それを押しても未知に挑む姿に偽りは無かった。
人間や天使といった垣根は関係なく、生まれて始めて彼女は同族と
そして同時に……プロメスティンは悲観した。初めて出会った同胞は、その志を決して果たす事の出来ないままに死ぬ。
彼がこの世を去り、永遠の別れが訪れれば、自分は再び悠久の時を独りで過ごすことになるだろう。異なる道を求める者とはいずれ必ず別れの時がやってくる。その最期を見届けても、自分の道が続く限りを進み続けなければならない。
だが、しかし。
同胞の最期をただ見届けて満足するには——彼女は若すぎる。
固く目を閉じ、震える腕を押さえ付け。余りにも大きな感情をこらえながら、ヒトに火を与えるはずだった少女は音も無くその場に背を向けた。
パチパチと火の粉を散らす松明を、少年は目を細めながらただ仰ぎ見ていた。ヒトに齎された最初の炎。手の中で静かにまどろむ熱に浸っていると、不意に鼻の頭にヒヤリと冷たさを感じて驚いた。
「雪、か……」
空から静かに舞い落ちる白は、美しくも残酷な冬の訪れを告げる証。多くの人々がその極寒に倒れたが、もはや人間は死に怯え、震えるだけの存在ではない。抗う術はもうこの手にある。
「……なあ、言っただろ? 俺には夢があるって。こうして先に進んでる限り、俺は絶対に諦めずにいられるんだ。だから……」
振り返ると、そこには誰もいなかった。
しんしんと降りしきる雪が残響をも吸って、空を見上げても果てのない雲が広がっている。
「……行った、か」
しばらく少女の居た場所をぼんやりと眺め——村の中央に踵を返す。いつか彼女とはまた会えるような気がしていた。この日語った夢を追い、道を歩き続けるその限りは。
◼️◼️◼️
あの日から数年が経った。
村は大きく豊かになり、俺はその中での尊敬を集めて地位を確固たる物にした。この若さで次代の村の導き手になる事すら願われたが、それを断って、代わりに山奥に小さな家を建てさせた。
俺はそこで静かに暮らし、この世界のことを少しずつ調べることにした。
この世界の人間も馬鹿じゃない、もう俺の代わりぐらいは難なくやっていけるだろう。
「——よしっ」
見慣れない植物や生き物、どうにか交流を図ることのできた数少ない魔物の記録を記した分厚い本を机にしまう。そして新たな真っ白の本を革の鞄に詰め込み、それを背負った。
今日この日に至るまで、かつてあの少女に語った夢を忘れた事はない。あの途方もないと言われた夢のために、俺は今までやれる事はほとんどやってきたつもりだ。
俺は今日から、旅に出ようと思う。
まだ知らない外の世界を探索し、この世界の神秘を見つけ出してみせる。そのために新しい一歩を踏み出す時がやって来た。
「……この家にも世話になったな」
再び帰ってこられるかも分からないが、これで思い出の詰まった小屋だ。……いや、必ず帰ってくる。そうでなくちゃいけない。
あの日から少しも変わらない夢への熱意をそのままに、俺は家の扉をゆっくりと開ける。
その、時だった。
「…………!?」
柔らかな光が辺り一面に広がる。
荘厳、とも言えるような空気がその場に満ち、同時に空からある人影が降りてきた。
その人影は、人の形でありながら人間とは全く異なる部分があった。腰から伸びる一対の翼、それ自体が光って見える頭上の輪。
前世の知識を借りるまでもない、この世界の人間にも広く言い伝えられているその姿は、まさしく『天使』そのものだった。
いや、もしかしたら、俺が本当に驚いたのはそこでは無かったのかもしれない。
かつての記憶そのままの赤い髪、眼鏡をかけた少女の姿は……。
「プロ、メスティン?」
「私は天使。ヒトを導くもの」
結論から言おう。この出会いは、俺の人生を決定的に変える一幕だった。
そしてこれから数百年にも及ぶ……俺とこの世界との因縁の始まりでもあった。
「望むのであれば、貴方に魔の道を授けましょう」
もんくえのキャラ書くの楽し〜!となってる。若さが抜けてない感じのプロメスティンさんかわいいよぉ。
思ったんだけどこれボーイミーツガール……ボーイミーツガールじゃない……!?
あ、書き溜めは当然のようにもう切れちゃったので、次回はしばらく後にお楽しみください。。