あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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前回のあとがきにて総スカン不可避の乞食芸を一発かました後のことですが……

なぜか感想はさっぱり増えず、逆に評価だけが意味わかんないぐらい大量に来て椅子から転げ落ちました。なんでだよ(困惑)
UAがほぼいつも通りだったため評価値の計算式的に日間には入れませんでしたが、評価がどしどし来たために加点式日間では最高22位をこちらの方で観測いたしました。

う〜〜〜ん………ありがとうねッ、ったくもー! ちくしょい!(感想は依然受け付けております…)





第20話

 

 

 マクニアと名乗るドワーフの誘い。それに俺たちは結局乗ることにした。

 

 いずれにせよこの町の事を知るためには人と関わっていくしかないし……それに、一度は余所者の俺らを見捨てようとしていた癖に特段悪びれもせず話しかけてくる、その図々しさに少し興味を惹かれたというのもあるかもしれない。

 

 ともかく、案内された先は騒ぎのあった場所のすぐ近く。同じ広場の中にあり、道に面して数多く横に連なる煉瓦造りの建物の中の一角だった。

 少し妙だったのは、酒場と思われるその建物の出入り口の扉が最初から大きく開け放たれていた事だった。どうも元から開放しているような雰囲気でもなく、何があったんだと気になって訊いてみればマクニアはしれっとこう言ってのけた。

 

「ああそれ? あたしがさっき出てきたからだよ」

 

 マジかこいつ。偶然あの場に居合わせたんじゃなく、元からここで飲んでいた所に外の騒ぎを聞きつけてわざわざ飛び出してきたらしい。

 大した野次馬根性だと呆れる俺たち二人をよそに、未だに何がしたいのかいまいち不明なドワーフ娘は勝手知ったるという様子でずかずかと店内に上がり込んでいった。

 

「やあやあ、席はまだ取っといてくれてるかい?」

 

「えっ? もう全部(かた)しちゃいましたよ。急に飛び出していっちゃうんですもん」

 

「な、な……あたしのお酒は……」

 

「もう遅いです。頼み直しなさいな」

 

 いや当然だろ。店の人と思われる俺より少し年上ぐらいの女性の言い分へと全面的に同意する傍ら、がっくしと項垂れるマクニアにさっそくプロメスティンが説明を求めた。

 

「それで? 私達を連れてきた理由とは一体何ですか?」

 

「……り、理由か。確かにそうだけど、まあとりあえず座っとくれ! ここはあたしの奢りだよ」

 

 変なところではケチなくせに意外と気前がいいな。ありがたい話ではあるので素直に感謝しておこう。

 

「飲め飲め! あたしは人が飲んでる所が見たいんだ!」

 

「アンタはもう既に酔っ払ってるだけだろ……ま、醸造酒があれば頼もうか。あー、ジェーンはどうする?」

 

「遠慮しておきます。私、お酒がダメなので」

 

「ちぇ、つれないの」

 

 つまらなさそうに口を尖らせるマクニアだが、やや幼さの抜けきらないプロメスティンの外見年齢も相まってかそれ以上何かを言ってくるという事はなかった。

 背丈がほとんど一様なドワーフという種族柄からだろうか、見た目で歳を判断するのには人間以上に慣れているのかもしれないな。そんな益体もない事をつらつら考えながら酒を待っていた時だった。

 

「しかし、まあ大した腕っぷしだったじゃないか? ジェイルんとこの坊主どもの泡食った顔は傑作だったよ」

 

「知り合いだったのか?」

 

 呵呵大笑といった様子で言うマクニア。正確には俺の腕力なんざ有って無いようなものだったが、そこは別にいい。

 

「いんや、連中のツラの方が知れているのさ……要は悪目立ちしてるってだけの話だがね。かわいそうに、あんな顔にされちゃしばらく物も食えないよ」

 

「あれに後ろ楯がいるって訳でもないだろ。後腐れさえしないならもう俺の知った事じゃない」

 

「へぇ……にしても随分と喧嘩慣れはしてるみたいだ。命のやり取りをしてきたのも一度や二度じゃないだろ」

 

「想像に任せるよ」

 

 席に出された発泡酒らしき飲みものに口をつける。ジョッキになみなみと注がれたビールにも似ているそれは俺が知っているものより苦かったが、喉を通る時の具合は悪くなかった。いついかなる時だろうと酒はうまいって事らしい。

 グッと一つ景気良く(あお)る俺にマクニアはヒュウと口笛を吹き、頬杖をついて横目でこちらを見ながら話を続ける。声色に反して探るような目付きだ。ここからが本題、という事だろうか。

 

「……にしても、あの小悪党だって獲物を見分ける目はそれなりにある。おのぼりさんってのは本当なんだろう? 長いこと滞在するつもりなら尚更、この町じゃあ仕事がないと食ってはいけないねぇ」

 

 ふむ……ただの善意で近付こうとした訳ではなかったか、流石に。荒事に慣れた、最悪いなくなっても特に問題はない余所者を囲い込みたがるだけの事情がコイツにはあると。

 

「なるほど、そういう筋書きか」

 

「飲み込みが早くて助かるよ。それで、頼まれてくれるかい?」

 

「内容による」

 

「ごもっとも」

 

 さながら露店の品物を披露する店主のような顔をして、くつくつと笑うマクニアは”仕事”の概要を説明してきた。

 

「言ってしまえば……そう、治安維持の一環ってやつかな。悪どい商売で幅を利かせてる連中をちょいと小突いて黙らせたくてね」

 

 本当の事を言ってるかどうかは分からんが、思ったよりは真っ当な内容だと少し驚きながらジョッキをぐいっと傾ける。

 

「ん……俺達を(けしかけ)けようっていう奴らは一体何をした?」

 

「ま、そこはしっかり訊いてくるさね」

 

 当然。あえて口には出さないが、ここで良いように利用される形で変な相手にぶつけられちゃあ目も当てられない。

 

「奇しくも、って言えばいいのかね。今の君らと同じような立場の弱い移住者を囲って不当に働かせるって事件が横行してるんだ。最近は他所から移ってくる人間も増えてきたからねぇ……時流ってやつに乗ったやり方なのかもしれないけど」

 

 そう言って憂いを帯びたような溜め息を吐くマクニアだが……まだ分からない事がいくつもある。それがはっきりしない事には首を縦には振れないな。

 

「だけど相手が不当だって言うなら、それこそ順当に町のトップにでも掛け合ってみた方が良いじゃないか。わざわざ俺達みたいな、信用できるかも分からない流れ者を捕まえてまで独自に動く事はないんじゃないのか?」

 

「ああ……まあ確かに、それはそうだ」

 

「大体な、この件に関してアンタはどういう立ち位置だ? 善意で動いてる……ってのは違うとして、あるいは単純に向こうの存在が不利益になる、ってところか? まあとにかく、そっちの思惑が掴めない内は協力できないぞ」

 

 面と向かって、自分にとって有利となるように立ち回る。何年か前まではヨロギの中で成り上がるまでに嫌というほど経験させられてきた事だが……くそ、ここ最近は全く必要ない技術だっただけに緊張するな。

 右も左も分からない土地、拠り所を作るのは大事だが、それ以上に慎重に動かなくてはいつ足を掬われるか分からない。

 

「たはは、参ったね。結構なやり手じゃないか……思惑、って言われるとな。ちょっと言いにくい所もあるんだが」

 

「聞かせてくれ」

 

「私情、って事じゃダメかい?」

 

「…………」

 

「あー、そう怖い顔をしないでくれよ。こっちには上の連中より先に動きたい事情があって、君らはそれを手伝ってくれる。これで勘弁してくれないか? 報酬はきちんと払うから」

 

 さっきまでの陽気な印象は何処へやら、浮かない顔で俯くマクニアを俺はじっと見つめる。

 ……まあ正直、彼女が嘘を吐いているようにも見えないんだが。意図的に情報を隠している気配はあれど、自分の利益のために他人を陥れようとまでしている訳ではなさそうだ。

 

 俺の勘はけっこう当たる。だからそう易々と信用する……とまではいかないが、今の所はそれで納得する事にした。

 

「……言いたい事はあるが、それなら二つだけ約束してくれ。まず現場には俺とジェーン、それとマクニア。お前も同行してもらうぞ」

 

「はなっからそうする気だったよ。あたしも直接関わるように動くとなれば裏切ろうにも裏切れないからね。だからそこは安心しとくれ」

 

「よし。それと……これは俺たちの本来の目的だったんだが」

 

「ほう」

 

「どうにかして”ゴルド火山”に入りたい。このまま西に真っ直ぐ歩いてそのまま行けるなら問題ないが、もしもこの町で何かしらの手引きが必要になってくるんだったら協力してほしい」

 

 これはまだ気の早い提案かもしれないが、一度どこかで提示しておく分には恐らく問題ないはずだ。ここで円滑に話が進みさえすればぐっと楽になると考えながら返事を待つも、返ってきたのは想定していたものより幾らか気楽な承諾だった。

 

「ふぅん……? 何だってあそこに行きたがってるのかは知らないけど、ま、それぐらいならお安い御用さ」

 

「助かるよ。それで場所と時間は」

 

「あたしが直接案内するから場所はいいとして、そうだな……明日の晩中には事を済ませたい。急で悪いけどね、奴らの居所は上にも割れてんだ。まだあと一日二日で動くって事は無いだろうけども」

 

「明日の晩? おいおい、本当に急じゃないか。まさかとは思うが……行き当たりばったりの計画じゃないだろうな」

 

「そ、そんな事ないって! 誤解だよ!」

 

 どうだか。怪しいもんだと思うぞ俺は。

 

「ふう……」

 

 ……しかしまあ、何はともあれ今後の活動の目処は立った。気を張り詰めてこんなに話したのは久々だな、喉が渇いてきた。

 早くも底が見えつつあるジョッキの酒を喉に流し込み、そういえば、ふと気が付く。

 

 二人でこうやって話し込んでいたが、さっきからプロメスティンがやけに静かだ。アイツも普段から他人と話すのに慣れてないんで黙ってるのに違和感が無かったが、何も頼んでいなかったのもあるし暇な思いをさせてしまったかもしれない。

 退屈そうに足をぶらつかせる連れ合いの姿が容易に思い浮かぶ。なんて、そこまで考えた所で——

 

 

 

 

 ガタン、と。

 

 

 

 

 何かが転げ落ちるような音が、そこから聞こえた。

 

「えっ?」

 

 気の抜けたような驚きの声が思わず漏れ出る。ジョッキから口を離しながら、床板に鈍くぶつかるようなその音の方向に目を向けると。

 

「なっ……」

 

 いつにも増して顔を青くしたプロメスティンが、そこに力無く横たわっていた。

 

「お……おい、どうした! 何が……!?」

 

「ううっ……」

 

 苦しそうに呻き声を上げる様子を見るに意識はあるらしいが……何だ、どうしちまったんだ!? 今までお前が調子を崩した事なんて唯の一度も……!

 

「どいて!」

 

 マクニアは混乱の最中にいる俺を突き飛ばし、乱れたプロメスティンの赤髪をかき上げてその額に手を当てる。

 顔色を窺うように覗き込んだかと思えば一つ頷き、突然の事態に当惑するスタッフの女性に向かって声を大きく張り上げた。

 

「アンネ! 確か二階は空き部屋だったね? 借りるよ!」

 

「い、いいですけど……」

 

「ほら、ぼさっとしてないでツレさん担いできな!」

 

「あっ、ああ!」

 

 くそ、何が起きてるのか分からないが……ここで俺がいつまでも呆けてる訳には行かないはずだ。

 力無く俺の肩にもたれ掛かるプロメスティンを運びながら、俺はマクニアの案内に従って階段を上り始めた。

 

 

 


 

 

 

「なるほど……これなら大体予想はつくよ」

 

 空き部屋のベッドに横たわるプロメスティンを観察しながら、マクニアはポツリと呟いた。

 

「……どういう事だ? 流行り病の類じゃないだろうな」

 

「いんや、そんな大層なものじゃない。何人も見てきたから分かるんだけど、余所者の中にはこの町に来て少ししてから調子を崩す奴がたまにいる。その時の症状に似ているね……もっとも、ここまで酷いのは見たことないが」

 

 顎に手を当てながらぶつぶつと考え込む。邪魔するようで申し訳ないが、俺としては口を挟まずにはいられない。

 

「そいつは何が原因なんだ……? 前例があるなら対処の仕様もあるだろ」

 

「……外を見てみな」

 

 言われるまま窓の外に視線を向ける。下は特別言う事もなく市場が賑わっているだけだが、遠くの方には工場と思われる建物から伸びる煙突が黒い煙を濛々と吐き出していた。

 

「空気が悪いんだろうね。普段から慣れてるあたしらにとっちゃ問題無いんだが、遠くの綺麗な土地から移り住んできた連中にとっては具合を悪くする程の事らしい」

 

 ……そうか、プロメスティンの故郷は天界だ。天使の住む異界がどんな場所になってるのかは想像もできないが、少なくとも地上よりは余程清浄な空気に満ちているだろう。その中でも体が弱い方だというプロメスティンが煙にアテられたとしても不思議じゃない。

 

「しかしどうする? 君の口振りじゃあ彼女も戦力の内に数えてるって風だったじゃないか」

 

 不安そうにぼやくマクニアだが、本当にどうしたものか。命に関わる程の事ではないかもしれないが、彼女が動けないようではどうにも……

 

「あ……そういう事でしたか……」

 

 と、プロメスティンが呟きながら目を開けた。

 

「だ、大丈夫か? 無理して喋らなくてもいいぞ」

 

 

 

「いえ、大丈夫です……フィルターのアジャストは……済ませましたから……」

 

 

 

「は?」

 

 唐突に耳に入ってきた横文字に理解が遅れる。マクニアも「何?」って顔をしていた。

 

 しかしよくよく見てみると、何と表現すればいいのだろうか……プロメスティンの存在感が今までより少し()()になっているような気がする。

 ついでに言えば顔色もどことなくマシになっている。……んん? フィルターを調整って……

 

(え、何? 空気の中で体に悪い成分だけすり抜けてんの? 魚のエラ呼吸みたいに?)

 

 相変わらず気分は悪そうだ。だがさっきまでよりは随分と楽そうにしていやがる。こんだけ急に具合が良くなってきてるって事はそれぐらいしか理由が思い当たらない。

 目をぱちくりさせているマクニアには申し訳ないが、どうやらこれ以上心配する必要は特に無い……のか?

 

「あー、まあ何だかんだで……大丈夫らしい。本人がそう言ってるし」

 

「そ、そうかい? 急に倒れるもんだから驚いたよ……」

 

 何かおかしいとは流石に感じていそうだが、当人らが言うなら、という形で一応納得する事にしたらしい。

 

「どうだい? 明日の仕事には嬢ちゃんも付いて来れそうかな?」

 

「一晩も寝れば……治るかと……」

 

「本当に? ……いやまあ、それなら別に良いんだけどさぁ」

 

「ま、まあ! 俺らが居たってお前もゆっくり休めないだろ? 今んとこ大丈夫そうだし、一旦下に戻るわ! 何かあったら呼べよな!」

 

 やはり腑に落ちなさそうに首を傾げているが、これ以上怪しまれてはいよいよプロメスティンの正体がバレかねない。ここはそれとなくマクニアの方を引き離しておくのが吉だろう。

 いまいち釈然としないらしいドワーフっ娘の小さな背中を後ろから推す形で部屋を出ようとした、その時だった。

 

「ああ……マクニアさんはいいですけど、貴方は残ってください……」

 

「え?」

 

「そろそろ精を吸わないと……魔力が……」

 

 

 

 

 

 

 

「あッ、いや!? 今のはちょっ、ちがっ!?」

 

 は、はぁ!? ふざっけんなテメェこの……!!

 せめて二人きりの時とかに言えっつってんだろそういうのは!!

 

「……へぇー、そういうこと」

 

 つーかソレやめろ何かを察するように頷くな! 生暖かい視線が痛いんだよ!! ああもう、どう収拾付けりゃいいんだこれ!?

 

「なるほどね、最初っから何か妙だと思えば……」

 

「うっ!?」

 

「だーいじょーぶ。確かにこの町ではドワーフ以外の魔物は目立つけどさ、嬢ちゃんの事は黙っといてあげるよ」

 

「……?」

 

 な、何だか変な勘違いをされている気がするが、向こうに伝わった文脈からするとそう捉えられるのが妥当なんだろうか。

 よくよく考えてみれば都合の悪い誤解ではないし……いや俺としてはそれ以前に根本的な問題があると思うんだが……ええい、どうにでもなれッ!

 

「は、はは。いやホントに……魔物と旅してるとだな、こういうのが普段大変で……」

 

「ま、そりゃそうだろうね。……ああ、アンネにも話は付けとくから心配しなさんな。よく酔ったドワーフが男引っかけて泊まってくモンだからね、こういう事は向こうさんだって慣れてるのさ。……その代わり! こっちも明日は期待してるからね?」

 

 んじゃ、ごゆっくり。

 

 そうしてバタンと閉められた扉を見つめたまま硬直していると、ぐったり頭を枕に預けたままのプロメスティンが「聞かれる前に言いますけど」みたいな声色で弁解なんてしてきやがった。

 

「出立は明晩、という話でしたので……クリティカル•エクスタスを考慮すると、そろそろ始めないとまずいです。時間が惜しかったんですよ……許してください……」

 

「ぐうっ……!」

 

 確かにそうだ。あの意味わからん倦怠感を少しでも抱えたまま敵と戦える自信があるかと言われると……そりゃあ無理だが。

 

「……いやまあ、百歩譲ってそれは良いとしてだな、お前の方は平気なのかよ。まだ結構調子が悪そうだぞ、無理してるんだったら……」

 

「お気遣いは感謝しますが、いざという時に……貴方の命が危ぶまれる方が、耐えられません」

 

「…………」

 

 そこまで言われると。

 もう、選択肢とか無くないか……。

 

「わ、分かったよ。すりゃあ良いんだろ……」

 

「うー、お願いします……」

 

 何だか釈然としない物を感じつつ。俺たちは異国の地にて、久々となる情交を互いに結ばんとするのであった。




20.5話に続く)

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