エリック、と呼ばれていたか。
全焼しつつある館からゆっくりと歩み出てくる男は、俺たちの目の前で鬱陶しげにフードを脱いだ。
はらりと、想像以上の黒束が溢れ出る。うなじから掻き出すようにそれらを横へ払う動作によって、男のそれとは思えないほどに艶のあるサラサラとした髪は腰に届くほどの長さを伴って夜闇に広がりその背中へと纏い付いた。
それだけの長髪を外に出せて幾分か気が済んだのか。大刀を担いだ紫金の司祭は俺たち二人に胡乱げな視線を向けつつ、恐らく旧知の間柄であろうマクニアに向かってこう言った。
「オレが動けないだろうと高を括って連中が油断していると踏んだか、余所者を使って奴らを捕らえようとでもしていたな。狙いは確かに良かったが、そう思わされる事も含めてローレンスの筋書き通りだろうよ」
「……私が嗅ぎ回ってたのも、あの人には筒抜けだったってわけか」
「そう聞かされてはいた。協力者については今知ったがな……ここ二、三日の内に囲い込まれたって所だろう。違うか」
堅い口調で淡々と話す長身の男はどうやら俺に向かって訊いているらしかった。ただの雇われ、何も聞かされていないんで事情なんてさっぱりだと素直に白状しても良かったが……こっちも言わなきゃならん事がある。
「その前に、
「え?」
「…………」
後ろ手に指差した方向をプロメスティンが見やるが、目で見たところで暗くて碌に見えやしないだろう。だが視線は感じる。どこかの建物の窓からこちらを見下ろす気配は隠しようもない。
「——やれやれ、やっぱり横着はできんね」
すたっ、と。
人間なら簡単に足を挫いてしまうような高さから気軽な調子で飛び降りたそれは、こちらへと近づいてくるにつれ徐々に姿が鮮明になっていく。
いまだ燃え上がる炎の明かりに照らされたるは浅黒い肌、そして目の覚めるような銀色の髪か。辺りの闇色に溶け込んでしまいそうな黒のドレスを身に纏った眼鏡の女は、その背丈の小ささからしてやはりドワーフのようだった。
「まずは非礼を詫びるよ。そして改めて……この町の顔役、ローレンスとして歓迎しようじゃないか。鉄と焔の
「顔役? つまり貴女は女王ということですか?」
プロメスティンが口を挟む。女王という単語は前に聞かされた事があるぞ。
その種族の中で最も強力な力を持つ妖魔が当代に一人だけ選出され、一族のすべてはその女王に従わなくてはならないのだと。そういった習わしが魔物にはあるという。
一族の代表を名乗る魔族に対するもっともな疑問と言えるそれに、しかしローレンスの返答はあくまでも淡白な物だった。
「少し違う。他で言うところのクィーンと目せる存在をウチらは持たないんだ。ま、似たようなものと捉えてもらって構わんが……ああ、もうこんな時間か」
ふと気付いたように何かを見上げる。その視線を辿っていくと、町の中心に聳え立つ時計塔の針がちょうど日の変わり目を差している所だった。
「今日みたいな事があれば察しが付くと思うがね、これでウチらは結構忙しいんだ。そこの愚妹に引きずり回されて良い迷惑だろうが、長々と説明してやれる時間は無い」
「っ!」
「ここらで失礼させてもらうとするよ。——エリック、行くぞ」
「了解」
「ま、待ってよ! 姉さん!」
その場を立ち去ろうとする二人に、どうしてかマクニアは必死な顔をして食い下がった。
「待ってよ……なんで、どうして私には何も言ってくれないのさ!? 昔はっ! この町を三人で大きくしていこうって、そう約束したじゃないか! ……おばさんの後を継いでから、変だよ。アンタもエリックも!」
「マクニア」
「正直に言ってくれよ、最近の殺人が……
「
「……!」
ぞわりと。
横から聞いているだけの俺さえ思わず身震いしてしまうほどの、ぞっとするような威圧感だった。
もはや司祭という肩書きを思わせる気配すら全く霧散させた男、エリックが酷く冷たい声で言う。
「お前には関係ない。二度と、オレらに関わるな。これからの仕事にも……」
言いたい事は、それだけだ。
そう吐き捨てると、大刀を担いだ司祭はローレンスと共に背を向けて歩き去っていく。残されたマクニアは茫然とその場に立ち尽くし——
「”賢者”」
俺の口から漏れ出た言葉に、二人はピタリと足を止めた。
「……何だと?」
「名前ぐらいは聞いた事あるか? 最初はネームバリューなんて期待してもなかったが、”他所の土地から人が移ってくる”っつーなら噂ぐらいにはなってるかもと思ってな」
ああくそ、すまんプロメスティン。また自分から面倒事に首を突っ込もうとしてるのは流石に自覚してる。してるから、俺の後頭部を「またいつもの病気かよ」みたいな目で見るのはやめてくれ。
なるべく澄ました顔を維持しつつ内心で冷や汗をかいていると、こちらへと振り返ったローレンスが感情の起伏を感じさせない声で言う。
「『東方の賢者』……なるほど。また大した輩を引っ掛けてきたもんだね、マクニア」
「はっ、え?」
「隠し事をしてたのはお互い様っつーことだ。それで……さっきから聞いてりゃ、またキナくさい台詞を吐いてたじゃねえか。『殺人』、それに『仕事』が何だって?」
確かに俺のやってる事は合理的じゃないかもしれない。あまり長居もする気はないこの町で、こんなあからさまな厄介事の為に一々足を止めていられるほど俺たちは暇じゃない。
だがなこの際、んな小さい事は関係ねぇんだ。『少し関わっただけだろ』って言われりゃそれまでだけどな——
「お前らにとってのマクニアが何なのかは知らん。取るに足らんようなイチ市民にしか過ぎなくて、その頭ん中にある高尚な考えを伝え聞かせてやるほどの価値も無いと思ってるのかもしれないが」
なあ、マクニア。
仲間にそんな顔をされて、ほっとける訳が無いだろうが。
「——だがよ、
勿論それは言い過ぎだ。自分で言ってて気が引けそうになるぐらいの大言壮語——が、自分を大きく見せるにはこれぐらいで丁度良い。
背景を知っているなら尚更、俺の正体は確実に無視できないほど大きく映ってくれるはずだ。何にせよこれで一枚こちらの手札を切っちまった訳だが、さてどうなるか。
「……ふむ」
足を止めたという事は、少なくとも一考に値する話だとは思わせることが出来たのだろう。顎に指を当てて暫し考え込んだ黒ドレスのドワーフ娘は、その眼鏡の奥の瞳をぴたりと閉じながら返答を寄越してきた。
「逆にだ。仮に君を引き入れるにしろ、そこの愚妹まで付いてくるというのがウチらにとってまず論外というのも、そも君が”賢者”の名を騙る詐欺師であるかも分からないというのも一先ず置いとくとしてだね」
「…………。」
「ここに来たばかりの君がどうしてここまでする? 町の顔役に貸しを作ること、最初からウチらに近付くこと。何が目的にしても——
「バカ言えよ。俺からすりゃお前らよりマクニアの方がよほど信用できる。
「……うーん。中々どうして弁が立つじゃないか」
そう言って困ったように頬を掻く。ちらりと傍のエリックに視線を向け——それでも冷徹に言い放つ。
「結論から言おう。ウチは、この町にいるエリック以外の誰も遣わない。なんとかマクニアを関わらせてやろうっていうその恩情は……最初っから突っぱねさせてもらうとするよ、残念ながら」
「…………」
「だが君ら二人は別だ。君らが誰も連れ添わずに来るとしたら、その時は歓迎しようじゃないか」
「……もし断ったら?」
「それもいいさ、ウチは余所者にまで多くは求めんよ。——あの時計台で待つ。明日の夕刻まで来なければ、もう二度と会う事は無いだろう」
駄目だ、これ以上は何も掴ませてくれそうにない。奴の中では完全に話は終わりなんだろう、そのままこちらを見ることも無く歩き去っていくが……まだ一つ解決してない事がある。
「待てよ、あの炎はどうすんだ。アレもお前らの仕業なんだろうが、今は良くてもこれから火の手が回らないとは限らな、」
「…………」
「っ?」
俺の言葉を遮るように。
ゆっくりと大刀を握る腕を真横に伸ばしたのは——黒の長髪をゆらりと散らす司祭、エリックだった。
「刀で斬る相手を選べること……それが一流の剣士には出来ると
「何を言って、」
「オレにとっての『一流』は」
ザクゥッ!! と。
振り上げた刃を地面に突き立てる音が響いた次の瞬間、
「”燃やす相手を選べる”ってことだ。——四大精霊の『火』、サラマンダーの契約者。これぐらいの手品も見せられないと思ってもらっては困るからな」
黒く焼け焦げた廃墟だけを後に残し、そうして彼らは去っていく。
取り戻された夜の暗がりもあってか、すぐにその背中は見えなくなっていった。
昇りかけた陽に空が白み始めた頃、俺ら三人は何か機械の整備工房のような建物——マクニアが言うには自宅らしい——に、ひとまず集まった。
大型から小型までの様々な工具がそこら中の棚に詰め込まれていて、素人目にざっと見た感じでは……車の部品か何かを点検するための場所、といったような概観だった。自動車整備士をやってた前世の爺ちゃんの仕事場が思い起こされてちょっと懐かしい気分になる。
いやまあ、ここらに車なんてものが走っている所は流石に見ていないしこの推測は全く的を外れたものである可能性が高いのだが、今そんな事はどうでもいい。
「そこらへん……適当に座っとくれ……」
ふらふらと足をもつれさせながらソファらしき家具に力無く倒れ込んでいるマクニアは、当然と言えばそうだがかなり疲れているようだった。
部屋の隅に片付けてあったスツールを適当に近くに寄せた俺はそこに腰掛けた。ちなみにプロメスティンは見慣れない工具の数々に早くも目を眩ませてどっか行った。喜色の浮かぶ上擦り声で何事か呟きながらそこらを無断で漁っているが、俺は元より家主もこの有様では止める余裕も無さそうだった。
「で……お前の姉さんにはああ言われちまった訳だが」
「うん……」
「まず何ッにも聞かされてねー状態であそこまでアドリブ効かせられた俺は普通に褒められてもいいと思うんだが、大将よ。そこん所はどうお考えですかね」
「いや……それは、ほんとそう……」
一にも二にも、何もかも情報が足りてないってのが本当によろしくない。お前らの事情なんて全く知らされてないんだよこっちは。
一体何から問いただしてやろうかと思考を巡らせていると、その前に、との前置きと一緒にマクニアが言った。
「……そうだよ、君が『東方の賢者』だって話! あれは本当なのかい?」
「ああ、あれはホント。俺がそれ」
「う、うん分かってるよさすがにそこはハッタリだよね……うええっ!?」
おい、今日び誰もせんような使い古されたリアクションをするなよ。逆に俺が滑ってるみたいだろうが。
「…………チッ」
「えっ、な、何? 今どこでキレたの? 理不尽な所で沸点が低くない?」
「あ、彼って自分だけは真人間みたいな顔してますけど意外とそういう所ありますんで」
やかましい。話に入ってこない癖して余計な事にだけ口を挟むんじゃねえよ。
……まあしかし、ここドウェルガで俺はやはり『東方の賢者』とかいう名前で知られているらしい。こっちから見ればそりゃ”東方の”にもなるだろうが、これも新しい発見ってやつかね。
しっかし相変わらず俺の知らないところで大層になり続けてる肩書きなこった……どうでもいいけど。
「——話を戻すが、何やらのっぴきならない事態に巻き込まれちまったようだな。俺らも、お前も」
「……私は別さ。あの二人にしてみりゃ、私には巻き込まれてやる資格すらないんだよ」
「だぁから、そこだよ。俺にはそこん所がよう分からんのだが」
「うっ……」
俺だってそれがマクニアにとって詮索して欲しくない過去だってのは薄々察しが付いてるさ。
だがもうこれ以上知らない振りをしてやる事はできない。そういう段階はとっくに越えていやがるんだからな。
「話してもらうぞ。まずはお前と、そして奴らとの関係は何なんだ」
薄明るい朝焼けの光が窓から差し込むのを感じながら、俺は躊躇いがちに口を開く彼女の話に耳を傾けた。
主人公くんとエリックさんの口調が微妙に被っててわかりにくくないか…?とか自分でも思ってしまったので、ここらでひとつ一番わかりやすい差別化ポイントを解説しましょう。
主人公くんは割と口調が崩れます。あと気が緩んだりリラックスしてる時はなぜか何の脈絡もなくウケ狙いの発言をしたりします。エリックさんはもう一生リラックスとかしません。