「……」
「……」
ドウェルガという町の抱える闇。その真相をこの土地の長ローレンスから聞かされた俺達は、ぼつぼつ夜も更けてきた通りを当てもなく歩いていた。
奴らの本拠でもある時計台には空いている部屋も幾つかある、今日はそこに泊まっていくと良いと言われた俺はそれに同意したものの、何かと適当な理由を付けて一時プロメスティンと外に出ていた。無論、ただ外の空気を吸いたいがためにこの物騒な街中を夜半に繰り出しているという訳ではない。
『敵の名は——女神イリアス』
そう語ったローレンスの言をどう捉えるか。何せ文字通り雲の上の話で、本来なら判断材料なんて物すら地上のどこにも存在しないような話だ。
しかし、俺達だけは場合が違う。
「天界は、遥か以前からこの町を滅ぼすと決めていました。それは確かです」
この地上でほぼ唯一と言っていいだろう天界の事情を知ることのできる窓口、天使であるプロメスティンが付いているのだから。
「初耳だ。ここに来るまで俺にも黙ってたのか?」
「貴方の人のよさを知っていれば黙っておこうという気にもなりますよ。この町がいつどう滅びようと私にとってはそれほど知った事じゃないんですから」
「…………」
「……ただまぁ、この光景が世界から消えて失くなるその前に──この目でこうして見る事が出来たのは」
それは、紛れもない幸運だったと思っていますけどね。
静かな夜の町並みを目を細めて眺めるプロメスティンの心情は俺にも完全に推し量る事はできなかったが……その寂しそうな顔だけは、隠そうにも隠しきれてはいなかった。
「話を続けます」
「ああ……」
「私がまず違和感を感じたのは、『一連の殺人は天使による物だ』と彼女が断定していた所です」
「……? 違うのか?」
「確かに訓練された天使には容易い事でしょう。しかし我々は
「ああ……?」
「逸った天使の一派が独断で”処刑”を行なっているという線も無くはないのですが、何故このような殺人が発生しているのかは私からしても不明なんです。なのにどうして彼女は『断定』できたのか? 言い伝えからの推測で物を言っているにしてはあまりにも……」
プロメスティンの知る限り、天界は今回の件に関わっていないらしい。少なくとも今はまだ……とすると、やはりそれがローレンスの『嘘』なのか? 何が殺人の本当の原因か知っていながら、それが不都合な事実だから俺達には黙っている?
「それともう一つ気になったのが」
「……ん」
「覚えてますか? ローレンスさんの言っていた『魔王』というフレーズを」
特徴的な単語だからよく覚えてる。この世界には全ての魔物を統べる王ともいえる存在があって、それを魔王と呼ぶらしい。子供でも知ってる常識なのだが、言わずもがな俺にとってはどうにも現実味が薄く思えてしまうというか。それがどうかしたのか。
「いよいよとなれば助力を乞うつもり、と彼女は言いました。しかしそんな事はありえないんです」
「はあ?」
何言ってんだ。助けを求めるのがありえない? それじゃあ黙って滅ぼされちまうだけじゃねえのか。
「まさか魔王ってのはドワーフが天界なんかに攻撃されても知らん顔するってのか? そんな訳は——」
「
「……んん?」
「まずこれは大前提なのですが、私たち天界が魔王の手勢——
気になる事は色々あるが、とりあえず今はいい。
続けてくれ、と目線で促す。
「その天界が、ここドウェルガだけは何の縛りも憂慮もなく攻撃の対象として定めている」
「…………」
「ヨハネス歴550年、後に”ドウェルガの恭従”と呼ばれる出来事です。ローレンスさんの言う当代頭領の独断に対して当時の魔王アリスフィーズは賢明ながらも冷徹な結論を下しました。我々天界との過度な軋轢を避けるべくこのような密約を条件にその人間の一族との併合を許したのです」
曰く『魔王軍は今後、ドワーフ族との間にある支配庇護の関係を一切断つ』……と。
「…………。」
酷な仕打ちだ、と感じた。
その技術力で魔族全体にとっても大きく貢献しただろうドワーフへの仕打ちとしては些かに薄情に思えた。ただ……その結果として『魔王軍によるイリアス教圏への侵蝕の足掛かり』と見なされ、大戦の勃発地点として設立後まもなく消滅していても不思議ではなかったドウェルガが
確かに時間の問題ではあるが、その時間の余地すらも残らない事態になる事まで有り得ていたのだと考えると……
「……なるほどな」
納得はしてないが、理解はした。
しかし、この世界にもそういう裏の遣り取りみたいなものがあったりするんだな。魔物みたいなはっちゃけた生態の生物が幅を利かせている時点であまり複雑な事を考える必要も無いだろうという変なバイアスが掛かっていたのかもしれんが、どうにも鬱々とした気分になってしまう。
「……はぁ」
「私が知れる範囲ではこれくらいですかね。一つ、事件の犯人が天使であるとは限らない。二つ、この町は魔王軍に救われる事なく滅ぼされる。これらの事実を彼女が把握した上で伏せているのはほぼ確実だと思われますが、これによって我々を欺こうとしているのか、またどう動かそうとしているのかという点については不明です。頭に入れておいた方が良いかと……」
「やだ……」
「や、やだ?」
もっとこう……なんだろう、そういうのを求めてるんじゃないんだよな。神とか魔王とかの確執に巻き込まれてる場合じゃなくて、もっとやりたい事をやってっていうか、なんか……楽しく旅をしたい……
「……わかりますけど! まあ凄いわかるんですけど、そうも言っていられないでしょう! こういう問題でヘタを掴まされて一番困るのは多分私なんですから……ッ!!」
「どうしよう俺、お前がそういう事言わなきゃいけなくなるぐらい追い詰められてるのが凄い可哀相になってきた」
頭を抱えてうずくまるプロメスティンの背中を屈んで撫でつつ、そんな感想を思わず漏らしてしまう。
いや……存在そのものが神に対する冒涜みたいな奴に同情するのが倫理的に正しい事なのかどうかは知らんが、あのプロメスティンが興味の一切抱けないであろう物事に対してこうも真剣にならざるを得ない境遇に陥っているという事には、こいつがどういう質なのかを知っている上で哀れみの一つも覚えないっていうのは嘘だろう。
「ああああ……この様子だとローレンスさんは長居もさせてくれないんでしょうし、思っ……たよりも、はい。ここで学べる事が少なくなりそうです……」
「向こうもああいう頼み事をしてきた以上、戦いが始まる前には俺らに出てってもらわないと困るだろうからなぁ……」
どうも俺らにとっては美味しくない話になってきた。プロメスティン曰くほぼ滅亡確定みたいな事になってるこの町から知り合いを一人連れ出す機会を得た代わりに、ここドウェルガへの滞在時間が大きく制限される結果になるわけだ。
……だけど、そんなになるまで人の頼みを安請け合いし続けてきたのが誰かっつうと。
「俺なんだよなぁ……」
「……何がです?」
「いや……まあ色々あるかもしれねーが、とりあえず帰るとするか。あまり外に居過ぎて怪しまれたりしても面白くねえし」
「それに関しては同感ですけど」
聞かれちゃまずいような話は粗方終わった。そうして町の中央に立つ時計台へと踵を返しながら——ふと、今朝の事を思い出した。
『任せろ』
あの時、マクニアに言って見せたあの一言。
良くか悪くかイリアスの教えに生かされている人類の中でも軽くはない立場にいる俺にとって、この事件の真相が天界との根深い問題にあるのなら、悪いが断じてこれ以上関わるわけにはいかない。
俺はヒーローなんかじゃない。あくまで自分達の目的のために旅をしているだけであって、だからこの町が滅び去るしかないのだとすれば、それを黙って見過ごす以外の選択というのはありえない。
だけど。
「……なあ、この町で起きてる殺人は……『天使』の仕業じゃないかもしれないんだよな?」
「その可能性は高いですね。でもどうしてそんな事を?」
「その事実を確かめて、本当だったら解決するぐらいの事はしてやりたい。俺もお前も天界が相手ならまずいが、もし関係のない原因でこの町が危機に陥ってるなら……せめて、それぐらいの事はしたい」
「……………はぁ」
ああ、本当に悪いと思ってるよ。お前はそういう事に全く関心が無いだろうってのは分かるんだよ。そんなお前からすればこれが俺の悪い癖だってのも。
でも許して欲しいんだ。今回も……俺の
「まあいいですよ、今回ばかりは仕方ありません」
「……いいのか? 自分で言っといてあれかもだけどさ、ほら、相当ゴネられる覚悟してたから」
「私を何だと思ってるんですか……まあ本来なら確かにそうなんですけど、それとは別の問題もあります」
「?」
「そもそも貴方、どういう言い分でマクニアさんをこの町から連れ出すつもりだったんですか?」
確かにそうだ。傍目には何も解決してないのに突然「一緒に来てくれ」とは言えんしな。俺にとってバツが悪いって理由よりある意味重要なそれに思わず唸っていると、何やらまた悪そうな顔をしたプロメスティンが暗い笑顔でこう言い始めた。
「ふふ……その辺りは円滑に事を進めて貰いませんと。長い滞在が見込めない今、もはや彼女から吸い出せるだけのものを吸い出せるようにする為に手間は惜しめませんからね……」
「ああ、そう……」
ドウェルガの技術者の一人であるマクニア、尋常には得難いその知見を目敏く狙っているという事らしい。そこは抜け目ないというか何というか……
こいつはこいつで強かに物を考えてるんだなぁとぼんやり考えつつ、俺たちは差し当たっての拠点となる時計台への帰路に就くのだった、
ドウェルガ時計台。
この町の創設になんらかの関わりがあるとされているあの建物は、ここの首長でもある姉さんの住居を兼ねている。
……あの二人は、姉さんの眼鏡に敵った。私と違って。
それをどうこう思うわけじゃないけど、少しの不安が胸に滑り込んできたのは確か。——彼らも、エリックと同じところに行ってしまうんじゃないかって。
姉さんに本当の事を聞いたら誰も私のところに戻ってこなくなるんじゃないかって、そんな馬鹿な不安をどうしても消すことが出来ないんだ。
未練ったらしく、私は、だからこんな夜更けに……こんな所に来ているのかもしれない。
何もできるわけがないのに。
「姉さん、あんたは……」
あの目で見下ろされているかと思うとここに真っ直ぐ立っている事もできないかもしれない。だからこうして建物の陰に隠れるようにして見ているしかない。そんな自分が少し情けなくて……空寒い夜風が、ぶるりと背筋を震わせた。
「……帰ろう」
何やってんだろうね、私は。こんな所まで歩いてくるぐらいなら、あの二人が少しでも上手くいくよう祈ってる方がマシだった。
どうせそれぐらいの事しかできないのなら、その方がいい。
「——ゃあ、……むよ。——の、三人を」
(……?)
家に帰ろうとしたその時、時計台の下から何やら話し声が聞こえてきた。
その内の一人の何かを言い付けるような声、あれは間違えようもない——
(姉さん……? こんな時間に、仕事?)
もう一人の方は少しだけ見覚えがある。この辺りじゃ有名な輸送組合の役員で、確か私も仕事で世話になった事がある。
(人を運ぶ依頼? 三人って言ったっけ)
まあ、何にしても私には関係なさそうだ。いくら微妙な仲になってしまってるとはいえこれ以上意味もなく盗み聞きするのだって悪い。大人しく帰ろう──
「ああ、明朝ゴルド火山まで。この三人を、確かに」
「し、しかしローレンスさん。
「あれなら上手くやるよ。今はとにかく——急ぐんだ。手遅れにならんうちに、できるだけ早く事を済ませたい」
「わ……分かりました。ではそのように」
このタイミングでゴルド火山への依頼、それは否応無しにあの二人を想起させた。
『どうにかして”ゴルド火山”に入りたい。このまま西に真っ直ぐ歩いてそのまま行けるなら問題ないが、もしもこの町で何かしらの手引きが必要になってくるんだったら協力してほしい』
それはいい。点と点が線で繋がりはしたが、それはあくまであの二人の事情。何らかの取引がなされたとかで、有耶無耶になった私との約束を補完する事にしたんだろう。私の知りたい事とは関係のない事で、そう……それはいい。
だけど何より。
(駄目だっ……あの二人は多分
知らせなくては。
そう思い至った瞬間。私は一体、これがどういう運命の悪戯なのかと思った。
「——ほら、相当……してたから」
「私を、……だと思ってるん——」
あの二人が、何かを話しながらこちらへと向かってくるのを視界の端で捉えられたのだから。
(あ、)
知らせなくては。
今、よりにもよって
「懲りないな、お前も」
どすっ、と。
その衝撃に気が付いたのは、自分が地面に倒れ込もうとしているのだと認識した後のことだった。
「寝起きに聞かせる話じゃねえだろうに……っ゛ああ、ゴルド火山だぁ? 今度はなんて仕事だよ」
「エ、リッ……」
脇腹に叩き付けられた剣の鞘。その衝撃に眩む意識は、急速に闇に落ちていった。
「いいか、これは再三言ってきたがな。——余計な手出しを、するんじゃねえよ」