あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第26話

 明くる日の朝。俺たちは先日までの爆睡の様子を露ほども感じさせないエリックに連れられ、町の中央付近のある通りまで来ていた。

 そしてここドウェルガにしては珍しい草地の気配。ひょっとするととは思ったが、ローレンスの言っていた『足を手配する』とはどうやら馬のことを言うらしかった。

 

「こんな町でもこいつらはまだまだ現役だ。安心しろ、オレが御者をやる」

 

 正直助かる。そもそもヨロギでも利用されてる馬をどうして俺ら二人が使ってこなかったのかっていうとそれは簡単で、揃いも揃って絶望的に馬の扱いが下手糞だったからだ。

 プロメスティンはまあ分かる。なにせ目の奥をじっと見つめるだけで怯えられて暴れられるような奴だ。馬心ってやつが全く理解できてないのも分かる。ただ俺は……俺もそんなプロメスティンに鼻で笑われるぐらい……ああ……

 

「……何だ? 何か馬に嫌な思い出でもあるのか?」

 

「心当たりが無いのが逆に辛いんだよ……」

 

「……?」

 

 怪訝そうに俺の顔色を覗くエリックはといえば、俺たちが最初に会った時と同じく大刀を背負い、フードの付いた紫金のケープを羽織っているという装いだった。

 ここら一帯で一番の武力を持つ司祭長という肩書きを持つ男はあらゆる公務においてその衣装を強制されるようだ。長髪のエリックにとっては至って暑苦しそうに見えるが、ローレンスの命令で動いてる以上は仕方のない事らしい。

 

 ただ、そうして愚痴を吐く割にはその慣習に嫌気が差しているという感じはしない。

 

 彼は彼なりに……四大精霊の司祭という立場へと、何か『誇り』のようなものを持って臨んでいるのだろうか。そんな風に感じた。

 

「やあ三人とも、準備はいいかい?」

 

 と、ここ数日でもう聞き慣れ始めてしまった声がした。ローレンスだ。眼鏡を掛けた銀髪のドワーフは、悪びれもなくそんな事を言っていた。

 

「見送りに来たんよ。ウチも旅の無事を祈るぐらいの事はしたくてね」

 

「それにしたって昨日の今日で話が早過ぎやしないか。その日のうちにこんな馬車を用意するか普通」

 

「バカ言いなさんな、いつ戦いが起きるとも知れないのにのんびりなんてしてらんないよ。こうしてる今だって天使がこの町の宝に手をかけていないとも限らないんだ」

 

「…………」

 

 ローレンスは結果を急いでいる。それは昨日の夜にプロメスティンと話し合った内容とやはり一致しているようだ。

 天使が敵だと強調するような態度も。俺らがそれを半ば嘘だと確信しているのは向こうだって知らないだろうが、それが一体どういう理由なのかまではこっちもまだ分かっていない。

 

「ま、この貸しはちゃあんと返してもらうからねえ。だからマクニアの事……頼んだよ」

 

「……ああ、ありがとう」

 

 とはいえ今は俺たちの目的に付き合って貰っているというのも事実。

 何が本当で何が嘘かを見極めるのは今じゃなくてもいいというのが俺ら二人の総意だ。だから何事も無ければ借りは返す。そこをブレさせる訳にはいかないからな。

 

「いいさ。それより目的地までの道についてだけど、ここはちょっとばかし説明をしておいた方が良さそうだね」

 

「道について?」

 

「ああ。マクニアと話をしたなら知ってるかもしれんけど、この町には少し前まで『機関車』というけったいな乗り物が動いてたんさ。線路という敷かれた道の上を走る乗り物だよ」

 

 その単語を聞く度に少し胸がどきりとする。聞き慣れているのに耳慣れている筈のない単語、そのギャップに心が動くのだろうか。ともかく、機関車が何だって?

 

「あいつの師匠が死んでからは動かすものも居なくなった。けど一時は確かにこの町を支える技術だったのさ。ウチらが鉱山にまで出向く時なんかは特に多くの人や積荷を乗せて動いた。ま、その兼ね合いでだね……未だに残っている線路のうち一本がゴルド火山までの道しるべになりうる、という話がしたかったんよ」

 

 ウチらが拓いた道沿いにある線路、あれを辿っていけば少なくとも道に迷う事はない。と、つまりそういう事らしい。

 

「エリックがいるならそんな豆知識が必要になる事もないだろうけども、一応は知っといた方がよかろうと思ってね。ま、観光気分で頭に入れといておくれよ」

 

「……なるほどな、分かった。覚えておくよ」

 

 

 

「結構。それじゃあ——良い旅を」

 

 

 


 

 

 

「乗り心地はまあまあですね」

 

「うちの村のより快適だ……」

 

 ちょっとした敗北感を覚えるぐらいだった。華美な装飾は無いにしろ立派な造りで、日除けの(ほろ)の中から手綱を握るエリックの後ろ姿が目に入る。

 後ろには幾らかの積荷と俺ら二人しか乗っていないのに馬の頭数は二頭もいるぞ、中々に贅沢な事だ。

 

「やはり持つべきものは権力と権力を持った協力者だな」

 

「それ私に嫌味言ってます?」

 

 下級天使のしがらみなんてものは東の大賢者様に理解できるようなこっちゃない。何、俺だって最初はドベから始めたんだ。お前だって長い人生これからさ。

 

「あんな百年も二百年も動きのない縦社会じゃそう上手くいかないんですよ……まあ、そんな世知辛い話は後にしましょう。そうですね……目的地に着くまで時間がありますので、これからゴルド火山にて行う事の復習でもしておきましょうか」

 

 露骨に話題を変えてきた感はあるが、そういう話なら望むところだ。肝心な場面でぐだついても仕方がないからな。

 

「ええっと、確かこういう話だったか。人間が魔法を行使する際に問題となる二点のうち『人間の体が抱える魔力適性の脆弱性』って奴、それは既に俺らはこいつで解決した」

 

 精霊の森での記憶は未だに新しい。傍らに置く身の丈に近いほどの長さの杖を手の甲でコツコツと叩きながら、俺はすっかり口慣れてしまった魔法的用語のひしめく話を続けた。

 

「今からゴルド火山でどうにかしようってのは『人間が魔法の行使において唯一汎用的に転用可能な大気中におけるマナ濃度の抜本的な低さによる弊害』……長ったらしいが要するに、辺り一面にある空気の中から魔力をかき集める能力が足りてないって事だな」

 

「そうですね、ここが内発的に魔力を生み出せる天使や魔物と人間が大きく違う点です。現状はどうにか天使である私との交接を通じた魔力変換でこの問題を誤魔化していますが、いち魔法使い、あるいは魔法研究者として余りに不完全な形だと言わざるを得ません」

 

 つまり、と俺の鞄をガサガサ漁りながら、プロメスティンはここ数日で何度も見慣れた簡単な図解を取り出しながらこう言った。

 

「そこで貴方は魔力を充分に扱えるようになるべく、大気から魔力を吸収するという技法を感覚で理解しなくてはなりません。論理的には可能な筈です。しかしまあ……私の知る限り前例が存在しないので確かな事は言えませんけど、そんな仙人修行みたいな事を普通にやってたら多分、成功する頃には貴方はお爺ちゃんになってしまっていると思われます」

 

「…………。」

 

 老後の心配とは恐らく無縁な身の上ではあるが、言うまでもなくそれは少し困る。

 

「ですので! 訓練をするにしろ何にしろ、まず初めに環境が必要だという事です。取っ掛かりを掴んでもらう為にも周囲の魔力濃度が格別に濃い場所に身を置かなければなりません。そこで天界は論外、精霊の森なども悪くはないが今ひとつ足りない、地上でどこか適した場所が無いかなどなど色々と考えました結果——この『ゴルド火山』が最適との結論が出たわけですね」

 

 星の中心から溶岩と共に魔力が噴き出る、世界最大の火山地帯。今まで理詰めで物事を理解してきただけにこういう素直な修行パートみたいな事をやるとはあんまり思ってなかったのだが、これもまた一つの経験か。

 

「先程も言った通り、これは前例のない実験です。早ければ数日で物にできるかもしれませんが、数ヶ月とかかる可能性もあります。けっこう貴方次第なところがあるんですが……」

 

「ん〜〜っ……ま、何とかする」

 

 今はそうとしか言えない。ただまあ、これぐらいの無茶は今までだって何度も乗り越えてきたはずだ。今回だってきっとどうにかする。

 

「っし、やってやるかぁ」

 

 決意を新たに気を引き締める。そんな俺をプロメスティンは微笑みながら見つめていた。

 ……こいつがいるから俺はいつまでだって頑張れる。思えば今まで色々なことがあった——そんな目まぐるしい日々を送ることができたのも、いつだって彼女が側にいて支えてくれたからだ。

 

(……本当に、こいつは)

 

 っと、浸っている場合じゃなかったな。今は。

 不思議そうな顔をして首を傾げているプロメスティンから目を逸らしつつ、俺は自分がやるべき事に意識を向ける。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

「伏せろォ────ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 体が動いたのは、ほとんど反射に近かったかもしれない。

 

 いやそれ以上に——真に迫った強者の持つ声自体がそうさせたのだろう。咄嗟にプロメスティンを体ごと押し倒した俺の背後、()()()()()()()()。耳の中を殴り付けるような、そんな物凄い音が鳴りはためいてきた。

 

「な、んぁ……!!」

 

 見上げる。

 無かった。

 

 見上げる物が何も無かったのだ。さっきまでは確かにあった(ほろ)が破り捨てられたかのように消え去っていて、陽もまだ中天に差し掛からない頃合いの青空ばかりが広がっていた。

 

 いや。青空だけというのは間違いだ。

 

 上空を見渡せば明らかな異物がそこにあった。今しがた布切れのように噛み付いてちぎり取ったのだろう馬車の幌を吐き捨てていったそのシルエットは、空中を旋回しながらこちらの様子を伺っているようだった————

 

 

 


 

 ウィルム娘が現れた!

 


 

 

 

 力強く広がる翼に、例え地を踏み締めたとしても不足は無いであろう鱗に覆われた両脚。胴体と頭は通常のそれより一回り大きく見えるものの人間の女性と変わりないように見える。

 悠々と空を飛び回るその姿は、正しく飛竜の上位種と呼ぶに相応しい存在感を放っていた。

 

「……ウィルム!? あんな魔物がこの街道沿いに出てくるなんて!」

 

 強風に対して髪を押さえつけながら倒れているプロメスティンの台詞が言い終わるが早いか、その翼で空を切るウィルム娘の声が聞こえてきた。

 

「男が二匹、女は一匹。……お前らァ! 今度の獲物は上々だ! 気合い入れていけよォ!!」

 

 ビリビリと迸るような叫び声——それは先程のエリックにも見た、明らかな強者特有の力強さだった。

 

「……何だ、何を言ってやがる!?」

 

「後ろだよく見ろ!」

 

 その覇気に動揺するのも束の間、エリックの怒号に言われるがまま馬車の背後を見る。

 

 ぞっ、とした。

 

 2、3……5、いや10、20!

 ()()()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

「ここからが正念場だぞ、死にたくなければ気合いを入れろよ!」

 

「な、何だよこれは! 普通じゃないぞ、説明しろ!」

 

「……ああ分かったよ、肩書きの割に物分かりが悪ぃようだから一個だけ断言してやる」

 

 そうしてフードを目深く被り直した暁色の司祭は、緊迫した様子で背中の大刀を抜き払ったのだ。

 

「——-追いつかれたら終わりだ!!」

 

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