「ちょっ……ま、待ってください! マクニアさん!」
「離せ! あいつに……あの馬鹿に会わせろぉ!!」
ドウェルガ時計台。
朝早くから響く怒声に近隣の住民もざわつき始める中、その大元である赤髪のドワーフは激情を顕に建物の奥へと押し入ろうとしていた。
「あ、あの人はお忙しいんです! いくらあなたでも!」
「いや、通していい」
「……っ!!」
コツコツと、奥の階段から靴音が鳴る。黒ドレスを身に纏いこちらを熱のない視線で見下ろしてくるローレンスに、マクニアは腹の底から煮えたぎるような激情を吐き出した。
「どうして今!
「ああ知ってるよ——
地域一帯にその名が知れる、ゴルド火山にまつわる『厄年』だ。
世界最大の火山のあるこの地方、良くも悪くもその生態系は山の状況に大きく左右される。
しかしてそのような微妙の違和に容易く栄衰が左右される環境の中でさえ、強大であるとの評が覆りえない種族というものは幾つか存在する。その一つが竜族である。
“かがり火年”とは単純な話、ただえさえ強力な竜族が
「だったら何で……っ!」
「確かに死ぬかもしれないが」
意識の隙間にさし込むように。
相手の靴音が己に近付いてきているのに、マクニアは遅れて気がついた。
「不服かい」
二人の間が縮んでいく、狭まってゆく。
それなのに、立ち止まろうという気配が決して見えてこなかった。やがて肌と肌がぶつかり合うような——異様な距離感まで接近する。そうすると、ローレンスは妹の顎をくいと指で掬い上げるように持ち上げて。
「なら出てってもらうか、この町を」
「え……?」
言っている事が分からなかった。
何の気も無さそうに、まるでたった今思いついた事でもあるかのように。
「分かる? 聞こえた? ここにお前の居場所は
「…………」
「ああそうだ、お前はあの二人と懇意にしてたようだね。行く当てがないなら養ってくださいとでも頼んだらどうだい。もっとも……あれが生きて帰ってこれたらの話だが」
どこまでも突き放すような態度だった。何事も無かったかのように背を向け、ローレンスは来た道をそのまま戻っていく。
「以上。何を突っ立ってる? 用が無いなら出てって欲しいのだけど」
◼️◼️◼️
「きひっ! ひきずり下ろしてやらぁ!」
短剣を持った一匹の小柄な竜人が群れに先んじて飛び掛かってきた瞬間、俺は咄嗟に呪文を紡いだ。
「水よ、その流れを止めて敵を阻め——アクア•フェンス!」
「んなぁっ!?」
杖を斜めに振り上げる動作へと追従するように、平行に並んだ四本の筋が出現する。
水によって形作られた鋭い柵は素早く突っ込んできた敵の体を逆に切りつけ、盛大に倒れ込んだ竜人の体から少量の赤い飛沫が飛び散った。
「それが魔法か。ローレンスに聞いた通りだな、人間が魔法を使えるようにしようとしてるってのも与太話って訳じゃ無さそうだ」
「……言ってる場合か。どうする、今のじゃ遠くにいるデカいのは止められねぇぞ!!」
「足の速い小型を振り払えるなら上々だ。それなら当分追い付かれる心配はねえ。しかし、そうだな……」
ギュガッ!!! と。
まるで大砲のような速度で上空から突っ込んできたウィルム娘に対し、エリックは目にも止まらぬ疾さで大刀を振り抜いた。
両者が衝突した時点でこの馬車はバラバラに砕け散ってしまうだろう。よってその刃は、竜の牙とは決して触れ合わないような距離から既に振るわれていた。
「ガッ……!?」
「うお、っ!」
吹き荒れる、爆炎の熱風。
いかに火に強いとされる竜族でさえも躱さざるを得ない暴圧が、全てを焼き尽くす盾となって攻撃を防いだのだ。
慌てて離脱し体勢を立て直すウィルム娘を遠くに見ながら、四大精霊の司祭長。サラマンダーとの契約者は堅調として言う。
「——あいつは別格だ。デカい
「食い止める……? 倒せずに振り切れるような奴には見えねえ!」
「よく聞け、いずれにせよ馬車の上で戦うのは無理だ。最低でもデカいのを離してから地上で俺があいつを
……なるほどな、足場があっての一対一なら勝つ見込みがあるってか。
確かにそりゃ納得だよ。だがなエリック、お前は一個だけ致命的な思い違いをしてるのに気が付いていねーようだな。
「あの、それじゃ目的地まで誰が馬を動かすんです?」
「……は?」
何を言ってるのか分からないというような顔でプロメスティンに視線が移る。
「そんなの、お前らのどっちかが代わりにやればいいだろうが。飛んでるやつを抑えられるのはオレだけだ」
「いや……やり方がわからん」
「やり方ならさっき見て覚えましたけど、私がやると馬が大暴れしちゃうと思いますよ。御者ってそれでも何とかなりますかね?」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」
「おい、固まるなよ」
「………………テメーらで何とかしろ」
「よしお前がやれ」
「あ、はい。わかりました」
駄目そうだった。
一瞬で馬鹿みたいに揺れだした馬車の中でどうにか手綱を奪い取った後、俺はそこらにあった包帯でプロメスティンの視界をぐるぐるに覆う。
気が動転してると思われるかもしれないが必要な措置だ、これぐらいの事をやらないと俺は御者に殺されるなんて間抜けな最期を迎えることになる。
「な、何を……」
「無心になれ!! 逆に馬を見るな!! ……大丈夫、お前ならやれる。どれぐらいの力で鞭を振ったら皮膚が擦り切れるのかなぁとか手綱を引いて馬が窒息しないギリギリの力はどれぐらいかなぁとか考えたりしなければいけるから!!」
「えっ、どうして私の考えていた事が……」
「黙って前に走らせてろボケ!!」
「あ痛っ!」
「
◼️◼️◼️
階段に足が掛かり、とうとう視界から外れようとするその時に。
「────信じてる」
言葉に、動きが止まった。
「あたしを守るためにこの件から引き離そうとしてるのは、分かるよ。それを今更になって気付けないぐらい馬鹿じゃない。だから、ありがとう」
「…………」
その表情は決して見えない。だが確信をもって断言する。
「……でもね、姉さん。あんたのやり方に納得はできない。これがあたしの為にしている事だって分かってても……ごめんなさい」
「助けにいくよ、あいつらを」
「良かったんですか? 行かせちゃって」
「いいさ、根回しはしてある。あいつはこの町で馬の一頭も借りれやしない……追うことはできんよ」
助けに行くと。そう言いながら走り去っていった妹分を窓から眺めながら、ローレンスは部下に対してというよりは、まるで独りごちるような返事をした。
「信じてる、か」
あるいは、自分の選択が彼女に対する裏切りなのかどうか。
それすらも——もう、分かりはしないのだから。
◼️◼️◼️
火山への道中、最初の接敵から数時間は経過した。
人型の特徴を強く残した素早い竜族の散発的な襲撃は続き、その度に俺が迎撃するという状況で膠着している。
隣のエリックにも手を貸して欲しくはあったが、奴はあれから上空のウィルム娘と睨み合ったままピクリとも動いていない。こうして強く牽制していなければ即座に馬を殺されるなりしているという事ぐらいは分かっているが、俺のほうもそろそろ怪しくなってきた。
(この感じ、魔力が……)
既に半分近く、二日前の……“行為”で補給した力を吐かされた。この短時間でそこまでの不足を感じる事が今までに無かったせいか、急速な消耗で少し頭がふらついてきた。まだ続けられるとはいえそろそろ余裕が無くなってきたか。
それだけじゃない。魔力は最悪尽きるまで戦えるが、強く気を張り詰めてきたおかげで体力の消耗が特に激しい。距離を詰めてきた敵を見逃す程じゃないにしろ注意力も散漫になってきたかもしれない。
ま、悪い話ばかりって訳じゃなさそうだが……。
「おいエリック、あの奥の数匹……デカいのはかなり離したぞ。今ならここから降りて上の野郎を倒した後にでも撒けそうだが、どうする」
馬の負担も相当だ、タイミングとしてもやるなら今だと思うが。
目隠しは流石に取った……とはいえ前を見たまま別のことを必死に考えながら手綱を握ってるせいで相当気を滅入らせている様子のプロメスティンを覗き見ながら言う。側に敷かれた線路から大きく外れないように走ればいいだけなのは御者の役からしても気を回す事が無くて幾らか楽なんだろうが、それでもアイツはアイツであまり長くは持たないだろう。
「イヤ……あと10分は様子を見る」
「何だって?」
「気付いてるとは思うが、奴はこの数時間でたったの一回しかオレに向かって来なかった。最初の一回だけだ……何か考えているな、動きが慎重だ」
曰く、この地対空の攻防では飛行しながら炎を避けなければならないウィルム娘の方が圧倒的に体力を削られるらしい。エリックはそれも見越して持久戦に持ち込んだらしいのだが……実際はこうだ。無駄な攻撃は徹底して避けながら機会を窺っている。
そうして力を温存しているウィルム娘と今戦い、かつ時間稼ぎに入られれば今度は後続に容易く追いつかれる可能性が高い、と。
「或いは……”待ち”を選んだのはオレたちじゃなく、案外向こうの方なのかもな」
「ならどうする、こっちも体力に余裕がある訳じゃあ——」
「グオァァ────ッ!!」
ビリビリビリッッ!! と。
ウィルム娘の空を裂かんばかりの叫びが響き渡るのと、それはほとんど同時だった。
少しの間距離を取って静観していた竜族の群れが唐突に、まるで堰を切ったかのように加速を始めたのだ。
「な、くそ……っ!」
そして俺が後方へと警戒を強めたその瞬間——そう、まるで見計らったかのようなタイミングで。
「グるあッ!!」
猛禽のような鋭さと破壊力を備えた、飛竜の咆哮を伴う滑空突撃が馬車を襲う。
「……ッ、サラマンダー!!」
これをエリックの炎が迎え撃つが——その時、俺の目にはウィルム娘の表情に微かな”笑み”が垣間見えたような気がした。
「わかってたぜェそう来るのはッ! だがよぉ……そんな炎をいちいち目眩しに使うなんざ、オマエは平気でもお仲間の方は気が気じゃねーんじゃあねえのか!?」
「なっ……」
言われて初めて気が付いた。
前提として、俺はエリックの振るうこの力を今ひとつ信頼しきれていなかったのかもしれない。圧倒的な熱量を伴う攻撃への無意識な恐れが俺の注目を”上の戦況”へと引き付けていたからだ。
そのための襲撃、故に反撃は想定内だったのだろう。余裕を持って爆炎を躱しながら、この空の支配者は高らかに
「オマエらを纏めて一気に狩るのは止めだ! 油断できねぇ! つーわけで……
ドゴっ!! と。
横合いからの重たい衝撃に、俺の体がふわりと空中に浮いた。
「なっ……馬鹿野郎!」
エリックの焦燥した声がどこか他人事のように耳に残った。俺が上を見ている間に回り込んでいた一匹の竜族が隙を狙って跳躍し、体ごと掻っ攫うような体当たりで馬車の上から弾き飛ばしたのだ。
「が、ぐッ……!!」
こっちは全身が筋肉と鱗に覆われてるような種族と違ってひ弱な人間でしかない。揉みくちゃになるように馬車の上から転がり落ちれば決して軽くない衝撃が全身に響くのは必然だ。
「いひっ。男男ぉ……アタシの獲物だァ……!!」
逆に敵の方が取った受け身でダメージが抑えられているような状況で。
いつの間にか切ってしまった額から流れ出た血で、片目の視界がぼやけていくのを感じていた。
この辺りのローレンスの内心描写もそうですけど、現地組二人の言動が今のところ本当によくわかんないと思いますので全部終わった後にもう一回通して読んでみるのもまた違った味がしていいかもしれませんね。
あと主人公くんが地味にクソやばい事になってないか?いや終わったろこれ…(実際この世界だとほぼ終わりです)