あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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前章
第一節 三話


「しっかし……旅の道連れってのは思いがけずにできるモンだよなぁ」

 

 誰に向けてでもない言葉をぽつりと零す。いかんな、ずっと一人でいたからか思わず何でも口に出す癖がついてるのかもしれない。

 これからは独り言なんてする暇はそうないだろうに。そら、今じゃ返事が返ってくるんだからな。

 

「外に出て一歩目でしたもんね。たまたま降臨したのがその時だっただけで、そこまで意図して貴方を見張っていたという訳でも無いのですが……」

 

 やたらと壮大な演出と共に地上に舞い降りた天使様は妙な所を気にしているらしい。やや気まずそうに目を伏せている懐かしの顔を眺めながら、俺はようやく長い旅路を歩み始めていた。

 

 結局あの後、俺はプロメスティンの話を聞くべく一旦は旅立ったつもりの家に逆戻りするハメになった。「ここに戻ってくるのも一体いつになるだろうか……(しんみり)」みたいな語りを脳内で入れておきながら一分と経たずにトンボ帰りしてしまった訳だが、こんな事になるんだったら仕方ないってもんだろ!

 この世界じゃ未だに目を引きすぎる服装を隠すために俺がくれてやったフード付きの外套をいじり回している赤毛の少女に向かって、俺はひとまずの疑問を口にした。

 

「でも本当にいいのか? 天使とやらにもお役目とかがあるんじゃねーの? 俺に魔法を教えてくれるどころか旅にまで付き合ってくれるだなんてさ。……ヒマなの? 天使って」

 

「失敬な……これも私の努力の賜物ですよ。天界での品行方正な態度が認められて、特別に地上監視の任を数日に一度の報告で済ませられるように許可を貰ったんです。ですから時々は向こうに戻らなければならないんですが、それでもここまで漕ぎつけるのに数年かかったんですよ。全く」

 

「地上監視って……それ現在進行形でサボってないか?」

 

「愚鈍な連中を満足させる報告書の書き方なんてとっくに心得ていますよ。……それに私、表向きは”優等生”ですから」

 

 いたずらっぽく笑う少女は旅のお供として大変眼福で結構な事だが、予想外の腹黒さに流石の俺も危機感を感じずにはいられない。それ、もしバレたら相当まずくないか?

 

「まずいどころか、私たち天使が地上の者に何かを教えようとしたりしてる時点で終身刑ものですけどね」

 

「は?」

 

 え、何その管理社会。ヒトに何か教えたりとか、てっきりそういうのこそが天使の仕事なのかと思ってたんだけど。

 つーかお前、俺と初めて会った時に人間に火を教えようとしてたとか何とか言ってなかったか? まずい、こいつ割と思想が反社会的だ……!!

 

「大丈夫ですよ。地上遍く人々に知識を伝え広めるというならまだしも、貴方個人に魔法を教えるぐらいでしたらバレっこありませんから。……でも、そういう意味では貴方は私の命の恩人という事になるかもしれませんね」

 

 ……随分肩入れするんだな、俺に。

 

 いや、命の恩人うんぬんは置いといてもね? 俺は天使サマに特別目をかけて貰えるような人間じゃないと思うんだ。大して取り柄がある訳でもなかろうに、なーんでこんな奴に親切にしてくれるんだろうね。

 

 まあ……そんな事口に出したりはしないけど。

 何を重視するかは人それぞれで、俺が口出しするような事じゃない。危うい所もあるしイマイチ信用できるかは怪しいが、プロメスティンは既に俺にとっては信頼するに足る奴だと思っている。それで十分だ。

 

「にしても、天使やイリアス様なんて本当にいたんだな。地上を監視する天使ね……」

 

 そうなると旧約聖書でいうグリゴリの堕天使みたいなもんか。何となくイメージしつつ、数時間前に家で話し合った事を思い出す。

 

「まあ、お前がいてくれてホント助かるよ。正直言って行く当てもない旅だったからな」

 

「……ふふん、頑張ったんですよ? 貴方のためになる目的地を入念に調べておいたんですから」

 

 そう、俺は家を出る前に簡単なブリーフィングを受けていたのだ。何しろこの世界の形すら知らなかった俺にとってこんなに有難い話は無い。

 プロメスティンによるとこの星には三つの大陸があって、今いるのは中心の一番大きい大陸なんだとか。俺の住んでいた集落『ヨロギ村』は大陸の中央東寄りに位置していて、東の海まで続く広大な森林と西の海まで続く山脈にちょうど隣接した場所にあるということらしい。

 

 まだまだ白紙が大半を占める本に言われるがまま書き写した簡単な地図、そして村で最近開発した方位磁石と睨めっこしながら、

 

「それで今向かっているのが『精霊の森』、そこで用を済ませたら一旦ヨロギ村に引き返し、最終的にはこの『ゴルド火山』が目的地になる……と」

 

「ええ、そうです。なぜその場所が貴方に必要なのかは道すがら説明しましょう。何しろ魔法の基礎理論を習得しなければ仕方のない話ですから」

 

 だから俺たちは南西に向かってる訳だな。いやはや、プロメスティンが出したこの答えに辿り着くまで、俺一人の力では一体どれだけ時間がかかったんだろうか。

 

 いや、ここまで来れた保証なんてどこにも無い。場合によっては前世でいう怪しげなカルト研究会みたく、全然関係ない方向だと気付かないまま突っ走っていた可能性の方が高いと考えると空恐ろしい話ですらある。

 

「……何回だって言うけどさ」

 

「?」

 

 小首を傾げるプロメスティンに向かって、俺は眼鏡越しにその目を真っ直ぐに見て言った。

 

 

「俺の夢を助けてくれて、ありがとう」

 

 

 本当なら道半ばで終わるはずだった。

 それでも構わない、満足だと思っていた。

 

 でもそれは、結局は仕方のない事なんだと自分を納得させようとしていただけに過ぎなかったのかもしれないな。確かに今まではそうだった。

 だけどプロメスティン、お前は俺の前に現れてこう約束してくれた。私が導くと、貴方の努力は報われると。

 

「その言葉にどれだけ救われたか分からねえ……だから俺も約束する。一人ぼっちでこの世界に放り出されちまった俺なんかを救ってくれた、他でもないお前の為にだ」

 

 何となく分かっていた。この天使が危険を冒してまで俺を手助けしてくれるのは、生まれて初めて出会った”共感のできる夢”の行く末をどうしても見届けたかったからなんだろう。

 だから俺がこいつにしてやれる一番の恩返しってのは、俺が途中で道を投げ出したりなんかしないとはっきり伝えて、こうして安心させてやることだ。

 

「俺はこの道を歩く事を絶対に止めたりしない。俺の人生全てを懸けた先の結末って奴を、いつか必ず見せてやるからな」

 

 

 

 

 

 正直に、誠実に。嘘偽りの無いように思いの丈を真っ直ぐぶつけてみたつもりなのだが、なにやらプロメスティンは顔を伏せってブツブツと呟いている。どうも表情が窺い知れない。

 

「……貴方って、どこか()れてるようで実は相当熱血ですよね。そういうセリフを恥ずかしげもなく言ってしまうあたり」

 

「は、はぁ?!」

 

「うるさいです。ついこの間まで少年だったくせに」

 

 こいつ、人が真剣に言ってるのに憎まれ口を叩きやがって……! おい、こっち見ろ! ちゃんと顔見て話せよな!!

 そう言うとプロメスティンは当て付けかのようにフードをすっぽり目深に被って顔を隠してきやがった……野郎、全面抗争の構えか!!

 

「おい、野郎! そんな事のために服なんかくれてやった訳じゃねぇぞ!?」

 

「や、やめて……! ほんとにっ!!」

 

 やや不意打ち気味に襲い掛かられたプロメスティンは暫しの抵抗も虚しく、いとも簡単にフードを掴まれてその素顔を晒した。

 ぶっちゃけ、その中でどんな悪どい嘲笑を浮かべているだろうかとすっかり思い込んでいた俺は、本当のことを知っていればこんな真似はしていなかったくらいの良心は流石にあるのだと弁明したい。

 

「うう……」

 

 物の見事に顔を真っ赤にし、瞳をうるうるさせて逸らしているメガネっ子がそこにいた。

 

「…………」

 

「…………あの、その、」

 

 申し訳……ありませんでした……。

 

 

 


 

 

 

 その後、俺は土下座しながら頭上より降りかかる天使様のお叱りを深々と胸に刻み込んでいた。

 どうやら俺は、自分が時々いかに恥ずかしい事を口走っているのか自覚しておくべきらしい。

 

 

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