あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第30話

「あんの馬鹿たれが〜〜……っ!!!!」

 

 ドウェルガ郊外。

 眼鏡を掛けた銀髪の黒小人(ドワーフ)ローレンスは、およそ汗をかくには向かない黒ドレスを身に纏ったまま一点を目指して走っていた。

 

 思い出すのは数分前の報告。何やら息急き切って執務室に駆け込んできた部下の様相を目にするまでは、良かれ悪かれ自分の描いた絵図の範囲ぐらいは滞りなく進行している筈だと思っていたのに。

 

 

 

『な……何? もう一回言ってくんないか?』

 

『ですからぁ! あんたの妹さんがぁ!』

 

 

 

 なおも走り続けながら考える——マクニアをこの町に留める算段は立ててあったが、どこまで行っても見習いに過ぎない彼女が師匠の”遺産”を駆り出してまでこの暴挙に走る事は計算外だった。

 それに技術者の畑ではないローレンスとはいえ“あれ”の仕組みぐらいは流石に頭に入れてある。どう無茶をしたってたった一人でまともに動かせる代物とは思えないが……現に視界の向こうで白煙を吐き出し始めた鉄塊を見るに、妹分が”まともな手段”で町を出る事はできないと判断したのは確かなようだ。

 

「はあっ……おい! マクニア!」

 

「っ、姉さん」

 

 もう動き始めるのに数秒と掛からないだろう。ゆっくりと回り出した蒸気機関に目を遣っては、ここから出発を止める事はもう不可能だろうと察する他は無いのだった。

 

「誤解しないで! そこまでネジが飛んでるって訳じゃない。まずは運送組合にも依頼しに行ったよ……でもね、結局姉さんがどれだけあたしを外に出したくないかってのを知ることになるだけだった」

 

「……なら、」

 

「確かに、嬉しかった」

 

「…………」

 

「これだけ本気なんだっていうのが分かった。これだけあたしを守ろうとしてくれているんだっていうのが、分かった。……でも謝るのは一度っきりだよ。あたしはどうしたって行かなきゃいけないから」

 

 ただ、それでも。

 

 これだけ長い間押さえ付け——いがみ合ってきた間だというのに。その声色には感謝すら含まれつつあったというのだから。

 

 

 

「────行ってきます!」

 

 

 


 

 

 

 結局、止める事など出来はしなかった。

 

「はぁ」

 

 狼煙を上げながら猛然と速度を上げていく蒸気機関車を見送るように眺めながら、この町の長はただ独りぽつりと呟いた。

 

「目を開け」

 

 餞別と言うには細やかに過ぎるが——許されるだけの、言葉を贈らずにはいられなかった。

 

「望んで舞台に上がったからにゃ、そうだ。目を見開いて物を見てこい。そうして自分が何処に行くんかを決めてきな。……それがお前の、責任だ」

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

「──ぉい、……き、ろ────マクニア!!」

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

「んぁ……?」

 

「や、やっと起きたかこの野郎。まったく無茶しやがって」

 

 ゴーグルを首元に掛けた赤髪娘が数秒間の意識の混濁から帰ってきた事で、俺は思わず胸を撫で下ろさずにはいられなかった。

 体格に見合わない腕力で俺とプロメスティン二人を引き上げてくれたマクニアだが、しかし勢い余って後ろに倒れ込んだ時に壁へ頭をぶつけてしまったのだ。

 

「…………あっ」

 

 また少しの間ぼやけた瞳で辺りを見渡していたと思いきや今度は一転、慌てふためきながら掴みかかって来やがった。まだ寝ぼけてんじゃないだろうな。

 

「え、エリックは? たしか一緒に掴まって来なかったんじゃないかい!?」

 

「アイツなら心配するだけ無駄だよ、ったく……ありゃ本当に人間か?」

 

 横窓の一角を親指で指し示す。野郎、俺がマクニアに引っ張り上げられてる間に()()()()()()()8()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今も機関車の側面に片手で張り付きながら後方の警戒をしている人類最強には畏怖を通り越して呆れの念まで抱いてしまう。あんなもん精霊の力は関係ないだろうに、やはりこの世界の人間ってのは鍛えればこれぐらい滅茶苦茶な動きができちまうんだろうか。

 

「……そっか。間に合ったか」

 

 流石にごく一部の”別枠”を見て判断するのは不適当かと首を横に振りながら、深い息を吐いて安堵するマクニアに改めて感謝の念を送っていると——

 

「こ、これが『蒸気機関車(Steam Locomotive)』。仕様書を見た限りでは随所に魔道具からなる技術的補完が為されているようでしたが、とはいえ純粋な機械動力だけでこれだけの大質量と速度を両立させるとは……」

 

「こんな時でも相変わらずだなお前は」

 

 とまぁ、相変わらずなプロメスティンに突っ込みを入れながらも興奮しているのは実の所お互い様なんだよな。こんな世界に飛ばされたからには二度とこれだけの技術に頼れないのだと覚悟していたが、まさかこんな形で。

 

 ……よくよく思い出してみればこの車両、外から見たデザインも前世のそれとは大分異なっていたような気がするな。

 

 例えば普通『煙突』っていうのは上に向けて付いてる物だと思うんだが、こちらの機関車はどうも”両脇に取り付けられた流線形のパイプが後方に向けて煙を吐く”ようになっているらしい。バイクの排気口、マフラーみたいな感じになっていると言えば分かりやすいか。

 ただ発展途上の技術だからそうなってるのか、それともプロメスティンの話を聞くに魔法のような異世界特有の法則が絡んでいる上での「完成系」なのか、その辺りは色々と興味が尽きない所だが……

 

「でも初めて知ったよ、機関車ってのは出発から一人で動かせるモンなんだなぁ」

 

「い、いや。そんな訳無いだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず漏れた感心の呟きに帰ってきたのは。

 思いもよらぬ回答だった。

 

「この車は『機関士』と『機関助士』2人で動かすもんなんだけど、あ、あたしは師匠の見習いで……ボイラーの調整をしたり炉に石炭入れたり、それぐらいしかやった事ない。要は助士の仕事だけだよ」

 

「…………………………」

 

「出発する前に分かる範囲で少し調整してから……えーっと、あとはここまでエンジンを動かしてきただけなんだけど」

 

「あ、本当だ。見てくださいよ、加減弁もブレーキ弁も開きっぱなしですし、この圧力計とかぐるぐる回ってて凄い事になってません?」

 

「………………つまり?」

 

「暴走してますね、思いっ切り」

 

「マクニア、これどうすんの?」

 

「……ど、どうしよう?」

 

 

「うぁ、うっ、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 しっ、死にたくないいいいいいいいい!!!! よりにもよって剣と魔法のファンタジー的な異世界に転生してまでこんな死因は嫌だああああああああああああああ!!!!!!!

 

「お、落ち着いてくださいよ。っていうかこれ、今更そんな頭を抱えて絶叫する程の事ですか?」

 

「馬鹿お前うっかり冬に備蓄切らして餓死しかけるとか魔物に搾り殺されるとかそーゆーイメージし難くて縁遠い死因より脱輪事故起こした列車の中で押し潰されるとかのニュースでよく見るような身近でリアルっぽい出来事の方が生々しくて怖えに決まってるだろ!!!!」

 

「なんで貴方の中ではその二つよりこのシチュエーションの方が身近に恐怖を煽る例になってるんですか!!?」

 

 んなこたぁーどうでも良いんだよ!! たた、たっ助けて誰かぁ──っ!!!

 

「ああもう! 私が何とかしますからこれ以上他の誰かに見苦しい所を見せないでください!」

 

「まっままッマジで? た、頼りにしていいんだよなぁ!?」

 

「あ、あたしからもお願い! 助けてーっ!!」

 

「本当に貴方らは全く……もう……!!」

 

 呆れた連中だと憤慨しながらプロメスティンは機関室の前側に立って、なにやらパチパチと手際良く装置の操作を開始した。

 

 

「仕組みと操作方法なら頭に入れてあります! 昨日貴女の家にあった本全部読んで覚えました!」

 

 

「え?」

 

「え?」

 

「な、なんとかして制御を取り戻してみます。まずは速度を落としますからあまり騒がないでください。気が散るんです」

 

 かち、カチカチ。

 ぐるぐる、パチィーッ! ぐりっカチぱちり!

 

「「…………」」

 

 宣言通りだった。

 

 見る間に窓から覗く景色の流れていく速さが落ち着きを取り戻し、数十秒と経たない内に全ての計器は正常に戻っていった。

 またプロメスティンの手の動きに合わせて速度が自在に上下するようであり——気がつけば、もう既に機関車のコントロールを物にしてしまっているようであった。本当に同一人物なのだろうか? 馬2匹相手にあれだけ四苦八苦と大騒ぎしていた御者モドキと……

 

「……何ですか、その何か異様な視線は」

 

「……お前ってさ、時々だけど本っ当に格好良いよな」

 

「正直ちょっと惚れたぁ……」

 

「やめて下さいよ気持ち悪い! そういうのが気が散るって言ってるんです!」

 

 ひとまずは助かったという安堵感。ようやく一息つけるというその感覚が今度は若干の悪ノリを醸し始めたそのタイミングで——

 

「随分と賑やかだな、おい」

 

 ぴしゃりと、水を差すような一声が窓枠の外から飛んできた。

 獣のような身のこなしで遠心力を使い、すとんと床の鉄板に着地をする音が背後に聞こえたのだ。エリックが開け放しの入り口から一足遅れて機関室に乗り込んでくる音だった。

 

「今ここに居るって事はだ、マクニア。どれだけオレらがお前を巻き込まないようにしていたかを分かった上で来たって事だろうな」

 

「けど、助かっただろう?」

 

 二日前までとは違う毅然とした……というか若干開き直った態度で話すマクニアに暫しの間鼻白む。

 

「……それとこれとは話が別だ」

 

「そうかな? 別かどうかだって関係ないと思うけどね。いっそのこと素直になりなよ、助けに来てくれてありがとうございますぅ〜って」

 

「必要ない」

 

「ああ!? アンタねえ昨日あたしの横っ腹ぶん殴って気絶させたの覚えてるんだよ! 幼馴染の女の子にやっていい事と悪い事の区別も付かないの!? バカバ───カ!!」

 

「え? 昨日そんな事あったの? マジかよお前……」

 

「最低ですね……」

 

「おい待てテメーら! やめろ!」

 

 一気に旗色を悪くしたと見える司祭長どのはゴホンと一つ咳払いをしつつ。

 そうしてマクニアだけではなく”俺たち二人にも向けて”といった感じで取り直した。

 

「オレが言いたいのはな、ここまでやっても()()()()()()()()()()()()()()って話だ」

 

「おい、この期に及んでそれは無えんじゃねえのか」

 

「勘違いするなよ”賢者”、雇っている立場なのはオレ達だ。対価を今こうして払っている以上こういう想定外にどう対応するかはこっちが決める」

 

 こうまでして俺達を窮地から助けてくれたマクニアに対する仕打ちとしちゃ筋が通っていないだろう。にべもない一方的な断言に思わず不満が顔に出てしまう。しかし——

 

「……はぁ、いいんだ。気にしないでよ」

 

 この状況を把握したくて仕方がないのは彼女だろうに、当の本人からそれを諌められてしまった。

 “覚えとけよ”の念を込めてエリックにガンを飛ばす俺にマクニアは「いやホントにいいから」と呆れる素振りを見せていた。

 

 ……畜生。俺は、お前が考えてる以上にお前の事を仲間だと思ってるんだぜ。

 

 お前が無理してそんな事言ってるんだってぐらい、分からないわけねえだろうが。

 

「エリック、そんなの今はどうでもいい。あたしがここにいるのは皆を助けるためだ。……ねえ、二人とも」

 

「ああ」

 

「はい」

 

「最初にあたし達は約束したよね。こっちは仕事を頼む代わりに『ゴルド火山』に連れて行くって……あの時は”かがり火年”が終わるまでに機関士の仕事を覚えて、それからここまで連れてくる予定だったんだ。でもそんな悠長な事は言ってられなくなった」

 

「あの時は結局俺らは何もできなかったけどな。そこのエリックが全部片付けちまった」

 

「それでもだ。あの時うやむやになった約束を果たす為にもあたしは今ここに居る。それぐらいで良いだろう? ついてくる理由なんてのはさ」

 

 きっとそれは本心じゃない。俺とプロメスティン、そして幼馴染のエリックを助けるために自分を殺してでも捻り出した口実に過ぎないという事は、その切なげな表情がありありと物語っていた。それに対してエリックは——

 

 

 

 

 

「……つまみ出すってわけにも行かねえ」

 

 腕を組み、ふいとそっぽを向きながらも。

 その小声の呟きはここにいる全員の耳に確かに届いた。

 

「勝手にしろ……」

 

 それってつまり?

 

「少なくとも一緒には来ていい、って事だよね」

 

「そうは言ってない」

 

 一見すると当たり前だろというか、むしろ全くどうという事も無いはずの一言だ。

 だが今までは異様なほどに妥協というものを許さずマクニアを遠ざける事だけを徹底してきたであろうエリックからその一言を直接引き出せたのは、これもまた異例の許容という事になるのではないだろうか。

 

「じゃあどう言ったのさ」

 

「…………」

 

「良かったなぁマクニア、こいつ口喧嘩になったらめちゃくちゃ弱そうだぞ。懐にまで入られると一気に対応できなくなるタイプだ」

 

「ローレンスさんみたいな人の後ろで黙って腕組んでる時が一番怖いタイプですよね」

 

「今すぐ全員外に叩き出すぞ」

 

 この冷血漢め、今さら青筋を浮かせた所で多勢に無勢は変わらんぞ。いやプロメスティンに限っては割と俺に合わせて煽ってるだけで特にマクニアの味方でも何でもないんだろうが……それでもまさか言葉通りに俺達全員まとめて外に放り出す訳にも行くまい。

 ほんの一瞬でもデレて隙を見せたのが命取りだったなと内心せせら笑っていると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガぐしゃゴぉッッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あ?」

 

 ぐらりと室内が揺れ動く。

 

 重量を感じさせる物体が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのような感覚が突如として部屋全体に降り掛かってきた。

 

 思わず機関車の操縦を一手に担うプロメスティンに視線が行く。だが彼女は面食らった顔をして首を横に降っているだけだった。

 

「……クソッ」

 

 何かに勘付いたようなエリックは即座に出口の枠に手を掛け、そのまま一飛びで屋根の上にまで(のぼ)っていってしまう。

 

「お、おいっ……待てよ!」

 

 ——時速80キロで走り続ける鉄塊の上で同じような芸当に走る事はできない俺でも、外に体を乗り出して見れば流石に状況を飲み込めてしまうというものだ。

 

 鱗は剥がれ落ち、体は半分も黒く焼け焦げて。

 全身を酷い火傷に覆われた飛竜が息も絶え絶えといった様子で。しかし、それでも、車両の後部へと確かに爪を食い込ませていた。

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