あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第32話

 

「おいマクニア! 聞こえるか!」

 

「あー!? なになにぃ!?」

 

 窓を手の甲で叩きながらの呼びかけにひょっこり赤毛の頭を出し、いかにも迷惑そうな顔(少し嬉しそうだ)を作って応える彼女にエリックは言った。

 

()()()()()使()()。この場で出すのに問題が無さそうかは……お前の意見を聞いておきたい。一応だがな」

 

 その台詞を耳にした瞬間——マクニアの目が妙に細まった。

 なんだよ、また何の話だってんだ。

 

「…………数価は?」

 

「『(イチ)』だ」

 

「……ま、いいでしょ。言っとくけど『(サン)』あたりは絶対駄目だかんね」

 

 そのような事をブツブツ言って顔を引っ込めるマクニアに俺は胡乱な目を向けていると——バシン、と頭を後ろから引っ叩かれた。やめろよ、しっかり体が出来てるやつに小突かれると普通に痛えんだよ。

 

「良いか、奴もじき旋回に充分な距離を取って戻ってくる。腹を括ったんならオレの指示通りに動け。目の鍛えられていないお前を使うのは賭けにはなるが、そうすれば全員無傷でここを切り抜けられるはずだ」

 

「……はいはい、分かったよ!」

 

 

 


 

 

 

「今のは何です? その……数価、とか何とか言っていたようですが」

 

 機関室内。この非常時にあっても好奇心の勝ったプロメスティンにより、既に慣れ始めつつある列車の操縦も片手間に司祭長の幼馴染たるマクニアへと問いが向けられた。

 

「……あのウィルムを一度撃退したってんなら、もしかするとアンタたちも一度は見たんじゃないか? (すう)を冠するエリックの技をさ」

 

「数を……ああ、確かに」

 

 あの時は馬に振り回されてそれどころでは無かったり影の中をさまよっていたりしていた彼らはまともに見てはいなかったりするのだが、そんなプロメスティンにも覚えがないわけでは無かった。

 

 

 

ニ陽(ジヨウ)

 

 

 

 (くう)を焼き、煙に焔を灯す(わざ)。練り上げられた精霊の力のコントロールは当然として、何よりも炎に対する深い造詣と鍛錬なくしてはとても身に付かない芸当だとプロメスティンも感じた。

 

「あいつは生まれ持っての才能だ。火っていう元素そのものに愛されてる……つうのかね」

 

「何を……?」

 

「あれにとっちゃあね、”剣を振る”という行いがそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って話だよ」

 

 

 

「思えばあたしも見るのは久しぶりだ。そんなエリックをして『サラマンダーを超えた』らしい——ヤツが最も得意とする『突き』を軸にした幾つかの技。今から上で使われるのは、その”(ひと)ツ”さ」

 

 

 


 

 

 

 遥か前方、一際大きな羽撃(はばた)きと同時に空中でピタリと静止する。

 あれだけの速度で飛んでいた自分の体の勢いを軽々と殺す制動力はやはり凄まじい。巧みに体勢を組み替え、操り捌き——ほど無くしてこちらに向き直ってきたヤツの激情に燃える瞳は、やはりオレだけを捉えていた。

 

「来る」

 

 全くの躊躇いもなく()()は——最後の対決の火蓋は切られた。見えない空気の壁を蹴るような錯覚さえ覚える、まさに圧倒的な加速。

 

巡り 蓄え (うね)逆巻(さかま)……」

 

「まだだ、もっと引き付けろ……」

 

 目を閉じ跪きながら一心に呪文を唱える『賢者』を傍らに置きつつ——

 

 

『その為だったら、今この時だけだろうと少しぐらいは黙って協力されてろよ』

 

『お前がいなくなったあの町で誰がそいつをぶっ飛ばすのかっつー事だ』

 

『本当の犯人は——天使なんかじゃないんだろ』

 

 

 どこまで知っている。一体どこへ向かう気でいる。

 ローレンスも予想できなかった、突然に現れたこの謎多き魔術師は。東方の賢者と呼ばれているらしいこの男には予測を覆されていてばかりだったが、あれらの発言を聞いた上でただ一つだけ確信をもって言えることがある。

 

(こんな所で、オレに格好良く死なれたら困るって……? ハッ、()()()()()()()()()

 

 内心で独り言ちつつ、それを決して明かす事はなく目の前の敵だけを見据える。何故ならそれが——この人生に唯一求められた物だったからだ。

 

 馬鹿馬鹿しくなるような速度で飛来してくるウィルム娘へと意識を向け直した。

 今は何も考えなくていい。今だけは。

 

(この一日……オレもお前も、良くやった。互いに良く戦った……もういいんだ)

 

 地力、仲間の戦力、戦術、地の利。

 全てが拮抗していた。久方ぶりに味わった苦闘の感触に戦士として少しも高揚していないと言えば嘘になる。近頃の()()の事を思えば尚更だ……

 

 ……だから。だからこそ。

 もう終わりにしなきゃいけないんだよ。

 

(久方振りに外に出て分かった。やっぱり、オレは、外の世界の方がきっと上手くやっていける。こんなギリギリの戦い、出会い……冒険。そんなものに心を踊らせていたいと思ってしまっている)

 

 自由に生きたかった。

 こんな時代にそんな事を思ってしまうのは間違っているのかもしれない。それでもオレは、この有り余る才能を外の世界に向けて使いたかった。丁度この『賢者』と同じような生き方が出来ればどんなに素晴らしかっただろうか、とさえ。

 

 ……駄目なんだ。

 そんな事は許されない。オレが許さない。

 

 力を持って生まれた事の責任は果たす。ドウェルガはオレの故郷だ。過去を消し去って生きていくなんて選択は決して取れない。

 

 死んでいった連中に、顔向けができないから。

 

「今だ、やれ!!」

 

エアロ・ゲイザー……!!

 

 

 


 

 

 

「うグッ……!?」

 

 エリックの指示した絶好のタイミングで発動したのは()()()()()()()()()()()()。飛び込む速度が高ければ高いほど側面から受ける力の影響は膨れ上がり——結果、下から突き上げるような大風圧に、ウィルム娘の体躯が跳ね上がる。

 

「捉えた」

 

 その刹那の瞬間を戦士は見逃さない。ほんの一瞬だけ前に進む速度を削がれた僅かな瞬間は、それでも決着を付けるのには十分過ぎる。

 

「がッ、るッ、グアァァあァァァァッッ!!!!」

 

 

 

 

 

弌突(ヒトツキ)

 

 

 

 

 

 来たる刃を受け止めるべく突き出そうとした爪が相手へ届くまでの時間さえ永遠に感じられるほどの爆熱的な神速が────

 

 

 と。

 

 ()()()()()()、その胸のど真ん中へと深く深く突き刺さっていた。

 

「ごふ、ッ!!」

 

 ビシャバシャと尋常ではない量の血液が口から噴き出す。人間とは比べ物にならない強度の肉体を一切の抵抗すら許さず貫いた刃は、強烈な橙色の光を内に秘めるかのように放っていた。

 

「があっ、ああ、────……、っ!?」

 

 そうして襲い掛かったのは——ただ体を突き刺されたにしては説明が付かない、想像を絶する程の()()()()()だった。

 

(なんだ!? 声が、出ねェ……!?)

 

 それだけではない、全身の至る所がピクリとも動かせなくなっている。明らかに身体に異常を来たしている。しかしこれでは剣を引き抜く事さえ……

 

 最後の力を失った翼はだらりと垂れ下がり。

 

 どしゃり、と列車の屋根に不時着する直前。

 最後にその目に映したものは、背に掛けた鞘に大刀をカチリと納めるあの男の後ろ姿だけだった。

 

 

 

 東方の賢者・ドウェルガ勢力 リーダー:エリック   

頭目:テオウィン ゴルド山麓”かがり火”竜族の戦い

 

 

 

 後の歴史に決して語り継がれぬこの一幕は───

 人間が率いた大規模戦闘に於ける、魔物への史上初となる勝利に終わる。

 

 

 


 

 

 

「あの小娘め……負けおった、か」

 

 同時刻、とある崖上の岩肌にて。

 腰に届くほどの白髪を風に靡かせ、軽くはだけた和装を着流す長身の女がこの線路上の対決の決着を見下ろしていた。

 

「あのサラマンダーが入れ込む男なだけはあるわ。もう一人の魔術師はどうでも良いが……」

 

 緑白の鱗に覆われた鞭よりも鋭くしなやかな尻尾が軽く地を打つ。細身の身体の背面を肩口にかけてまで覆うその竜鱗と縦に割れた瞳孔は、女もまた竜族に類する魔物の一人であることを示していた。

 

「手厚く。出迎えてやるとしようかのう」

 

 

 


 

 

 

「……、っ……、────」

 

 悪夢のような吐き気が止まらない。口から出る血こそ止まりつつあったが、それこそが逆に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()証明なのではないか——という直感に結び付けられる、

 ガタゴトと揺れる車両の端で死んだように動かなくなったウィルム娘は、薄れ行く意識の中でついに直感する。

 

 

 

(腹ん中が……空っぽだ)

 

 

 

 絶技”弌突(ヒトツキ)”は一点集中の爆熱で標的の身体を貫通。その内臓を片っ端から焼き喰い潰す死の炎は、敵の体を内側から消し炭にしてみせた。

 血液さえ尽く焼き潰された体内からは流れる物など無い。もはやウィルム娘は指一本さえ動かす事はできない。

 

 逃れ得ぬ”死”が、決定付けられた瞬間だった。

 

(は、……はは)

 

 奴らはこうして己を殺してみせた。だが、だとしても、魔物の女が自分より強い男などを嫌えよう筈はない。

 

 憎めよう筈が、あるものか。

 

(…………)

 

 吐き出した血液が夥しく体の下を濡らす中でウィルム娘は気付く。揺れも激しい列車の上、こうして動けないまでも、じきに体がずり落ちてしまうだろう。

 高速で流れる地面に叩きつけられての即死は免れまい。誇り高い竜族の戦士として余りに無残な最期であることも間違いない。

 

 だがそれで良い。

 

 惚れた男に死に様を晒して逝くよりは。

 彼が自分を思い出す時の姿が、生きている時ではなく、横たわる死体の姿であるよりは良い。

 

 そうでなくては戦士としてではなく、女として。

 とても耐えがたい事なのだろうから。

 

(これから、死ぬ……私を、見るなよ。……強敵、だったと。私を思い返す時、そう感じていて……くれれば。それで……)

 

 だから、せめて戦士としての自分だけを覚えていて欲しい。そうすれば誇りは守られる。何も案ずる事は無く、こうして、逝ける。

 

 そうして、ほんの束の間。

 冷やかな向かい風と浮遊感だけが身を包み───

 

 

 

(……えっ…………)

 

 

 

 鈍くなった感覚でさえ()()()()()()()()()()という事がはっきりと分かった。

 鉄の町からやって来た司祭長——エリックが、死に落ち行く自分を繋ぎ止めていたのだった。

 

「ぐっ……!」

 

 相当の疲弊を感じさせる表情ながら歯を食い縛り、数段は体格が上のウィルム娘を一気に引っ張り上げたのだ。

 勢い余って腰を強かに打ち付けたエリックの、ちょうど脚の間に挟まる形で。死に向かうだけの女は自分を殺した相手の、痛みに(うめ)く顔をまじまじと見つめる羽目になっていた。

 

(なん、で……)

 

「……分からん。ただ、馬鹿にされてるような気がしてな」

 

 喉から言葉を絞り出す事もできないのに。目を見ただけで疑問に応えられてしまう。まるで心を見透かされているかのように。

 

「お前が惚れた男は、好敵手の体が見向きもされず、この荒野に惨たらしく捨てられる所を黙って見過ごすような奴に見えたのか」

 

(あ……)

 

「最後だから、直接伝える。お前は間違いなく強敵で……」

 

 やめてくれ、それ以上は。

 ───おかしくなってしまうから。

 

「……綺麗だった」

 

 その一言は、この胸の刺し傷よりもよほど致命的だ。

 だって、こんなの。

 

(もっと……欲しく、なっちまうじゃんか……)

 

 ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。沸き立つ欲望と望外の幸せ。もう何も残っていないと思っていた胸の奥から、押し寄せてくる物が止めようにも止められない。

 

 その涙の理由を問う事もなく、男は静かに女の頭を抱き寄せた。

 

「………………」

 

 温度を失い、そしてどうしようもなく血で汚れきったその顔は。

 どこまでも魔物らしい()()()()とした笑顔に、どこまでも涙の跡を浮かべていた。





殺し合うしかない二人でしたが、惚れさせたのはエリックの方です。敬意を表するべき相手にその責任も取れないような男ではないとだけ。
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