ここまでにドウェルガ編は終わってるだろうと見積もっていたのですがどうもまだ結構続きそうです。月2〜3ぐらいのペースは取り戻さないといけませんね……
今まで続けられたのはもんくえ二次を待ち望んでいたでしょう皆様方からの応援あってこそです! これを機会に評価と感想をどうぞよしなにお願いしまっす!
「終わったか?」
「ああ、済まないな……」
じんわりと目を細めさせる斜陽の中、ガタゴト揺れ動く列車の上で。俺はウィルム娘の焼け焦げた亡骸を血塗れで抱くエリックに声を投げ掛けた。
——見事な、散り際だったと言えるのだろう。あれだけ殺し合いとは無縁の暮らしをしていた俺からしても、今となってはこの世界の住人として、魔物の、戦う者の生き方に心から理解ができる。
心底からの愛欲を向けてくる相手。俺たちはそれら全てを殺してきた上でこの場所に立っている。理解ができずに居ていい場所では、ないからだ。
「こういう時は」
独り言のように呟きながら、俺は二人の隣にざっと腰を下ろした。
「決まって口が寂しくなるもんだ……どうしてだろうな。後味が悪い、って感じでもないのによ」
不思議な沈黙が場を包んだ。
血と死の気配にまどろみながら、それでも灰色の穏やかな時間は列車の揺れる音を包み込むように遅緩として過ぎる。手を離す余裕も無いのだろうが、下にいる二人が様子を見に来ないのは有り難かった。
どれぐらいそうしていただろう。きっと思ったより時間は経ってない。そんな束の間の後、エリックはおもむろに、手のひらに収まる程度の小さな四角い包み紙を懐から取り出して、それを俺に差し出してきた。
「……
「…………」
何でそんなの持ってんだ、とか。
せっかく一度は止められたのに、とか。
そういった諸々の事を考える間もなく、俺は黙って一本の煙草を摘み取っていた。
「ん」
パチン、と。
エリックが指を弾く音と同時、咥えたそれにほんの小さな火が点いた。
同じような動作を並行しつつ喫煙行為に及び出す不良司祭を横に眺めながら、俺は肺の中いっぱいに種々の有害物質を吸い込んだ。
「心配するな。外から来たお前らが神サマをどう信じてるかは知らないが、少なくともサラマンダーは気にしない。火ぃ点けて使う道具は大体したり顔で肯定してくる」
「……何つうか、何とも言えない理由だな」
そのエピソードを聞くにサラマンダーとやら、もしや同格の四大精霊シルフと精神性があんまり変わらなかったりするのか? ……まだ話した事もないのにソレは流石に失礼が過ぎるわな。
にしてもあれだ、やっぱり落ち着く。今世の体が慣れてないのを差し引いても染み渡るニコチンの偉大な力を改めて思い知るばかりだ。
「どうした」
「え、ああいや……外じゃ見たことない品だからよ。珍しくて」
「にしては随分と吸い方が堂に入ってるようだが」
「ど、ドウェルガで吸ってる奴を見たから使い方は知ってたんだよ……」
そういう事にしておこう。前世で喫煙家の端くれだったから知ってましたとは言えないからな。
というかあまりこういう話はしたくない。別の世界から来ただなんて特大の厄ネタは例えプロメスティンにだろうと知られたくないからだ。自分で定めた不文律に従い、話題を逸らすために頭の中をゆっくりと整理する——
「……っつーかよ、結局この馬鹿みたいな魔物の群れは何だったんだ。明らかに普通じゃなかっただろ」
「黙ってて悪いが今はそういう時期なんだよ。どうせマクニアが来た時点で知られるからな、先に言っておく」
「………………」
……待てこいつ、今あれ、開き直りやがったか?
や、やっぱり何か隠してんじゃねえかッ! よくもこんなヤバい所に連れて来やがったな!? ……お、落ち着け。こーいう時こそよく考えろ。
「……て事はだ。お前らは結果を急いでるわけだ」
そう、その推測が正しかったことは少なくとも証明されたようなモンだ。何を隠してるのかはまだ分からんが、これで俺達がどこかしら嘘を吐かれているのは殆ど確定だろうがよ。
「そのせいで俺やお前が死ぬ確率が上がるっつっても『この時期』とやらが終わるまでのんびりしてるよりは良いと。それぐらい行動を起こす事に急いでる訳だな?」
「何とでも言え。オレはこれ以上口を割らん」
「て、テメェなあ〜〜……」
いくら推測で揺さぶろうとしても一度こうして開き直られると意味がない。どうせ俺はゴルド火山で用事を終えるまで黙って同行しなけりゃいけないと奴は分かってるからだ。
……今にも耳を塞ぎそうな顔を明後日の方向に向けやがる演技下手の大馬鹿野郎に、これ以上詰めても無駄な事か。
まあいい、要は生き残ればいいって話だろう。
生きて帰ればあの町で改めて見える物もあるはず。余計なあれこれを考えるのはそれまで後回しにしてやってもいい……
「ふぅ……で、どうするんだ。そいつ」
早くも小指ほどになってしまった巻きタバコに名残惜しさを感じつつ、俺はエリックの脚の間で眠るように横たわっているウィルム娘を指し示す。
「適当な所で埋葬する……貨車の方に布で覆って仕舞う場所があるか、マクニアの奴に聞かないとな」
「厳しい事を言うよーだがよ、これからもそんな調子でやって貰っちゃ困るぞ」
気持ちは分かる。ただそれはそれとして時間をあまり掛け過ぎるなと俺は言いたいのだ。倒す敵倒す敵を今みたいに引っ張り上げていくようなら、いつか必ず足を掬われるぞ。
念を押す必要はある。例えこのウィルム娘のような魔物はそう居ないと、分かっていてもだ。
「……見ろ、そろそろ到着らしいぜ」
遠くに見え始めた小さな木造の駅舎を指で差して言う。永遠に続くように感じたこの線路の道がとうとう終わりを迎える場所だ。
この世界最大の活火山。今もなお頂上から煙を勢いよく吐き出し続けている、今回の旅の目的地までやって来た。
「あれが——ゴルド火山か」
◼️◼️◼️
火山地帯について多少は知識で知っていることもある。ただ、実際に訪れてみるのは初めての体験だ。
例えばそう、地下の熱源は地表に伝わって温度の高い領域を作り出すことがあるという。まだまだ夜は肌寒いこの季節にしては、夕方の真赤に照らされた山の景色に似つかわしいほどの暖かさを確かに保っていた。
”かがり火年”とやらで活発化した竜族の大量発生も、ひょっとするとこういう微妙な地熱の変化によるものかもしれないな。
「おっ、と」
などと考えながら先ほど停車した機関車からひょいと飛び降り、辺りの様子を確認する。
「辺りに何かが潜んでる様子も無さそうだ、ひとまず安心して休めそうだな」
「日が暮れる前に野営の仕度をしましょうか」
「待て、ここは敵地だぞ。索敵を済ませるのが先決だ」
……う、意見が割れたな。俺はそういうエリックがこの場にいるのをアテにして言ったんでもあったのだが、当の本人はそう楽観的でもいられないらしい。考えてみればついさっき死ぬような思いをしたんだし、それも仕方がないか。
だがもう日が暮れるぞ、見回りなんてしてたら今に暗くなっちまう……どう動いたものかと悩んでいると、エリックがそう言うのを分かってましたとばかりにマクニアがすかさず提案した。
「じゃあ二手に分かれよう。あたしとエリックは火山の入り口まで見てくる。その間にあんた達がここに泊まる準備をしといてくれ。それでいいかい?」
「まあそうだな、組み分けもそれが妥当か」
互いをよく知っている二人同士というのは勿論あるし、それぞれの行動のリスクから戦力の分散を考える上でもこれぐらいが丁度いい。
正直俺の方はもう魔力がほとんど残っていない。今日一日で使い過ぎたばかりに視界が眩んできているくらいだ。ただプロメスティンは今のところ力を見せていないが、確かマクニアはこいつを魔物が何かだと勘違いしていたはず*1。
この組み合わせで俺の方に危険が及ぶ事はないと判断したのもその辺りが関係してるだろう。
「日が落ち切る前には帰ってくる。ここはそれまで頼んだぞ」
油断のない目をしたエリック達が火山の中に繋がるであろう洞窟に一足早く入っていくのを見ながら、俺とプロメスティンは野営の仕度を始めるのだった。
「ふう、ふう……」
「私が代わりましょうか? 無理しなくていいんですよ、素で力も貴方よりはあるつもりですし」
「そ、それを黙って見てるのはっ、男にとっちゃ拷問だぞ……っ!」
へとへとになりながらテントを張る俺を気遣わしげに見るプロメスティンに精一杯の強がりで返す。くっそ、体力の無さを実感するぜ。
ここの駅舎がもう少し大きければこんなものを張る必要は無かったのだが、一人や二人はともかく四人全員が寝泊まりするなら厳しい程度には狭いし小さい。それをローレンスに聞いてたからアテにすることもなく備えが出来たわけだが……くそ、最果て駅だからって何も無さ過ぎだろ。
それというのも、このゴルド火山麓の駅までの路線は物資を運搬させる為ではなく、
曰く、ドウェルガ司祭長の任命式。
次期司祭長を含めた数名が四大精霊サラマンダーの住処であるゴルド火山に出向き、奴らの神様の眼前で何とかいう儀式を執り行うのだと。だからこの線路が使われたのも五年前にエリックが今の立場になって以来の事になるみたいだ。
ま、そんな大仰な風習にあやかって今の俺らは助かったわけだが……そこんところは感謝しないとな。
「そうそう、それでサラマンダーのやつと来たらあの小僧の目を見るなり”ついて行く!”とか何とか言い出しおってさぁ……儂にとっちゃ寝耳に水も大水よ! 昔っからの友達が誰とも知れぬガキと駆け落ちしてくのを見ちゃったて感じ? ねえそれ儂の情緒はどうなるん!?」
「へえ、そりゃまた……」
誰?
いや、急に居たんだが。
絶対一回も聞いた事ない謎の声に呆気に取られながら振り返ると、そこには女が焚き火の前でどっかりと
「ん、どしたね?」
ただ……で、
座っているのに頭の高さは目を見開いて立ち尽くしているプロメスティンと同じぐらいだ。それに
「な、なんだお前は。どうしてここに」
「あらら? 儂が、儂の山で酒を飲んどるのがいけんかのう」
「あ、あ、貴女はまさか……まだ生きて……?」
酷く狼狽したような顔をしてるプロメスティンも含めて何が何だか分からない。そうこうしてる内にすっくと立ち上がったこの竜族は、俺らが一歩も動けないのを良いことにずかずかと列車の方に近付いていった。
貨物列車の扉をがたりと開け、その最前に見える、布を被せたウィルム娘の遺体を奴はじぃっと見下ろした。
「良かったなぁ……あんなにいい男に構ってもらえてなぁ……ゆっくり眠れよ……」
そんな事を言いながら、瞠目し、両手を合わせる——合掌! この世界ではあまり見た事がない所作だ。その格好も着物とよく似ているように見えるが、これは一体どういう事だ……?
「で、だ」
竜族の女は振り返る。その口からどういった言葉が出てくるか予想も出来ない俺はごくりと唾を飲み下し——
「あの小娘の死を大いに悼み……そして大いに呑もうじゃ〜ないか! 乾杯じゃあ!!」
ぐっと目端に涙すら浮かべながら。
なんとも気の抜けるような野良ドラゴンの浪花節が炸裂した。