あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第35話

「は……?」

 

 急激な展開に全くついて行けていないという顔で、ドウェルガの黒小人(ドワーフ)整備士たるマクニアは呆然としながら微かな声を漏らしていた。

 散々な気分で洞窟周辺の安全を確認してやっと戻ってきたかと思えば、拠点には一匹の竜人がふてぶてしくも居座っては幼馴染のエリックに向け堂々たる殺害予告を宣言してきたのだから。

 

『てめ〜は殺すよ、文句はあるめぇ?』

 

 それを一匹の魔物の妄言と切って捨てるのは簡単だ。しかし彼女の足元に転がる同行者の二人——深く内情を知らないマクニアをして”只者ではない”と思わせる彼らが抵抗の跡すら見せず無力化させられているという異常事態、()()()()。その竜人から垣間見える威容とも言うべき「圧」——同じ魔物としての直覚に警鐘を叩き付ける、()()()()()()()()()に対する暴力的なまでの危機意識。

 (たお)やかな口調や態度に反する居丈高な”宣告”に対し本来であれば巫山戯(ふざけ)るなと突っかかっているべき気丈なマクニアとしての平静は、しかしこの場において正常に機能しているとは言い難かった。

 

()()()()殺すと来たか。まるで他の全員は見逃してやると言っているように聞こえるがな……竜の女王よ」

 

 苦々しい声色ながらも怯まず言葉を返したエリックに片眉を吊り上げながらも、和装の竜人はその言を特に否定することもなく飄々と返す。

 

「おうとも。儂はそこらの馬鹿な熊や野良犬と違う、友だちを食ろうたりはしないのじゃ」

 

「……何だと?」

 

「あー、勘違いしないでほしいんじゃが。べつに儂はぬしらが嫌いだがらこういうことを言うんではないぞ? むしろ好きじゃ。だーい好き。いやはや、どうにも若者の頑張りというのが老体の目に眩しゅうてのう……」

 

 悲しそうな困り眉をしながら注いだ升酒をぐびりと喉に通す竜人は恐らくではあるが本心からそう言っているのだろう。そして、それが余計にマクニアの頭を混乱させる。

 今ここで一体何が起こっているのか。指一本でも動かせば”取り返しのつかないこと”が始まるのではないかという恐怖に抗いながらも、口に出さずにはいられない疑問だった。

 

「何なんだ、ほんとにっ……どうしてアンタみたいなのに滅茶苦茶にされなきゃいけないんだ、ここまで来て……」

 

「おっと?」

 

「勝手なことを言うなっ、エリックがどれくらいの覚悟で……どれくらいの覚悟でこの山に、その二人の為に来たと思ってるんだ。そりゃあ騙して連れてきたも同然だとしたって……それでも……」

 

 訴えかけている、とは言い難い。

 それが上手くできるほど頭は回っていなかったし、それに足るほどの余裕も知識もない。ただひとつ。彼女がありのまま言葉にすることができる思いは、ただひとつぐらいしか。

 

「やり遂げさせて、やりたいんだよ……!」

 

 ほとんど泣きそうな声で言う、その表情(かお)と気配に何を思ったか。竜の魔物は何ともばつが悪い様子でこう言った。

 

「ああ、知らんのじゃな。お前さんは、なんにも」

 

「っ……」

 

「……ぬしらドウェルガの民にどんな大義があらうと、それは無意味というものよ。あそこは駄目だ。もう終わる」

 

 終わる?

 終わる、とは一体、

 

「それ以上口を開いたら」

 

「おう?」

 

「殺すぞ」

 

 瞬間、隣に立つだけのマクニアすら肌を粟立たせた。

 腰を深く落としたエリック、その悪魔じみた凄まじい闘気が剣呑に場を包み込み始めたのだ。

 

「残念ながら死ぬのはお前、というのは差し置いてじゃな」

 

「…………」

 

 異様だった。

 これほどの殺気を向けられてピクリとも動じない()の竜人は、ともすればそれだけで場の空気を呑みかねない程に。

 

「どうやら酷く歪な状況らしいのう。娘っ子の方はなんにも知らないのに……エリック、じゃったか。お前さんはある程度ものごとを分かっておるらしい」

 

「……だったら何だ」

 

「ならば分かっておるじゃろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。五年前にこの山を飛び出していった儂の友だちを、お前さんの中からな」

 

 ピタリと。

 空気を叩くほどだった敵意は収まるでもなく、しかし一旦の停止という様相を見せる。

 

「聴こえておるんじゃろう。()()はな、きみが世の摂理、元素そのものだからとて、いよいよとなれば手心を加えることなど無いじゃろう。……そこを期待してたんなら少し甘いんじゃあないのか。ドウェルガの奴らが喧嘩を売ったのはな、そういう”ここ”がキレとる連中じゃろうて」

 

 この世の歯車が多少”おかしく”なろうが権威に歯向かう相手は潰すと。それぐらいの事はやると。頭の横を指でくるくる差しながら呆れたように語る。

 

「ま……サラマンダーが生半な覚悟で山を出たんではない事ぁ、小僧っ子、お前さんの目の奥に宿る炎をみりゃ分かる」

 

 ただ、と。

 首をコキコキ鳴らし、腕を捲りながら、億劫そうに宣言する。

 

「出る気がないなら叩き出す。器を壊しゃ黙りともいくめェ」

 

 瞬間、”熱風”が吹き荒れる。

 炎の魔力で活性化した身体能力を爆発させた最短最速の疾走——袈裟懸けに振り下ろす剣閃は、最早マクニアのような並みの魔物にとっては目にも止まらぬ速度で未だ構えも取らない竜人へと襲い掛かった。

 

 それを、だ。

 

「ふんッ!!」

 

 あろう事か、その刃を生身の腕で()け切った。強靭な鱗は斬撃ですら傷つけること敵わず、もう片方の腕に支えられることで完全に勢いが殺されてしまう。

 

「……待て、まだ話ゃあ終わって、」

 

「ッ、らぁ!!」

 

 何か言いかけた竜人の台詞を遮るように、撓んだ腕の反動を利用して距離を取るエリックは恐ろしく素早い精密な動作で()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

ニ陽(ジヨウ)!!」

 

 

 

 剣の切っ先から白煙が噴き上がり——

 そして、即座に燃え上がる。

 

 煙を内から喰らうように生まれ出た一筋の炎塊がエリックの意志そのままに襲い、爆裂する……が。

 

「技の冴えこそは大したもんじゃが」

 

 がしっ!! と。

 煙幕に乗じて背後より接近していたエリックの首を、振り返りもせずに掴み取ったのだ。

 

「が、あ───」

 

「こうも消耗が激しくてはなァ……日に何度も使用(つか)うに堪える技ではないのう」

 

 だらりと吊り上げられるその首から上はなるほど確かに、蒼白な顔つきに嫌な汗が隈なく浮かべられている。

 だが未知数の腕力を持つ魔物の腕に首を掴まれているというこの状況——背筋の凍るような数秒後の惨劇を思えば、厳しい表情はそれだけの理由ではないのかもしれない。

 

 身を捩りながらも未だ剣に鋭く宿る炎熱を突き立てようと足掻くが、その尽くをいとも容易くいなされる。肺に回る酸素がいよいよ尽きかけ、意識も遠退き始めたその刹那——

 

「かっ……?」

 

 ぱ、と無造作に首の手を離される。

 あまりに唐突な解放に、目を白黒させながらエリックは強かに腰を打ち付けた。

 

「まったく、話は最後まで聞かんかい。誰が『今日』お前さんを殺しに来たと言うたんじゃ……一族の同胞を悼み、酒を呑む。それが終わったら勝負を挑む。その為に来ただけじゃ、今日の処はのう」

 

 宣戦布告をまるきり撤回しかねない戦闘の中断をまかり通しておきながら、しかし呆れ声を隠そうともしない竜人はその訳を語る。

 

「”勝負”は尋常に行わなければならぬ。元より日は改めるつもりじゃったが……まあ、まあ、お前さんにとっても、得物も手にせぬ()()の酒呑み、この老いぼれと戦ったところで死後の誉は得られまい?」

 

「なっ……!?」

 

「とと、この儂が武器を遣うのが意外かや? これでも元は兵法者の端くれ、武芸百般は修めておるつもりじゃ。お前さんと同じくのう」

 

 そこで何かを思い出したように空を見上げ、そしてニヤリと目を細めながら、地に剣を突き立て荒い息を吐くエリックの瞳を覗き込む。

 

「お前さんほどの男なら、そうじゃな。いっそ精を搾り尽くして逝かせてやるというのも考えないではなかったが……」

 

 確かに、魔物としての本懐といえば紛れも無く()()にあるのだろう。引き締まった下半身、豊満な乳房、整った切れ長の瞳をあえて放蕩に歪めるような表情を浮かべる美麗な顔立ち。

 3mに届くかという人間離れした体格を差し引いても官能的な魅力を感じずにはいられない艶姿を持ちながら、肩を竦めて溜息を吐く。

 

「先に手をつけたのは小娘じゃ。あ奴が命を賭してまで焦がれた男をあとから攫うというのは些か決まりが悪いでのう。……でなくとも、男などというのは若い頃に飽き果てるまで抱きまくったものよ。寝て、たまに起きて、しばらくしたら死ぬような婆ぁはいい加減に身の程を弁えろという話だァな」

 

 ()()ウィルム娘を討ち取ったという事実。それは当の本人が考えているより遥かに重い意味を持つらしかった。少しの間俯き閉口していたエリックは——しかし、身内を殺された敵方の感傷を一顧だにしない、底冷えをするような声色でこう言った。

 

「……それより良いやり方がある」

 

「んん?」

 

「のこのこと武器も持たずに現れたアンタを、今のうちに斬り伏せてやればいい」

 

 あまりに身も蓋もない——言い方を変えれば、再三に渡り筋を通した譲歩と説明を提示し続けた彼女に対する”裏切り”とさえ表現できる返答。

 それを聞いてきょとんとした顔になった緑白の竜人は……

 

「くっ、はっはっは! なるほどのう、そういう風に考えた事ぁ無かった!」

 

 思わず、といった様子で笑いを吹き出した。

 何も不思議な事ではないのだ。戦士として正道に沿ったやり方で勝負を挑んでいると言えば聞こえは良いが、所詮やっている事はこちらの都合で格下に命のやり取りを強要しているだけなのだから。

 

 強者だからこそ。魔物としての高みを登り切ったからこそ。いつしか数え切れないほどの間違いをそうとは気付かず、指摘もされず、ただ諾々と犯し続けていたのかもしれない。彼女はそう思った。

 

「ふっ、くく。この歳になっても面白い出会いというのはあるものよ。長生きはしてみるものじゃなあ」

 

「…………」

 

「ただまあ、今回ばかりは儂の都合ばかりではないのでな。言い聞かせた通り、お前さんを生きてあの町に帰してやるわけには絶対にいかん」

 

 言い終わるか終わらないかの間に、だった。

 会話の間隙を縫うようにして。獣じみた速度で喉笛に刃を滑り込ませんと飛び掛かるエリックが——目にも止まらぬ”何か”に地面へと叩きつけられる。

 

「ぐ、は……ッ!!」

 

「その無礼、信の強さ、果ては卑劣までも。許してやろうぞ、気に入った」

 

 握るでもない、開くでもない、五指の爪を突き立てるように力を込められた右腕の構えをゆっくりと解く。人間ひとりを叩き落とす動作が目視できないなどあり得ない——つまりは、洗練された”武”に形作られた技だった。

 鱗に覆われた腕で顎を撫でながら、倒れ伏すエリックを何とはなしに見下ろしていると。

 

「むっ」

 

 ガツン! と。

 おおよそ生物の頭部が金属の塊に衝突したとはとても思えないような硬質な音が辺りに響く。

 

 攻撃を受けた本人であるはずの竜人がまるで何事も無かったような緩慢な動きで後ろを振り返ると、そこには自分の膝丈ほどの大きさしかない少女が不釣り合いなほど無骨な戦鎚を握って立っていた。

 

「はっ……離れろ!! エリックから離れろ!!」

 

 ……同じ魔物として、二人の間には逆立ちしても敵わないほどの差があることをマクニアは正しく理解している事だろう。

 野生に生きる魔物であればこうは行かない。戦いを重んじる竜族でさえ、これほどまでに無謀な戦いは本能から避けるはずだ。

 

 だが、それでも。たとえ膝が震えて恐怖に涙さえ浮かべていようとも。このドワーフの少女の体は確かに動いたのだ。

 その強さは——まるで、ここに倒れた人間に通じるかのような。

 

「……”ドウェルガ”の奴が選んだ道も、強ちバカに出来たもんではないのう」

 

「えっ……?」

 

「この人間が大事か、娘っ子」

 

 目線を合わせる。

 膝を土に汚しても、高さまでを可能な限り合わせようとする。それでいて射竦めるような鋭い視線を向け——真っ向から受け止めたマクニアは言葉ではなく、精一杯に睨み返す形で応じる。

 

「そうか」

 

 ドスッ、と。

 拳の衝撃が小さな体を貫いたのだと理解した直後、その意識は闇に沈んでいった。

 

「なッ……」

 

 自分以外は逃してやる。その言葉に反するような行いにエリックは目を瞠るが、直後の言葉による更なる驚愕で塗り潰された。

 

「こ奴は”人質”じゃ。儂を出し抜いて山から逃げようとでもするなら即座に殺す。それでも良いなら逃げるがよい。そん時は儂も追いはせん」

 

 ぐったりと力の抜けたマクニアの体を軽々と片手で持ち上げ、そして宣言する。

 

「儂こそは竜の女王(クィーンドラゴン)、ドウェルガの司祭エリックに決闘を申し込む! 時は不定(さだめぬ)、ゆえ思う存分に戦仕度を整え……儂を殺しに来るがよいッ!」

 

 未だ倒れ伏し動けずにいるエリックに背を向け——そして、思い出したように肩越しに言う。

 

「……ふむ、そうじゃの。ありゃあ何百年も前の争いじゃからな、今の若ぇ()に恨み言を吐くほど堕ちちゃおらんよと」

 

「ッ……?」

 

()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つ、と指を差したその先には——

 

「な、」

 

 意味を問いただすべく視線を戻した時には既に遅く。クィーンドラゴンの姿は、気を失った幼馴染と共に掻き消えていた。

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