「ヴォエ!! がっぐぶっ……ばっ、ぶはぁ!?」
「いい調子です、そのまま続けてくださーい」
ゴルド火山’sブートキャンプ、三日目。
今日のメニューは「マグマ溜まりに落ちたら即死!垂直ど根性崖登り」ッ。恐怖と緊張に引きつった喉が勝手に吸い込んだ空気の、肺が焼かれたかと思うほどの熱さに思いっ切りむせながら畳一枚ほどの広さも無い休憩地点に転がり込んだ俺は余りの苦しみに喘いでいた。
珍しく翼を出して俺の後ろでふよふよ浮いてるプロメスティンがキャッチしてくれると分かっていても怖過ぎるぞ、地獄の責め苦か何かなのかこれは。
「み、みず」
「はいどうぞ」
一日目の「マグマ溜まりに落ちたら即死!洞穴6時間鬼耐久マラソン」の絶望感も今この時程じゃなかった、と思い返しながらプロメスティンが魔法で出してくれる水筒の中身を死ぬ思いで嚥下する。
……そもそもこんな事をする羽目になってるのは、来たるべき決戦の時に向けての俺の戦力強化の為だ。
聞く所によりゃ、クィーンドラゴンはエリックに向けて「勝負の日時は定めない」とハッキリそう言い放ったらしいのだ。だから早い話が、こっちが仕掛けに行く前の間にやれるだけの特訓を片っ端から済ましてしまおうって事だ。
そう言うとちょっとズルく聞こえるかもしれないがな、俺達の目的はあの女王をどうにか出し抜いてマクニアを連れ帰ることだ。当然その後はこの山に居られなくなるわけだから、当初の予定も踏まえればどのみち今のタイミングでしか済ませられないってわけなのだ。これは。
……しっかしよ、プロメスティン。本当の本当にこんッなエゲつない荒行でしか『自然魔力の循環同期』とやらが習得できないってのか? いくら必要な過程だっつっても現実を認めたくなくなるレベルだぞ。
一応復習しておくと、俺が今現在必死こいて解決しようとしてる問題は要するに「天使や魔物と違って人間は魔力を練る能力が体質的に絶望的だから、最初から自然に満ちているエネルギーを感じて利用できるようになりましょうね」ってことだ。要するにNAR◯TOの仙術チャクラ修行と似たようなもん……そりゃ大変に決まっとるがな、ふざけんな。
指一本動かす気のない俺のだらけた腕を取って動脈の辺りをじろじろ観察してるプロメスティンに目線で訴えかけると、やつは「仕方のない人ですね」とでも言わんばかりの呆れ顔で多少の補足を付け足してきた。血の滲んだ手を癒しの呪文の光に当ててくれてるのは嬉しいが、できれば別の場所の観察の片手間にやって欲しくはなかったな。
「人間を魔術師に育てる実験の前例なんてものは存在しないのでノウハウがある訳ではありませんが、理論的には恐らくこれが最適解のはずですよ。何といっても貴方は既に”体内の魔力を感じ操る技術”を──それも予定外に先んじて──身に付けている事ですし、あまり難しい話でもないと思うんですけどねぇ」
「……そりゃ聞いたけど、よ……ここまでキツく……する、必要……」
「強い負荷を与えれば与えるほど肉体は『損なったもの』を埋め合わせようと周囲の環境から求めます。それは水や塩分といった物質的な欠損であったり……または
うーむ、反論できん。それは俺が”異議を発するに足る知識を身に付けてすらいないから”という訳ではない。今や理論としてこの天使に学んだ数々の教えが頭の中で過不足なくこの説明を肯定しているからだ。思えば俺もこの異世界の法則にすっかり馴染んでしまったものだ。
それに実際効果は目覚ましい。まるで体を叩いてくるかのような自然の力……熱波という形でじんわりと染み込むこの星の中心の魔力らしきそれを、何となくだが肌で感じる所まで来れたのだ。曲がりなりにも魔法と呼ばれるモノを使っていた今までの一年間で僅かにも気付く事のなかった感覚。一気に目の前の視界が開けたような感じだ。
しかしまだ足りない。感じるだけでは駄目なのだ。それこそ霞や空気と同じに「見えても
「……ま、物のついでです。これで貴方も少しは逞ましくなってくれれば私も嬉しいんですけどね」
「あー、何か言ったか……?」
「い、いえ。別に何も」
「うむうむ、いと尊き青春の一頁じゃのう」
「違いますよ、これはそんな……。…………」
「「わ──────ッッ!!?」」
びッ、びびびっくりしたァ!? いやこうやって急に出てこられるのは二度目、つッてもこんな状況になってまで何事も無かったようにまた来るかフツー!?
俺が寝転がっていた絶壁の真横、ゴツゴツとした岩の出っ張りに……いやこれどうなってんだ? 長い白髪を重力に逆らわせずに垂らす形で”逆さ吊り”になってるクィーンドラゴンが腕を組みながら訳知り顔でうんうんと頷いていた。
頭の高さは俺と同じくらいだ。どうやってこんな壁に張り付いてるのかと彼女にとっての足元を見上げてみれば……おいおい、冗談だろ? 緑白の鱗に覆われた竜人の足──それも当たり前のように片足──から伸びる爪が器用に岩肌に引っ掛けられていて、それだけで3m近い体が何ともなさげに軽く支えられているみたいだった。
いやまあ、どういうバランス感覚してんだとか俺がン時間かけて登った場所なのに超余裕そうじゃんとか、はたまた敵対してる相手の居所にどういう神経してたらぬけぬけと会いに来れるんだとか、そういった諸々のあれこれは全部端っこに置いといて……
「いつから居たんだよ!?」
「カッカッ、やはり良い暮らしを知ると人間ダメになるもんじゃのう。明鏡止水のかたッぱしでも掴めてりゃこう云う事にはならんのに。だからあの小僧っ子だってこんな近くに天使ちゃんが隠れておるのにも気付かない……」
あな嘆かわしや、という風に肩をすくめる女王は少なくとも敵意があるわけでは無さそうだ。
っつうかよく考えたらアレだな、まさかわざわざ見逃してやるとハッキリ宣言しておいた奴らが勝手に人質を取り返すために頑張ってるなんて知りもしないだろうから……もしかすると、エリックとの勝負に関係ない俺たちに対してはまだ無警戒でいてくれてるんじゃないか?
色々ありすぎてあんまり回っていない頭で若干の希望的に寄った観測に考えを巡らせているところに……な、なんだ? 俺を数秒じぃっと見つめたクィーンドラゴンが急に俺の足場に手を掛けてきたかと思うと、
「わ、わっ!」
「ちょこっと付き合え! これからいいとこに連れてってやるぞ! うーむそうじゃの、ついでに天使ちゃんも一緒に来るか?」
「……ッ!」
ひょい、と俺の首根っこを片手で掴んですっぽりと小脇に抱えてしまった。急な展開に頭が真っ白になるのも知らぬ顔でプロメスティンへと手を差し伸べるクィーンドラゴンだが、キッと表情を厳しくした彼女は天使の力で光の槍を生み出しながら威嚇するように叫んだ。
「そうはさせません! 彼を好きには……」
それは一瞬の出来事だった。
「むっ」
伸ばした方の手で女王が何やら”印”のようなものを結んだ直後——プロメスティンの持つ光の槍が、
俺達が呆然とその様子を見送っている間に……気楽な様子で”呪符”のような何かを懐から取り出す。それをまるで磁石に砂鉄でも付けて遊ぶみたいにプロメスティンの周囲を漂う粒子に向けると、なんと見る間に光の粒同士がくっつき合って『鎖』を形成し始めたのだ。
「あちゃ……経験が足らんの。うん百年前の基本戦術じゃよこれは。儂らに当てるために出したものは儂らにも干渉できようが? それに天使といえど己れに同じ聖素は”すり抜け”られまいて」
この世界の物質全てを透過する高純度の聖素で構成された天使の肉体を、縛る。恐らく生まれて初めてであろう経験に目を白黒させているプロメスティンを労りさえするような調子で、俺を抱えている腕と同じにぎゅっと詰め込むように抱えると——
「さあさこっちじゃ、とっときの抜け道を教えてあげよう! あそっから抜けて外出るぞっ!!」
◼️◼️◼️
「────……」
巨岩。
ゴルドの”気”に充溢した、およそ己が背丈の三倍に伍する怪物じみた威容を放つ肌色の
その瞼の下端が瞳の中心に達するまで開きかけた刹那、ふと腰を上げた彼はおもむろに岩を歩き……美しい体運び。地上に音も無く飛び降りた、直後の事だった。
どしゃあ……っ、と。
巨岩が音を立て崩れ去る。千々に砕けた内側から覗く漆黒の焼跡、ちろりちろりと舐めるように噴き出す焔の残滓がこの巨岩の末路を雄弁に物語っている。
この行をひたすらに続けていた間に限ってはゴルド火山に棲みつく──ほぼ全てが外に出払っている竜族を除いた──魔物も襲っては来ない程だった。
その大抵が欲望の塊でしかない魔物にとってすら畏れ、圧巻せしめる光景だったという事か。
『……できればさぁ、できれば俺もああいう風な修行が良いんだけど。魔力を操るって要は感覚的な問題なんだろ? そこらを走り回るよりこっちのが絶対いいって……』
『貴方にはまだ早いです。いくら楽そうに見えるからってあんな意味のわからない苦行から入るのはぜったいお勧めできません』
座したまま静するその修行風景を見た某”賢者”が垂れた文句は的外れもいいところだ。この世界でこんな真似ができるのは人外を含めても上澄み中の上澄みにしか存在しない……が、それすらもあの女王には全く通用しないのだろう。
一つの時代に生まれ落ちたある種の”天才”、エリックがそれに当たる事は間違いない。にも関わらず人間と妖魔の間に隔たる差には底の知れないものがあるのもまた事実だった。
(もっと……もっとだ。火の元素を、サラマンダーの力を本当の意味で理解しないと……奴に抗うことすら……)
事ここに至ってさえ、サラマンダーは何も語らず黙したままだ。
力を貸してくれているという事だけは確かだがその他一切の協力は見込めそうにない。技、知識、力の使い方……今のエリックを形作る多くの物は、かつてのサラマンダーから学んだ事だ。彼女に教えられる事は全て教わり血肉に変えてきた自信はある……だが確証は無い。
それで果たしてあの怪傑に対抗することが出来るのだろうか? いくら修練を積んでも疑念は尽きない。無理からぬ事とはいえ、とても心を穏やかに保てるような状況ではないのは確かだった。
「……ん?」
と。鬱屈した思考と危機感に逸る心を抑えながら、久方ぶりの地上を確かめるように足を着けつつマクニアを救い出す計画を考えていると——
ざっぱーーーん!! と。
直近でものすごく聞いた覚えがあるような声と、どえらい勢いで叩き付けられたであろう事を嫌でも理解させてくる”着水音”のような響きがこの山全体に轟いた。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
音のした方向への直線上はまるで図ったかのように山脈の尾根に遮られ、ここからでは何が起こっているのかまるで確認する事ができない。
しばらく停止していた思考が再び動き出した時。深く、大きく息を吸い込んだエリックの第一声は、全くの理不尽に巻き込まれている当の本人達からしても同意を返さざるを得ない内容となっていた。
「何やってんだあいつらッ!!!?」
ほんとだよ