あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第4話

 そうこうしている内に日が高く昇ってきてしまった。そろそろ昼飯の時間だな。

 

「よっ、はっ、と」

 

 できるだけ川伝いに歩いていることもあって釣りでもしようと思えば場所には事欠かない。いちいち持ち歩いてる訳ではないが、釣り竿なんてのは紀元前一万年前からある品物だ。とっくに通過済みの技術である。

 針と糸さえ持ってればその辺の枝でもナイフで削ってすぐ作れる。本当なら竹とかのロッドが良いんだけど、そんなもんこの辺にどうせ生えてないからな……。

 

 そんなこんなで、ようやく俺は銀色の魚を釣り上げることに成功した。やったぜ。

 

「どうだっ上手いもんだろう!」

 

「そうですね。少なくとも従来の手掴みよりはセンスがあるんじゃないですか。まだ望みはある方だと思いますよ」

 

 ぐうっ、なんか当たり強くねぇか……?

 この反社天使には俺が”村の役立たず”と言われていた頃のこともバッチリ見られている。よって前世関連以外の隠し事も見栄を張ることもできやしない。過去の黒歴史を並び立てられちまうと口喧嘩で勝てる要素が無くて困る。

 

「ふん……」

 

「やれやれ」

 

 そっぽを向くプロメスティンの当たっている焚き火の所まで魚を持ち帰る。申し訳程度の下処理をしてからさっさと食べてしまうとするか。

 うーん、こういう作業をしてると俺も変わっちまったと実感するな。前世では魚だとしても生き物の腹を掻っ捌いて内臓を引っこ抜くなんて機会はそうそう無いから抵抗感もあった訳だが、今じゃ鶏くらいなら特に違和感もなく締められる。

 

 確かに過酷な環境ではあるが、(いや)(おう)でも人生経験ってやつが積まれていくな。今じゃちょっとしたアウトドアマニアにマウントを取れるぐらいにはなったと思う。

 ピチピチ跳ねる小癪な魚類どもを淘汰していると、プロメスティンがチラチラと興味深そうにこちらを伺っていたらしく(にわか)かに目が合った。

 

「もしかして興味ある? ほれ、中身見てみるか?」

 

「えっ、ええ……」

 

 まな板代わりにしていた平たい岩の上に散らばった内臓をおずおずと観察してくる。俺に教える立場ってことで忘れかけていたが、こいつも本当なら自分の知識欲を満たしたいと思ってるタイプのはずなんだよな。これぐらいの物ならいくらでも見せてやるか。

 けっこう躊躇なく臓物をくちくち弄ってくるメガネっ子にちょっとしたギャップを感じて微妙な表情になっている俺に対して、プロメスティンは俺への確執なんて忘れ去ったかのように疑問を投げかてくる。

 

「人間はこれを取らないと食べられないんですよね? それは健康に害があるからですか?」

 

「うーん、食えないこっちゃないが普通は苦すぎるから取り分けるのが常套だな。えぐみの程度も種類によるんだが、まあ悪いやつを食っちまっても良いことはないしさ。……つーか何、ずいぶん他人事みたいに言うけど天使ってモノを食わないわけ?」

 

「いえ、そうではありませんが……天使の多くは菜食主義なんですよ。魚を食べるどころか、こうして生き物の中身を見る機会なんて向こうでは滅多に無いものです」

 

 何だ、食わず嫌いか〜? そんなんだからチビっこいままなんだぞ。

 そう言いながら頭を上からウリウリと肘で小突いていると、数年で身長差がすっかり逆転した少女はまるで獣のような目で睨んできた。こわ……。

 

「そういう話じゃありません! というか私からすれば、貴方たち人間の子供がたったの数年でそこまで伸びる方がおかしいんです」

 

「うへぇ、ベジタリアン……」

 

 いやまあ、前世でよく見た人間の自分縛りとは違ってマジモンの天使様にあらせられる訳だからな。そりゃそういう事もあるか。

 しっかし面倒な事になった。旅の途中で獲れる食糧といったら肉や魚の方がむしろ簡単だ。この辺りでとれる野生の果物なんかは殆ど季節から外れてるし……。

 

 どうしよっかなと考えつつ魚に串を入れていると、勝手に俺のナイフを使って魚の内臓を解体しつつあるプロメスティンが何でもないように補足を入れてきた。意外と俺のこと良く見てるんだな、お楽しみ中だろうに。

 

「……私の分は大丈夫ですよ? この体は小まめに天界と行き来して聖素を補充する限り食事を()っても平気ですし、もともと私は少食ですから」

 

 はぁ、それは結構な事で。

 天使とかいう生き物の上位存在っぷりを改めて思い知るが、ついでにもう一つ聞いときたい事がある。

 

「それって単に燃費が良すぎて食べられる量が少ないの? それか食べようと思えば人並みには食べられる?」

 

「え? ……まあ後者ですけど、それが何か?」

 

 ああ、それなら良かった。

 

 口ん中から串をぶっ刺した魚を焚き火にかけた後、俺は手を洗ってからゴソゴソと鞄の中身を探りだす。こんなに早く虎の子を開封しようとは思ってもみなかったが、まあいいだろう。

 粗方作業を終えて一息ついてるプロメスティンに、俺は全体的に褐色っぽい粒々の実を差し出した、

 

「ほれ、乾燥果物。甘くてうまいぞ」

 

 旅立ちの日のために村で作らせたドライフルーツだ。道中で少しずつおやつに食べながら歩こうと思ってたんだが、やるよ。

 

「ちょっ……話聞いてました!? 私は食べなくていいんですってば! 貴重な食糧なんですから貴方が食べてください!」

 

「まあ待て、言わんとする事はわかる」

 

 正直この時代、長旅だと食糧事情はカツカツだ。現に保存食があるのに魚なんて獲ってるのも、手軽さに胡座をかいていれば余裕で詰む恐れがあるからだしな。

 でもさ、食わなくていいならそれに越したことは無いだろうって?

 

「へーきへーき。俺はいざとなったら野兎でも射て食えばいいから。どれ、そろそろ焼けたかな?」

 

「いや、あの……!」

 

 

 だとしてもお前、目の前で女の子が手持ち無沙汰にしてる手前、飯をうまそうに食えるかよ。

 

 

「そういや前に凄いもんを作ってさァ。お湯で戻すだけで野菜スープになるブロックが何袋かあるんだけど。よし、夕飯はそれにするか? 我がヨロギ村産の最新技術だぞ!」

 

「えっ。何ですかそれ、凄い……じゃなくて!」

 

「まあ毎度よろしく『旅人』の受け売りシリーズなんだけど。だからそれを再現しただけの俺はちょっとしか凄くないが、モノはやっぱり凄いんだぜ。いやぁ俺もよくやったもんだなぁ……」

 

「その話も是非聞きたいのですが、そうではなく!」

 

()()()

 

「…………っ」

 

 俺だってこれが伊達や酔狂の話でしかないってことはもちろん分かってる。でもさ、二人旅ってそういうものだろ?

 ちょっとぐらい楽しみながら歩いたって、きっとバチは当たらないだろう。

 

「昼飯ぐらい一緒に食べようぜ。ほら、いただきまーす」

 

 焼き魚にかぶりつきつつ横目でチラリと様子を伺う。流石に結構迷っていたけど、やがて意を決したようにこう言ってくれた。

 

「……いただきます」

 

 

 

 

 

 

「……………………ッつあ! すっ! なにこれ酸っぱぁぁい!?!?」

 

「アッハッハっは!! 慣れねえ内はそんなもんだよ! よーく味わってりゃそのうち甘くなる!」

 

「ううう〜〜……! ひろいです……!!」

 

 

 いやあ、楽しいもんだね、本当に楽しい。

 異世界に来てから一番うまい飯だよ、これは。

 

 

 


 

 

 

「……あのあれ、もうちょっと頂けませんか?」

 

「おい待てもう結構食ってるぞ!! 慣れろと言ったがいくら何でも慣れすぎだろカツカツなのは変わらねーんだぞ!?!?」

 

 まずい、こいつもしや甘党か……!? 慣れない刺激を与え過ぎてしまったのは失敗だったかもしれん……。

 科学者キャラの例に漏れない設定に軽い頭痛を覚えながら俺たちは撤収の支度をしていた。焚き火を消し、広げた荷物を纏めてからでなきゃまだ出発はできないからだ。

 

「……どこが小食だよ、食いしん坊め」

 

「んなっ!? 私はただ、未知の感覚に興味を掻き立てられただけで……そもそも最初から量はあまり無かったじゃないですか……!」

 

 まあ、食いしん坊は流石に言い過ぎかもしれんが。そういう所も含めて楽しめたし、これはこれで。

 

「よし、じゃあそろそろ……っ?」

 

「? どうしたんですか?」

 

 ……ちょっと失敗(しく)ったかもな、こりゃあ。

 流石に騒ぎすぎたか? 匂いの出るもんを広げてたのが不味かったか……そういうのは後で考えるべきか。いや、取り敢えず。

 

 

 

「そこの……茂みから今、音がした」

 

「え?」

 

 

 

 原っぱで呑気に遊んでる場合じゃなかった。ここは村の中でもなく、ましてやピクニックに来てる訳でもない。

 街道の整備なんてされてる筈もなく、未だに外は魔物の領域。とくればその音の正体は分かりきっていて——草むらから、一つの人影が飛び出した!

 

 

 


 

 オオカミ娘が現れた!

 


 

 

 

「あらぁ……? 迂闊なコかと思ったけど、カンは良いのね」

 

「くそ、そりゃ出会(でくわ)さないとは思ってなかったが……!」

 

 人影はその真っ黒な長髪と同じ色の体毛に覆われていて、その中で真っ白モフモフな毛が奥から覗く二つの大きな耳が頭のてっぺんから生えている。褐色の肌に瞳は黄金色、そのグラマラスな体つきは黙っていても過剰なまでに扇情的な印象を叩き付けてくる。

 チラリと覗く白い牙を輝かせて舌なめずりをする様子はどう見ても穏やかではない。思わず見入ってしまうほど綺麗な瞳に情欲の色を溢れんばかりに浮かべさせながら、前世じゃ絶対お目にかかれない天然物のケモノ娘はこう言った。

 

「でも関係ないわ。ぐちゃぐちゃに犯し尽くして、このオマンコにピューピュー種付けさせてあげる……♪」

 

 魔物を見たのは初めてではないが、それでも頭がクラクラする。果たしてこれが現実か? くそ、おっぱいがでけぇ……。

 

「今、何か」

 

 旅の同行者が決して持ち合わせないものを備えていることに対して何か特別な感情を抱いているわけでは特にないからどうかその呟きは聞かなかったことにさせてくれ。

 

 当然だが、ここで俺が密かな鍛錬を積んでいた結果として実はかなりの実力を身につけており多少の苦戦をしつつも序盤の魔物程度は打倒できる、などという展開は……無い!!

 いくら天使サマに買われるような振る舞いをしていようが所詮は前世日本人! 人間の戦士どころか下手すりゃそこらの村人Aより貧弱な男だ。魔物というだけで強さはそれぞれであり、必ずしも目の前の敵に勝てないとは限らないと理屈ではそうなるのだが、こりゃどうせたぶんきっと無理だ! 勝てない!

 

 ……かと言って諦める訳にもいかんのだが。

 まあ大丈夫、流石に俺も無策で旅なんかに挑んでるわけじゃないさ。

 

「そいつはお断りだ。ちゃんと戻ってこれるんなら興味もないことはないが、そこに溺れちまうと戻ってこられる自信がちょっとないんでね……」

 

「関係ないって……言ってるでしょ?」

 

 ふう、流石に圧が凄い。じりじりと後ろに下がってもその分だけ追い詰められていることに変わりはないし。昔に夜なべして作った狩猟弓を指出しの革手袋越しで後ろ手に握るが、これまた汗がじんわりと滲んでしょうがない。

 やっこさんも下手に飛び込んで傷付くのが嫌なのか様子見がちだが、発情してトロンと歪んだその表情を見るに時間の問題であることは間違いあるまい。そうやって睨み合っていると——

 

「去りなさい、下賤な狼。彼は渡しません」

 

 俺の前に守るように立ち塞がったのはプロメスティンだった。どうも痺れを切らしたのか刺々しい口調だ。

 

「はっ、あいにく女に興味はないのよ。この爪で引き裂かれたくなかったら、そこを退くことね」

 

「それは此方のセリフです。断言しますが、貴女では私に勝てません」

 

「人間ごときが偉そうに……!」

 

 どうやら敵はプロメスティンのことを人間だと思っているらしい。そりゃあ翼も輪っかも出してないのに分かるわけはないか。

 

「…………ふん」

 

「がるる……」

 

 どうでもよさそうに相手を見下すプロメスティンと、敵意を剥き出しにして唸り声をあげるオオカミ娘。緊張が張り詰める中、最初に動いたのは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーッ、あんな所に元気で健康的な五人のかわいい男の子が今から誰かに襲われるなんて考えもしないで無邪気に川辺で遊んでるーーッッ!!!!」

 

「がう!? がるぐるぅ!?♡♡♡」

 

「逃げるぞプロメスティン!!!!」

 

 

 


 

 

 

「ハァ……ハァ……完璧な作戦だった……」

 

「はあっ、ど、どこが!! っていうか、フード、引っ張らないでくだ……逃げ切れてる!?!?」

 

 一度に三箇所とは、中々のツッコミ力じゃないか……俺と、ハァ、コンビを組むなら合格だ……。

 

「ふざけてる場合じゃなく!!」

 

「おえっ……し、仕方ないだろ……俺、あの人に勝てる気しないし……」

 

「っ、そうじゃありません! 私に任せておけば良かったと言っているんです!」

 

 うん……言わんとする事はわかるよ。

 天使なんて超常存在、もしかしなくても俺なんかより凄い力を持っているんだろう。あのまま二人が戦ってしまえばプロメスティンが圧倒してカタが付く、本当はその程度の話なのかもしれないが……

 

「でも……お前、アイツが近づいてるのに、俺が言うまで気付かなかったよな」

 

「えっ……?」

 

 そうだよ……いくら凄い力を持ってたって、お前は戦いなんて無縁の世界で生きてきたんだろ? だから、お前を戦わせたくないと思った。だって何が起こるかわからないじゃないか……。

 

「逃げられれば、逃げるに越したことは無いって話だよ。ほら、むしろ後ろにいた俺の方が危なくなってたかもしれないし。……そういう、自分がかわいいって理由で言ってるわけでもあるしさ」

 

「…………ごめんなさい」

 

 今になって色々と気付いたらしいプロメスティンが恥じいるように俯くが、そんな必要は全然ない。なにせ、どっちかと言うとあんなんで逃げ切れる方が確率は低かったろう。私情を挟んで動いたのは俺の方だ。

 

「まあ、勝算が高くなかったって事もないけどな」

 

「それはどういう……?」

 

「ああいう手合いは、まあ、頭がセックスのことで一杯なんだよ……まあ魔物なんて大抵そんな感じだけど、冗談みたいな馬鹿しかいない。俺が見てきた獣系の魔物は、特にそんなんばっかだったからな……」

 

 つくづく思うが、どうなってんだよ。この世界……。

 

 

 


 

 

 

「ぐぁるる……どういう事!? 男の子なんていないじゃない!!」

 

 平原にて。

 存在しない少年の群れを探して軽く半刻以上も周辺をかぎ回っていたオオカミ娘は、ようやく自分が騙されたことに気が付いた。

 

「ぐぐぐぅ……あの男、許さない! どこまでも追いかけて絶対に犯してやる!」

 

 それは逆恨みというものだったが、つい同時刻ごろに『冗談みたいな馬鹿』などと槍玉に挙げられていることも知らない彼女にとってはどうでもよい事でしかなかった。

 この上なくつまらない失態で千載一遇の機会を逃した獣欲の塊は、次なる目標に完全に狙いを定めてしまった。

 

「オオカミ娘の恐ろしさ、存分に見せてやるんだから……」

 

 

 己の影に重なるようにそこに居る、もう一つの影に向かって。

 

 

「ね、あなたもそう思うでしょう?」

 

 




感想、評価、ありがとうございます!励みになります!
おかげさまで一瞬だけ日間ランキングにも乗ってしまったりして……感謝の言葉もございません。

あと地味に心配なのが、この原作で避けては通れないR-18判定の見極め方ですね……本番はあるとしても作中では直接描写しませんし、書くとしても別枠になりそうですが、そもそも今回ぐらいの淫語はセーフなんでしょうかね……。
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