あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第40話

 岩壁や地中から滲む溶岩の僅かな明かりがもたらす、薄い暗闇に覆われている。

 ゴルド火山洞窟内のどこかにひっそりと収まっていると言われるその広大な一角はなだらかな高低差のある立体的な地形や遍在する無数の岩柱が特徴だが、特筆するべき最たる点はそこではない。

 

 場所は剣の墓場(グレイブラウンド)、と呼ばれている。

 

 かつて聖魔大戦の折に一匹のクィーンドラゴンが鍛えた幾百もの刀剣……その夥しい数の()()()が辺り一面、壁と言わず、床と言わず、天井と言わず、所狭しに突き刺さっているという無類の光景こそにある。

 

 付け加えれば——“失敗作”という表現は、当の時代における()()使()としての役割においてのみ当てはまる物だ。

 聖素を留める事ができなかったというただ一つの欠点だけで時代に不要と切り捨てられ廃棄されるしかなかった名刀と宝剣による屍山血河である。(しか)してその切れ味と存在感は数百年の時を経てさえ些かの劣化も見せず——ここに導かれた魔族の剣士が一生涯の相棒と巡り会う、などという事もある程だ。

 

 “鋳造場”と呼ばれる竜の女王の棲家(すみか)に次ぐゴルド火山屈指の特異なる地。その中に足を踏み入れた人間の戦士エリックは油断なく周囲を見回し、(うろ)の奥底より滲み出る凄まじい妖気に意識を向けた。

 

「とうとう来おったな」

 

「…………」

 

 この場所はすぐに分かった。まるで居場所を知らしめるかのように垂れ流しになっていた女王の気配に(いざな)われるまま歩いてきたというだけの事。

 時が来たのだ。決着を付ける時が。命を掛けた闘争の時が。

 

「……武器を使うんじゃなかったのか? その手には何も持っていないように見えるが」

 

 対面する相手の立ち姿に違和感を感じて指摘をすればクィーンドラゴンは軽く両腕を広げて肩を竦め、何という事は無いという風に言い放った。

 

「ここじゃよ」

 

「……?」

 

「この場所その物こそが儂の武装よ。ここ剣の墓場(グレイブラウンド)は儂が世界で二番めに強くあれる空間。竜の女王がこの場に待ち受けていたという事実がそのまま、貴様を本気で叩き潰す覚悟の表れになっておるとでも思ってもらえればええ」

 

 そこで言葉を切るや否や——すうっと、音も立てずに一筋の煌きがクィーンドラゴンの目前を垂直に流れ落ちる。

 まるで造り手の存在に呼応するかのように。天井に突き刺さっていた一振りの剣が、なんと独りでに抜け落ちて来たのだ。極上の切れ味を孕むそれの柄を何の危うげも無く空中で掴み取った彼女は、どこか嬉しそうに呟いた。

 

(あで)(がたな)イロリ。456年製、四重反り工、ニド鋼八対 寿ぎ砂一対 洗昌涙一。極めて硬いが粘り強い、血液を絡め取る性質有り。とんだ暴れ馬でもあるが……肩慣らしには都合がよかろうて」

 

 ひゅっ、と剣を振るった次の瞬間、押し流れるような風のうねりがエリックの鼻先に触れた。

 エリックは確信する。全てだ。かの敵はこの空間全ての刀剣の”位置”と”特性”を把握している。対してこちらは背負う大刀一本以外に頼れる得物は無い——。

 

「しかし、ふむ。てっきり例の二人も貴様の戦いを見届けにくると思ったが……」

 

 不利を押しての覚悟を決めつつ、エリックは耳にした疑問に返答した。

 

「あいつらには()()()()()()()()。特にあの男は事の顛末を黙って見ていられるような奴じゃない。下手に横槍を入れられては、そちらも困るだろう……」

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

「んなワケねーだろっての……」

 

 そろそろ向こうで例のセリフが出た頃合かと想像しながら、“何も言わずに”どころかしっかり口裏を合わせてクィーンドラゴンと出会さないようここまで来た俺とプロメスティンはゴルド火山の山頂に向けて歩き進んでいた。

 

 幸いにもプロメスティンの組んだ探知魔法で大まかな目的地は割れている。二年ちょっと前にオオカミ娘の奇襲を防いだ時のと同じような術式だが、なまじ相手の力が強いだけに今回はこれだけの広範囲から怪しげなポイントを割り出す事ができた。たっぷり数日かけてだが。

 

 それで女王の寝ぐらと思しき座標を知れたのはいいんだが、問題は洞窟の中が複雑に入り組んでいて思ったよりも目的地に辿り着くのに苦労しそうだってところだな。早くもプロメスティンは疲れて休みたそうな顔をし始めてる。

 しかし悪いが今は先を急ぐのだ。いつまであのクィーンドラゴン相手にエリックが持ち堪えられるかわからな───っ、と。

 

「気をつけてください。何か来るようです」

 

「……ああ」

 

 やはりそう簡単には行かせてくれないってか。久々の実戦に気を引き締めながら、砂塵を巻き上げてこちらに走ってくる魔物の気配に意識を向けるのだった。

 

 

 


 

 アッシュボアが現れた!

 


 

 

 

 大柄かつ豊満なヒト型の肉体は屈強な筋肉に覆われている。逆立つ毛並みは灰色で、よく見ると細い尻尾が揺れているようだ。口の端には二本の牙が生えている。

 いかにも頑強そう(しかし露出度はやはり高め)なプレートを纏ったその獣人は……見るからに問答無用という感じでこちらに向かって突進してきていた。

 

「猪型の中級モンスターのようですね。どうしますか? ああいう単純そうな手合いの対処は面倒なんですけど」

 

「お前は後に仕事が控えてるだろ。今は休んどけ……さて」

 

 エリックを女王のとこから回収するのにはプロメスティンの呪術が必要なんだ。こんなところで魔力を使ってガス欠になられると非常に困る。

 そういうわけで前に出た俺の姿を認めたのか、地面の岩盤を削りながら急停止したアッシュボアは居丈高にこちらを見下ろしてこう言ってきた。

 

「ふん、山のヌシが触れ回っていた侵入者とはおまえらか。ひとり足りないようだが、まあいいわ」

 

「クィーンドラゴンに俺らの話を聞いていたのか?」

 

「そうだ。彼奴(きゃつ)らは友人だからそっとしておいてやってくれ、などとな……ふざけた話だ! ほとんど、みながあの老いぼれを恐れて言う通りにする。だが、そうでなくとも竜族どもに獲物を奪われるこの年に、黙って男を見逃すものか!」

 

 竜族以外であれば魔物の邪魔が入る可能性も織り込み済みではあった。といってもクィーンドラゴンがいる限り余程に蛮勇があるか狡猾なやつかの二択になると思っていたが……どうやら目の前のコイツは前者らしい。

 言い終わるや否や唸り声をあげながら襲い掛かってくる巨体を、俺はため息を吐きながら迎え撃つのだった。

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

「ふむ。何ぞ企んでおるような気配がせんでもないが……」

 

「…………」

 

「まあよい、とっとと始めるか?」

 

 じり、と焼けつくような緊張感が場を支配する。あくまでも自然体で剣をゆらゆら動かす女王だが視線は油断なく大刀を構えるエリックを見据えている。

 

 一歩、先に踏み出したのは彼女の方だった。

 

 ゆっくりと片足を上げ、前に動かし——文字通りの一挙手一投足を見逃すまいと目を細めていたエリックをして、次の光景は驚愕せざるを得なかった。

 

 ()()()、と足が地面に食い込んだのだ。

 

「まずは一手。これぐらいは軽く捌いて欲しいがのう?」

 

 まるで泥濘(ぬかる)みに突っ込むような気楽さで足を沈めた溶岩の染みる岩盤を、高速で前方に蹴り飛ばした!

 散弾にも勝る石塊の津波をエリックは大刀で一息に薙ぎ払う。サラマンダーの魔力も使用する事で熱を帯びた礫の防御には成功した……が、そこで気を緩めていれば即座に死んでいただろう。

 

 自分が飛ばした攻撃よりも速く。既にクィーンドラゴンがエリックの背後に回り込んでいたからだ。

 

「ほぉれッ!!」

 

「────っ!!」

 

 ギャリんッ! と剣刃の擦れあう音が炸裂した。竜の女王の余りにも強烈な腕力による斬り上げを受け流しきれずにエリックは身体を回転させて軽く5メートルほど吹き飛ぶも、空中で全身を巧みに動かす事で完璧に姿勢を制御し辛うじて二本の足での着地に成功する。

 息をつかせる暇もないか——そう内心で悪態を吐きつつ、剣を構えて炎の魔力を集中させた。

 

 

茶・梅・火(サザンカ)!」

 

 

「ほう……!」

 

 エリックの周囲に数十もの火球がずらりと浮かび上がる。ひとつひとつが舞い散る火花と見紛うほどに小さいそれらに()()()()を上げながらも澱みない動きで滑り込ませるように振るった女王の剣は——

 

 バゴォ!! と。

 

 火花の一片に刃が触れた瞬間、その小規模の”爆風”に弾き飛ばされた。カラカラと音を立てて回りながら自らの手を離れる『艶刀』を一瞥し、すかさず飛び退いて距離を取りながら女王はちぃと舌打ちをする。

 

「『目』を見切れんかったか……片っ端から潰して回ってもいいが骨が折れるのぉ。ここぁやはり手数で掻い潜ッてやろうか……?」

 

「クッ……!」

 

 やはり()()()()()()。この技もそう長く続かないだろうと冷や汗をかくエリックをよそに女王は足元から——否、地面に突き刺さる”二振り”の武器を引き抜いた。

 それは剣、というよりはまるで()()()()()()をそのまま抜き取ったような形状の……鋭利な(はり)? それとも(かま)? 素材も製法も不確かだがどことなく原始的で、かつ野蛮な恐ろしさを匂わせる奇妙な武器だった。

 

双牙(そうが)ツィンザーガ。多腕の種族がそれぞれを()()()振るう事を前提とした重量(おも)さの得物じゃが……儂の膂力ならば片手ずつだろうが何の問題もあるまい」

 

 くるくると手の中で弄ぶように回しつつ手首のスナップで軽く垂直に放り投げ、回転して落下するその二振りを気楽そうにパシっと掴み取りながらクィーンは独りごちる。

 

 骨のような見た目に合わず相当な目方を帯びるらしい二本の武器を羽根のように軽く流麗に取り回してみせたクィーンドラゴンは——瞬時に腰を落とし、腕慣らしも終わったとばかりに疾走する。

 一歩、二歩三歩四歩、五歩、六歩、だんッ! 一際に力強い踏み込みと共に跳躍、迷いなく頭蓋を叩き割る軌道で右手の武器を振り下ろし——

 

「……、ッ!?」

 

 寸前、エリックは()()()()()()

 茶梅火(サザンカ)は無数の火花ひとつひとつが触れれば爆発する圧倒的な熱量を封じ込めた攻性の防御結界——これを纏った術者を直接斬り付けるには()()()()()()()()()()()()()ように刃を通さなくてはならない。

 

 そんな離れ業をいとも容易く実行して攻撃を通したのだ。見た目以上の質量による振り下ろしは当然のように甚大な威力——だが、致命的ではない。絶妙な速度と角度の加減に減衰された片腕での斬撃、力を受け流す形でなら十分に対処は可能……!

 

「ら、っ────」

 

 

 

 ドバァッ!! と。

 

 

 

 直後に起爆した茶梅火(サザンカ)の爆音は()()()()。真正面に愚直な膝蹴りを突き入れたクィーンドラゴンの身体がそのまま真っ直ぐ後ろに吹っ飛んでいく——と同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 飛びながら地面を蹴って後方への力の流れを上に変換し、『双牙』の二振りを天井に突き立てることで食い止まる。その全身には一切の傷も火傷も負っていないようだった。

 

(その程度の熱も衝撃も儂の肉体(からだ)を決して貫かん事ぁ分かっとる。そして……)

 

 引き絞るように両腕の力を込めた女王は直後——()()()()()()()()()()()()()! 岩壁の窪みに預けた自重を余さず繊細に支える脚の爪、さらに両の手に備えた特殊な形状の武器によって可能にしたその速攻の反撃は「面」の攻撃によって数を減らした茶梅火(サザンカ)の補填を許さない連撃へと繋がる!

 

()ッ────」

 

 確実に初撃を防ぐべく残る火花を一点に密集させたエリック——『双牙』の片割れが爆風に弾き飛ばされるも絶死の二撃目が急所を抉らんと刺し込まれ——

 

 じゅわッ、と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ、むう……!!」

 

ぐっ、らァあああ───ッッ!!

 

 初撃の爆破で体幹を崩されていたクィーンドラゴンに成す術はない。火の魔力によって強化され、加えて充分な回転に蓄えられていた脚力は爆発的な威力と途轍もない勢いで女王の体を吹き飛ばした。

 ——その先で衝突した洞窟の岩柱がガラガラと音を立てて崩壊していく様子は圧巻の一言だった。並の人外も顔負けの破壊力、あの”賢者”がこの光景を見ていたら腰を抜かしたに違いない。

 

「は、はッ、はッ────」

 

 刹那に等しい攻防。命懸けの綱渡りを乗り越えたエリックの脳裏に過ぎっていたのはつい先日に自分が施した一つの教訓——「術にかまけて体捌きを疎かにするな」、だ。

 だから茶梅火(サザンカ)()()()()()()前提とした動きに全てを賭ける事ができた。クィーンドラゴンの狙いが本命の二撃目だということに全てを賭けて反撃を合わせる事ができたのだ。

 

 しかし”咄嗟の直感”という限りなく細い道筋を引き当てた事に変わりはない。たとえその直感が「司祭長エリックの戦闘経験」ほど信用に足る概念から来ている物だとしても、心理的な負担は計り知れないだろう———

 

火神(かしん)烈脚(れっきゃく)……」

 

 と。

 

 崩れた岩柱の奥底から聞こえる平然とした声は、女王が全くの無傷であるという事実を無情にも突き付けた。

 しかし手応えの無さは薄々勘付いていたのだろう、それも当然だと言うような厳しい表情でエリックはクィーンドラゴンが今にも這い出ようとしている瓦礫の山に向け大刀を構えた。

 

()()()サラマンダーの(わざ)……じゃな。まっこと素晴らしい仕上がりだのう……その若さで既に彼女自身と遜色ないわい。本当に大したものじゃ……」

 

「……どうも皮肉に聞こえる。ここ一週間で鍛え直した急誂えの、大して効いてもいない技をそう褒められてしまうとな……」

 

 エリック自身の作り上げた技である『ニ陽(ジヨウ)』は先の衝突において全くと言っていいほど効果が無かった。ウィルム娘(強敵)との戦闘直後で疲労もあったが、そこで何より指摘されたのは”燃費の悪さ”に他ならない。比類なく強力である事に相違は無いが、彼の短い人生で編み出した奥義の数々は同時に酷く安定に欠いていた。

 

「……じゃが、やはり貴様は天才じゃよ。儂の僅かな言の意図を読み、悠久の教えに学ぶ事で我が身に足りない技術をこうまで見事に補ってみせるとは。……まったく、()すには惜しい。殺すに惜しいぞ……」

 

「…………」

 

「それにつけても——ああ、悲しきかな。その戦い方を身につけてしまったが故に、貴様は自らの敗北を決定付けてしまったと云うのじゃからな」

 

 クィーンドラゴンは新たな刀剣——というよりは”刃の付いた重厚な金属塊”——を引き摺りながらゆっくりと瓦礫の中より現れ、そして言い放つ。

 

「なあ、聞こえておるかなサラマンダー。はるけき彼方の大昔……儂が童女の頃に勝負を挑んだあの日より共に競い合ってきた技競べの歴史の中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」




【Tips】
アッシュボア…そんな名前のモンスターは別に存在しない。いい感じなパワー系の敵キャラを考えた結果生まれた。灰色イノシシ。

 剣の墓場 …ここまで来るともはや半一次創作。薄々勘付いてきた方も多いと思われるが当作品は展開の維持のためならいくらでも思いつき設定を追加する。はやく時間を進めろっ‼︎原作開始時点までに取り返しのつかない事になってもしらんぞーーっ‼︎‼︎

サラマンダー…技の燃費と威力のバランスがいい。エリックはマジの天才だしサラマンダーより攻撃力が高い技を覚えるけど年季が短くて燃費が最悪。そういう設定らしいです。クィーンドラゴンさんはサラマンダーの上位互換。何?
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