あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第41話

「ぬがあああああ!!!」

 

「くっ、馬鹿力がっ!」

 

 呆れた奴だ。俺が簡単に捕まらないと見るや攻撃に躊躇が無くなってきたぞ。

 両手を組んだ状態での振り下ろしで軽く地面を砕いてくるアッシュボアの怪力から距離を取りつつ、俺はうんざりしながら両手に構える杖に魔力を込めた。

 

「ええい、いい加減倒れてくれ! メガ・サンダー!

 

「うぐぐぐ……なめるなぁ!」

 

 なんつータフな魔物だ、この調子で何度か攻撃魔法を当ててるが大して応えた様子もない。

 若干黒焦げになりながら再度突進してくる猪の巨体を今度は影の魔法でやり過ごす。周囲の溶岩と暴れ回るヤツ自身のおかげで潜る影には事欠かないが、正直あまり状況はよろしくないな。

 

 さっと影から飛び上がり身を低くして着地する。さてどうしたものかと考えていると——

 

 

 顔面を岩場に突っ込んでもがいてる脳筋の姿が目に入ってきた。

 

 

「………………。」

 

 正攻法で攻略しようとした難敵の楽に倒せる裏技を偶然見つけてしまったような釈然としない感情もあるが……まあいいか。

 隙だらけの下半身をボコボコにして決着した。

 

 

 


 

 

 

「むにゃむにゃ……こっちだ……」

 

「貴方の習いたての精神支配で操作できるあたり本当に頑丈さだけが取り柄みたいですね、彼女は」

 

 あんまりバカにするなよ。強さだけは今まで戦った中で一番だったぞ、コイツ。

 流石に北の魔物は手強いと再認識しつつ、あーだのうーだの言いながら女王の寝ぐらまで案内してくるアッシュボアを俺は微妙な気分で眺めていた。あまり強いショックを与えると飛び起きちまうかもしれんが、まあ土地勘のある奴を味方につけれたってのは普通に大きいよな。

 

 そうして俺達は洞窟の奥部、何かツタのような植物に薄く覆われた壁を右手に3メートルほどの横幅の道を登り歩いている所だ。

 左側は急な断崖になっていて足を滑らせれば6〜7メートルは転がり落ちてしまいそうだ。ま、そんな心配をしなければならないほど狭い道という訳でもない。それより結構な距離を歩いた事だし、いよいよ目的地まで近くなってきた頃合いだと思うのだが……

 

「どうだ? 座標は近くなってるか?」

 

「う〜ん……これはどうなんでしょう? ある期間から数値の変動が一定に収束したままになっているような……」

 

 プロメスティンが目を落とす羊皮紙の上では先程から何やら数桁の数字がズラズラとうごめき続けていた。上下も含めた三次元的な捜索の為に一から定義した自動計算表との事らしい。これくらいは片手間に作ってしまうのがプロメスティンという奴だが、桁数がバカに多いのと変動が早過ぎるのとで俺には何が書いてあるのかさっぱりだな。

 目標地点を表すピタリと停止した数値の下でジャカジャカ動いてるのが現在地……三軸に加えて目標地点までの壁の体積とかも測れる優れものらしいが、その数値がさっきからどうも妙なんだと。

 

「変動が収束? すると俺達は同じ場所をぐるぐる回ってるって事か?」

 

「どうもそうらしいですね。このアッシュボアが案内を間違えてるんでしょうか」

 

「あうあう……」

 

「しまったな、殴りすぎてバカになったか?」

 

「それか精神支配のかけ直しですかね……むっ」

 

 何かに気がついたような声を出したプロメスティンは植物に薄く覆われた洞窟の壁をペタペタ触りつつ、舌を巻いて「まさか」と唸るように呟いた。

 

「これは……フラクタル構造? かなり挑戦的な空間操作の結界ですね……まさか高等魔術が数学の理論を軸に組み込まれているとは……」

 

「何が何だって?」

 

「我々が同じ場所を歩き続けているというのは確かなようです。ちょっと待ってください、説明します」

 

 チラリと視線をアッシュボアに向けたプロメスティンの意図を汲み、杖を向けてその巨体をそこら辺の地面にごろりと転がす。立ちっぱなしにさせておくにも意外と集中力を使うのだ。

 

「フラクタル構造というのはですね……自己相似図形とも言い換えられる特殊な構造です。要するに『どれだけ拡大して見ても同じ形が永遠に浮かび上がり続ける図形』と表現できます。例えばこちらを見てください」

 

 そう言うとプロメスティンは手に持つ羊皮紙の数字を一旦消し、指に沿わせる形ですらすらと線を引いて一個の立方体を書き込んだ。

 

「これを27等分して3×3×3の立方体を新しく作るとします。それでその中の7ブロックを……これらと、ここを抜き取ってみましょう」

 

 六面の真ん中にある一つずつと中心の一つを薄く塗り潰して消した事を表現する。外枠だけが残ってスカスカになったような感じだ。

 

「これとまったく同じ処理を残った立方体に続けて行い、そしてまた残った立方体に同じ処理、また同じ処理……と永遠に続けていく訳ですね。ここで質問です。一度の処理ごとに図形の『体積』は元の図形からどうなりますか?」

 

「え? えーっと七つの四角を抜き取るから……20/27ずつになって減ってくんじゃないのか?」

 

「その通り。では『表面積』はどうなりますか?」

 

「そりゃ穴が空くわけだから同じように減って……いや待て、なんか違うな」

 

 表面積は立方体から抜き取られた()()の面積も含む。だから話はそう単純じゃなくて……

 

「はい。詳しい事は省きますが一度の処理を続けるごとに表面積は元の30%ほど増加します。——では最後の質問。この『処理』を無限回続けた場合の体積と表面積の関係は一体どうなるでしょうか」

 

「…………体積はゼロに近付いて、表面積は無限に広がっていく?」*1

 

「その通りです! やはり貴方は飲み込みが早いですね、一見矛盾を孕むような仮定を忌憚なく受け入れられる論理的な思考ができるのは人外を含めても稀ですよ。特に天界で大きな顔をしているインテリ気取りの神学者連中なんてきっと逆立ちしても理解でき……ごほん、失礼しました。アレと比べられるのは不愉快でしたよね」

 

「わあ失言の取り消しの方向性が不遜」

 

「ともかくお分かり頂けましたか? 魔術や陰陽術のような異界の法則をいっさい介在せずしてゼロと無限を繋げる論理……これこそが数学の偉大さですよ!」

 

 うーむ、普段から魔法にばかりのめり込んでないでたまには数学もやれと言ってたのはこういう事か。確かにこれは興味深い……

 

「……って違うわ! 長々と解説してないで要点を言えよ急いでんだろうが!」

 

「はっ……えーと何でしたっけ、何の話?」

 

「やっぱりちょっと見失ってんじゃねえか!」

 

 うろうろと辺りを見回しだしたオールラウンドの学者先生に若干の呆れを覚えつつ俺は話を本筋に戻そうとする。好奇心が俺よりずっと多方面に向けられている分こうやって時々軌道修正してやらないと会話も儘ならんことがあるのだ。ほんとに大丈夫かコイツは。

 

「あー、はい、そうです。結論から言いますとですね、そういう論理を利用した空間操作の術式が貼られています。我々はほぼ無限の長さを持つ道を歩かされているというわけです。術者は恐らくクィーンドラゴンでしょう……こうした要塞化系統の術式は往々にして空間の主人が直々に掛けるものです」

 

「となると……解術はできそうか? こういうタイプは術者を叩く以外だと術の起点になる依代から解析して崩すのがセオリーだろ、刻印や彫像とかの分かりやすいシンボルは見当たらないが……」

 

「フラクタル構造は自然界にも存在します。特にシダの葉は同一の関数による成長シグナルから美しい自己相似模様を形成するのですが……ほら、壁に巻きついてるアレですよ。するとこれは魔術的要素を現界の物質から抽出して術式に充てる方式ですね。惚れ惚れするほど巧妙な隠蔽です……一発で見抜けたのは私でも運が良かったとしか言えませんが、ともかく依代は特定できました。これなら少々時間を掛ければ解術を済ませられるでしょうか……」*2

 

「……お前天使なんだろ? 結界の一つや二つ程度いつもみたいに軽くすり抜けて素通りってわけにはいかないのか?」

 

「無茶を言わないでくださいよ、それはここからヨロギ村までの距離空間自体をすり抜けて瞬間移動しろと言ってるような……待ってください? それはそれで面白い考え方かもしれませんね。テレポート系呪文の新しいアプローチとして考えてみる価値はあるかもしれ……」

 

「いやいやいいから早く解術してくれ! なんか取り返しのつかん方向に話が逸れる前に!」

 

 折角ここまで順調に来たんだ、別の事に気が逸れちゃったとかそんな理由で致命的な遅れを招きたくはないぞ。それにいい加減俺の頭も疲れてきたし。

 

「……ふう」

 

 しかし、改めて考えると本当にプロメスティンには頼りきりだな。

 人助けなんてカケラも興味ないだろう事に散々付き合わせておいて、こいつがいないと俺は今回の件で何もできないに等しかったかもしれない。やはり力不足を感じないと言えば嘘になるな。

 

 肩を並べたい、と思い続けて今まで努力をしてきた。確かに自分でも成長を感じる瞬間はあるが……彼女はそれ以上の速さで先を進んでいくように思えてならない。

 俺の道と、プロメスティンの道。それは本来別々のものである筈で、重なり合うことはあっても一方が一方に隷属するような事はあってはならない。だから今この時でさえ俺のことが足枷になってすらいるんじゃないかと、ほんの少しだけ思い詰めてしまうな。

 

「それはそうと」

 

 そんな益体もない事を思いながら目を細めていると、ナイフやチョークといった錬金術製の小道具を幾つか取り出しつつ解術の作業を進めるプロメスティンが唐突にこんな事を言い出した。

 

「貴方が今考えてる事ぐらいは分かってますよ。またどうせ自分が私と吊り合っているか、いないかだのと下らない心配でもしているんでしょうけど」

 

「…………」

 

「さては貴方、ここに来るまでの私がどれだけ一人ぼっちだったかを相当軽く見てますね? こうして旅を計画して、気の向くままに寄り道をして、世界に眠っている未知の技術に触れ、それを貴方と語り合えることを私がどれだけ楽しんでいるのか分かってないんじゃないですか?」

 

 ……思えば、程度の差はあれ、かつての俺とも似たような境遇だ。

 

 ヨロギ村での暮らしも昔ほど酷くはない。俺みたいな奴を慕ってくれる人も増えた。もはや孤独だとも言い切れない。だけど、それでもこれだけは断言できる。俺を本当に受け入れてくれているのはこの世界でただ一人、お前だけだ……

 俺にとってのプロメスティンが、プロメスティンにとっての俺であるなら。少なくとも彼女がそう思ってくれているのなら。

 

「……悪くはないな。まあ、悪くない」

 

「ん、分かればよろしいです」

 

 それだけでも俺達が巡り合った価値はある。一緒にいる事に意味はある。本当にそうなのかどうかは関係なく、二人がお互いをどう思っているのかが重要なんだ。

 

「ありがとな、また励ましてくれて。……前にもこんな事があったっけか? 全く、相変わらず俺に対してだけは本当によく気が回るよな」

 

「……別に、そんな寂しそうな雰囲気を出してたら誰でも分かりますよそれくらい」

 

「はいはい、今回ばかりはそーいう事にしといてやるよ……」

 

 いざ真っ向から感謝されたりすると照れ屋になるのも相変わらずだ。いい加減に慣れてほしいとも思うが、変わらないでいてくれる所があるっていうのも安心できるモンかもな。

 さっきよりもずっと近くにあるように感じる背中を口の端に笑みを浮かべながら眺めていると───

 

 

 ずぶり、と。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ……?」

 

 程なく、引き抜かれる無機質。

 

 存外に少ないとはいえ決して無視できない量の流血がたらたらと溢れる傷口を反射的に手で押さえながらも、嫌な汗を誘発するような激痛が脳の裏側をジクジクと襲い始めていた。

*1
参考:メンガーのスポンジ

*2
参考:バーンズリーのシダ

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