あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第42話

「が、ふッ……」

 

「えっ?」

 

 血の混じった俺の咳に思わずといった様子でプロメスティンが振り返る。

 

 首を刺された——その衝撃的な事実を数瞬遅れて理解するも、ふらりと足から力が抜ける。急速に血液を失ったせいで脳味噌がぼやけるのを感じながら俺は背後の下手人に目を向け——いや、見上げるのだった。

 

 

 


 

 スラグ娘が現れた!

 


 

 

 

 うぞうぞと洞窟の隙間から染み出すように這い出てくる灰色の粘体——いや、その表現は十分じゃない。概形はあくまで大小様々の硬質な岩の欠片が寄り合わさっているようなゴツゴツとしたシルエットで、粘体に見えたのはそれらを繋ぎ合わせる細かい泥砂の塊だったのだ。

 天井にべっとり張り付いたその塊からにゅるりと女性の上半身が逆さまのまま生えてくる。ナメクジ娘のような陸棲種をイメージさせる外見だが、その本質は全く別物のように見えた。

 

「あはっ、治してる治してる。声も出せないのに魔術で治癒できるなんて偉いねー。痛みも酷いだろうにすごい集中力だー」

 

「…………」

 

 恐らくは無機物に自我が宿ったドールかゴースト種……それもただの岩石じゃない。黒曜石にも見えない事はないが……散らばる破片の形状から推測するに、金属を精錬した後に生じる不純な廃棄物……鉱滓(こうさい)、スラグと呼ばれる物質か。見覚えがあるぞ……特に今世に入ってから、だが。

 鋳造を生業とする竜族も多く住むゴルド火山には……特殊な鉱石から廃棄された鉱滓(こうさい)に、特殊な魔力が宿るという事も少なくないのだろう。だとすればこういった魔物が自然に生まれるのも不思議じゃない……。

 

 ……ただし、相手が魔物なら狙いもハッキリしているって事だ。自在に動かせる泥砂に形成された極細の針はそこまでの殺傷力を帯びていなかったらしく、治癒の呪文で早くも出血は止まりかけていた。この傷も俺を殺さないよう的確に急所を外してあったのだろう。

 

 とはいえ今の今まで気配を消しての不意の一撃、俺を殺そうとすればいつでも殺せたってのは間違いない。こいつは相当な強敵だ……正直言って俺の手には余るかもしれない。

 

「……ろ、メ、すティン。ここは、二人で行くぞ」

 

「馬鹿を言わないでください! 貴方は休んでいてもいいぐらい……あれ?」

 

 そう言いかけたプロメスティンを——ぐわっ、と壁に伝う植物が急激な成長と共に襲いかかる。

 

 殺人シダはたちどころに彼女の白い腕にギチギチと巻き付いてしまう。その思わぬ反撃を呆然と眺めていると、目の前のスラグ娘がとびきり可笑しいものを見たという風にケタケタと笑いながらこう言ってきた。

 

「ふふっ……! そこさー、この山でいちばんキケンな女王の棲み家までの通り道だって知らなかったのー? 結界いじるとみーんなそうなるから誰も近寄らないんだよ。ま、女は別にいらないから黙ってたんだけどねー」

 

「……不味いですね、これは、かなり」

 

 厳しい表情でプロメスティンは呟く。

 

「これは実体に見えて恐ろしく精巧な幻術の類です。解術のために潜り込んだ私に反応して意識の深くに根を下ろしています……これでは”すり抜け”も無意味。正確な手順で解術を進めている間は進行を停止させておけますが、先程のように手を休めるとまた一気に悪化しそうですね……流石に意図してない仕様なんでしょうけどっ、これは天使対策が身に染み付き過ぎですよ……ッ」

 

「なんだか知らないけどさ、あんまし私から目を離さない方がいいと思うよー?」

 

 ばっ、と目を向けた先のスラグ娘は——俺ではなく、倒れ込むアッシュボアの下に泥砂の体を薄く敷くように広げていた。

 

「きゃははっ、せっかく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだもん。もーちょっと働いてもらわないとね!」

 

 俺の未熟な術に限らず『精神支配』に属する魔法は強い衝撃を与えられる事で効果を失う場合がある。だが——何をしている? 何だアレは?

 

「────ゴ、あがあぁアアああああア!?!?」

 

 瞬間、バチリと限界まで目を見開いたアッシュボアは凄まじい咆哮を上げて地面をのたうち暴れ出した。尋常ではない脂汗をかいたまま周囲を見渡し——スラグ娘は既にその体を地下に滑り込ませて消えていた——そして俺の姿を確認した猪の魔物は、今までの動きなど比較にならない速度で襲い掛かってきた!

 

「かッ───」

 

 そして、俺も油断していた、という訳ではない。

 

 明らかに様子のおかしいアッシュボアの豹変に警戒していた。急な出血のショックでふらつく頭にも慣れつつあった。にも関わらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 ズガッッ、とアッシュボアの拳が突き刺さる。咄嗟に構えた防御も虚しく俺は吹き飛ばされ、受け身も取れないままに洞窟の崖下を転落する。6メートル以上の落下、このまま叩き付けられれば致命傷もありえる───

 

「ッッ〜〜、ディケイ(朽ちよ)!!

 

 直下の地面に放った魔法が正確に作用し岩盤の組成を細かな砂へと書き換え——ばふっ、と着地の衝撃が砂煙を巻き上げる。

 

「ぐ、うう……」

 

 これでもダメージを消せたとは言えないが……クソ、あちこちヒビが入ってやがる。殴られた右腕はもう感覚が無え……と、そこである事に気が付く。

 

 杖はどこだ?

 

 先程まで利き腕に握っていた長杖がどこにもない。減衰魔法は発動したからその時までは確かに持っていたはずだ。

 残った左腕で砂を掻き分けて必死に探し、劣悪な視界にようやく触れた木製の先端は────

 

「………………」

 

 (なか)ばから。

 ばっきりと二つに折れていた。

 

 殴られた時か? 着地の衝撃でか? 一体いつの間に()()なったかも分からないままに呆気なく。

 実際には杖の役割からして慣れない形状は出力を不安定にするだろうが、素材が魔力を通す限り魔法の行使は依然として可能だ。だがそれとは関係ない所での動揺があった。

 

 最後の最後に俺を守ってくれた相棒が杖として死んでしまったかのような感覚、喪失感が……

 

「う、ぐ!?」

 

 っ、何だ!? 頭が痛い! 折れた杖に手を触れた直後だ、耳元で大声を叫ばれたような頭痛が……!

 

 くそ……意識、が……

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

「ッ゛ぁ────?」

 

 何だ、今のは? 今のあの()()()()()は?

 落下した砂の上で俺は周囲を見回す。数瞬だけ気を失った先で見た()()は一体……いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。

 

「おっほー、やるねえ。私もアナタの戦いは見てたし、このくらいやり過ごせると思ってたからやったんだけどー」

 

 ……呑気な声が崖肌の割れ目から滲み出る。俺達がアッシュボアに見つかった所から今までコイツの手の上だったって事か。確かに蛮勇があるか狡猾なやつかの二択とは想定してたけどよ、その両極端みたいな連中が同時に来るとは流石に思ってなかったぞ……

 しかし、尋常ではない様子で暴れ出したアッシュボアと一瞬だけ硬直した俺の足。スラグ娘の持ちうる特性から予想する限り、これは──

 

「鉱物毒、か」

 

「んふ? よく知ってるねぇー。残りカスみたいな私の持ってる毒なんてそう強くもないし死にもしないけど、獲物をとびきり痛がらせたりマヒさせたりするぐらいは工夫次第で出来るんだよねー」

 

 一度ぜーんぶ溶かされただけに体の成分もけっこー自由自在に操れてね。とクスクス笑うスラグ娘——アッシュボアの動きを完全に支配してる訳ではなかったってのは朗報だが、最初の攻撃で俺にも毒を入れられていたって方は非常に良くない。

 まだ降りて来ようともしてない辺りまだ苦しみに悶えてるか、あるいは攻撃が当たりもしないプロメスティン相手に暴れて無視を決め込まれてるかのどちらかであろうアッシュボアを警戒する必要はひとまず無い。

 

 だが鉱物スラグに含まれるヒ素などの神経毒は呼吸困難を引き起こす。鉛やフッ化物なんかも中毒量はうろ覚えだが首に直接刺し込まれるなんて接種方法は聞いたことも無いから安心できん。

 魔法ってのは本当に便利な物で解毒の呪文なんてのもあるぐらいだが、俺が使えるのは精々が骨折も治せないぐらいの簡単な治癒の術だ。毒の事は上で解術が終わるまで動けないプロメスティンに頼るしかない……

 

「まーそーゆーわけでさ……さっさとアナタの搾り殺されるお顔を私に見せてくんないかなー?」

 

「サディストが……! 来いよクソったれ!」

 

 全身の打撲、毒物、折れた杖、おまけに毒のせいか先程から耳にへばり付く()()()()()()()()()()()()()()……状態は最悪だが切り抜けるしかない、プロメスティンが解術を終えるまでの辛抱だ。

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

「そらそらそらッ、サラマンダーの技じゃあ儂には勝てんぞ! 貴様の技を見せてみよ!!」

 

「────ッ」

 

 ギャリばちゴリっガキンずららッ!! と。

 

 剣に拳に尻尾に足刀、果てはブレスに精霊術——たった三秒間に十度を優に超える攻撃の応酬の中でクィーンドラゴンは高らかに叫ぶ。

 戦いを始めた時から自然と場所も移り剣の墓場(グレイブラウンド)内でも屈指の溶岩溜まり、坩堝(るつぼ)にも見える広大な円形の空間で二人は幾本かの柱を渡り継ぎ飛び回りながら技をぶつけ合っていた。

 

 眼下には真っ赤に灼熱する溶岩が迸る。あれに落ちては火精の契約者たるエリックとはいえ即死は免れないだろう——ただしクィーンドラゴンの方はあの程度の熱など物ともしまい。得意な場所まで戦いの中誘導され、それに抗う事もできなかった現状にエリックは暫し歯噛みする。

 

「安い挑発だ、いや駆け引きと言った方が良いか? 俺がへばって勝手に自滅するより楽な決着は無いからな!」

 

「くくっ、否定はせんよ! 儂も昔とは違う、これしきの運動でなかなか息が上がってきたわい——それもお互い様じゃろうがの!」

 

 クィーンドラゴンの上気した頬に滲む汗は本物だ。聖魔大戦の現役時代ならいざ知らず——それでも驚異的に過ぎる体力だが——老いた今の女王は決して無敵ではない。

 だがエリックの消耗も当然ながらそれ以上。こちらの勝利条件は必ずしも”勝ち切る”事ではないにせよ持ち堪えられる時間は想像以上に短いと分かった。

 

 もう出し惜しみをして時間を引き延ばしていられる余裕はない。ここで彼は一つの決断に踏み切った。

 

「ッ、おおおオ!!」

 

「!!」

 

 一際の魔力を込めた烈火の如き連撃——残る体力を度外視したエリックの攻勢に女王は目を見開く。

 

(ここで仕掛けるつもりか! 上等っ!!)

 

 歴戦の腕力をして剣を持つ手が痺れるほどの気迫が籠もった連撃を女王は冷静に合わせて後方へと押し返される事で受け流す。

 あちらが力を使うつもりならこちらはより少ない力で流せばいい——それだけで有利は傾く。その気質や実力に見合わない戦闘におけるクレバーさは彼女を最強の竜族たらしめてきた理由の一つでもあった。

 

 しかし連撃によるエリックの狙いはあくまで()()()()()()だけに過ぎない。後方に退がる女王を追うままついに溶岩の坩堝から抜け出した彼は崖端の地面に大刀を突き刺し——

 

 

 

 

 ——クィーンドラゴンに向けて俊速の刺突を繰り出す。軽く躱されるも大刀はその背後の岩柱に突き刺さり——

 

 

 

 

 ——隙を見たりと武器を振り下ろす女王に剣戟を返す。サラマンダーの魔力による爆風で向かってきた方向に吹き飛ばし、結果として先程と入れ替わるように追う側から立ち位置が交換された。

 

「はあああぁぁあア!!」

 

「むっ!?」

 

フレイム•シュテイネル!!

 

 剣を構えるエリックの背中から爆炎と共に燃え上がる火焔龍が怯むクィーンドラゴンに襲い掛かる。人間離れした体格の彼女を丸ごと飲み込める巨大な(あぎと)を目前に、竜の女王は激闘の最中に唯一懐へと忍ばせておいた一振りの秘剣を抜き払った——

 

薄剣(はっけん)ミスリアレ!!

 

 それは、ともすれば刀身の目視すら難しい程の薄刃の剣。かつて太古の昔にハーピーの女王へと贈る武器として鍛造した宝剣が真空すらも切り裂いていく。

 ヒュカカガカッ────まるで剣を炎に接触させた結果とは思えない音を発する繊細な乱撃と真紅の龍が喰らい合う。余りの熱量にクィーンドラゴンの技巧をもってしても徐々に融解していく刀身……だがそれでも先に息絶えたのは火龍の方だった。

 

 終尾の鱗一枚分の火花をついに弾き飛ばした竜の女王は軽く——本当に”軽く”息を荒げながら言う。

 

サラマンダー()の技で儂を斃す事は出来ぬ。言った筈じゃ……アレは駆け引きでもあるが、同時に避け難き真実でもある」

 

()()()()()()()()()()……」

 

「む?」

 

「これでようやく整った。もうアンタはどこにも逃げられない」

 

「そりゃあもしかして、儂の足元の()()の事を言うとるのかの?」

 

 女王の踏みしめる地面はアーモンド型の赤熱に輝いていた——まるで二つの円と円が重なり合った共通部分のようなそれは、あらかじめ地面と柱に一度ずつ突き刺していたエリックの大刀による”余波”だった。

 二つの力が共鳴し合い高まる地点。ここに誘い込む事に成功した時点で彼の攻撃は完了した。

 

「こいつが貴様の技か……しかし、だから何だと? 儂は剣を構えた貴様の如何なる動きよりも速いぞ。何をしようと出端(でばな)を見てからこの場を離れるくらいの事は——」

 

()()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

「それを今からアンタに見せてやる……行くぞ」

 

 揺らぎ立ち昇る熱の結界に剣の鋒をピタリと触れたまま静止する司祭長。僅かな動きも見逃すまいと自然体に構え相手の全身を視界に捉える竜の女王。

 

(よく持ち堪えてくれた。俺の体と、そして……ありがとう。お前の技が無ければここまで来ることは出来なかった)

 

 先に動いたのは意外にもエリックだった——が、クィーンドラゴンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それも当然だろう。数ある剣術において突き技を最も得意とするエリックがその剣先を相手に押し込むのではなく……ゆるり、と。

 

 それは全く敵意から程遠い動作。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……、……?」

 

 もしこの技に相対したのが異界の記憶を持つ”賢者”であったなら、呆然とするクィーンドラゴンに代わりこのようなイメージを抱いただろう。

 

 ───即ち、ピンを引き抜く事でのみ起爆する擲弾を。

 

 

 

 

 

誅参地(ホロサンチ)

 

 

 

 

 

 燃え上がるでもなく、熱を発するのでもなく。

 ただただ音と色彩が、この世界から消え失せた。




主人公くんチームが遅え…というより自分の消耗がマジで速すぎてどうしようもないためエリックは勝負を決めに行きました。まあ残当ですわね…
そして毒を食らってぶん殴られて落っこちて杖もバキバキになってついでに何か変な幻聴が聞こえ始めてる主人公くんに明日はあるのか!? プロメスティンさんの系統を汲んでるだけあって結界談義に付いてこられたり鉱物スラグを一発で見抜いたりと彼もきちんとしたデータキャラなのに体力で戦う前衛キャラみたいになってる……
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