あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第45話

『お前さんには権利がある。これより儂はあのドワーフの町について知る限りすべてのことを教え聞かせることじゃろう』

『その結果として何が起こり得るか、何を選択すべきであるのか……訪れたる時が我らを導くまでの間、ゆっくりと考えておくがよい』

 

 長い長い時間を掛けて。

 クィーンドラゴンは多くのことを私に教えてくれた。大昔に私達の先祖がした選択、天使に滅ぼされる故郷の運命。姉さんが長として受け継ぎ、そして隠し続けることを決めたドワーフ一族の秘密。

 

 信じがたい、というよりは実感が湧かないというのが正しい。あまりに大きな事実を受け止めきれていなかったからというのもあるのだろうけど……何より所詮は人質に過ぎない私なんかに、エリックがここに来ないというだけで殺してしまうような小娘ひとりに何故そんな事を教えるのか?

 それが分からなかった。分からないから信じられなかった。信じたくないと思った。だけど私は、あるいは事実を受け止めきる前にその違和感で耳を塞いでしまいたかっただけなのかもしれない。

 

 鵜呑みにするには残酷過ぎる事実に、蓋をしてしまいたかっただけなのかもしれない。

 

 だから私は叫んだ。指を差して女王を糾弾した。嘘だ、デタラメだ。だって、そう、本当のことを親切に教える理由なんてないじゃないか。権利がある? 権利だって? そんな事を言っておきながら、どうせ最後には私なんて死んでもいいと思っているから人質になんて取っているんじゃないか……

 

『っと、言い忘れておった事が一つある』

『そもそもの話じゃがな。これから何がどう転ぼうと、お前さんを殺したりする事など決してないよ』

 

 安心させるような、落ち着かせるような。ひどく優しい声色で私の髪を撫でる女王は、いけしゃあしゃあとそのような事を(のたま)ったのだ。

 

『必要とあれば迷わずそうする。じゃが()()()()()()()まではせん。なあ、考えてもみよ。お前さんは窮地に立たされたあの小僧を前にしてどう振る舞った? そう、この儂にさえ立ち向かうほどの勇気を見せてくれたじゃないか!』

『儂の知ってるサラマンダーはのう、これだけ自分のことを想ってくれているお嬢さんを助けにこない契約者など「力を貸すに値しない!」と、そう立ちどころに見限ってしまうじゃろうて』

 

 してやったりという顔で私の目の前にどっしりとあぐらをかいて座る竜の女王は胸の下で腕を組みつつ、さも自慢げにそう言ったのだ。

 

『儂は友だちが帰ってきてくれさえすればいいのじゃ。もしあやつがサラマンダーもお前さんも捨て置き逃げるようならばそれで善し……よしって事ぁないか。お前さんだけはちと複雑な気分になるじゃろうが……ま、そん時ゃ儂が責任もってうちに帰してやるわい』

『でもなあ、さすがに立ち向かってくるぶんには殺すしかない。すこぅし意地の悪い問題を出してしまったという自覚はあるが……どのみち殺すしかなかったあやつを、お前さんの勇気に免じて故郷に帰す道だけは残してやれたのじゃ』

 

 そして女王は“自分のしたことの偉大さを分かっておらぬようだから言っておくが”と前置きして——

 

『お前さんがあの時に竜の女王(クィーンドラゴン)の頭を棍棒でぶん殴るなどという無謀を冒さねば、その献身をあの場で示していなければ。儂はこうしてお前さんを人質に取るということをすらしなかったのじゃ』

『……ただし、この「慈悲」が報いられるか否かは()()()()()()()()()()()()()()()()()()に掛かっている、というのが何とも難しく、皮肉な話ではあるのじゃがのう』

 

 ——でも、それでもサラマンダーが、私を置いていくエリックの方に付いていったら?

 自分でも震えていると分かるようなか細い声は、しかし断言によって掻き消された。

 

()()()()。それはもはや儂の知っているサラマンダーではない』

『誇りを捨ててまであの男と心中したいのであれば、好きにすればよいわ。儂の知った事ではない』

 

 言っていることは厳しいけれど、その真摯な表情は古くからの友人に対する確かな信頼を物語っていた。そんな事には絶対にならない、と……。

 この私にそれほどまで信頼の置ける友人がいるだろうか。この期に及んでさえ私はエリックの事を何も分かっていない。来るのか、来ないのか。本当は来てほしいのか、来ないでほしいのか、自分の事すらもまだ分かってなんていないのに。

 

 ……来てほしい、なんて本当は思っちゃいけないと分かってる。それはきっとすごく醜い感情なんだと思うから。だけど……分からない。自分のことも、エリックのことも。

 

 だから今から予想できるのは一つだけ。

 

 きっと私は、助けが来ても来なくても酷く取り乱してしまうんだろう。その時が来れば、必ず。

 

『だから、お前さんには知る権利があった』

 

『小僧が儂に戦いを挑みに来るにせよ、尻尾を巻いて逃げるにせよ、どちらにしても痛みを与える結果となってしまうことは心から申し訳なく思う』

 

『だが忘れるな。用意を怠るな。お前さんは生きるのじゃ——真実を知ってあの町へと帰るからには、必ずや何かしらの決断を強いられる事になろう』

 

 決断。選択。

 次に故郷に立った時。賢者たちと別れて、師匠の墓に花を供えて。時計台の上で姉さんと向かい合って、もしかしたら隣にはエリックがいる。

 

 その時に私は何を思っている? 何を決める事を迫られる? 今の私にはまだ分からない。だけど私はその時、きっと───

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

「マ、ク、ニア……」

 

「…………」

 

 目を開けた時、全ての結末を理解した。

 ここにいるエリックは()()()だ。彼の命は、ここには無い。

 

 体の各所が炭化してボロボロと崩れ落ちつつあるエリックを悲痛な目で見ている”賢者”が視界の端に映った。彼は、彼らは、ここに来てしまった。その過程はどうであれ、変えられない現実として目の前にあるものが結果としての全てだった。

 

「ほんっ、とに、馬鹿……」

 

 何も見えない。今ここにいる彼の他には何も。頬を伝う涙とは関係がない所でそう感じた。

 そして、死力を振り絞るような顔をして私の耳元で口を開くエリックは。

 

 そして。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「お前の師匠は、オレが殺した」

 

 

 

 

 

 虚ろな瞳でそう語るエリックの言葉を、初めは理解することが出来なかった。

 息遣いが触れ合うほど近くにいる。手を伸ばせば掴めるほどに彼の心を近く感じる。だからこそ分かる。だからこそ分からなかった。

 

 こいつは今、何を言っているんだ。

 

「それだけじゃ、ない。エバンス、アトム、フレイヤ……エドガーに、クラリス。最後に、そうだ……アッシズ。全員だ、全員をオレがやった……」

 

「だから、なに、言って」

 

 ドウェルガの連続殺人事件、その被害者の名前は全員頭に入れてある。中には親戚もいるし、知り合いや友達だって何人もいた。

 エリックの口からすらすらと流れ出ていく名前の数々はただの一人として違わず彼らのものと符合する。

 

 それは、つまり何だ。

 考えがうまく纏まらない。何がどうなってる。

 

「あの町を、消し去らないといけなかった」

 

 エリックの独白は私の理解など待たず、ただ滔々と口から漏れ出すように続いていく。

 

「あの町の技術を、歴史を。結束を……信じるものを、法を、組織を、命を……ひとつずつ、細かく砕いて、葬り去る。それがローレンスから、オレが受けた……ただ、ひとつの、仕事……」

 

「あ……、な……」

 

「ドウェルガを、消す。それしか生き残る、道がないと、ローレンスが言っていた……それしか……」

 

 生き残る。その言い方はやけに抽象的だったけど思い当たる節はある。

 近い将来に天使の軍勢がドウェルガを滅ぼす。それは大昔の契約が原因で今の魔王様にも手を出せない、決して避ける事のできない災いなのだとクィーンドラゴンは言っていた。

 

 だけどもし、もしドウェルガという町が無くなってしまえば? ドワーフ族と人間は昔のように切り離され、女神イリアスがわざわざ手を下しにくる事も確かに無くなるのかもしれなかった。けど……

 

「……これで、オレたちが生き残れる保証なんて何もない。()()()は散り散りになった全員を、地の果てまで追い、殺すかもしれない。オレが今までやってきたことは、無駄なのかもしれん……」

 

 そうだ。そんな不確かな希望のために動くには残酷すぎる方法なんだ。理屈だけは分かる、けど私の知っているエリックはたったそれだけで仲間殺しに手を出すようなヤツじゃない……。

 

「だがローレンスは、あいつは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。最後の最後に、ドワーフの首長(あいつ)を人間の司祭長(オレ)が、殺せば……ドウェルガは決定的に引き裂かれてくれる、と考えた。その覚悟を聞いて……オレは、動いた。仲間を殺し続ける道を、自分で選んだんだ」

 

「…………」

 

「それでも、ここでオレは死ぬ。何も成せないまま……終わった、終わったんだよ。あそこの未来は閉ざされたが、代わりにもう誰も、死ぬ事はない。オレが手にかける事はない。……だからお前に、ようやく、話せる」

 

「や、……」

 

 やめて、と咄嗟に叫ぼうとした。

 だけどその一言は私の喉にべっとりと張り付いたまま、声として出ることなく——

 

「オレ達は、ずっとお前を愛していた」

 

 何よりも残酷な台詞が、私の心の一番の奥深くを抉るように突き刺さってきた。

 救いたかった。守りたかった。そんな何よりも望んでいたはずの二人の真実(ほんとう)を前にして、それでも何と言っていいのかが分からない。

 

「頼む……ローレンスを止めてくれ。あいつは、誰かの手で罰を受けなきゃいけない。それを何よりもあいつ自身が願っているはずだ……」

 

「……そん、な」

 

「ドウェルガは死ぬ……だがお前は、生きてくれ。それ、だけが……オレと、あいつの、希望……」

 

 ふらりと、私の瞳を覗き込むエリックの体から力が抜け落ちる。覆い被さるように倒れ込んでくる罅割れた体の重さは驚くほどに軽くて——

 

 その心臓は、止まっていた。

 

 あまりにも呆気なく、私の目の前で。最後まで私を置き去りにし続けた彼はこの世界から消えていなくなってしまった。

 

 声を荒げて私は泣いた。

 今にも崩れ去りそうなその体を抱いて。




次回、ドウェルガ編最終話。
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