「てことがさァ……あってさァ……」
「別に何も変な話じゃないでしょ。あってさーとか私に言われましても……」
山奥の自宅に備え付けられた小さな畑にしゃがみ込みながらジョウロで水やりをしてる哀れな相方へ、デッキチェアに背もたれながら俺の執筆した研究日誌にぱらぱらと目を通すプロメスティンが至極どうでも良さそうに答える。
今日は厚着って気温じゃないからか黒いタンクトップ姿で寛いでるな……対比で輝く生っちろい肌に普段と違うシルエット、なかなか様になっている。もうちょっと深めに脚組んだりしてみてくんないかな。足首じゃなくて膝のあたりで、そうそう。
「彼らも成人でしょう、男女でくっついてた幼馴染同士が順当に結ばれたってだけじゃないですか」
ちなみに俺が目下情熱をかけて育てているのは煙草の苗だ。どうにかドウェルガから持ち帰れたいくらかの品物で特にお気に入りのものである。今はまだ趣味で楽しむ範囲内だがこれからどうしたものかはまだ考えてる途中ってところだ。諸々に毒されておらず
「なんか先程から努めて別のことばかり考えてません? ……ああもう、その気の抜けた顔やめてください。ほらそれっ、その口を半開きにするの本当にやめてっ」
「あぐ」
……月並みな感想を言いやがるがな、プロメスティン。俺の感覚からするとあいつらってまだまだ子供なわけで、それが結婚ってのはまあ何というのかね、その。
「……江戸時代とかの成人が15くらいなのは知ってんだよ。でこの世界もそりゃそんぐらいで結婚するよねってのは分かってたし実際見てきたよ同世代がさっさと子供産んでくのも。でもそれがあいつらって何か、なんかさぁ」
「エド時代……この世界……?」
俺もまだまだ若者なんだけどさ。前世までの価値観でやってたら思ったより早くにオジン認定されちまいそうだなとか、んな風に考えたら本当ハッとさせられたりするわけですよ。
婆様にもさっさと結婚して子供でも作れと言われたしなぁ。俺みたいな立場になるとやっぱそういうのって避けては通れんっつうか、考えとかにゃならん物なのかね……
「そうは言っても、相手なんてなぁ」
「……何だか分かりませんが少し上の空過ぎやしませんか? 根腐れしても知りませんよ」
「ん? ……う、うわあーッ!」
気付かぬうちにビッタビタの真っ黒々になってた土壌から慌ててジョウロを離す。今日まで数多の試練と苦闘を乗り越えてきたヨロギの大賢者様ともあろうものが家庭菜園すらしくじる男と知れ渡っちゃあ大変だぞ。
あわてて根元に杖を押し当て、魔法で余計な水分だけを地中から吸い取るとかいう無駄に器用な試みに挑戦している俺に白い目を向けながらプロメスティンが口を開く。
「良いんじゃないですか? 貴方の年齢なら……あ、それ偉い。きちんと有機無機で場合分けできてるの偉いですね。でもその杖式なら
「マジ? それ本当だとしたら発想がヤバすぎ……あっマジだ……すご……」
「そですね。あーええ、話を戻しますが……別に気にしすぎる必要があると言ってるんじゃありませんよ? ただ貴方の年齢ならそろそろ子供がいてもおかしくないかなーというのも事実でしょうし、これを機に素敵なお嫁さんでも見つけたらいいんじゃないですかね」
「そっかあ? まあそっか……」
結婚か〜、直近でのそういう話は”ドウェルガ”でのマクニアの時以来だな。あれはあれで本当に酷いというか全く参考にならんケースだったが……
「…………」
そりゃまあ、立場上こういう話には事欠かないけど。
なんせ何も言わなくたってツァイペエ婆さんを通じて向こうから見合い話が来る始末。思ったよりも遥かに多くの人達に望まれているものだ、この賢者という名を持つ男の……後継というのは。
だからそれこそ女性なんてのは選り取りみどり、前世なんかとは比ぶべくもない勝ちまくりモテまくりな人生をひた走ってはいる訳で。
しかしなぁ……なんというか、そうなんだけどなぁ……
何かつっかえるような気がしてならない。だからだろうか、こんなよく分からないことを口走ってしまったのは。
「でも
……いや、まあ自分でも何を言ってるんだろうとは確かに思うが。いい歳をした男が仲間にいちいち聞くような話じゃあ本当にねえだろと。
しかしまあ、前世と今のあまりにかけ離れた価値観ってやつがごちゃ混ぜになって人並みの問題ってのが俺の中で分からなくなりつつあるというのは確かにある。これが意外と怖い感覚というか、少なくとも俺にとっちゃあ存外切実な問題なんだってのは分かってくれよ。
まあつまり、これは今後の活動方針的な意味も含めて本当に何となくそう口に出した所でしかなかったという訳なのだが──
「しッッ! て、欲しくないですね。正直、はい、いや、はい」
思わず二度見をしてしまった。
急に声を荒げたかと思った直後にスンと無表情になったプロメスティンの、その、何と言うか狂人の発作じみた返答に。
「……何だその返事っ!? どういう感情!?」
「正直言って今までその展開を具体的に想定せず漠然と貴方の幸せを肯定してたんですけどいざ色々と考えてみたら不都合がポンポン出てきてしまい暫し混乱っていう感情ですね」
「じっ……自己分析が
直前まで眉間を抑えてしかめっ面を急浮上させてた癖に爆速で真顔に戻って内情をスラスラ吐露すんな! まじでどういう精神構造してんだこいつ? 見てて飽きなくはあるが……
「……で何? その不都合って」
「何だと思います?」
「いや二、三個ぐらいはパッと思いついたが」
「①新婚二名+αで変な天使が同居してる絵面がまず異常、②貴方の話を聞く限り”ジェーン”は割と麓で周知されてるっぽいので変な噂が立つ可能性なおさら大、③貴方の精液は有限なので子作りになんて勤しまれてしまうと私が当分困る、④可処分時間を家庭に割いている貴方は私が見たい貴方でも貴方が私に見せたい自分でもない。このぐらいですか?」
「全部言うし! 『何だと思います?』ってのは何だったんだよ!」
「でも大体その通りでしょ?」
「言いたいことは色々あるけど! ……まあ……」
「まあ?」
「大体その通り、ではあるっていう……ねぇ〜……」
「知ってますけど」
③と④をめちゃくちゃ断定的に言ってる点にはちょっと突っ込みたいが、というかそれをなし崩しにでも肯定しちゃう俺側にもかなり問題ある気がするが……
それはそれとして何も否定できる所がないんだよな。物の見事に、何ひとつ。
いやはや、自分でも認めたくはないし他の誰からも羨ましがられたりなんてしないんだろうが。
俺の人生の指針ってやつは改めて考えてみると全く——
一にも二にも大事なのはプロメスティンのことでそれ以外のことは後回し……それを実際満更でもなく思えちまっている。
何ともゲテモノ好きの人生を邁進してるなって事ぁ分かっているが……まあ、俺という男はそういう奴ってことか……
「や、でも
「はい?」
「………………あー…………」
「え、何ですその
あれっ、いや……。
…………。
いや、その前に今俺の頭の中で何が起こっているのか分かりやすく言語化するとだな。
こいつとの会話はやけに息が合うから「ついついその場のノリと勢いで言葉を出力してしまう」という現象が発生しがちなのだが今ちょっとその弊害がまさに出ている、というか……まあつまり俺の頭に浮かんだ
かなり今更なんだが、俺っていくらなんでもプロメスティンのこと好きすぎるよな?
って考えたら
「ねえちょっと、だから何なんです?」
(いやでも「やっぱ無し」とかここで言えるぐらいどうでもいい思い付きじゃあねーんだよな……)
「…………」
(とりあえずヤニでも入れて落ち着くか……)
「は?」
「フゥー……」
「え、何? 確認って何の確認ですか? いや待ってその休憩時間は何……この私がただただ気を揉むだけの時間は一体?」
「んー……」
あてどなくウロウロと足を動かして、なんとなくプロメスティンのすぐ横に立ち止まる。適当な角度に空を仰いで、煙を吐きながら何でもないかのようにしれっと──あくまでもそういう風に聞こえるように努めて──聞く。
「正〜ッ直さ!? さっきの”結婚してほしくない理由⑤”に『俺のことちょっとそういう意味でいいなって思ってるから』とかお前あったりする!?」
「 な い で す ! ! 」
ワ〜オ 声 で っ か 。
……ぜーぜーと息を吐くプロメスティンのか細い喉から発せられた史上最大級であろう音量に気圧されながらも。しかし俺は、ここで退くわけにはいかんのだ。
ああ分かってるよ、こんな質問すること自体が俺を救ってくれたお前への裏切りに等しいってことは。彼女が烈火の如く声を荒げるにも仕方のないような事を言ってしまったことを心底申し訳なく思う……だが、それでも俺は決然と立ち向かわなくてはならなかった。
「まったく残念です! 今さらそんなもの言うまでもないと思ってましたよ!」
「……ホントか!?」
「何なんですかそれ!? いい加減にしてください、何を今さら……関係、私達の、それを……返事によっては……!」
「ほ、ホントにかぁ〜!?」
「なんでそんなニヤニヤ顔浮かべながら凄い汗かいてるんですか? 本格的に意味が分からなさすぎて頭冷えてきたんですけど」
やべえ視界がぐるぐるしてきた。腹を決めて口に出した言葉が明らかに自分の脳を揺らしている。落ち着け落ち着け……まずは吸い込め、肺に煙をいっぱいに。
うぐ、まあ多分恐らく平静か。何もやましい事ぁ無えんだから外面だけでも
いいかよく聞け、てめぇが抱いてんのは別に
「……ふう、まぁ待て分ぁッてるよ。俺たちがやってんのは馴れ合い染みたお遊びでも疎まれ者同士の傷の舐め合いでもねえ。そこにそういう感情を持ち込むなんてのはそもそもが馬鹿げた不義理、お門違いも良いところって事だ。お互いにな」
「……分かってるなら、尚更どういうつもりで」
「だからあくまで念の為の確認だって最初に言ったんじゃんかよぉ〜……」
不貞腐れたようにそっぽを向くプロメスティンに、ガリガリと頭を掻きながら参ったように言う。
「まあ何だ、並び立ててみて気づいちまったんだけどよ」
「……何に?」
「さっきの①〜④、他でもなく”ジェーン”としてのお前と結婚した事にしてみんなに説明すりゃあ……大体解決なんだよな〜……って」
「はあ〜〜」
「そりゃ形だけだよ、見せかけだけの……俺も周りから色々言われるのがそろそろキツいからさ。でも何事も確認って大事だろ? だからあれだ、そういう意味でのそういう……あれってことよ」
「クソですね」
「クソ!?!?」
どういう事だオイ、そりゃ一般的に見りゃそう評価されても仕方ない問題発言かもしれねーが……こういう案はプロメスティン、むしろお前の方こそがしれっとした顔で提案してきそうな発想だろ。まあそれってつまり俺がお前の通常の言動を概ねクソだと思ってるってことだが……
「……いえ失礼。折につけ肝心な場面で易きに流れようとするのは貴方の悪い癖だと言いたいんです。発想と行動は万事の肝要ですが、あまりに安直なそれは愚行というんですよ」
「むぐっ」
「貴方の言いたいことは分かりました。誤解を招く言い方は腹に据えかねますけどそれも取り敢えずは納得しました。ですが!」
そこで大きな溜め息を吐いたプロメスティンは……びしっ! と指を突き付けてからはっきりとこう言った。
「かりそめにも貴方とそういう関係になる事などありえません。ただでさえ”賢者”と同棲してるという事で注目を煽るというこの状況に於いて花嫁としつぇ失礼花嫁としてこれ以上私の露出を増やす展開に駒を進めてどうするというんですか? まあ確かに政の上で発展しうる戦略の一つとしてなるほど”偽装結婚”とは新しい発想だと面白く思いはしましたがそれはそれ、我々のケースに当て嵌めるなら身辺保安の観点からしても到底看過することのできない案であることに疑いの余地はありませんね」
「そ、そうか……」
毅然とした顔でずばり言い放つプロメスティンの論拠に、確かにそうだという納得の気持ちが湧き上がってくる。後先考えずに意見を出し合うことは俺たちの間で悪いこととはされていないが、こちらの間違いを的確に是正してくれる彼女の冷静な判断力はやはり頼りになるものだった。また婆様と顔を合わせる時に追い詰められて「相手なら見つかってる」などと口を突いてしまえば危うく取り返しの付かないことになる所だったな。
「……すまなかった。確かに軽はずみな提案だった」
「わかりゃ良いんですよ、わかりゃ」
ふん、と鼻を鳴らして再び研究日誌に目を落とすプロメスティン。結局話は振り出しに戻ってしまったわけだが、これ以上は流石に俺自身の問題だな。こんなことまで相棒の手を借りて考えるには及ばない、それが分かっただけでも十分って事だ。
するとまた俺はなんやかやと終わりの見えない思案に耽らなければならなくなったわけか。だがまあ、頼れる相棒がすぐ横にいてくれるというだけで心強いと思えるな……
ちょっとだけスッキリした気持ちを噛み締め、俺は灰皿に火を押し付けるのだった。
「……ん?」
「……何か?」
「珍しいな、冬毛の季節でもないってのに」
「何が珍しいですって?」
「ほらアレ、ぴょんぴょこ跳ねてやんの……あ、逃げた」
「何も見えませんでしたけど……って、それ大丈夫ですか?」
「あ?」
「ほら、鼻血」
「まったく……人間なんて脆いものなんだから気を付けてくださいよ。根を詰めすぎたりしてませんよね? 私が言うのもアレですが」
「…………」
「……そう、だなぁ」