「おお……ヨロギの賢者様! ようこそお越し下さいました!!」
「はっはっは。長老も壮健そうで何よりだ」
おい、そんな目で俺を見るなよプロメスティン。そんなに俺が大衆に敬われているのが変か。
「うっ」
「賢者さま、そちらのお連れ様は……」
「ああうん、俺の旅の同行者だよ。急で悪いが、俺と同等にもてなしてくれると嬉しい。あ、彼女肉類や魚類とか食べられない感じだから。そこんとこ良い感じによろしく」
「「承知いたしました!!」」
オオカミ娘との遭遇から数日後、俺たちはヨロギと縁のあるとある集落に立ち寄っていた。
というのも、俺の現代知識は何もヨロギ村という閉じコン内だけに限定して火を噴いたという訳では当然なく、かねてより交流があった周辺の集落にもその技術が少しずつではあるが波及していく形となっていた。
結果として俺の名声は止まる事を知らず、こうして方々で賢者だのなんだのと持て囃されるまでになってしまったのだ。いやぁ過ぎたる技術ってのは怖いね……
「『精霊の森』にもそこそこ近い位置だろ? 補給がてら、長旅で疲れたろうし休憩も必要かなって」
「それは構いませんが……事情を聞いていたとはいえ、違和感が凄いですよこの状況。貴方ってもっとこう雑に扱われて然るべきみたいなイメージでしたから」
「ま、外じゃ飾るものが無いだけそう見えても仕方ないかもしれんが……それはそれとして潰す」
ぎゃあぎゃあ! と唐突に取っ組み合いを始めた俺たちを見る村の連中の生暖かい視線は無視するとして、持ち合わせの食糧が尽きるまでにここまで来れたのは助かった。
久々にゆっくり休めそうだと、俺は肩の力を抜くのだった。
数時間が経ち、時刻は夜。
辺りもすっかり暗くなった筈なのだが、この村の広場ではどういう訳か煌々と明るさが保たれていた。
「…………ちょっと、これは」
流石に想定外だった。
という俺の呟きを前にして繰り広げられるのは、歌えや踊れやの大騒ぎ。巨人の焚き火みてぇに馬鹿でかいキャンプファイヤーが凄い勢いで燃やされていて、白い煙をモクモクと大量に吐き出していた。
凄いなあれ。目算でざっと高さが3メートルはあるぞ。あんなもんを急拵えする村の連中の意気込みも凄い。
「貴方、この勢いだと後世に名前を割としっかり残しちゃいそうじゃないですか……?」
「ど、どうしよう。かつて天から遣わされし者とか何とか言われてるうちに千年後にはイリアス様の斜め下あたりに澄まし顔で侍らされてたりしないだろうな。宗教なんてそんなもんだぞ」
借りパクの現代知識でここまでされると流石に寝覚めも悪い。よし、これからは技術提供も自重しよう。そう心に固く誓うしかなかった。
燃え盛る火柱を遠い目で眺めつつ注がれた酒をチビチビ飲んで胡座をかいていると、先ほど俺たちを歓迎してくれたこの村の長老がニコニコと穏やかな笑みを湛えながら近づいてきた。白くなりつつある髪とヒゲを蓄えた、いかにも好々爺といった感じの老人だ。
「改めまして……ようこそお越し下さいました、賢者様。ええと?」
「ジェーンといいます。どうぞ宜しく」
こいつ偽名で通す気か。明らかに今適当に考えたような名前を口走った不良天使を思わず見るが、当の本人は涼しい顔だ。
まあ確かに厄介な身の上ではあるし別に良い、というかむしろ当然の判断なんだろうが、それならせめて事前に言っといてくれよな。うっかり本名言わないように気を付けねーと……。
「ジェーン様ですか。お初に御目に掛かりますが、賢者様が女性をお連れになるとは珍しいですな。もしや、お二人はご夫婦なのでは……」
…………。
「「それはない」」
うん、そういうのじゃないから。つーかいきなり何言ってんだこの爺さん……
確かにこいつはかわいいやつだし割と気が合うしなんか自然に距離感も近いけど、そういう惚れた腫れたみたいな浮ついた関係とはまた違う。
どっちかっていうと絆とか友情とかの方を感じる機会が多いと思う。そこらへん誤解されるのはちょっと心外だ。
しかし、俺とこいつと言ったら一口にどういう関係だ? 夢と志に共感しあって一緒に旅をしている、言うなれば……
「……仲間? 盟友? って感じの」
「ですね」
「そ、それは失礼致しました。老爺心ながらつい」
ま、恋愛感情とかは抜きにしてもプロメスティンの事は好きだけどな。それは多分向こうも同じだろう。だからってそれを口に出したりすると「恥ずかしい事言うな!」って怒られるんだが。
少年期以来に再会して早々胸に刻まれた教訓。苦い失敗の記憶を再確認していると……
「そういえば賢者様、実は御耳に入れておきたい事がございまして」
「ん?」
何やら神妙な面持ちで長老が佇まいを直してきた。一体どうした?
「こちらに来るまで、もしや狼の魔物に襲われはしませんでしたか?」
ふむ?
それはもしかしなくとも俺たちを襲ったオオカミ娘のことだろうか? 詳しい話を聞かせてもらいたいな。
「ここの所、奴による被害が後を絶たぬのです……村の男衆は外に出るだけでも危険が付きまとい、木こりや採集にも出られぬ始末。かといって女たちにこれ以上の仕事で負担をかける訳にもいきますまい」
へえ、あいつってそんなにヤバい奴だったのか。やっぱり戦わなくて正解だったかな。危ない所だったと怖がったものか安心したものか悩んでいると、プロメスティンが眉根を寄せながら口を挟んできた。
「あの魔物が? ……あれがここら一帯で幅を利かせているというのは、少し妙ですね。見たところ特別に強力な妖魔という事も無さそうでしたし、多少の反撃を覚悟できるのであれば男数人で囲んで叩くだけで案外倒せそうなものですが」
「な、なんですと!?」
天使様の見立てがどこまで正しいのかは不明だが、少なくとも山狩りでどうにかできるレベルの相手ではあるらしい。しかし、その評価を聞いた長老のこの驚きっぷりはどういうわけだ?
「随分意外そうだが、この村ではそいつを退治しようって話にはならなかったのか? 普通の魔物ならそういう話になるはずだけど」
「い、いえ。ただ……恐れているのです。御二方は、ここに来るまでに奴以外の魔物には襲われなかったのではありませんか?」
ん……? そういえば、確かにそうだ。
あのオオカミ娘と遭遇して以来、俺たちは道中で別の魔物に襲われる事無くここまで来れた。単に運が良かったと思っていたが、そうではないのだろうか? 思わずプロメスティンと顔を見合わせていると、長老はおずおずと切り出した。
「奴がよく目撃されるようになってから、どうやら他の魔物の動きが弱くなっているようなのです。我々はそれを、奴が同じ魔物からも恐れられているからなのではないかと考えたのですが」
「魔物同士の縄張り争い、か……」
しかし、プロメスティンによるとあのオオカミ娘にそこまで幅を利かせられるほどの力はないらしい。これは一体どういうことだ。
「……分からないけど、旅の途中で分かったことがあれば知らせるよ。もっとも俺だってそんなのにまた出会いたくはないけどさ」
しかし、そうなると今度こそ戦いになるだろう。流石に同じ手が二度も通用して逃げられるとは思えない。あまりプロメスティンを矢面に立たせてやりたくはないが……これからはそうも言っていられないかもしれない。
話は終わったと離れていく長老の背中を眺めていると、プロメスティンが密かに耳打ちをしてきた。何だよもう、くすぐったいな。
「貴方、私が居なかったら一人旅だったんでしょう? ここまで慕われているなら旅の供に男手でも募ろうと思わなかったんですか? こういう面倒な事になるかもしれないなら尚更ですよ」
あ、うん。
まあ確かにヨロギ村にも魔物の襲撃に備えて戦いを生業にする人は結構いたし、同行を願い出てくるような人達もいなくはなかったけどさ。
「大成してから名前が知れ渡ったここら一帯と違って、ヨロギには昔に俺を冷遇してた人が多くてなぁ……彼らも今じゃ大半は俺のことを畏れたり敬ったりしてくるんだけど」
「ああ成程。過去にいざこざがあった連中とでは、確かに愉快な旅路にはなりそうにありませんね」
いや、そういうのとはちょっと違う。
そもそも俺は出自からしてズルやデタラメみたいなもんだし、そういう行き違いがあるのはある程度仕方ないと割り切っている。いるんだが……
「……大半はそうでも、中にはまだ過激な連中が少なからずいたりしてさ。下手に人を募るとワンチャンそういうのに後ろから刺されるかもしれないって思うと気が引けて……」
「うわぁ……」
おい、気の毒なものを見る目で俺を見るな。実際自分でもかなり気の毒な状況にいるとは自覚してるが、それでもだ。
宴会を抜け出し、村の外れで密かに会話をする影が二つ。言うまでもなく俺とプロメスティンだ。
「……というわけで、そろそろ天界に帰らないといけないんです」
「ああ、そういやそんな事言ってたっけ」
なんでも天界の仕事を済ませるため定期的に提出しなければならない書類があるとかで、数日に一度は離脱するって話だったよな。
「それにしても、向こうに帰られる前に村に到着できて良かったよ。俺はこのまま何日でも滞留しとくから、ゆっくり仕事済ませてこいよ」
「つまらない監視報告なんてすぐに終わらせてきますよ。こちらにいる方がよほど楽しいですから」
そう言うとプロメスティンは着ていた外套を俺に預け、前に降臨した時と同じように天使の翼と輪っかを顕現させ、そのまま一直線に飛んでいってしまった。久しぶりにアイツの天使っぽいところを見た気がするな。
あれで俺を目的地まで飛んで運んでいってくれないか一回聞いてみたんだが、どうもあいつの場合人を一人持って飛べるようにはできてないらしい。思ったよりは非力な奴だ。
さて、その間に俺が何をして時間を潰せばいいのかというと……
「大復習会だな、こりゃあ……」
道中にメガネっ子の先生様から教授された魔法理論。あの空白の本にノート書き取りよろしく初歩的なところを言われるがまま写してはみたが、まだあまり理解しきれていないというのが実情だ。
もっとも、プロメスティンにはその理解の早さを大分驚かれたものだったがな。どうも人間がこういう学問的な理論を身につけるのにはもっと時間がかかると思っていたらしい。
それは恐らく前世で身につけた教養ってやつのおかげだろう。
教育を受けた人間とそうでない人間ってのは、たぶん論理的な思考能力が根っから違う。単に物事を飲み込む力だったり多角的に物を見る力だったりがこの世界の人々より強いのは、まあ考えてみれば当たり前の事だ。
だからって俺自体は特別頭が良いってわけでも、ましてや天才ってやつでも無いのに変わりは無い。こういう時に時間をかけて一人でじっくり復習する時間を貰えるってのは、プロメスティン曰くつまらない天界の事情ってのも善し悪しかもな。
よし、じゃあ早速例の写しを──……
「こんばんは」
っどぅわあッ!? ちょ、ビックリしたぁ!!
い、いきなり背後から声をかけられたぞ。プロメスティンの事もあって人が来ないか気を張ってたつもりだったんだが、見送ったすぐ後で気が緩んでしまったのか。
……いや、本当にそうか?
それにしたって、
「ど、どうも! こんな所に何か、用事でも……っ?」
後ろを振り返って見てみると、声をかけてきたのは小柄な女性のようだった。
癖っ毛がちな淡いブロンドの髪と空色の瞳をした、それは綺麗な女性がそこにいた。どこか神秘的な雰囲気さえ纏っているような感じがするのは気のせいだろうか。
いや、こんな所にマジで何の用だ? まさかとは思うが、プロメスティンが翼を生やしてパタパタ空に飛んでいく所を丁度見られてやしないだろうな……。
「さっき飛んでいったあの子は、もしかしたら天使なのではありませんか?」
ウッ……!!
転生してからの過酷な生活で幾分か強靭になったはずの胃袋がキリキリと音を立てるのを感じる。思わず脇腹を押さえた俺は絶対に悪くない。
「ああいやあのそのなんというか別にそのちょっと」
「お、落ち着いてください」
逆に心配されてしまった……っていやいや、どうすんのこれ。天界に今までの所業がバレたら不味いらしいあいつのためにも、ここは何としてもこの話を広められる訳にはいかない。
旅を始めてから一番ってぐらい必死に頭を高速回転させていると、神秘的な女性は何やらプロメスティンが飛んでいった方向を眺めながらこう言った。
「あの子は……貴方と随分仲が良さそうでしたが、どうして天使と人間がそのような関係になれたのでしょうか。それに、彼女は堕天使なのですか?」
「えっ……と、その、堕天使っていうかなんつーか」
ええい、落ち着け俺。ここでどもっても何も好転しないぞ。喋る内容なんてのは喋りながら考えろ。
「……アイツにも聞いたことがあるんだけど、堕天使っていうのとは違うらしくて」
「えっ?」
「俺の旅を手助けするのが大罪だって分かっていながら、どうも今のところは上手いこと隠して向こうでもやっていけてるんだとか」
そこで初めて女性の表情が驚きに変わった。……人が翼生やして飛んでいくのには動じないくせに。
「そんな危険を犯してまで、あの子はどうして……」
「……理屈なんてもんじゃないだろ」
「?」
「心の動きなんてのは誰にも止められねぇよ。どんなに強い力で上から押さえ付けられたって、それに反抗したがる奴の性根なんてのはどうやったって変えられない」
そういう頭抜けたような頑固者だからアイツは俺のところになんて来ちまったんだろうな。まったく呆れるような話だが、そのおかげで今の俺がいる。
「アンタも何か、もしかしたらだけど……覚えがあるんじゃないか? 俺らみたいに道を極めようとしてる訳じゃなくても、具体的な理由なんてものは無くて、ただ居ても立ってもいられなくなっただけだって……きっと、人はその時になったら身体が勝手に動くんだよ」
「……ふふ。面白い人ですね、貴方は」
よく言われる。不本意ながらだが。
「居ても立ってもいられなくなって……ですか」
「……なあ、ここで見た事は忘れてくれないか。俺の夢、アイツとの約束なんだ。それを壊されたくない。……頼むから」
俺は誠心誠意をもって頭を下げた。これ以上は俺にできる事はない。しかし言いたいことは全部言った。
これで駄目なら……プロメスティンには申し訳ないが……
「貴方とあの子は、強い絆で結ばれているんですね」
「ああ、大切な仲間だ」
「人間と天使の間でも、それだけの信頼を築くことがあっても良いというのですか……」
そこで女性は、小さくだが、ふっと笑みを溢したような気配を見せた。
「安心してください。貴方たちの事は……誰にも言えませんよ」
「あっ、……?」
感謝の言葉を伝えようと顔を上げた時——女性はすでに、そこに居なかった。
ついさっきまでそこに居たはずの人が、まるで最初からそんな事実は無かったかのように綺麗さっぱり消え去っていたのだ。
「今のは……」
あれは俺が見た幻覚に過ぎなかったのか、それとも人に化けた妖魔だったのか。ついぞ本当のところは分からなかったが、あの雰囲気はどこか……まるで……
プロメスティン、と似ていたような……?
急に文明が発達しはじめた人間界の気配に一体何事かとここら近辺の様子を探っていた謎の女性、どえらいものを見てしまったの巻。いったい何フィナさんなんだ……
お陰でにわかに序盤ボスのポジションを確立しつつあるオオカミ娘ちゃんの話の存在感が可哀想なことに。忘れないであげてください……