あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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注意:二話連続投稿の二話目です。


第53話

 

 

「────かはッ、ぐ、うう」

 

 脳内に揺さぶりをかけるような酷い鈍痛に耐えながら、俺はゆっくりと目を開ける。

 

 額のあたりに滲む嫌な汗と血の気の引くような感覚が気持ち悪い。焦点もはっきりと合わない視界で最初に認識することができたのは——やはりというか、強く眉間に皺を寄せたプロメスティンの顔だった。

 

 俺の頭を両手で抱え込む彼女は膝枕をしながらじっとこちらを覗き込んでいた。ああ、やわらかい太ももの感触が相変わらず心地よい。こういう時ばかりはこの世界に来て役得だったと素直に思うよ。

 

 残念ながらそれが帳消しになるレベルで気分は最悪だが。

 それでもまあ、体調は幾分か良くなっていた。

 

「また無茶をしてますね」

 

「俺のことは良いよ。それより、ファリン、あの子は」

 

「ちゃんと合流できましたよ。大丈夫、魔法で眠らせて安全なところに置いてきました」

 

「そうか……」

 

 どっと力が抜ける。どうやら大体は上手くいってくれたようで何よりだ。

 やっぱりお前は頼りになる。子供を一人で逃がしてやるしかできなかった俺なんかよりも、ずっとな。

 

「はぁ……この空間に侵入するのも少し大変だったんですよ。まだ解けていない所を見るに術者はまだ死んでいないようですが」

 

「ああ……まだ息はあるようだな」

 

 俺が視線をやったことで初めてプロメスティンは()()を認識したようだ。無理もない。すっかり力の抜けた欠損だらけの身体が糸に絡まってだらりと垂れ下がる様は、アラクネどころか巣に引っ掛かった獲物のようにしか見えないほどだったからだ。

 わざと生かしているわけではないが、じきに死ぬ。激闘を終えて俺の体も動かないからと、そのままにしているだけのこと。

 

 その後だった。安堵から大きく息を吐く俺の様子をずっと観察していたらしいプロメスティンが、どこか困惑したようにこう言ったのは。

 

「何だか……顔色が良くなっているようですね」

 

「なに?」

 

「私がこの空間に入って貴方を見つけたのは戦いが終わってからでしたが、ここで発作に苦しんだ痕跡は全て結構な時間が経った後のものでした。それからの経過はむしろ順調というか……」

 

 確かなことは言いにくい。だがそれでも言わなければならないといったような感じで彼女は推論を口にした。

 

「奇しくも、このアラクネの閉鎖空間が偶然に貴方の”症状”の進行を抑える適切な環境だったという事なのでしょうか。私はそう睨んでいるのですが」

 

「…………。」

 

 俺はそれに何も言えなかった。確かに具合は未だに酷いが、ここで気絶していた間はその進行もほとんど進んでいないようだった。

 だが妙だ。

 この空間に引きずり込まれた後も、あの蜘蛛との戦いの最中は身を切るような苦痛に襲われていた。ならばこの空間に痛みを消す効果があるという訳ではないはずだ。何か他にも、条件が……

 

「……お」

 

 アシダカグモ娘が構築した空間が水面に浮かぶ揺らめきのように消え去っていく。あのしぶとい蟲魔もとうとう力尽きる時が来たようだった。

 外の世界はすっかり時間が経っていたようで、うっすらと青い明け方の明るさを感じることになった。冷たい風が気持ちいい……

 

「あのアラクネも本当に生命が消えかかっているようですね」

 

 その空間が消えたという事実ではなく、アシダカグモ娘の体に視線を向けるプロメスティンが言う。

 

「わかるのか?」

 

「天使ですから。魂に関することなら、嫌いな言葉ですが、感覚というやつで多少は」

 

「そういうもんか」

 

「そういうもんです。ほら、すぐ消えますよ。ええ、たった今──……」

 

 その瞬間。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「が、ぐがっ!? ばぁッ……」

 

「っ──メガヒール!

 

 激しく咳き込む俺を見て咄嗟に掛けられた上位の治癒呪文。流石に程なくして回復することができたものの、それでもしばらく苦しみは続いた。

 今の発作はかなり酷かった。あれは、まさか()()()()()()()()()()()()()なのか。

 

 ()()()()()()()()()()、とでも言うのか……

 

「……わかりかけてきましたよ」

 

「あぐ……」

 

「恐らく、貴方の症状は内的要因ではなく何らかの外的要因を契機に発症している。具体的にそれが何なのかは分かりかねますが……だとしたら、他に何もなく隔絶された閉鎖空間で症状が収まったのにも納得できる」

 

 口に手を当てて考え込んでいたプロメスティンは、しかし──ふっと、悲しそうな笑みを浮かべた。

 

「いずれにせよ、その体たらくでは私との約束を果たせそうにもありませんね」

 

 それに俺はぎくりとした嫌な気分になった。

 そう。想定よりも症状の進行が早いのだ。

 

 使者への応対と信用を得るための仕事。そして最終的な目標である天界との直接交渉──この分ではプロメスティンに言った通り、動けもしなくなるのはずっと先の事だと自分を誤魔化すことさえできなさそうだった。

 

「すまない……」

 

 無念だ。

 ああ、道半ばに終わることなどいくらでも考えていた。だがそれが理由も分からない不条理な病変によるものとは。情けない……

 

 

「何を謝ることがあるんです?」

 

 

 しかし。心底わからないとでも言うようなプロメスティンの一言に、俺は思わずその顔を仰ぎ見た。

 

「無理やりにでも生きればいいんです。黙って死を待つ必要などありません」

 

「な……言っただろ、俺は人間のまま死ぬって」

 

「ですが、それはこの先の人間としての一生さえ投げ打つ理由にはならないはず。私、やっと分かったんです」

 

「…………」

 

「今までだってそう。我々は未知からくる障壁に直面した時、いつだって外の世界へと解決を頼りに歩みを進めてきた」

 

 そうして、貴方は魔導をその身に修めた。

 そうして私は、貴方と出会うことができた。

 

 滔々と言葉を紡ぐプロメスティンの、言わんとする事を俺は先んじて察してしまい──

 

「は、」

 

「…………」

 

「んな馬鹿な……」

 

 思わず、息を漏らすように笑ってしまう。

 それが分からないほどお前は馬鹿じゃないだろう……俺はこれからヨロギ村を離れるわけにはいかない。あの日誓った、お前が独りぼっちでいなくたって済む世界を作るために。

 既に話は動き出している。こんな中途半端な時にここを出たら、俺を監視しているべきお前にだってどんな累が及ぶか分からないんだ。

 

 それを、お前は──

 

「これが最後の旅です。必ず貴方の”症状”を治療してみせる──その方法を探しにいきましょう」

 

 何の迷いも見られなかった。俺の瞳を覗き込む彼女の顔は、馬鹿馬鹿しいほどにいつも通りで。

 

 本当に、仕方のない奴だった。

 

 

 

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 

 

 

 

 私の名前はケイローネ。敬愛するプロメスティン先輩が勤める地上監査の任に補助として新たに付けられた天使だ。

 

 それというのも、地上の”賢者”がヨロギ村の民衆をより集めて何事かを計画しているというプロメスティン先輩の報告に端を発する。

 人間の文明を数百年は進めたとされる天才、それが賢者。人間のことはよく知らないが偉大な統率者ということは知っている。

 

 天界ではその人間を疎む者も多いけれど私は尊敬している。あのかっこいいプロメスティン先輩が長年に渡りあれだけ丁重に見守っているということはつまり、きっと……うーん……

 

 つまり、とてもすごい男だということだ。

 

「ふん、ふん、ふん」

 

 そんな私は今、なんと人間の格好をして地上に降り立っている。誇り高い戦乙女(ヴァルキリー)であるこの私が。

 本当だったらありえない……しかし、プロメスティン先輩の任務のお手伝いができるならただの人間なんかのふりをするのも我慢できるというもの。

 

 天界の偉い人たちは結局、賢者のやろうとしている事がなんであれ、その行動には『宣託』が与えられるべきだと考えたらしい。

 

 いち人間と直接的に接触し、その動きを我々の意思で管理するということ……これが天界の判断としてかなりの異例だということは私にも分かる。

 それだけ”賢者”の存在が天界にとって大きくなっている……それもどうやら、イリアス様の教えにとって利する方向に……

 

 が、そのために我々はこの流れの手綱を確実に握っておく必要があるとのこと。

 

 そこで従来通りの監視任務に加えて神の御意思を賢者へと命じ伝える役割が新たに必要となったわけだが(これが決まったときのプロメスティン先輩がすごく怖い顔をしてた気がするけど、なぜだろう?)……まあ、それでこの任務を任せられたのが私というわけだ。

 

 というか本当は他のエリート天使などが候補に上がっていたのだが、他ならぬプロメスティン先輩がなぜか私を強く推薦してくれたのだ。

 職務担当の兼ね合いもあり先輩はこの件に関してかなりの発言権を持っている。私と同じ下級天使なのにすごいなぁ……かっこいいなぁ……

 どちらかというと避けられてるような気がしていたけど、思ったよりも良く思われてたのかも? とても嬉し……じゃない、光栄だ! 先輩の期待に応えられるように張り切って任務にあたらねば!

 

「……むっ、あれは」

 

 ヨロギの賢者が住まうとされる山奥の小屋に随分な人だかりができている。あまり人の立ち入らない場所であるとの話だったが、どうしたのだろうか?

 

 にしても人間たちの様子が狼狽えてるというか、何か神妙な雰囲気な気がするが……まあいい、有象無象の人間に用はない。賢者とだけ会えればそれでいいのだ。そう考えて人だかりを少し観察した私は、一際目立った格好をした小さな老婆に声を掛ける。

 

「おい、そこのお前。賢者は今どこにいる? 会って話がしたいのだが」

 

「ふぁ、はあ?」

 

 歯の抜けたような喋り方をする老婆に話しかけた瞬間、急に周りの人間がいきり立つように声を荒げてきた。何なんだこの連中は。怪しいカルト団体か何かか?

 

「何だ貴様!? この方を誰だと……」

 

「け、賢者様に対しても何と不遜な物言いを……」

 

 不遜はどっちだ。敬意も向けずぎゃあぎゃあ(わめ)いてくるだけの人間など醜いといったらない。天罰を与えてや……ああ、人間のふりをしないといけないんだった。もう。

 

「みんな、これを見てくれ! 書き置きが見つかったぞ!」

 

「ん?」

 

 なんだ、賢者の家に書き置きだって? じゃあ賢者は留守にしているということか?

 

「な、なんだアンタは、」

 

「いいから貸せ」

 

 小屋の中から出てきた男からメモのようなものをひったくる。抵抗しようとしたので軽く手首をひねってやるとうるさい事を言わなくなった。

 

「あだ、あたたた!?」

 

「なになに……」

 

 悶絶する男を片手で抑えながら書かれている内容に目を通す。なんだろう、もしかすると何日か帰ってこなかったりするのかな……それは困るな……

 

 

『病を 治しにいく 生きて帰れるか  

   わからない すまない みんな』

 

 

 ……??

 

 




ケイローネちゃん「……??」
(腕を組み首を傾げる)


なんとか発売前に仕上げられました。いや本当にギリギリですね……それでは皆さん、もんむすくえすとの締め括りである終章を楽しみましょう!
勿論のこと筆者もしばらく没頭するつもりでありますので、ご了承をば。

それでは!
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