「……という、わけなのでありますが」
後輩天使のケイローネ──今は部下という方が適切か──がアセアセと焦燥しながら終えた地上出向の報告を耳に、私ことプロメスティンは大体予想通りの内容だなと思いつつ驚き七割:深刻三割といった感じに表情筋を固めていた。
場は天界の一角に存在する中規模な議事堂。私は上司アテナの側にひっつきながら他の大天使などに目を引かれぬよう適当に真面目な顔を作っている。
私が不在の間に設置が勝手に決まっていた”宣託者”とかいうふざけた役職に勘の悪く扱いやすいケイローネをどうにかしてねじ込んだまでは良かったが、その後「彼」に発症した謎の症状は完全に想定外のものだった。
彼にケイローネの存在とその対応まで事前に言い含めていたのも無駄になり、結果ああしてヨロギ村の外へと身柄を移し行方をくらませなくてはならなくなった。
今ここで治療に専念させねば今後天界にこき使われるであろう彼に”同胞”としての復帰は望めない……おかげで今、ヨロギの”問題”担当の天使らが一堂に介して空気をヒリつかせる事態となってしまっているのだが。
「しかし”賢者”は我々への献身として民衆を先導し始めたのでしょう?」
「それを一身上の都合で放棄するなど……」
「やはり人間、これは相応の神罰をもって償わせなければならないのでは」
さあ、この吐き気がするような有様から事態をうまく纏め上げるのが私の仕事というわけだ。
ケイローネが一身に浴びて涙目になっていた格上天使の不機嫌オーラが徐々にこちらの方まで向いてくるのを感じつつ、私は密かに喉の調子を確かめるため小さく咳払いをした。
「大体何です? こういう事態を未然に把握して動向を追っておくのが監視役の任務ではないのですか? アテナ、
「ああ……ええ、そうですね。しかしまあ、彼女も今後仕事を共にするケイローネとの情報共有で随分と忙しくしていたようですし」
たとえ自分の見栄を守りたいからだとしても身内を庇ってくれるのはありがたい。事実チラリとアテナが目を向けた先に山積みされた引き継ぎ資料はかなりの量だ……まあそれは他の無能どもにとってであり、私にとっては余った時間を彼との逢引に利用すらできる程度のものでしかないが。
とはいえ当の無能どもにはそこそこの納得を誘う言い訳だったらしい、徐々に「不機嫌」から「蔑み」辺りに衆目の色がシフトしていくのを感じる。普通に腑が煮えくり返りそうではあるがここでキレても仕方があるまい、この機に可能な限りこちらの言い分を並べておこう。
「痛み入ります。皆様方のご指摘通り、面目次第も御座いません」
「フン……」
「ひそひそ……」
「そこで此度の失態を取り返す機会を得たく、私から一つ提案をさせて頂きたいと思います」
ここで大事なのはいかに理路整然とした問題解決までの手法を提示するか、ではない。
馬鹿を納得させるための馬鹿馬鹿しい理論に、どうやって私自信の利益をそれと分からぬよう臭いを消して混ぜ込むか、だ。
「私は責任を感じております……故に、他の皆様方にまで”賢者”捜索のため御手を煩わせるのは余りに偲びない事と愚考致しました」
「……続けなさい」
「ほう……」
「分かっているではありませんか……」
うるさい黙れ、と反射的にこの場で叫び出さなかったことを我ながら褒めたい。わけ知り顔で特に中身のない言葉を挟まなければ気が済まないあたりこいつらは静かに口を閉じて聞いていることもできないらしい。
とはいえ私は基本的に意味のない事はしない。故に意味のない事は言わないのだ。この連中とは違う——軽く謝辞の定型句を口にしながら、私は本題を切り出した。
「私が提案したい事、それは即ち……地上に降りての”賢者”捜索、これを私一人に任せて貰いたい、という事です」
ざわ、と場が騒めく。一見すると何が特別なんだといった感じの発言ではあるが、それがここの連中にとってはそうではない。
「……我々は地上への干渉は最低限にしなければなりません。その意味が分かっているのですか?」
「ええ、神に仕える天使という優越した身分を地上の者共に隠して動かねばならないこと……先も見えぬ果ての知れない任務であること、重々承知しております」
「
馬鹿なのだろうか。と私は悲壮感あふれる覚悟の表情の裏に完全な真顔を隠しながら思う。
「件の人間をこの手で見つけ出すまでは天界の門すら潜らぬ覚悟です。どうか、この私に天界を降り地上に移り住む許可を……!」
「「っ! ……!!」」
自分らの存在がこの世で至上のものと信じて疑わない能無し共の頭には私が口にした”献身”がとても真似できないような崇高な行為と認識されるらしい。天界の仕事を放り出して”彼”を治療する手立てを探すことに専念できるなんて私にとっては願ったりどころではない話だぞ。
しかし、いくら自分たちが無限に近い寿命を持ってるからって時間的なリスクを鷹揚に捉え過ぎているのか、たったひとりの木っ端天使に地上をうろつかせて探させるとかいう非効率的すぎる作戦すらこいつらの中では激しい議論に値するらしい。
もうバカバカしいとかそういう次元の話ですらない筈なのだが……それで揺さぶられているからこそ馬鹿なのだ。
「ある意味では我らの品位を地上に貶めす……そんな事を許してもいいのでしょうか……」
「むむぅ……確かに異例ではありますが……」
「しかし彼女の美しい自己犠牲、それを無下にするのはあまりに……」
「ひそひそ……」
馬鹿共の議論もどきは結構続いた。その間に部下が予想外なことを言って焦ってるアテナやおろおろした顔でこっちを見てくるケイローネなどを眺めて暇を潰していたのだが、どうにか話も纏まってきたようだった。
「な、なるほど……あなたの決意は固いようですね」
「あ、はい。一応。」
「……ならば認めざるを得ないでしょう。
勝った。
まさかこんなに上手く行くとは。思わず半笑いになりながら更に都合のいい議案を通せはしないかといったようなことまで緩んだ気持ちで考え始めたところで──
その時だった。
「待ってください……!!」
「?」
どんっ! と手のひらを演壇に叩き付けたケイローネはぶるぶると汗を滲ませながらも覚悟を決めたような眼差しで声を上げ……えっ?
「我々が下界の動向を見逃した結果としてこのような事態となったのは確かでしょう。ですがそれは、プロメスティン先輩のせいなどではなく……そもそもの発端として、私などへの仕事の引き継ぎに手を煩わされていたからに他なりません。責任の所在は、私にこそあります」
「?」
「たったの一日でも、身に染みたのです。地上の者たちに正体を覚られぬよう振る舞わざるを得ず、軽んじられ、手をあげられる屈辱は。……私なんかを選んでくださった他ならぬ貴方に私と同じあのような思いをさせられない、させたくはない!」
「?」
何を言ってるんだこいつは? 何を……なんだか知らないがまずい気がする、これ以上ケイローネを好きに喋らせてはいけないような、あ、あれっ。
「地上に降りて任に当たるのはこの私です! どうかプロメスティン先輩の代わりに私を、お願い申し上げます、どうか……っ!!」
「……なんと、高潔な」
「これほどの友愛、互いを想う心……」
なんだこれは、さめざめと涙を流して顔を伏せる上級天使までいる。これは一体どういうことだ。
「……どうやら、これは決まりのようですね」
「えっあ、ア……あッ、そ、その」
「良いでしょうケイローネよ、その清い心根に免じてここはあなたを」
「い、異議あり、異議ありーっ!」
◼️◼️◼️
皆に黙ってヨロギ村を出てから半年が過ぎた。
パチパチと焚き火の煙が燻るのを眺めながら物思いに耽る。暗い荒野の冷たい夜風が肌を刺す中、車椅子にもたれながら思い出すのはこの当てのない旅を始めてすぐの出来事だった。
『貴方には”召喚術”を修得してもらいます』
藪から棒にそんな事を言われたのは村の誰も存在を知らない洞窟の倉庫。実験で作ってみた危険な薬物や人目につく場所に置いておけない検体や遺体など、表にあると色々とまずいものをしまったりいじくったりする秘密の場所だ。
ここで俺の”症状”を散々と検査しながら地上と
『なんでまた急に』
『言葉が足りないと苦言を呈されるのも慣れてきましたから、今回はちゃんと説明します。まず貴方の”症状”について今日までの実験で発覚した「発症条件の体系二軸」についてはきちんと理解していますね?』
プロメスティンが言っているのは、俺の「何らかの外的要因に伴って生じる体への負荷と幻聴」という極めて不可解な現象がどのような条件で発生するかを現在実証できる範囲で纏めた仮説についてだ。
現状わかっているのは大きく分けて二つ……
一つ。俺が、
これは簡単に言えば、俺が何かを壊したりすると、その瞬間、その影響がそっくり俺に帰ってくるような感覚に襲われて血反吐を吐くことになったりするらしいってわけ。
試しに木製の箸やガラスの瓶を壊して実験した所、道具を使って壊せば意識の混濁と頭痛、手袋1枚だけを介するならそれに加えて内臓損傷による吐血……素手で叩き壊した瞬間、
……付け加えるとすれば、黒魔法等による破壊は比較的影響が少ないことが分かった。だが、それすら結構な目眩がするレベルではある。
二つ、本来の使用用途に対する相関。
これもざっくり説明すりゃ「壊すため」に存在するものを壊したところで大したダメージは発生しないらしい、ということ。食べるためにある食べ物を口で噛み切ったところでほとんど何も起きないし、絵の具を紙に塗ったり針と糸で縫製をしたりも妙な幻聴で集中が多少妨げられる程度で済む……が、これもいまいち条件が分かりにくい。そもそも「壊すため」という何目線なのかもよくわからん恣意的な条件がプロメスティンは相当気に入らない様子だった。んなこと俺に言われても。
逆に言えば「それを壊すなんてとんでもない!」レベルの貴重な品物や魔道具であるほど体に掛かる負荷は強まるらしい……最も極端な例では
天界から持ち出した魔導書とやらをプロメスティンが試しに俺の目の前でビリビリに破いてみた結果
そして当然、
……正直、泣きそうではある。こんな訳のわからん体になるような心当たりが俺には全く何一つ無いからだ。ただ生きているだけで勝手に悶え苦しみ死にそうになるのだから話にならない。
だが、それでも俺は前を向いて歩き続けなくてはならない。なぜなら俺は一人ではない。こんな俺にも寄り添い、共に歩いてくれる仲間がいるのだから。
『……ああ、把握してる。それがどうかしたのか』
『この結果で分かる通り、今の貴方には常に身の回りの世話をする誰かが必要です。旅をするなら護衛をする誰かも……当然それは他ならぬ私が責任持って請け負うと決めていました。今までは』
半ば強引に逃避行へ連れ出した側とはいえ中々に甲斐甲斐しいことを言ってくれるなと思ってしまったが、それはひとまず置いておく。
脚を組みながら苛々と肘掛けを指で叩き机に頬杖を突くプロメスティンへと、俺は今回の里帰りで行われた会議とやらに抱いていた懸案事項についておずおずと問い掛けた。
『……今まではってことは、やっぱり上手くいかなかったのか』
『ええ、前にも話したケイローネのことを覚えてるでしょう? どういう訳だか計画にあった私の立ち位置に
『……なんだそりゃ?』
『儘ならない物です……私が今までのように貴方の側にいられる時間はむしろ大幅に短くなることでしょう。故に私が居なくなることで抜けた必要な”手足”を補填する、そのために召喚術を学んでほしいのです──というのも、』
宝の守護の象徴、主人に身を捧ぐしもべの術式。今の貴方を補うに必要な二要素を兼ね備える絶好のものが手元に揃っていたもので。
『……お前まさか、アレを引っ張り出すつもりか』
そう言いながら立ち上がり保管庫の奥へ歩いていくプロメスティンの背中に投げかけた俺の声は結構な戸惑いの色を帯びていたと思う。
表に出せないからこそコッソリ持ち帰るのも黙ってたってのに、あんなもんを実戦投入するとか言い出したらそりゃあ引くだろ。
『噂に名高いアルテイストの秘術と比べれば児戯に等しいレベルかもしれませんが、素材の良さもあり中々のものが作れたと自負しています。魔法陣で補助した脳を再利用すれば
「……んぁ」
回想の中ですら眠たくなるような解説っぷりに首を振りながら欠伸をつき、熱を秘め湛える焚き火に意識を戻す。結局持たされちまったこんな”力”に、これからどう向き合っていけばいいのやら。
「…………」
あいつがいない間、俺は用が無ければ特注の車椅子から立つことも腕を肘掛けから上げることも禁止されている。自分以外の何物も刺激しないようにとの措置だ。首から下の皮膚が露出しないよう全身を覆う衣服も相まって窮屈なことこの上ない。
それに、このままでは……
このままでは俺も長くは生きられないだろう、ということも分かってきた。
この半年で結構な筋力の衰えを感じるようになった。蘇生処置ができるプロメスティンがいなければ殆ど動けないということの不健康、日々の避けられない些細な破壊に伴う肉体へのストレス。どちらにせよ今はまだ大した事ではないが……暗い未来を想像させるには十分な話だな。
「ん?」
そんな事をぼんやり考えてると。
暗がりから何やら下卑た女の声が聞こえてきた。
「ふふっ、お兄さぁん……こんな夜更けに一人でどうしたんですかぁ?」
こういう手合いに良く良く遭遇するもんだな、この世界では。なんだか甲殻っぽい異形の半身で覆われている何娘だかの魔物が威圧的な仕草でこっちに寄ってくるが、生憎こっちは腰を上げて相手してやるわけにも行かんのだ。
「ん。」
「……ア?」
だから上だよ。黒手袋をした右手のピンと立てた人差し指を三日月の浮かぶ頭上に向けて注意を促す。俺のことはいったん忘れて、いいからどっか遠くで静かにやってくれ──……
「ふふフっ、お月様が何だっていうんでスかぁ? あナたはおチンポで私の卵管の具合だけ気にしてりゃいイんだよぉ! ……あっ?」
「…………」
「あ゛あ ア ぁ ア ────」
ゴバッ!! という風鳴りに似た轟音が過ぎ去った直後、静寂が戻る。
もう二度とさっきの魔物の声を聞くことは無いだろうなと、俺はその存在をさっさと思考の隅に追いやった。
「うーん……」
やっぱマズいよなこれ、色々と。プロメスティンもいよいよ切羽詰まって俺たちが保有する最大最強の手札を切ってくれたってことなんだろうが、にしても最悪な部類の置き土産だ。
あのクィーンドラゴンにはそこそこの義理があるし黙って検体として持ち帰るのも申し訳ないと俺は思ってたのだが、アイツはそこんとこのラインを悠々と踏み越えてこういうことをするからビビる。それに頼らざるを得ないと黙って利用している俺だってもはや同罪なのだろうが……
「ぐぁるるる……」
物の数秒ほどで仕事を終え戻ってきたらしく、焚き火の傍で丸まり始めた獣の仕草を横目に眺めながら思う。
結果として目の前にあるのが、ドウェルガの英傑エリックの死により俺達が総取りする事となってしまった”かがり火”竜族との戦いの戦利品───
上級妖魔、飛竜種ウィルム娘の
ウィルム娘さん。女王戦と違い前情報なし準備期間なしヨーイドンの戦いとはいえあのエリックと大体互角だったこの人も結構な怪物です。
流石に本職の仕事ではないので総合的には生前より劣化してますが。