二話連続投稿のため、こちらの告知で知った方はこちらと合わせて一気読みしようとすると3話分以上の文字数になりますので、無理せずお楽しみ頂ければと思います。幕間が何なのかについて詳しくは向こうの方で。
【幕間1-a】
細工職人を名乗るヨロギの若者に連れられて、世を忍ぶ下っ端天使ことケイローネはさっぱり慣れる気配がない山道を頑張って歩いていた。
なんで不審者扱いされている身で人間に黙って道案内されているんだろうとか、どういう状況なんだとか自分でもよく分かっていない面はあるものの。どうせ他に行く当てもないのだからと雛鳥のように付いていってしまっているのであった。
「それにしても本当この辺りだと見ない格好ですね。凄く綺麗な武器をお持ちのようですけど……えーっと、その爪なんかもおしゃれですよね」
「む……そうか?」
ただでさえ見習いなのに武器まで妥協していられないということで相棒のレイピアを持ってきてしまったものの、それ以外はなるべく地上に馴染む格好を心掛けたつもりだがと割合に殊勝な小天使は首を傾げる。
「そうですねぇ、ここでも
なんだか職人気質のスイッチ的なものが入ってる若者の様子には気付かないまま、ケイローネは上の空で返答した。はっきり言って今は道を歩くだけで精一杯であった。
「……私の故郷には似たような顔の同胞がたくさんいるからな。見分けが付くようにほんの細かい装飾や小物なら結構みんなが付けている」
「へえ、姉妹がたくさん居るんですね」
「……ええい、うるさいなっ、だいたいさっきから何処に向かっているのだ! もう足が疲れたぞ!」
「ほ、ほんとに山慣れとかしてないんですね……」
いくら少女の見た目といっても地上のどんな人間より足腰は強いはずだ。それなのに涼しい顔をして先導していく若者のことがケイローネにとっては不思議でならなかった。どうやら地を歩く人間は皆こうであるらしい。
「まあ落ち着いて。ほら、景色が開けるところに出ますよ。良い眺めでしょう」
「むむっ……」
確かに、木々の合間に麓の景色が見える山道の曲がり角に着いたらしい。ここから見えるのは人間が多く暮らしているヨロギ村……つまり、自分がお尋ね者として追い出されてしまった村だった。
こんな所から人の営みを眺めてみたって暗い気持ちになるだけだ。そんなどんよりとした気分でケイローネは隣の若者に話しかけた。
「あそこでは嫌な目にあった。しかし、あのいきなりの対応は酷すぎるぞ。いつもあんなにピリピリしているのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……ここの所は騒ぎが立て続けに起こったもので」
「? 賢者がいなくなった以外にか?」
「村の子供が、魔物に攫われかけたんですよ」
魔物。教本で見たり話に聞いたのとは違うそれを本当の脅威として身に沁みさせられた今となっては、弱い人間が攫われるなんて酷い悪夢に思えてならない。しかも子供を狙うとは、なんと醜い所業をするのだろう。
「それは……許せんな。やはり魔物は滅するべきなのだっ」
「息子の友達でした。まだほんの小さな女の子で……かわいそうに、酷く怯えて。慰めようと息子が家まで通っているのが助けになってあげられていればいいのですが」
「ああいやまて、その子供は助かったのか? どうやって?」
「賢者様が一人だけ気が付いておられまして。その魔物と戦って、助け出してくださったんです」
「…………」
不世出の天才といわれる賢者は、神への祈りではなくまじないの力によって村を守る力を得たことが公然の秘密とされている。それは話に聞いてはいたが……天界ではあまり良い受け止められ方をしていなかった事だし、そもそもケイローネは人間である以上そこまで強い力でもないのだろうと思っていた。
だがロンの話では、自分がやっつけられたような魔物を賢者は既に何匹も倒し、その知恵も使って人間たちがいたずらに襲われないような仕組みを作り守ってきたらしい。
新しく賢者のことを知る。しかしその度に分からなくなっていくような気がする。イリアス様の御力に縋るはずのところを、自分の力を高めることで解決してきた賢者。その分だけ世に信仰を疑われると分かっていながら。そんな男は、この地上で何を思い生きてきたというのだろう。
分からない。
「僕は、この村に大事な家族ができました」
唐突にそう語る隣の若者も、ケイローネにとっては同じくらい分からない相手ではあるのだが。
麓に向ける視線はそのままに体だけをこちらに向けてきたロンは、少しだけ悔しそうな顔をして続ける。
「昔とは違って無邪気に付いて行くとも、探しに行くとも言えません。本当に……本当に、残念です。僕も、妻もそう思っている。探しに行きたい……あの人に会いたい……」
「…………」
「だから、僕はあなたに秘密のお願いをするぐらいの事しかできないんです。あなたに頼みます──無事にここを出て、どうか賢者様を見つけてください」
「……どうして私にそんなことを頼める? 自分で言うのも何だが、私みたいな怪しいものが賢者を見つけてどんな目に合わせてしまうかも分からないだろう」
「言ってくれたじゃないですか」
「なんだと」
「あの人のことを、知りたいと。知ろうとしてくれていると。それなら僕はあなたのことを信じられます。きっとそう言ってくれたあなたの事を知ってくれれば、賢者様も同じように信じてくださるでしょうから」
……分かるような、分からないような話だった。少なくとも天界での考え方とは違っていた。地上では皆がこうなのだろうか。それとも目の前の若者や、もしかしたら賢者だけがそうなのか。
「つくづく、賢者は慕われているようだな。お前やお前の妻だけがおかしいのかもしれないが……」
「ふふ、でも、あなたにも慕う人がいるんでしょう? 確かその人の為に旅に出ようと思ったとか何とか」
「……覚えてたか」
「折角ですし良ければ聞かせてくれませんか? どんな人なのか気になります」
ケイローネは腕を組んで考えた。勝手に天界のことを話すのはあまり良くないと思う反面……尊敬する人のことを語って聞かせたいというほんのささやかな欲が喉元まで来て主張を始めているのもまた事実であった。
「いいだろう、あまり詳しくは説明してやれないが、そこまで言うなら教えてやろうっ」
「ええ、楽しみです」
「私はかつて、剣を手に取りイリアス様の教えに殉ずる……あー、戦士としての一団にいた。名誉ある役目ではあったが、訓練の日々はつらかった……」
そうして拙く語られたのは、一人の少女が己の非才を嘆く話であった。
力弱く産まれ、知にも乏しく、要領の悪さで周りの足を引っ張ってきた。だからこそ努力は人一倍に頑張ろうという彼女の美点も、仲間たちの蔑みや鬱憤の矛先となるうちに翳っていった。
だがそんな時、偶然に通りかかった、同じ非才の身ながら誰からも一目を置かれる少女の言葉で彼女の人生は大きく変わった。
──前に進もうとしている者の顔を、後ろを向いてまで貶すとは。
さぞ器用な真似を演じる才能にしても、無駄に振うのがお好きなようで。
それは結局、ありふれた美談でしかなかった。いや、『そこにいた被害者など意識もせず、目に付いたホコリを払うほどの気軽さで適当な悪態を格下に吐いて去っただけなんですが』という当人のみぞ知る内心を可視化すれば、美談にすらならないような話。
だけど、少女が居た
掻い摘んでだが”その人は私に励ましの言葉をくれたのだ”といった感じの事を誇らしげに語る少女に向けて、そのような事情を何となくでも察したのだろう。ロンは柔らかく微笑んだ。
「素敵な人なんですね」
「ああ、おまえに会わせてやれないのが残念だぞ」
「それは確かに残念かもしれませんね……さあ、もうひと頑張りです。そろそろ目当ての場所に着きますよ」
二人が到着したのは絶壁の峡谷だった。ヨロギ村の周辺を地理的に分断する崖と崖との間の手前。そしてある男が、攫われた子供を救い出すために一匹の虫魔と死闘を演じた場所。
道すがらに例の魔物騒ぎの話を詳しくしてもらったケイローネとしては、こんな場所を飛んだり駆けたりして人間が魔物を倒したとはとても信じられない驚嘆するべき出来事のように思えた。
「それと、あなたには少し知っておいてほしいことが」
「どうした……ふうっ、この分だと、まだまだ掛かるんだろうっ。このままじゃ本当に秘境巡りじゃないか、そろそろ着くなんて適当に言って……」
「はは……」
「それで、知ってほしい事というのは」
いよいよ汗が出てきたケイローネは軽く息を整えながら聞き返す。そうして、何か、躊躇うように口に出された若者の台詞に耳を傾けた。
「賢者様の、協力者の事です」
そう言われて、ケイローネには思い当たる節が
……というよりは、単なるお手伝いさんのような書き方だったが。賢者の家に住み込みで働いている姿が時折見られる、大して注目すべきところもない影の薄い存在。紙面上でしか知りはしないが、それが一体どうかしたのか。
「ジェーン……確かジェーン・ドゥといったか? なんだかふざけた名前のようだが……」
「ご存知でしたか。失礼な一言には物を申したい所ですが、話が早いのは助かります」
曰く、その協力者とやらも賢者と共に姿を見せなくなったということ。報告書で確認したより、遥かに賢者と親密な相手であるらしいということ。
前者はともかく後者は引っ掛かった。あのプロメスティン先輩が事実を間違えて記すことなどあるのだろうか? 天界から見るのと地上で見るのとでは違うだろうが、あの人に限って、いやしかし……
そういえば、違和感に思うことがいくつかあった。
魔法にはあまり詳しくないが、それは何の知識も持たないような人間がほんの何十年の人生でものにできるような簡単な力だったのか?
何者かの薫陶を受けてその域に至ったと、天界の目すら欺けるような者の関与があったと、そう考えるのがより自然なのではないのか……?
「どうしても気になるんです。あの人がまさか悪い人のはずは無いと言い切れますが、何も言わずにいなくなったのは無関係ではないでしょう。どうか頭の片隅にでも」
もしかしたら、妖魔。イリアス教の最大功労人が魔物と後ろ暗い繋がりを持っているなど冗談にもならないが、かすかな人外の影だけは言う通り覚えて置くべきか。
何とも言い切れない不安な予感に、ケイローネはしばし押し黙るのであった。
「…………」
「まあ、そろそろ良いでしょう。話したいことも大方済みましたし」
そうして黙り込んでいると、今まで山の中を案内してきたロンは唐突に立ち止まってそのような事を言った。
「ああ……?」
「ちょっと言い出しにくかったんですが、実はもう着いてます。目的地はここ……というより、ここから先は僕は行けません」
着いたと言っても見渡す限り崖の淵が広がるばかりで、人間にとっては行き止まりでしかないように見えるのだが……
「この峡谷を越えれば人間の足では追いつけません。ヨロギで手掛かりを見つけるのはもう難しいでしょうが、ここで無事に姿を隠せれば他の場所でも態勢を立て直しやすいはずです」
「ま、待て。こんな所を私が越えられると思うのか? さんざん山慣れしていないと言ってきたくせに、この私が」
「…………」
「あ……?」
何だ?さっきからこの人間は何を考えているんだ?
崖を見渡して、表情を見せないロンの後ろ姿にケイローネは胸がざわつくような感覚を覚えた。
きょろきょろと、周りに誰もいないのを確認するかのように目を配った若者は──静かに、ケイローネの耳元で囁いた。
「あなたは、天使様なんですよね?」
ロンという若者が思い起こすのは、とある女性のことだった。
ふわりとした金髪と透き通るような青い瞳をした女性。流れ者を自称し、いつの間にやら姿を消し、ふとした瞬間に目にするような、どこか浮世離れした雰囲気を纏う美しい人だった。
仕事の都合で数年間サン・イリアに細工職人として滞在した時も。あるいは賢者の供としてグランドノア王家への謁見に出向いた時も。その女性の姿はふと気が付けば風景の片隅で不思議と目に入るのだった。
ある日、賢者が南方への遠征で長らくヨロギ村を空けていた時期の間のことだ。季節の変わり目を祝う祭りが例年のようにつつがなく終わりを迎えようとしていた深夜。久しぶりに甘受していた酒酔いの火照りを冷まそうと篝火の明るさに照らされた広場からふらふらと離れ、ある家屋の裏へと気まぐれに足を運んだとき、ロンは俄かに信じられないような光景を目にしたのだ。
それは先程まで村の祭りを遠巻きながら楽しんでいた、あの女性の異なる一面に他ならなかった。ある種の宗教画のような幻想的なまでの光景を、息をするのも忘れて見ていたロンの視線にやがて女性は気が付いた。
ふっと、息を吐きながら心なしか困ったような薄笑いを浮かべる彼女と触れるように目が合っていく。
瞬間。そう、本当に次の瞬間──瞬きのために目を閉じたほんの刹那のその直後──そんな所には始めから誰も居なかったかのように、女性の姿は掻き消えていた。
そして、それ以来。
彼がその女性の姿を見ることは二度と無かった。
(あの時に感じた感覚。それを、この人に触れた時にも微かに感じた。……ような、気がする)
それは実際、何の証明もできないような頼りなく、ほんの小さな感性の揺らぎでしかなかった。
しかし彼とて、突然に降って現れたかのような目の前の少女の異様さの全てを無視してこの場に立っているわけではないのだ。普通ではない気配、普通ではない状況。それらに裏打ちされた直感のようなものが組み合わさって彼の想像を後押ししたに過ぎない。
そして。
(そして思い返せば、確信は無いけど、あの人も──)
赤髪の少女。賢者とのただならぬ関係を持つようであった、あの知的な隣人。ジェーン・ドゥ。
この村、ひいてはあの一人の男を中心として何かが起きている。それぞれの点が線で繋がっているような、そんな奇妙な予感をロンは抱いていた。
だが……
それを探るのは自分の役目ではない、とも思う。
彼が今まで目にしてきた『そう』であるらしき謎めいた三人は、いずれも自分の正体を隠そうとしていたはずだ。それには必ず理由があるはず。何かの流れに逆らってまで自分を偽ることの辛さ、苦しさを想像したロンは、ただ思いやり、その心のみを通してそれらを見た。若者は、ただ偲んでいた。それが唯一、自分のような小さい人間にでもできる事だと考えて。
「…………」
「……う…」
だから、こうして、微かに震える手で腰に帯びた剣の柄を握りしめる目の前の少女の、怯えたような顔を見ることは決してロンの本意では無かった。
誰よりも優しい心の持ち主だと、かつて賢者にそう言われた若者は、すっと指を自らの口へと静かに当ててこう言った。
「なにも、喋らないで」
「……え」
「僕が勝手にそう思っているということを、あなたに知ってもらうだけ──ただそれだけです。それだけのちっぽけな事が、ここで生きるあなたのこれからの心の支えの一つとなってくれればと。一人の人間が、そんなことを勝手に願っているだけですよ」
故郷から遠く離れ──たった一人でここにいるという押し潰されそうな事実の重みを、ただ知ってくれていると。行き場の無かった恐れと不安だけでも、どうか預けていって欲しいのだと。
「……!」
「さようなら。イリアス様の御加護がありますように」
それだけを言って若者は名残を惜しむように少女を流し見ながら、やがてゆっくりと背を向けた。語るべきことは語り終えたとでもいうように。
「あ……」
ただ一人そこに残されたケイローネは。
胸を抑え、目を伏せて。このか細い声が誰かに聞こえるはずがないと分かっていながらも、最後にぽつりと呟いた。
地上の、友に向けた一言を。
「……ありがとう」
◼️◼️◼️
村に帰るまでの道中でロンは一度も振り返らなかった。ただ少女が後をついてくる気配は無かった。それだけだ。その事実以上のことを、彼は必要だとは思わなかった。
「あの人を、どうかお願いします」
ところで本編の内容と何か関係があると言いたいわけでは特に無いんですが、ぱら終章で入荷できた知識によるルシフィナ像についての私的見解をちょっと明示しておきます。
そこそこ重要な事ですのでここに書きますがネタバレ踏みたくない終章未プレイの方やくえ範囲のみの履修で読んでる方などは全然読まなくていいので、以下は「フーンそうなんだ」って感じにスキップしてください。
私は現時点のルシフィナをぱら終章での激ヤバ人物としてではなく、既にくえで登場したルシフィナとあんまり変わらない感じの精神モードになっているものとして書いてます。よって終章知識によるそこ関係の書き直しは必要ないと判断しました。
具体的には『聖魔大戦を経て100~200年ぐらい時間が過ぎ、敵を56しまくる必要が急激に減ったあたりで勝手に丸くなりはじめるもの』として認識してます。離反直後に建物倒壊魔エデンを足蹴にしてるシーンで既にくえルシフィナの立ち絵であり、行動はともかく口調もそう変わってない以上、そんなに無理はないかなあと思います。少なくとも100%マルケルスの影響だけで丸くなったわけではないと断言出来はするでしょうし。
そもそもぱらでよく見たガンギマリ顔なルシフィナは天界勝利√の後ルカさんを瓶詰めメロンパンにされ月に引きこもりまくってるとかいう異色すぎる経歴のルシフィナであり、第三の道で当然のように母親ヅラしてるぱらルカさんとも実は全然赤の他人なぐらいですので、聖魔大戦真っ盛りとかならともかく戦後ルシフィナの性格描写としては特に参考にはしなくて良いと考えました。というわけで、公式からの情報が更新されるようなことがあるまではひとまずそういう感じにやって行きますのでお願いします。
それはそれとして本編に出てきた人のは
(ちょっと油断しすぎてありえないレベルの酷い失敗しちゃったな〜結構本気で反省…でも定命の者一人にチラッと見られたぐらいならまあマダ全然、別に…)の仕草。