あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第57話

 

 セントラ大陸南方、聖山アモスの麓にて。

 

「ふうっ……!」

 

 地上でも有数の聖エネルギーに満ちた地にして巡礼の名所とされているその山を拝したケイローネは、深い充足感に包まれていた。

 力を封じたりはしていないため聖素の薄い地上で過ごしても極端に弱ったりする心配は無いのだが、やはりこういった場は格別に満たされるものがある。肉体的にも、信仰の心としてもだ。

 

 あれからヨロギの地を去ったケイローネはひとまずの目的として、とにかく人の多い場所を探す事にした。初めてできた地上の友であるロンにも、まずはサン・イリアの地を目指してみてはどうかと言われていた。

 

 サン・イリア。女神により選ばれし王の血脈のもと統治されていた領土ではなく、信仰を基盤として部族の合一を繰り返し形成されていった、人間の手で作られた初めての国家。

 目標との縁も深い場所だ。何しろこの国家の立ち上げには賢者が主導となって関わっている──病を患った男が頼りにし、故郷の他に隠れ潜む場所としては理に適っているように思える。

 

 とはいえ賢者が行方を眩ませてからは既にかなりの時間が経っている。今も標的が旅を続けているのであれば、とっくに場所を移っている可能性も考えられる……

 しかし、小さい事ばかり考えていても仕方がない。どうせ手掛かりも少ない状態からのスタートなのだ、何を当てとするにしろまずは行動に移さなくては。

 

「……よしっ」

 

 目指すは更に南方の方角。

 信仰と人間の国家、サン・イリアを目指す時だ。

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

「ここが賢者の建てた国、か……」

 

 国、というにはまだまだ牧歌的な雰囲気も残っているサン・イリアの風景を見て、ケイローネは地上を旅する天使としての視点から独特な感慨を抱いていた。

 

 地上の発展は天界の住民にとってさほどの意味も持たない事柄であり、事実彼女は先輩天使プロメスティンの仕事に関わるまでは特段興味を抱いたことがなかった。

 だが何の力も持たない人間たちが、道を作り、馬車なる乗り物を行き交わせ、ヨロギのような村落よりもずっと多くの建物を並べ、ここまでの人通りを形成している様子を同じ地上から見るというのは何とも不思議な感覚だった。

 

(それに、何より……)

 

 ()()()()()。無論、天界やアモス聖山と比べるとそれほど強いわけではないが、今まで歩いてきた他の場所を思えばハッキリと違いが感じ取れるほどには聖の力が漂っていた。

 報告書にあった記述によればこれにもやはり賢者が関わっているのだという話だ。建国の当初から魔物の流入を阻む地形や元々の下地があった周辺の聖エネルギーは計算に入れられており、それを有効に活用するための仕掛けが各地に施されているのだとか。

 

 つくづく測り知れないような事をする人間だと、ケイローネは実感する。果たして本当にたった一人でこのような事を考え付いてしまうのだろうかと目の前の光景すら疑ってしまう。

 

 それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──……

 

(いや、それを今考えるのは止めておくんだったな)

 

 頭を振って雑念を払う。今はここからどうやって賢者までの手掛かりを得るか、それをまず見出さなくてはならないのだから。

 一念発起して足を踏み出す。まずは情報収集の定番である酒場にでも寄ってみようか、いやそもそも酒場って一体どういうところなんだろうか、見たこともないし想像もできないぞと純粋培養ゆえの尻込みと不安が急に込み上げてきたところで──

 

「ずっと探してたんだ。あんたに直接届けるものがあってね」

 

「え?」

 

「ちょっと待ってくれよ……」

 

(えっ? 何だ、何?)

 

 唐突に背後から話しかけられたケイローネは思わず振り向く。背の高い痩せ型なおじさんが、その肩に掛けた鞄からごそごそと何かを取り出そうとしている姿が視界に広がっていた。

 

「あのヨロギ村から手紙だって? 立派な知り合いがいるみたいで羨ましいよ」

 

「ど、う……ああ、ご、ご苦労」

 

「これで良しと。じゃあ行くよ」

 

「ちょ、待ってくれ、私に手紙? 差出人の名前なんかは書いてあるか?」

 

「いいや、ないよ」

 

 忙しいのか何なのか相当あっけない返事だけを一つ寄越してきたおじさんは、用事は終わったとばかりにスタスタとその場を去っていった。

 狐につままれたような気分で受け取った、封のされた手紙に目を落とすと──そこには丁寧な文字で

 

『ヨロギ村より あなたの友人』

 

 とだけ書かれている。

 地上での知り合いは一人しかいない。ロンに違いない。ケイローネは慌てて封を剥がして中身に目を通し始めた。

 

 

このお手紙を読んでいるということは、あなたは差し当たりサン・イリアまで行くことに決めたのでしょう。まずはここまでの旅の無事を、イリアス様に感謝します。

 

急なお手紙で驚かせてしまったら申し訳ありません。ただ、配達人の方にはあなたの簡単な特徴だけしか伝えておりませんので、僕が何か無用なことを余人に喋っているのではないかという心配はされなくても大丈夫です。

あなたは少し特徴的な外見をしている方ですので、この手紙もきちんと届いてくれるだろうと思います。……いえ、失礼な言い方でした。気を悪くされないでくださいね。

 

さて、本題です──あの時は急だったので言い忘れてしまったのですが、サン・イリアで人を探すならば是非知っておいてほしい()()があるのです。

といっても、僕自身、賢者様の口から聞いた話に過ぎないのですが……

 

 

 

 ◼️◼️◼️

 

 

 その手紙にあったのはつまり、こういう事だ。

 

 サン・イリアのどこかには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこを訪ねればもしかしたら、直近で顔を合わせてすらいるかもしれない情報屋本人から、賢者の足取りを掴めるかもしれないという話だった。

 己の病を治す方法を探しているというならば、頼りにしているという古くからの伝手が手掛かりになってもおかしくはない。その情報はまさにケイローネにとって値千金のもの。

 

 しかし気になるのは──手紙によれば、どうしてか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだという。

 ロンが知る限りそれについての話をしていたのは賢者以外におらず、実際に何年かサン・イリアに滞在していたことがある彼自身さえ、賢者から教えてもらった拠点の場所を訪ねても一度として誰かを目にする事が無かったのだという。

 

 もしかしたら、会うのにも何か条件があるかもしれない。だけどその話が本当なのだとしたら放っておくわけにはいかなかった。

 手紙に同封されていた簡単な地図と睨めっこしながら、小さな緑色の見習い天使は徐々に閑散とした路地に足を運んでいく。開発が始まり急激に規模を大きくし始めた共同体に良く見られる、ある種の薄暗い側面ともいえる治安の悪そうな一角だ。

 

 そうして地図上に示された目的の印にたどり着いたケイローネだが、ここに来て建物の中に入るのを思わず躊躇した。

 そこそこ大きな家屋らしきその建物は、何年もの間放置されていたかのようにボロボロで隙間風すら入っているようだった。賢者も認める有能な情報屋がこんな場所に好き好んで住み着くようにはとても見えない有様なのである。

 

「ど、どうしようか……、っ?」

 

 建物の前でまごついていると、”それ”は起こった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──……

 

「…………。」

 

 あまりにも驚き過ぎて何も言えなくなっちゃっているケイローネだが。

 足を踏み入れるべきか、さては尻尾を巻いて逃げ出すべきか。その二択を頭の中で戦わせてみた末の結論は程なくして出た。

 

 行かなければ。ここで諦めれば有効な手掛かりが他でいつ見つかるか分からない。故郷で帰りを待つプロメスティン先輩に一刻も早く安心してもらうためにも、賢者を見つけなくてはならないのだ。

 とうとうケイローネは意を決し、恐る恐るだが扉を通る。心なしか気温も下がって肌寒さを感じるような気もする。床板も踏むたびに軋むし、はっきり言って不気味である事この上なかった。

 

「お、おっ、お邪魔させて、もらう……」

 

 ばたん。と。

 背後で扉が閉まる音が聞こえる。もちろんケイローネは何も触ってなどいない。慌てて確認すると鍵が掛かっていたり開かなくなったりしている訳ではないらしく、ちゃんと外にも出られるようだが──

 

「………………。」

 

 黙って奥へと進む。ああ、いざとなれば全部すり抜けて逃げられるのだ。こんな人通りの少ない場所で誰かに見られることもないだろうし、全然怖くなどないはずだ。

 ぷるぷる震えながら奥の方まで歩いて行くと──何か、女の囁くような声が聞こえてくる。

 

 

あらあら うふふ

 

私を 感じることが できるのねぇ

 

いいわ いらっしゃい……

 

 

 もう本当に嫌になりかけていた。何もかも投げ出して逃げたい衝動に駆られながらも、しかしケイローネは奥へとひたすら進むしかなかった。

 そうしてたどり着いたのは、暗くてあまり良く見えないが、何やら書斎のような場所だった。こちらを向くようにしてある重厚な木製の執務机と、背後には無数の紙が溢れるように詰め込まれてあるキャビネットが並ぶ。いかにも家屋の主人が腰を掛けて招かれた客を迎えていそうな場所であった。

 

 

うふふ どうしたの

 

 

 しかし奇妙なことに、先ほどから響く女の声はすれど何者かの姿は見当たらない。

 ケイローネはきょろきょろと辺りを見渡すが、それらしき影はどこにもないようだった。

 

 

ここよ、ここ ここ〜

 

 

 だが、確かに声は執務机の方から聞こえる。本当に何も見えないのだろうかと、そろりそろりと近付いてみたところ、そこには──……

 

 

 何というか、()()()()があった。

 

 

 やたら目を引くピンクと灰色の縞模様をした、指がそれぞれ分かれているタイプの()()()()。何というかその、毛糸でもこもこして暖かそうとか、でもよく見ると毛玉が大量に付いててボロいとか、色々感想は出てくるが第一印象だけで言えば──とにかく、めっちゃダサい感じの()()()()であった。

 

 それで、何というか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。同じく勝手に動いたものなのに、最初の両開きの扉とかに比べるとめちゃくちゃシュールな光景にしか見えないのだった。

 

「ようこそいらっしゃ〜い。幽霊が見える子だなんて久しぶりだわぁん、うっふ〜ん♡」

 

 

 

 


 

 

 残念な幽霊が現れた!

 

 


 

 

 

「…………」

 

「この格好? ちょっと、冷え性で……」

 

 幽霊には足がない、とは確かによく言うが。

 逆に足しかないタイプの幽霊。字面だけ見ると結構怖そうな気もするのに、いざ目の当たりにしたのは、ただの面白いだけの存在だった。

 

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