「……! くっ、なんという異形っ。忌まわしい魔物め、我が剣で地獄に送ってやる!」
「ちょ、待ってちょうだい!いきなり斬るのは超ナンセンス!
私は無害、見た目はヤバい?確かに私は足しかない!だけどハートはピュアなsis、怖がるのならトークでrestartイェア!」
「な…?」
「私はただの幽霊系?魔物と違うわ自認は人間!脅かすつもりはゼロなの、むしろ人恋しくて lonely ghost…
たとえ姿は incomplete, my heart is sweet, Let’s have a blast!ヒィィアウィゴゥ…イェア…」
「命乞いから始まったのに、なんか途中から勝手に気持ちよくなってる……」
何とも会話が困難そうなテンション差の二人だが、要するに言いたいのはこういう事らしい。
自分は単なる幽霊で、ゴースト娘みたいな魔物とは全くの別物である。人間の魂が未練を残して現世に留まっているだけであり、イリアス教徒に排斥されるような筋合いは全く無い。という主張だ。
なんだそりゃとケイローネは一瞬思ったが、しかし思い当たる節は確かにあった。このサン・イリアは他の場所よりも聖素や自然の力が濃いために、通常と比べて霊魂がこの世に固着するといった事態が起こる可能性は確かに高くなっているのかもしれないと。ここに来るまでずっと地図に集中していたから気付かなかったが、もしかすると通りを意識して見渡せば多くの幽霊がその辺りを漂っている光景が見られるのかもしれない。
「それはそれとして普通に魔物カウントされてる
「は?」
「ウオオオとか言ってる隙にあたしの仕事道具がめちゃくちゃ散らかされてるウウウウ」
「わ〜い!わわ〜い!」
「おどれェ絶対に許さんぞ虫ケラどもォ!カッ!」
ケイローネはフラフラと後ろに倒れ込みそうになった。まさかこれからの人間の信仰の拠り所となっていくべき未来の聖都が、何やらワケのわからない幽霊や妖精の溜まり場になってしまっているとは。
キャビネットに詰め込まれていた大量の紙を小さな羽付きの影にばさばさと散らかされてブチギレているクソダサ靴下の残念な幽霊に向かって、顔色が髪色に引っ張られつつあるようにすら見える哀れな天使はどうにか声を掛けた。
「”賢者”は把握しているのか、この事を……」
「あら」
その名前を出した瞬間、残念幽霊の騒ぐ声が一瞬だけ止まった。
腐っても情報屋を営んでいるだけのことはある。今この情勢で奴の名前を出せば何かしらの反応は返ってくると思っていたが。
「あなたカレのお知り合いかしら? そりゃ勿論、あの人はあたしらや妖精ちゃん達のことが見えるからね」
「百歩譲ってお前たち幽霊は良いとしよう。それは我々の……ゴホン、死後の人間を導く天使様方の手が回り切っていないゆえの事態とも取れるからな。かなりグレー寄りな気もするが……だが、フェアリーどもは違う」
「うーんそうねぇ、カレもせっかく素晴らしい土地を見つけて人間の国を立てたまでは良かったらしいんだけど、まさかこんなことになるとは思ってなかったみたい」
机の上をぐるぐると歩き回っている靴下は、そこで言葉を区切ると同時にこう言った。
「まっ、あの人はあたしなんかには心の深いトコロまで見せようとしないからね。そこに何かの葛藤があったりしたのかどうかは知らないケド……結局は見て見ぬフリを決め込むことにしたみたいよ」
「…………」
「でもこんな事も言ってたわねぇ、『妖精は自然そのもの。みだりに減らすと自然の運行に悪影響だ、それはイリアス様の本意でもないはず』とか。理由を後付けして何とか折り合い付けられたっぽいけど、純粋無垢な子供たちを無理やり追い出すのってやっぱり抵抗あったのかしらね?」
これもまた、旅の目的の一つでもある”相手を知ること”になるのだろうか。
しかしケイローネは何か、その行為がある種の異物感のようなものを胸の中に染み渡らせる事なのかもしれないと感じ始めていた。知っても知っても、その男が分からないから。いや……その男が分からないから、だけではない。
理解できないことを知るということは、自分の常識に矛盾を突きつけられるということ。理解できないということが、そのまま自分の中の、何かを間違っている場所のことを示しているのではないかと感じてしまうのだ。苛つきとか、不快感とか、そういったものにもよく似たような──けれども決して同じ物ではない。何かは分からないものの、それに少女は困惑させられる。
「それで、結局アナタは買い物をしにきたのぉ? そろそろサービスタイムは締め切っちゃうわよん」
思考に沈んでいたところを引き戻される。そうだ、自分にはとにかく情報が必要なのだ。賢者の行き先という重要な情報が。
「あ、ああ……私は故あって”賢者”の居場所を追っている。それについての情報が欲しい」
「おやおや、あたしの仕事を知る者は多くないハズだけど……誰かからの紹介でも?」
「この通り」
ヨロギ村から送られてきた手紙を見せる。個人的な事情や名前等の情報は極力残さないように工夫して書かれたことが見て取れる内容だったため、見せても問題ないとは思うが……
執務机の上に置いた手紙をふんふんと読み始める残念な幽霊。どうでもいいが顔とか視界とかはどこに付いているんだろうか。
「ほっほ〜これはこれは……ロンきゅんからの手紙ね! あの子のお友達なら信用できるわっ!」
「わ、分かるのか?」
「筆跡でそれぐらい分かるわよ。あの子も立派な有名人だしね……それにここだけのハ・ナ・シ、あたしはカレに『夜這い』かけられた事もあんのよ♡ やだ、あなたってば奥さんもいるのに悪いわ……だめ、情熱的……うっひょおお!どっしゃあああ!」
「あー……」
「まあ向こうは霊感ゼロだったっぽくて未遂に終わったんだけど」
最初とは別の意味で帰りたくなってしまっているケイローネには特に配慮とかはしていないらしく、即刻勝手に真面目なテンションに戻った靴下野郎は続けてきた。
「しっかし、あなた自身が信用できても肝心の目的の方がどうもね……今ってカレ、割としっかり身を隠したがってるみたいだし。あたしって結構カレに感謝してんのよ? あたしが視えて構ってくれるし、仕事もくれるし……何より感覚で分かるのよ。あの人がこの国の環境を整えてくれなきゃ、さっさと成仏してたかもってさ」
その発言はまるで成仏をしたくないと言っているように聞こえた。現世に対して何の恨みも抱いてなさそうな靴下女にとっては、人間の本来あるべき輪廻の輪に加わる事は歓迎すべきことではないのか。
そんな視線に気が付いたらしい幽霊は、フゥ……と切なげな過去を語る時ぐらいしか使用する機会のなさそうな吐息を漏らして言った。だからその息を漏らす口は一体どこにあるのか。
「アタシね、生前は誰もが振り返るような美しい女だったの」
「はあ」
「いや厳密には他人にそう言われた事は特にないから自称になるけど」
「もういいよそれで」
「そんなアタシは、なんと……モテなかった……」
「…………」
「…………」
「……続きは?」
「いや……モテるまでは成仏とかできねぇだろッつって」
「ああそう」
「ねえ、アタシってなんでモテなかったんだろ」
「性格だろ」
「…………」
「あーっ待て柔らかな光に包まれて空に昇っていくなーッ!! せめて仕事してから死ね!!」
どうにか足しかない幽霊を引っ張り落として地上に繋ぎ止めることに成功したケイローネだったが、これは誉れある
「まあ何が言いたいかっていうと、この情報は高くつくってこと。アタシの情報は基本カネで買うものよ。だからとりあえずカネを払いなさい。アタシめっちゃカネ欲しいし。カネ。」
「……幾らぐらいだ?」
「あーっ今あんた幽霊が何のためにカネ使うんだよって思ったけど面倒臭いからツッコまんどこって顔したでしょ! そうは問屋が卸さねいんでぃ! あれはアタシが生きていたころ……」
「斬るぞ」
「これぐらいです」
足の指で器用に机の中から取り出された用紙を嫌そうに受け取るケイローネは、その渋面を更に強くした。地上に疎い彼女にも分かる目玉の飛び出るような金額が示されており、はなから売るつもりなど無いのではないかと思えるほどだったからだ。
「……斬るぞ」
「ちょっ待ちなさいよそれは流石にライン越えでしょ!?」
確かに、そんな強盗のような穢れた真似はイリアス様に頂いたこの身にふさわしくないかもしれないとは思う。しかし、だからといってどうすればいいのか。
どのみち路銀など1ゴールドたりとも持っていない。それではこの国でお金を稼げとでもいうのだろうか。もしかすると、これからは、どこかで人間の仕事を見つけないといけないのかもしれない……。
「……手はあるわよ」
「な、なんだ? どうしたらいいのだ?」
「アタシがそんなに高く要求するのは情報を集めるのが大変だっていうのもあるけど、何より身を隠そうとしているカレに悪いと思っているから。……ならばその迷惑を打ち消すぐらい、カレにとって役立つことをしてくれたらおカネの件は考え直してもいいわよ。これがアタシなりの筋の通し方」
「それはどのような……」
「今ね、この国って結構混乱してるワケ。勿論かの高名な賢者様が病気なんかンなってどこぞへと失踪したって話が原因なんだけど……どんな時にも愚か者っていうのは出てくるのよ」
そう言って今度は後ろの棚から数枚の紙を引っ張り出して、ケイローネの前に見せてくる。とりわけ目立つのは人物の似顔絵で、一人の太った禿頭をした男の顔が大きく描かれていた。
「モイセス2世。この国でイリアス教の大司教をやっている男の一人なんだけど、これまたいけすかないゲス野郎ってやつでね。女は囲うわ部下に暴力を振るうわでやりたい放題、酒池肉林を楽しむのがお好きみたいよ。どうにも頭が良いみたいで世渡りをうまくやってるらしいけど……」
「そいつを殺してくればいいのか?」
「何言ってんだこいつ……」
一瞬にしてドン引きされる側に回ってしまった無自覚のケイローネは、また何か地上の常識と違う事を言ってしまったかと首を傾げる。
「まあその、何というか腕に覚えはあるんでしょうけどね、何もそこまでは言ってないわよ。それに話は最後まで聞くものよ」
「うーん…?」
「厄介な事にあのブタ、この混乱に乗じて”賢者”としての立場やら利権やらをモノにしようって企んでるのよ。我こそは賢者の正統なる後継者であ〜る!天から授けられし智の恩寵に預かりたいのならば我を崇めよ!讃えるのだあ〜!とか言って」
「アホみたいな話だな。殺してくるか?」
「一旦無視して進めるわ。でね、どうも様子がおかしいのよ。そんだけフカしてるんならって事で当然大勢の困ってる人が知恵を借りにモイセスを訪ねるんだけど、あいつは結構良い感じの答えを出してくるらしくてさ。やはり賢者さまの再来じゃ〜ありがたや〜みたいになる人も多いっぽいのよねえ」
「なるほど小賢しい輩というのも本当らしいな、サクラを雇うとは汚い奴め」
「あー、うーん……まあその推理は結構まともなんだけど、ハタから聞いてても『そんなん普通思いつくかぁ?』って答えがやっぱり多くてね。まるで賢者様が考えてるみたいだ、なんてアタシでも思っちゃうくらいなの」
そこまで言われるとなるとケイローネとしては黙るしかない。しかし、結局人の役に立っているのであれば別に良いのではなかろうか?
「こいつが根性ひん曲がった大豚じゃなきゃそうなんだけどね、こんなのが後釜扱いされると本物の賢者サマが戻ってきたって時に色々とまずいのよ。カレって何か理由があって、もっともっとこの世界で成り上がろうとしてるみたいなの。それには今のところアイツはかなり邪魔な存在なの」
「……で、殺してこいと?」
「何か変なことやってるなら証拠が欲しいって言ってんの。ただの汚職とかの証拠は腐るほど持ってるからいらないわ、切り時や指し手の都合が付かないから放置しているだけ。アイツのおつむが急に良くなってるのがどういうわけか知りたいのよ」
「どうしても殺して終わりではダメか……? そっちの方が簡単そう……」
「……まあ最悪……最悪、そうなってもダメではないと思うけど。でもやるだけやる努力はしてちょうだいよ……てかあんたよっぽど自信あんのね、普通に考えてそっちのが無理難題じゃん」
それと、最後に一つだけ言っておくけど。
そう前置きした幽霊が語り出す言葉にケイローネは耳を傾ける。
「最近アイツ、古今東西あらゆる
「病気を? それは……」
「もしかして賢者様の弱みを何か握ろうとでもしてるのかも。何を考えてるのかは知らないけど……探りに行くなら、注意しといてね」
そこまで言い終えた幽霊は大きく息を吐く。こんな場所で話せる人間も滅多におらず普段過ごしているだけあり、久々に長く話して疲れたのだろうか。心なしか最初より元気が無いようにも見える幽霊に「とりあえず協力の姿勢は見せていたしな」と最低限の礼儀を尽くすべく感謝の言葉を口にするため、ケイローネが口を開きかけた瞬間───
「くそっ、しかし最後の最後でボケキャラを一息に掻っ攫われるとは屈辱だわ! 確かにあなたもラストスパートの爆発力だけは認めてあげてもいい……だけどッ! この話のオチだけはなんとしてでも綺麗に死守してみせるッ!」
「は?」
「わーいわーい! おっぱいぼいんぼいーん! ちぃちぃぱっぱのちいぱっぱー! ギャハハハハ!!」
それで。
ケイローネが何か反応する暇もなく、クソみたいな掛け声を撒き散らし出した騒霊は靴下だけの体をくるくると空中で勢い良く回しはじめて──光を放ちながら廃屋の奥へと消え去っていった。
特に深い意味とかは無いのだろう。
完全に私事ではありますが、ここに報告をさせていただきます。
作者は現在とある大人気格闘漫画シリーズを読み進めている最中なのですが、前回の話を投稿したジャスト半日後に読んだ箇所で「あ…足のない
創作をしてる以上ネタ被りは絶対に避けられないのでそこは割り切ってるとはいえ、なんだか奇跡みたいな事が起こったなと自分でも困惑しているのですが、その漫画を私が読んでることを知ってるTwitterのフォロワーさんなどは少々混乱させてしまった可能性があるため、謹んで弁明をさせていただきました。
あ、それだけです。引き続き本作をお楽しみください。