あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第6話

「─────ま、た──聞い……ますか!?」

 

 明け方のこと。

 未だに太陽が顔を出さない時間帯だが、青白んだ空は十分に目の前を明るくしている。キャンプを片付けて歩き始めた俺は、耳元で大きな声を出されて意識がにわかに浮上した。

 

「はっ!? すまん聞いてなかった!!」

 

「……だと思いましたよ。眠気が残っている訳でもないでしょうが、何か考え事でも?」

 

 ああ、冷えた空気でむしろ頭が冴えるくらいだ。

 どうやら妙な俺の様子を見て只事ではないと思ったのであろうプロメスティンが訝しむように目を覗き込んできたが、俺は黙って首を横に振るしかなかった。

 

 考えるのは勿論、何日か前に俺たちの秘密を知ってしまったあの女性の事だ。あの時、俺はあの人の言葉を確かに聞いた。誰にも言わないと。

 無論、見ず知らずの人——あるいは人間かどうかも分からない——の言葉など無条件で信用してはいけないのかもしれない。後で長老にも確認してみたが、そのような女性は村にはいないとの事だった。

 だが……その通例に、あの女性はなぜだか当て嵌まらないような気がしたのだ。

 

 あの人に感じた不思議な雰囲気、というのだろうか。それがどうも俺の危機感を煽らない。きっと大丈夫だろうと安心させてくれる何かがあった。

 まあ……俺の勘はけっこう当たる。プロメスティンにこの事はまだ話してないが、いたずらに心配をかけるよりは黙っていた方がいいだろうな。

 

「大丈夫、大した事じゃないさ。たぶん」

 

「多分って……まあ、切り替えが速いのはいいですけどね」

 

 朝の澄んだ空気を目一杯吸い込みつつ、……よし! 俺は差し当たっての目的について意識を向けた。どういう話だったっけ?

 

「ええ、貴方たち人間が魔法を実際に行使する際に生じる問題についてです。理論を学ぶだけではどうしても補えない点があるのは、今までの座学で理解していますよね?」

 

「それを解消するために俺たちは旅をしてるんだよな。少なくとも、机に齧り付いて呪文を唱えてるだけじゃ駄目なんだろ?」

 

「はい。おさらいですが、その問題とは大きく分けて二つ。人間が魔法の行使において唯一汎用的に転用可能な大気中におけるマナ濃度の抜本的な低さによる弊害と、あと一つは?」

 

「これから解決する、人間の体が抱える魔力適性の脆弱性……ってやつ?」

 

「正解です。魔力を比較的身近に置く天使や魔物と違い、人体の構成物質は体内の魔力を魔法としてスムーズに出力する適性に著しく欠けている。これを無視するには人間としての体質を真っ向から否定しなければならないのですが、無論そこまでの事は私たちにはできません。ゆくゆくはヒトという種そのものに魔力適性を獲得させるための研究などが実現できればいいのですが、そのような技術は未だに取っ掛かりさえも掴めて……いや、生物としての進化の過程を数世代かけて再現できるとしたら? 適度な刺激を継続的に与えることで形質そのものの改良を……ただ、短命種ならともかく人間を素体にするには流石に時間がかかりすぎる。もっと根本的な、遺伝の段階から外部からの介入を加えるという手段がもしあるとすれば…………………………」

 

「おい!! 帰ってこい!!!!!!!!!!」

 

「はっ!?」

 

 はっ!? じゃねーよこの馬鹿!! 一周回ってもう馬鹿!! ついでに言うなら前世知識のせいで言ってる事を半ば理解できたことを後悔しとるわ!!!!

 

 え、何こいつ? ヒト相手に品種改良とかゲノム編集とかしようと密かに企んでんの?? 21世紀ですら物議を醸す最先端技術に何うっかり手が届きかけてんの???

 それもう何段飛ばしっつーか何百万段飛ばしなわけ? つい最近まで人類が原始時代の暮らしを送っていたこと忘れてない? しかも倫理的問題とか1ミリも頭によぎらないまま突っ走ってるよねこの子? 俺がいない世界線では人間に火を教えて早々に幽閉されるらしいが、もしや俺はとんでもない奴を自由にしてしまっているんじゃないか?

 

「ご、ごほん。それで、何の話でしたか」

 

「いや、人のカラダは魔法使いに向いてないよねって話……」

 

 これぐらい話を簡略化して奴の気勢を削がないと取り返しのつかない方向に脱線してしまう。

 破滅の未来を少しでも食い止めるべく必死に語彙をアホにしつつある俺の懸命な策略には気づかない様子で、超絶厄災級天才マッドサイエンティストの卵は得意げに話を進めてきた。待ってこれ進めさせていいと思う? 大丈夫?

 

「そうです。魔物がするように魔法をそのまま使おうとすればきっと不具合が起きるでしょう。つまり、『媒介』が必要になります」

 

「……ようは魔力の通りが良いものをクッションにしてから魔法として力を注ぎ込むってことだろ」

 

「その通り! 例としては鉱石や魔物の肉体などが挙げられますが、特定の性質を含んで溜め込みやすいというそれらの性質はプレーンな術式形成に影響を与えかねません。計算の上で特定の用途に特化した魔道具に仕上げるつもりなら問題ありませんが、そうでないなら……木材などが最適でしょう」

 

 ここまで来ればお分かりだろうか。俺が夢見た魔法の道、その記念すべき最初の一歩とは……そう、杖作り。魔法の杖だ。

 なんとも浪漫のある話じゃないか。俄然やる気が出てきたぜ。

 

「見えてきましたよ。世界で最も豊富に魔力を吸って育つ樹木の森林……精霊の森が」

 

 

 


 

 

 

「は〜、こう見ると流石に雰囲気あるなぁ」

 

「雰囲気だけでも分かっていただければ今は十分です。さて、どこから手を付ければいいのやら……」

 

 鬱蒼と生い茂る木々の神秘的な威容に圧倒される。俺たちはついに最初の目的地である『精霊の森』の入り口に辿り着いたのだ。

 まあ、感慨深いものがあるのは確かだが、魔物の領域であまりうかうかとはしていられないよな。

 

「早速だが、杖を作るにはどうすればいい? まず杖自体の大きさとか、あと枝の剪定とか」

 

「最初のうちは皮膚と接する面積と全体の体積が魔力の通しやすさに殆ど依存するでしょうから、身の丈と同じぐらいの長さかつ両手で抱えるようにして持つようなサイズ感のものになると良いですね。無論、これは訓練次第で小さくしていく事は可能です」

 

 なるほどね。今から作るのは長杖(staff)にあたるわけか。腰の曲がった魔法使いのお爺さんの杖なんかをイメージするといいだろう。

 自分で上手く魔力をコントロールできるようになれば、いずれは片手サイズで振り回せるような短杖(wand)だろうと問題なく操れるようになるのかもしれないな。ハリー◯ッターとかでよく見る感じのアレだ。

 

 これから俺の相棒と化するであろう木材たちをしげしげと眺めていると、突然ギコギコと何かを削るような音が響いてきた。

 一体何事かと驚いて脇を見やれば、プロメスティンが俺の薪割り用に持ち歩いてる(なた)で木の枝をまさに切り取ろうとしているところだった。またかよコイツ、手癖が悪いな。

 

「おい、また俺のを勝手に……」

 

「いいえ? これは私のですが」

 

「は?」

 

 よく見たら、どういうわけか俺の腰にはそっくりそのまま同じ鉈が確かに留めてあった。長いこと使ってきた道具だから見間違えようもない。二つとも俺のものに違いなかった。

 狐につままれたような気分で呆気に取られていると、枝打ち姿が果てしなく似合わない科学者天使は種明かしをするようにこう言った。

 

「錬金術というものがありましてね。以前から理論は知っていたのですが……旅が続くと入り用になる品が存外多いもので。良い機会ですし実験的に練習してるんですが、どうです? 上手いものでしょう?」

 

 希少な素材や魔法的な要素を含んだ物でもなければ大抵の物品は再現できると自慢げに披露してくるが、いや真面目に凄いなこれ。元になったであろう俺の鉈とほとんど見分けが付かないぞ。

 今度それも教えてもらおうと決意しつつ感心してると、プロメスティンは切り取った枝の断面をジロジロと眺めながら呟いた。

 

「微妙ですね。これでも他所の木材よりは魔法との親和性は高いのですが、やはり森の外周ではこんなものでしょう」

 

「ってことは、奥地まで進まなきゃならないのか」

 

「ええ、ですが用心して下さい。ここに住んでいるのは危険度の低いフェアリーやアルラウネなどとはいえ、この薄暗い中では何が起こるか分かりませんからね」

 

「ああ」

 

 木々に分け入って先に進みつつあるプロメスティンの後を追いながら、ついでに喉が渇いたので水筒に口をつけると……チロチロとした僅かな感覚だけが喉を通ってくるのを感じた。ああもう、これからが面白いってのに。

 

「どうしました?」

 

「水が切れた。そこの川から汲んでくるからちょっと待っててくれ」

 

「了解です」

 

 どうしてもかさ張る水は小まめに汲んでおかないと痛い目を見るからな。俺たちが出来るだけ川の近くを歩くようにしているのもそういった理由があってのことだ。

 革の水筒のフタを開けて内部に溜め込まれた空気を置換する作業に従事していると、自然に視線は河岸の水辺に移っていく。

 

 随分と綺麗な水だ。精霊の森という土地柄のなせる技だろうか? 水の匂いとそよ風が肌をくすぐって心地良い。川の水だというのにヨロギの井戸で汲み上げる地下水と遜色ないぐらいには澄んでいるようにも思える。

 

 それはもう、水底の小石までハッキリと見えるぐらいで……

 

「…………ん?」

 

 小石……あれは小石か。それには違いない。

 

 ただ何となく目に入り、今しがた俺が手に取ったこの石ころは、どこかほんの少しの違和感を感じるような気がする。

 水とは違う、硬い何かで強く打ち付けられたような。そういえばここら辺の岩には粉のような跡がこびり付いている。石を削った跡だ。知性のない魔物の仕業じゃない。

 

 これは……打製石器、か?

 

「まだですか? はやく奥の木を見に行きましょうよ——」

 

「プロメスティン! 近くに誰かが……っ!」

 

 ビスッ! と。

 

 言い終わるか終わらないかの瞬間、俺たちの足元に鋭い音が突き刺さった。

 打ち込まれたのは矢じり付きの弓矢。これは……

 

 

「止まりなさい、慮外者! 我々の森を脅かすなら容赦しない!」

 

 

 そう遠くない草陰から弓を構えた金髪の女性が怒号を上げてきた。それに良く見たら耳が尖っているぞ。あれは人間じゃない。

 

「エルフ、か……」

 

 森の守護者の別名を持つ魔族。プロメスティンから存在は聞かされていたが、にしても前世でも散々目にしてきたエルフという特大のネームバリュー。それもこんな万人がイメージするようなコテコテのやつに弓を向けられているというこの状況、うーむ、言いようのない感情が湧き上がってくるな。

 

 しっかし、プロメスティンの話じゃエルフはそこまで人間に敵対的な種族じゃないって事じゃなかったか? あちらさんったらどう見ても敵意バリバリに見えるんだが……

 

「……待ってくれ! 俺たちは君らに危害を加えるつもりは無い! 話を聞いてくれ!」

 

「話……!? 私は聞いていたぞ、森の奥地に踏み入ってまで何か良からぬ事をしようと企んでいるのだと! ……貴様、そこの女が手に持っている物は何だ!!」

 

「あら」

 

 大して慌てた様子でもなくプロメスティンがパッと後ろ手に隠したのは、今しがたギコギコと切り落とした木の枝だった。

 ……あれ、もしかしてこれ。

 

(な、なあ。まさか俺たちって……)

 

(大丈夫ですよ。何とかします)

 

 こ、ここは任せていいのか? 流石に俺も自分を客観視してみて今がどういう状況なのか分かっているつもりだぞ。

 完全に私利私欲で森の奥地にまで踏み入ろうとして、挙げ句そこの樹木を切り取って持ち帰ろうとしている。彼女らに危害を加えたりしないとかなんとか俺も言ってはいたが、今更ながら本当にそうなのか怪しいもんだと自分でも思えてきた。

 

 ま、まあコイツが大丈夫って言ってるなら大丈夫だよな? いくら知識欲のために倫理観とか軽く投げ捨ててそうな奴とはいえ、俺なんかより遥かに頭が良いのは確かなんだ。

 

 今の俺たちの言動を顧みて、非を認めた上でこの場を切り抜けるだけの対話をきっと見せてくれるはず———

 

 

「ひとまず何本か切り倒させてもらうだけで構いませんよ。貴方がた魔物には用が無い……もとい捕らえて解剖してみたくないと言えば嘘になりますが、少なくとも今日はそのために来た訳ではありませんからね、安心してください。出来れば千年以上は生きている樹木の中で吟味したいので案内してほしいのですが、低品質なモノであればここに廃棄していくので使いたければ御自由にどうぞ」

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

「「こっ……」」

 

 こいつ、分かってねぇ〜〜ッ……!!

 勝手に人の住処に入って木を切り倒していくってことが悪いことだとそもそも分かってねぇ……! それどころか譲歩にもならん当たり前の話をさも当然のように譲歩になると思い込んで言ってやがる! マジかこいつ、興味がない他人が相手だと人の立場になって物を考える能力がカスすぎる……!!

 

 無自覚サイコパスをやる上でのダイヤモンド級の才能を目の当たりにして戦慄していると、徹底的に自分本位なカス天使の物言いに憤慨を新たにした森の守護者様が殺意すらもって弓を引き絞ってきた。いやもう全く、弁解の余地が無いぞ……

 

「ど、どうしたんでしょうか。解剖なんてしないと言ってるのにあんなに怒って……」

 

「ばかバカこの馬鹿!! さっさと逃げ……!?」

 

 こいつ、自分の発言のせいで妙な空気になったのをこの期に及んでようやく覚ったらしいぞ。しかし四の五の言ってる暇などある筈もなく、おたおたしている馬鹿天使のフードを毎度よろしく引っ掴んで逃げようとすると——

 

 

「待って!!」

 

 

 その場に響き渡った声は、幼い少年のものだった。

 驚いて思わずその方向を見ると、そこには動物の皮を身に纏った原始人スタイルの格好をした男の子が小さな子供用らしき槍を片手にこちらを覗き込んでいた。

 

 どういう事だ。あの子は……人間、なのか?

 

「ククリ!? あなた、まだ付いてきちゃダメって言ってるでしょ!」

 

「その人たち外から来たんでしょ、お姉ちゃん! 撃たないでよ!」

 

 意味が分からない。なんで人間の男の子がこんな所にいるんだよ。しかもその子は俺たちに近寄ってきたかと思えば、エルフに向かって何やらゴチャゴチャと口論を仕掛けているじゃないか。

 

 俺たちへの異なる見解をぶつけあっている二人と、未だにぽかんとしているプロメスティン。それらの板挟みになりつつ、俺はいたたまれない気分で天を仰ぐことしかできないのだった。

 

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