賢者が、これからどこに行くのか。
あるいは、行方不明となってから今までどこを旅してきたのか。
この奔放な幽霊が何を考えてそのような提案をするという結論に至ったのかは分からないが、どちらか一つだけを依頼することができると提示されたこの状況で──ケイローネは己の心臓がにわかに早鐘を打ち始めるのを感じながらも、深く悩んだ。
普通に考えれば、選ぶべきは前者のはずだ。任務の成否に直結する目標の行き先に関する情報は何よりも貴重で、重要なもの。この国の周辺に”賢者”がまだ居るのだという事実を踏まえれば尚更だ。
「私は……」
それでも、ケイローネは何故だか
天使としての自分は全く非合理的な考えだとその感覚を嘲笑っているはずなのに。それでも彼女は考えていた。ぽつりぽつりと、たまらない気持ちを吐き出すように言葉に変える。
「私は……あの男が、怖い。と、思ってしまった。なぜかは分からないが……いや、分からないことがまだあるから、怖いのだと思う」
「うん」
「そのような、それほどに、何も知らない相手の背へとただ闇雲に手を伸ばし続けるということが、果たして、理に適う行いと言えるのだろうか。
仮に……仮に。このままの道を歩き続けた末に、何も知らぬまま得ることができてしまった結果を、私は胸を張って受け入れることができるだろうか。
なあ、お前は、どう思う。何か教えてくれないか……私は、どう考えたら良いのか……」
「それをアタシが教えることはできないわ」
にべもなく突き返された返答に、一瞬だけ黙り込む。そうだ、この地上にいるからには自分で……自分の頭で、考えなくてはならない。
「……そうか。そうだな……」
時間は無い。故にケイローネは余計な理屈で行動を塗り固めるのではなく、ただ心の赴くままに答えを出すしかなかった。
「あ……あの男が、何をしてきたのか。それを、私は知りたい。
始めから手掛かりを集める。ちゃんと理解する。いや、してみせる。私はその上で、奴の背中を追ってみたい……」
かつて地上の友人に似たような釈明をしなくてはならなかった時、彼女の理屈は”知らなければならない”という責任からだった。
そうして今は”知りたい”と、何の紛れもない自らの意思で、彼女はこれからの行動を選択する。
その答えを聞いた時、心なしが目の前の幽霊が雰囲気を柔らかくしたような気がした。
それで良いのだ、とでも言うように。
机の上に並ぶ紙面にさらさらとペン先の走る音が響き、キャビネットの奥で数枚の紙がひとりでに舞う。
作業に没頭する残念な幽霊──本人曰く『ペンより重いものは持てないぐらいのポルターガイストってやつ』で動かしているらしいが──に少女はおずおずと問いかける。
「……なあ、どうして私に情報を譲ってくれるんだ? 私はお前に言われた仕事を全うできなかった」
「ん? ん〜、それなんだけどさぁ」
たとえ完全な情報でなくても、隠れたがる”賢者”に繋がる道を示し、これからの事を自分に選ぶ余地まで与えてくれた。それが彼女には解せなかった。
そう思って尋ねたのだが、自分で纏めた資料をうんうんと頷いて(少なくとも足だけの仕草で見て取れる分にはだが)確認をしているらしい残念な幽霊は何ということもないかのように返答してきた。
「やっぱあんたみたいに素直で世間知らずなコがさ、あの賢者サマみたいな強かなヤローに何か悪さができるとも思えなくってね」
「なっ……誰が世間知らずだ」
「だあってそーじゃん? ただアタシから情報買いたいんならモイセスの奴が『カレに消された』なんてこと馬鹿正直に言わずに、ひとまずアイツは自分で殺したから仕事はしましたわよとか言って適当に話を進めときゃいーのに」
「あ……」
確かにそうだが。しかし、そんな事は思いつきもしなかった。でも……そんなの嘘だからダメじゃないか。いや、自分の頭が悪いのがいけないのか。もっと任務のために、しっかりしないと……
などと、うんうん腕を組んで考え込むケイローネの様子にすっかり呆れながら、残念な幽霊は用を終えたペンを机の中にしまって言い放った。
「じゃ、とりま手元にあるのはこれぐらいだから。参考にしたいなら好きに取っといて」
どさどさっ、と大量の紙束が机の上に落ちてくるのにケイローネはギョッとする。
さっきの今でこれだけの情報が用意できるものなのか。そこまで精査はされていないらしく関係のない雑多な項目も含まれているようだが、こんな廃屋にこもっている脆弱そうな存在がしっかりと情報屋を営めている事実には改めて驚きを禁じ得ない。
しかし靴下幽霊はそんなケイローネの表情に目ざとく気が付いたのか、然もありなんという調子で言ってのける。
「あんたの考えてる事はわかるわよ……でもね、言うなれば、いつの世も乞食ってのは有能な情報屋なの。誰からも意識されず、どこにでも居て、網を巡らせるように互いが繋がっている。アタシみたいなのも似たようなもんなのよ。取るに足りない存在であるからこそ掴めるものがある……ま、それはモイセスみたいなのが持っているのとはまた違うタイプの強みであって、だからこそカレは今回あちらを頼ったってことなんだろうけどネ」
「……なんというか、頭が良いんだな。お前って。頭がどこにあるのかは知らないが」
「ってオイイイイ!! 誰が腐れコジキ靴下幽霊大騒ぎ女じゃフザけんなぁぁぁ!?!?」
「撤回しようかな」
やはりこの女と話しているとそれだけでどっと疲れる。恐らく自分が口にした物の例えである乞食云々の発言に対するノリツッコミと思われる奇声を発した騒霊に大きくため息を吐き、それらの書類を選別して懐に仕舞う。
「まあ何だ……おい、騒ぐのをやめろ。おい。……まあ、色々と世話になった。これはありがたく参考にさせてもらう」
「追加で判明した情報があれば手紙で送るわ。やり取りの仕方は知ってるでしょ?」
「ああ、ここに来てから勉強したからな……」
「手紙の送り方を勉強するってどゆこと? あんた今までどうやって人探しの旅なんかしてたの?」
怪訝そうに聞いてくるのを咳払いで誤魔化しつつ、旅立ち前の挨拶をする。
ひとところに留まって果たせる任務ではない。用事を済ませられたのならば足を動かさなければならない──つまり、この国を離れる時が来たということだ。
「改めて、感謝する。お前のおかげで一歩ずつだが前進できそうな気がする」
「ま、感謝されついでに助言したげるわ。……知りたい事なんてのは、どこに転がっているのか予想がつかないモンよ。あたしが売ったげた情報がアンタの望むところに紐で繋がってるとも限らない。情報屋のあたしが言うんだから間違いないわ」
「……というと?」
「たとえば、アタシから買った情報にあんたは『どこでこんな情報を……?』って感想を抱いてるでしょうね。同時に、全く関係ない誰かが『実はこの国に賢者は帰ってきていて、モイセスを裏で操って、後始末まで済ませてとっくの昔に消え去った』なんて情報をアタシから買っても同じことを思う。言うなれば、それら全ては成り行きに過ぎない。ただ、そういう繋がりを意識して拾い続けることこそが謎解きには重要なんだって話をしたいのよ」
それは、彼女なりの激励なのだという事はすぐに分かった。思えば今日は初めて会った時よりも比較的まともに話が通じていたような気がする。もしかするとこちらの方が素なのかもしれない。
「肝に銘じておく。ありがとう」
「それと、賢者サマのことを知りたいってんならアタシからも一つ。カレって確かに『やる時はやる』みたいな感じでたまに怖い顔になるけど……意外としょうもないヤツだわよ」
「ええ……?」
「このアタシと結構気が合うってぐらいだから一定以上のボケナス度は保証されてるでしょ。ま、気負いなさんな。意外と面白くて、いい男だから」
◼️◼️◼️
その村の近辺には、とある隠遁した妖魔貴族の縄張りになっていると噂の屋敷があってね。
そこでカレが何かを賭けて勝負をしたというものの、何があったのかと言われても住民は揃って口を閉ざすばかり。真相は闇の中ってワケだけど、調べる価値はありそうだわ。
『はははっ! 安心したまえこれは”真剣に”やりあおうってわけじゃあない。軽いお遊びってやつさ。ただし、キミが負けたら……』
『くどいぞ。
『OK。勝負は三回、賭けのコインはきっかり十枚。一晩限りの致命の遊戯──楽しもうじゃないか?』
遥か西に位置するマギステアの地方領主。古の魔導を操る魔女という噂もあるわ──まだ旅を続けているあたり自分の病状を治癒するカレの目的としては適わなかったみたいだけど、モイセスの屋敷で見た竜族に施されていた処置についてアナタの報告を聞く限り、どうやらそこで相当ヘヴィーな知識を手に入れてきたようね。
『あの”東方の賢者”が車椅子生活とは、何とも愉快で不思議な光景ね』
『こちらこそ……俺より具合が悪そうな同業者は初めて見たよ。それで、”娘”の件だが』
『ふふっ……私が死ぬ前の、最後の頼みよ』
かつて存在し何らかの理由で滅び去ったとされる、人と魔が交わる技術文明。その結び付きを断って何かに追われるように隠れ潜む人間たちの集落が北方にあるという噂だけど、詳しいことはアタシも知らないわ。
そこに流れ着いた二人組の男女が集落を守っている、その旅人らとカレが接触した……色々と話があるけど、これに関しては謎が多くてね。調べすぎてもあまり良いこと無さそうだって情報屋のカンも言ってるし。でも、もし興味があるならアテにしてみたらどう?
『止まってください! それ以上動いたらこの弓で撃ちま……あ、あなたは?』
『ククリ、か……? こんな所で何を……』
彼女自身が勝ち取った協力によって少しずつ明らかになっていく、賢者の確かな足取り。
まだまだ分からない事、胸の中で消化しきれていない異物感も数多くある。果たして本当に、その男が世界に刻み付けていった残痕に自分は追い付くことができるのか。この果ての見えない道筋……不安が募る。
ただ、その先に待ち受けているものが何であろうと覚悟はできている。そのために今の道を選んだ。後悔するような事はきっと無いはずだ。
「さて、次はどこに向かおうか──」
(全体マップが展開し、行き先の選択肢と推奨レベルが表示される)
前回冒頭にあった住民への聞き込みパートも含めて無印ルカさんの冒険を若干意識してみた構成でしたが如何だったでしょうか。たまにはこういうのも良いですね。
そして今回で書き溜めのストックが切れました。今後はどうしようかと一応まだ迷っているのですが、また書き溜めを作るか完成次第投稿するかは結局、気分次第で決めていこうかなと思います。よろしくお願いいたします。