あゝ楽しんであれ、もんくえ世界津々浦々   作:点=嘘

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第7話

「僕はククリ。この森に昔から住んでるニンゲンたちの子どもです」

 

 そう自己紹介してきた男の子はやけにキラキラした目で俺たちの事を見つめている。奥の方で今にも矢を射掛けてきそうな殺意マシマシのエルフとはいっそ奇妙なぐらい対照的だ。

 状況が掴めず困惑しながら立ち尽くしている俺たちを他所に、二人は謎の牽制をかけあっているようだった。

 

「ほら、お姉ちゃん」

 

「こいつらに名乗る名前なんて無いわ。……お願い、そこを離れて」

 

 かれこれ5分程こんな調子だ。ええい、出来ればこのまま石になって事が済むのを待っていたかったが、そんな事では埒が明かん。

 

「く、ククリ。自分で言うのも何だが、俺らが君達やこの森を多少なりとも傷付けずに帰る保証はどこにもない。それなのにどうして俺らを庇ってくれるんだ?」

 

「外の話が聞きたいんだよ!」

 

 ぱあっと、勢いよく振り返って笑顔を見せてくるククリの言葉で俺は大体の事情を察した。

 この子はさっき、昔からこの森に住んでいる一族、というような事を言った。俺らが数日前に泊まった近場の集落ではそんな話は聞いてなかったから、彼らは恐らく外部との交流を()って久しいのだろう。好奇心の強い子供が外の世界に憧れを抱くというのは、まあ自然な流れか。

 

「あなた、またそんな事を言って……!」

 

「でも、お姉ちゃんっ!」

 

 思わずプロメスティンと顔を見合わせる。

 なんだ、そういう事だったんだ。

 

「俺たちは」

 

「ッ、黙りなさい!」

 

 いいや、黙らない。

 

 

 

 

「今、君らの想像もつかないほどの速さで進歩している外の世界からやってきたんだが」

 

 

 

 

 ザクッッ!! と。

 その瞬間、脳髄の奥が焼き切れるような痛みが俺の右脚に叩き付けられた。

 

「ぐっ……!?」

 

「ああっ! お姉ちゃん!」

 

 どさりとその場に崩れ落ちる俺に向かって、エルフの女は殺気すら滲ませながら怒鳴った。

 

「これがただの脅しに見えた!? あなたに向けられている物が何か分かっていないの!?」

 

 ああ……やばい、クソ痛い。

 狙いも正確だ。膝の関節に噛ませるよう見事に撃ち抜かれちまった。当然立ってなどいられない。まともに歩くことすら二度と出来なくなったかもしれない。

 

 こんなに痛い思いをした事は今までに一度だって無い。喋っている間くらいは撃たないでくれるなんて甘えた考えがあったことも否定できない。正直言って今すぐ悲鳴を上げて辺りにのたうち回りたい。

 

 色々な思考が危機感と一緒にずらずら溢れてきて、たった一つの激痛に頭が一杯になっているのが信じられないほど意識が過剰に冴え渡ってくる。たぶん、危険な兆候だ。

 

「子供の手前、殺しはしない! それが分かれば二度とこの森には……」

 

「……雲に届くほどの煙を吐いた」

 

「っ!」

 

 それでも俺は、決して口をつぐまなかった。

 

「荷物を死ぬほど乗せて荷車が走った。鉄の道具は石器と比べるのもバカらしくなるほど頑丈になった」

 

「何を……!?」

 

「そこは……俺たち人間が行き着く場所だ。……知ってるか? 心の動きなんてのは、誰にも止められねえんだよ」

 

「……黙りなさい! 私達の暮らしを脅かす余所者め、死んでしまえ!!」

 

「……ッッ!」

 

 再び、重い激痛。

 

 胸の真ん中を狙い澄ました一矢が心臓を撃ち抜く軌道で飛び込んで来たが、ギリギリのところで咄嗟に翳した腕を貫かれるだけで済んだ。

 俺の反射神経が急に鋭くなったわけじゃなく、アイツの弓の腕前を確信できたから腕を置いて心臓を守れただけだ。その殺意をある意味信頼していたから起こった、半ば偶然の出来事だった。

 

 皮膚を突き破った血液が頬に飛び散る。あまりの衝撃にもんどりうって、後方へバタリと仰向けに倒れ込んだ。

 

 おそらく、次は無い。次は死ぬ。

 

「なっ……!?」

 

 

 しかし。

 暴力的なまでに身を焼く激痛と恐怖に苛まれながらであっても——俺は立ち上がり、まともに動かなくなった右足を引きずりながら前に進んだ。

 

 

「君の怒りは……もっともだ。そこにある閉じた文化を壊すのは、いつだって外側からやってくる奴等だった。例え、それがどんなに尊くたって……」

 

「く、来るな!!」

 

 また弓を引き絞る音が聞こえる。今までバカスカ撃ち込みやがってよぉ……まだ撃ち足りねーっつーなら申し訳ないが、俺はそろそろ……限界だ。

 

 だが……ここまで近づいた甲斐は、あった。

 目も合わせられないほど遠くから、武器を恐れながら口にする言葉なんてのは……きっと、こいつには通じなかった。

 

 俺はその場で四肢を投げ出し、倒れ込むようにして頭を下げた。

 

「だけど、俺は今……死ぬ訳にはいかない。果たさなきゃいけない約束があるとか、どうしても叶えたい夢があるだとか……それだけじゃない。ここで今、『知りたい』って思いに応えてやりたいんだ」

 

「……っ?」

 

「俺も、最初はそうだった。どんなに知りたい事があっても……生まれた場所が、時代が、環境が……許してくれないんだよ。とびっきりの幸運に恵まれてなきゃ、俺は今でもそこに居た……」

 

 はは、やべー。

 何言ってるか自分でもよくわかんねーや。吐き出す言葉もグチャグチャで、まったく要領を得ない酷いセリフだってことは、こんな状態でもよく分かる。

 

 ただ、それを伝えたい……って、思いだけは。

 

「俺は……どこに行ったらいいのかも分からない子供の手を、外から繋いで、引っ張ってやりたいだけなんだ。ただの自分本位で、身勝手な話かも知れないけど、それでも……頼む、許してくれ」

 

 

 


 

 

 

 意識が浮上する。

 

 ぼんやりと滲む視界から、こちらを覗き込む赤髪の少女の顔に目の焦点が合ってきた。

 

「気ぃ……絶、してた? 俺」

 

「まったく、酷い演説でしたね」

 

 てめーにゃ言われたかねー。

 お前が初っ端でトチ狂った台詞を吐いてなきゃ、俺の出血はもう少し控えめになってただろうよ。

 

「アイツらは……?」

 

「ん」

 

 くいっと顎で指し示された先には、少年と女の二つの影が揉みくちゃになりながら喚きあっていた。

 

「うわあああん!! お姉ちゃんの馬鹿!!」

 

「や、やめなさい! あれは仕方が無かったの!」

 

 溢れんばかりに瞳を潤ませたククリが涙目でエルフをポカポカ叩いているが……俺に敵意も向けてないってことは、大体上手くいったって事か。

 

「……ありがとな、手ェ出さないでくれて」

 

「察しの良さには自信がありますからね。特に貴方が相手だと」

 

「あの有様で……俺以外の相手に対する察しの良さに自信を持ってもらっちゃ困るんだよ……」

 

 顳顬(こめかみ)をピキらせながらの俺の減らず口にサッと目を逸らしたプロメスティンだが、まあ、今回は良く我慢してくれた。

 俺に死なれちまったら困るだろうに、良く。

 

「まあ……俺も俺か。ごめんな、この命は俺一人の判断で捨てていいモンじゃないって、分かってたはずなのに」

 

「謝る必要はありませんよ。貴方と顔を見合わせたあの時から、何をしようとしているのか私には分かっていたのに……それでも止めなかった私も私、ですから」

 

 ああ。あんまり冷静だったとは言えなかった俺と違って、お前は人間が弓を向けられているって状況がどれだけヤバいかちゃんと理解していただろうに……どんなに肝を冷やさせたか分からないが、本当に良く踏み止まってくれたな。

 

「俺は、我慢出来なかったんだ。外の世界のことを知りたくても自分じゃどうしようもなくて、そんな時に俺たちと出会ったあいつは、ククリは……まるであの時の俺みたいで」

 

「…………。」

 

「……俺、いつか言ったよな。俺だけが特別なんじゃないって。遅かれ早かれってだけで、人間は皆が特別なんだって」

 

 そん時のお前の顔もよーく覚えてる。

 見事にまあ、「良く分からないな」って顔をしてたっけな。

 

「いつかは分かる時が来る、今は分からなくても良い……って思ってたけど、どうだ? お前の目から見て特別に見えるか? 俺個人じゃなく、人間……ってのは」

 

「……正直、まだあまり」

 

 ただ、と続け、彼女が視線を向けた先には未だにぐずってエルフにあやされているククリがいた。

 何を思い浮かべているかは大体予想が付く。俺が、外の世界で広まりつつある技術の話を並べ立ててやった時のことだろう。

 

 人間の子供が浮かべてみせた、あの目の輝きを。

 

「あれが『人間』なら……確かに、特別なのかもしれませんね」

 

 分かって貰えりゃ、わざわざ手足を串刺しにされた価値もあるってモンだ。

 さて……で、今まで敢えて目を向けなかった話なんだが。

 

 

「これ、膝枕?」

 

「…………。」

 

 

 覗き込むようにして俺の顔を見るお前の顔が逆さまに見えるって事は、つまりそーゆー事になるのだが。

 女の子からされるのは地味に初体験かもしれないイベントに対して妙な感慨に耽っていると、プロメスティンは突っぱねるようにそっぽを向いてこう言った。

 

「ふん……つまらない体に頭を乗せても面白くないと、内心小馬鹿にしてるんでしょう」

 

「そうじゃねえって……何でそこで照れるんだよ……」

 

「照れてません」

 

 ああもう、ほんとかわいいなコイツ……猫とかに通じるものがあるわ……。

 しかしいつまでもそんな風に呑気しとる暇はない。色々と確認しなきゃいけない事がまだあるからな、ゆっくりするのはその後だ。

 

「まあ、それはともかくとしてよ。俺の怪我はどうにかなりそうか?」

 

「回復の術も交えて色々と処置はしてみましたが、塞がりかけた傷を再度えぐるような真似をせず暫くすれば元通りになるとは思います」

 

「……それ、全部お前がやったの?」

 

「ええ、派手な外傷を診るのは思いの外良い勉強になりました。ついでに少し観察させてもらったのですが、やはり生き物の体は構造が興味深いですね」

 

 うーん。ツッコミたい所は無限にあるが、今更こいつのやばい一面に震えるのも馬鹿らしいから一旦無視させてもらうとして。

 

「ああ。また助けられちまったな、ありがとう。……そんじゃそろそろ、話をつけてくるとするか」

 

 プロメスティンに肩を貸してもらってどうにか起き上がり、言い合いが長引きすぎて若干止め時を見失っちゃってる感じの二人を手招きして呼び寄せた。

 おずおずと近寄ってきたククリと、未だに雰囲気が固い気がするエルフ。最初に声を掛けてくれたのはククリだった。

 

「お兄さん……大丈夫? 痛くない?」

 

「ああ、もう何ともねーよ」

 

 嘘。ほんとはクッソ痛いし熱も出てる感じがする。ま、んな事言ってもしょーがねえからな……。

 にわかに表情を明るくしたククリに若干無理して笑顔を向けつつ、俺は今度はエルフに向かって問いを放った。

 

「それで。どうやら俺は……君のお眼鏡に適った、ってことでいいのか?」

 

「……余所者を認めたりはしないわ」

 

 憮然として言い放つが、今度は続きがあるようだった。

 

「ただ……ククリの事を思っているのは確かみたいね。不思議だけど、あれだけ追い詰められたあなたの言葉に嘘は感じなかった」

 

「……ありがとう。信じてくれて」

 

「ふん」

 

 俺の感謝にも鼻を鳴らして受け流すだけだが、どうやら会話ができるぐらいには認めてくれたようだ。

 

「それじゃあ、まずは話を聞かせてくれないか。この森に住む人間の集落のこと、君達の暮らしについて……」

 

 

 


 

 

 

「くふ、うふふふ」

 

 森の外にて。

 一本の樹木に背をもたれ掛けて耳をそば立てていた女——オオカミ娘は、上擦った笑い声を隠せずにいた。

 

「血の匂いと一緒に聞き覚えのある声がしたと思ったら……あんな真面目な声が出せたのねぇ」

 

 子供に夢を見せてやるためだか何だか知らないが、命を懸けて許しを乞うなんて本末転倒も良いところだ。……それでもあの真に迫る声色は、時間が経った今もなおオオカミ娘の大きな耳にジンジンと響いていた。

 

「最初はただの甘ちゃんかと思ったけど……なんだ、案外イイ男じゃない」

 

 ああいう手合いのキリっとした顔を快楽でぐちゃぐちゃに歪めてやるのが何よりも愉しい。それを考えるだけで愉快で愉快で仕方がない。大半の魔物がそんなものであるとはいえ、彼女は間違いなく悪女の類であった。

 普通にしていれば美しく整っているはずの顔をだらしなくニヤけさせていると——何を思ったのか突然ピシッと背を伸ばし、そして一転して不機嫌そうな表情になった。

 

「いつもあたしの後ろに隠れてる()()()より男を見る目はあるわよ。さて、このまま追いかけてもいいんだけど……」

 

 (はた)から見れば、それは誰もいない虚空に向かって話しかけるという異常な行動だった。しかし彼女自信は特に気にした風でもなく、それもまるで自然な事のように思っている様子だった。

 気を取り直し、耳と鼻の優れた自分『たち』なら待ち伏せするのもありか——と考えた所で。

 

 ガサガサっ! と、近くの草むらから音が立った。

 

「んん?」

 

「きみ、この森の魔物じゃないよねえ」

 

 ふと声のした方に向き直ると——いつの間にか、うごめく植物のツタに辺りが覆われていることに気が付いた。

 触手のようにも見えるそれを辿っていった先には、花冠のような飾りを頭に付けた緑肌の植物型妖魔、アルラウネが嫌らしい笑みを浮かべて見下ろしていた。

 

「私より弱そうな狼さん……食べちゃおうかな」

 

 確かにこのアルラウネは他より大きく育っている分だけ強そうだ、と彼女は思った。もしかしたらここら一帯のボスでも気取っているのかもしれない。

 そしてこのオオカミ娘、どこかの天使の下馬評通り、そう大して強い力を持っているという訳ではなかった。所詮はどこにでもいる下級の魔物であり、目の前に張り巡らされたツタなどに襲い掛かられてしまえば一溜まりもないだろう。

 

 

「ふう、やれやれね」

 

 

 にも(かかわ)らずこの狼、態度がデカかった。

 

「これだから僻地は困るわ。荒れ山の大将オオカミを倒した私のことを知らないなんて」

 

「……?」

 

「あーあ、めんどくさい。他所じゃもう私に絡んでくる魔物なんていなくなっちゃったっていうのにねぇ」

 

 ニヤニヤと、まるで哀れなものを見るときに浮かべる嘲笑のように。

 

「知ってるかしら? ふたご月の下に生まれた狼は……影に潜んで獲物を狩るのよ」

 

 一節を唄い上げるような調子で放たれた台詞と同時に——ぎりっ、と。

 

 

 

「あっ……、? がっ、!?」

 

 

 

 真っ黒に染まった二本の腕が、アルラウネの首を背後から締め上げた。

 

「な、なに……!?」

 

 長くて毛むくじゃらの、それはまさしく獣の腕だ。ちょうど目の前にいるオオカミ娘のような——しかし、どうして後ろから——。

 

 本来なら、植物型の魔物であるアルラウネは首を絞められても効果は薄い。ただあまりにも突然の事で、一度はツタで取り囲んだ獲物からさえ僅かに意識が外れてしまう。

 その一瞬を見計らったように、だった。

 

「じゃあねっ☆」

 

 黒狼の鋭い爪が、真正面から獲物を引き裂いた。

 

 

 


 

 

 

「ええー? うんうん、殺しはしないわ。ひとまずね」

 

 嗜虐的な笑みに顔を歪めつつ、オオカミ娘はまたも虚空に向かって話し始める。

 

「生きて逃して、あたしの顔がここらでも知れ渡るのなら楽でいいじゃない? ラッキーなことに()()()の姿も見られなかった事だしね。……れろ」

 

 その時、ついいつもの癖で爪に付いた体液をペロリと舐めてしまった。

 

「うひゃっ」

 

 血とは違う思わぬ苦味にゲッと舌を突き出す羽目になったが、すぐさま何でもなかったかのように気を取り直して独り言を続けた。

 

「んー、()()()()()()は心配性だなー。ただ、こうもあたしの事を知らないヤツばっかりだと森の中には入れないわねー。さっきみたいなのに囲まれちゃったらヤバいし?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()をよしよしと撫でながら、背中にもたれ掛かる体重を支え、悠々と森の外へと歩き出していく。

 

「んふふー。オオミお姉ちゃんに任せなさーい☆」

 




主人公くんは過酷な生活の中一人で色々と考える時間だけはあったのでかなり精神が強くなってる上に聡明だし瞬発力も高いし何よりすげぇいい奴です。
転生者とはいえ現代人とはもう分けて考えた方がいいかも……成長の余地もまだまだあるのでかなり王道系主人公適性が高い。

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