「精霊信仰?」
プロメスティンに肩を借りながら歩く道すがら話を聞いていると、何やら聞き慣れない単語が耳に入ってきた。
この世界での宗教といったら俺の知る限りではイリアス教ぐらいだったと思うが。
「そうよ。自然の力そのものが意思を持った存在、とでも言えばいいかしら。この森に住む人間は四精霊の一人、風を司るシルフを拠り所に暮らしているの」
「シルフちゃんは凄いんだよ! いつも風に乗せて遊ばせてくれるんだ。僕達みんなと友達なの!」
「……という扱いをしているのは子供たちだけで、実際は人にも魔物にも敬われているわ。まったく、本人はそれを望んでるからいいようなものの……」
諦めるように額を抑えるエルフの様子からは日頃の苦労が窺える。まあ、そういう頭痛の種を進んでしょい込んでそうな顔してるもんな……。
なんだかクラスの学級委員みたいなキャラだなと考えつつ、いや学級委員は無抵抗の人間に弓矢を二発も撃ち込んだりしねぇよと思い直し。そういえばと思い出した当初の疑問を投げかける。
「それで、どういう事なんだ? 君らが外の世界を遠ざけたがる理由が、その精霊信仰にあったっていうのは」
今にして思えばあの敵対心は異様だった。エルフという種族がプロメスティンから聞いた通りの気性であれば、あそこまで問答無用の応対になるのは確かに変だと俺も思ってはいたのだが。
「……はるか昔、この森にはある占い師が住んでいたのよ。それが人だったのか魔物だったのかはもう誰にも分からないけど、こんな予言が残されたと言い伝えられているわ」
読み上げるような口調で
「これが何を意味するのかはまだ分からないけど、この不吉な予言からシルフを守ろうと常に排他的で在り続けたの。でも、それがククリのような子供たちの枷になっていたなら、私達はどうするのが正解だったのかしらね……」
「お姉ちゃん……」
うーん、そうか。外から来たる神か。
で、その神が? そういう事してくるって?
うん………………。
(おい、プロメスティン。これ多分お前んとこの神様だろどうにかしろよ)
(無理です)
俺の耳元でキッパリと言い放つ下級天使の真顔に思わず頭を抱えたくなった。
イリアス教に疎い俺でも基本的な概要くらいは分かる。魔物を疎み、唯一絶対の女神である自分以外に信仰を捧げるのは許さない、といったスタンスで一貫している宗教だ。古事記(イリアス五戒)にもそう書かれてある。
目の前でエルフが人間と仲良くしてるのを見てると忘れそうになるが、大抵の魔物が人間にとって有害なのも始末が悪いぞ。共通の敵が定められた上で味方をしてやると言われりゃ人は脆い。どこのどいつだか知らんが、イリアス様とやらは人間をよく理解しておられるようで。
ま、これからどのくらい後の話かは分からないが……その兼ね合いで精霊信仰は淘汰されていくのだろう。もしかしなくても決して穏やかではない方法で。
……俺たちにはどうする事もできない問題でもある。これはきっと、更に後の世代の人々が直面する出来事であるはずだからだ。
これから長い時間を生きるプロメスティンはそもそのイリアス様の部下なわけだし……何が起こるのかを分かっていて何もしてやれない状況に歯痒さは感じるが、それでも確かに、俺が言ってやれる事があるとすれば。
「少なくとも、俺はそんな事のために来たんじゃない。それだけは夢に誓ったっていい」
……真剣な声で注意を引いた後、ふっと顔を緩めて少し戯けたようにこう続ける。
「それに——こう見えても、外の世界じゃ俺は結構な地位にいるんだぜ。俺が死んだ後までは流石に分からんが、この森に手出しするなと言えば連中は聞くだろうよ」
「お兄さん、そんなに偉い人だったの?」
「おう。俺が知る限り、全人類の中で俺より偉い人間はまだ存在しねえな」
純真無垢なククリは羨望の眼差しを向けてきたが、エルフは『どこまで本当なんだか』と冷めた目で俺を眺めるだけだった。うーん、いちおう100%本当の事を言ってるんだがな。
「ふう……」
しかし——ここに来たのが俺たちで、本当に良かった。
こうして彼らを守ってやる事ができるのは俺を置いて他にいないだろうし、外の世界の事を聞かせてやるのに俺以上の適役もいない。なにせ人類の文化の大半は俺から生まれたと言っても過言ではないからな。借りパクの知識だけど。
「ま、積もる話もあるんだが……今はとにかく休みたいな。すまん、体力が底をついてきて……」
「ああもう、あと少し我慢しなさい。そろそろ集落が見えてくるわ」
恨みがましく言ったつもりでもなかったが、悪い事をしたとでも少しは思ってくれてるのかもしれない。
いよいよぼやけてきた意識をどうにか保ちつつ、言い捨てるように口を開きながら先導するエルフに付いていくのだった。
窓から差し込む柔らかな木漏れ日を感じながら、俺は布団の中から這い出ていた。
「ふわ〜あ」
精霊の森の集落に訪れて数日。すっかり手足の傷も塞がり、体調も回復したと言っていいだろう。
「お兄さんおはよう! 今日も行こ!」
「ククリ、あなたはまた……」
朝一番に原始人少年の大声で目が覚めるのも日課と化しつつある。隣で目を擦っているエルフに至ってはもはや言葉も出ていなかった。だって何度言っても聞かねぇんだもんこの子。
隣で。そう、件のエルフ娘は——エリーという名前を聞き出すまでに二日を要したのだが——ククリと同棲していた。
つっても変な意味でじゃない。何でも幼くして親を亡くしたククリの世話をしているらしい。どうして魔物が人間の子にお姉ちゃんとまで慕われているのか不思議だったが、然もありなんという訳だ。彼らの家に招かれた俺は、もっぱら三人で川の字となって寝ることになっていた。
「わッたよ……行くから……」
「やった! さ、みんな待ってるよ!」
顔を洗う暇も朝食を取る暇も無く追い出された俺を待ち受けていたのは、総勢十数名にも及ぶ村の子供達だ。フェアリーやアルラウネなんかの魔物の子供もちらほら混ざっているが、皆一様に瞳を輝かせながら俺の言葉を待っている。
……ぐああ、大変すぎるぞ、先生ごっこは。精神年齢が”お兄さん”どころの話ではないからか、近頃は子供のパワーについて行けなくなりつつある。
転生してから幾度となく人に物を教えてきた経験が無ければ危なかった。実用に耐えるまで徹底的に復習していなければ、にわか仕込みの前世知識ではとても歯が立たなかっただろう。
「えー今日は前回で習った粘土による陶芸に欠かせない高温の火を作るための方法の一つであるダコタ式かまどの仕組みについて……」
俺は何をやってんだろう……と思ってはいけない。知りたいってんだから教えてるだけだ。真面目くさった顔で子供相手にダコタ式かまどの話をしている現状を客観的に振り返るな。現実に戻るな。
苦手な火を使うと知ったアルラウネの子からブーイングを飛ばされ、人間の子はキャーキャー喜び、フェアリーの子は話を何も分かっていないのにも関わらずとりあえず喜び、俺の胃はキリキリ痛む。
(はやく帰ってきてくれ……プロメスティン……)
傷は治った。後は”仕事”の関係でここを離れたプロメスティンと合流すれば森の探索に踏み切れる。
ただそれまでが長い……俺の疲労と睡眠時間が限界値に達するまで、間に合ってくれればいいのだが。
「参ってるみたいね」
「エリー……」
家の中から出てきたエリーに遠目から声をかけられ、俺は眠い目を擦りつつ振り返った。
「あいつら火ぃ使うから監督してて欲しいんだけど頼める? 俺は寝てきます」
「駄目よ。責任をもって面倒見なさい」
バッサリいかれた。ケチな奴め。
「それにあなた、言うほどうんざりしてるようには見えないけど」
「……まあ、そうかもな」
俺が教えた通りに動く子供達を見やる。誰も彼も楽しそうな顔しやがって、俺の苦労など気付いちゃいない。
ただまあ、子供ってのはそういうもんさ。穴掘りに夢中になって泥だらけになってるぐらいが丁度良い。
こんな俺でも、人に夢を見せてやることが出来るんだな。
そう思うと途端に嬉しくなってくる。我ながら単純な奴だと苦笑いしていると、いつの間にか隣に座ってきたエリーが声の調子を一つ落としてこう言った。弓の手入れをしているらしく、弦を引き絞っているのが見える。
「何にしても、長居はし過ぎない方がいいと思うけどね。あなたがここにいる事を良く思っている人ばかりじゃないわ」
「……ああ」
視線を少し奥にやると、こちらを静かに睨み付けるような視線が二つほど感じられる。エリーとは別のエルフの娘と、やたらガタイの良い熊みたいな風貌をした男の二人組だった。
例の予言の事もあり、基本的に余所者の俺らが歓迎される事は無い。ククリの家に世話になってるのだって、他に俺を置いてくれる場所が無かったっていうのが大きいぐらいだ。
そんな得体の知れない男が大事な子供達を集めて毎日毎日楽しそうに何事かを教え込んでるってんだから、そりゃあ良い顔はされないだろう。ククリとエリーがいなかったら今に叩き出されたっておかしくない。
「そろそろ、俺の用事も済ませなきゃあな……」
「……言っておくけど、まだ私はあなた達を本当に信用している訳じゃないから。私にとってあの子達が大切だから引き合わせてあげただけで、必要以上に森を傷付けるような真似をするなら許さないわよ」
特にあの赤髪の女は信用できない、と息を巻いている彼女も俺にとっては悩みの種だ。どうしたもんかね。
「お兄さん、この森の木が欲しいの?」
と——俺の苦悩が伝わったのか、ククリが穴掘り作業を中断してまで近寄ってきた。そうなんだが、どれが良い枝なのかが分からないのが問題なんだよ。
「つってもプロメスティンの奴は『片っ端から切り倒して試してみればいい』とかほざいてるし、んな事したら俺はそこの姉ちゃんに今度こそトドメを刺されちまうし……」
うーむ、どうにかして良い枝を探す方法は無いものか……こんな事を子供に話しても仕方ないかとは思いつつ悩んでいると。
「えっ? そんなの簡単だよ。シルフちゃんに聞けばいいんだよ!」
何をそんな事で悩んでいるのか。
さも当たり前のことだとでも言うように出てきた一つの案に、俺たちは呆気に取られるのだった。
精霊信仰の下ではぱら世界並みに人魔共存が成立しているという事実。やイ悪……
しかし最近話が遅々として進んでない感覚があって焦ってきました。構想では加速度的に面白くなっていくと思われる場面に行くまで結構時間がかかりそうです。そこを早く書きたいんですがね……。