「案内って言うけど、シルフちゃんはそんなに遠くに住んでるわけじゃないんだ」
プロメスティンが天界から帰ってきた翌日、俺たちはエリーとククリの案内でシルフの
四精霊の一角、風を司るシルフ。その四精霊というのがまず何か良く分かっていない俺にとってはどういう存在なのか想像も付かないが、俺たちの目的の為にシルフの力が役に立つとククリは信じているらしい。
「一人で入っても迷うほどこの森は入り組んでないし、奥に向かってまっすぐ進めばすぐに会えると思うんだけど」
「あなたたち余所者に会わせるのにシルフを一人にする訳にはいかないわ。何をするか分かったものじゃない」
主に”俺じゃない方”の余所者をジロリと睨みながら洩らされたエリーのセリフに、不良天使は模範的な不良的返答でもって対応した。
「……こちらを見て言わないでくれますか? 過ぎた事をぐちぐちと。貴女、意外と子供っぽいんですね」
売り言葉を言い値で買ってんじゃねぇよ。
いきなりバチバチに視線を衝突させ始めた女子二人に俺はさっそく頭痛を覚えた。こいつら、当然と言えば当然だが仲が悪い。
初対面がアレなだけにプロメスティンが10割悪いと言う他無いのだが、それにしても身内である手前肩身の狭さが尋常ではない。逆になんでこいつは未だに喧嘩を売れてるんだよ。我が強すぎんだろ。
思い返せば、シルフと会うのに同行させろとエリーに言われた時のあの不機嫌顔は何だったんだろうか。
あわよくば生体実験の協力でもさせて貰おうとでも思っていたのか? 流石に解剖してみたいとかそこまでの事を考えてた訳ではないと思いたいが……いや、どうなんだろ……。
しかし、このまま二人がいがみ合っているのも本意ではない。
「やめろよ、子供かお前らは」
ククリに至ってはどうすれば良いのか分からずおろおろしているし、ここは俺がキチッとしなければ。
「なあエリー。確かにこいつは胡散臭いし空気も読めないかもしれないけどさ……」
「えっ?」
意外そうな顔をするなよ、この野郎。
「……それでも、俺はプロメスティンの事を信頼してる。命を預けたっていいぐらいにだ。お前はこの数日間で、俺のことをほんの少しぐらいなら信用できると思ってくれたからシルフに会うのを許してくれたんだろ?」
「…………。」
「だったら後は簡単だよ。俺が信じるこいつを、ちょっとの間でも信じてやってくれないか?」
できるだけ真摯に向き合って言葉を重ねてみたつもりだが……良かった、表情を見る限り一応の納得はしてくれたようだ。
「なんだか上手く言いくるめられてるみたいで業腹だけど、そこまで言うなら仕方がないわね……」
「まさに言いくるめられたんですよ。もしや気付いてないんですか?」
この後、とうとう俺まで敵に回しやがったプロメスティンが
言わずもがな、誰も知りたくない展開であろう事は想像に難くない。
「そろそろ会えると思うんだけど……」
不安そうに辺りを見回すククリに釣られて俺も若干怖くなってきたところで、それを払拭するようにエリーが口を開いた。
「心配ないわ。あの子は少し気紛れだから、こうして中々見つけられない日もよくあるのよ」
「つってもなぁ、そのシルフってのがどういう奴なのか知らないのは俺だけっぽいし、不安もひとしおっつーか……」
「シルフちゃーん! 出ておいでー!」
実物を見るのは初めてだろうが、プロメスティンもシルフとやらの事は以前から知っているようだった。今更身構えても仕方がないとはいえ軽く緊張しつつ、周囲の気配に耳を澄ませていると……
さあっと。
風がさざめいた。
「……!!」
そう形容するしかない感覚。なるほど、これが”それ”かと即座に理解させられた。
大自然の息吹が体を吹き抜けるかのような存在感に気が付いたのは俺だけではないだろう。ククリは確かに表情を明るくし、エリーはやっと出てきたかと若干の呆れ顔、プロメスティンは……特に何か気付いた様子はなさそうだ。
こういう事象に対する感性に酷く欠けていると言わざるを得ない約一名は放置しておくとして、俺たちの前にひらりと舞い降りたのは——
シルフが現れた!
「やっほー、エリー! ククリくん! また遊びに来てくれたの?」
「…………。」
ち、小さいな……。
この、のんきに笑顔をにぱにぱ振りまくチマッこいのが風の化身、自然の写し身とされている四精霊のシルフなのか? まさか片手にスッポリ収まるほどの大きさだとは思わなかったぞ。
目を丸くしているプロメスティンが「解剖するにしても難儀しそうなサイズですね」とか何とか言い出さない内に彼女の口をパッと塞ぎつつも、俺は先程感じた存在感にどうも結び付かないシルフの姿に釘付けになっていた。
(て、手乗り精霊……)
「むぅ、なんだかシツレイなことを考えられてる気がするよー!」
しかし流石と言うべきか、勘は鋭い……のか? もしかしたら俺の知らない方法で人の考えを察する術でも持っているのかもしれないが、まあ今は関係ないだろう。
「キミたち、よく見たら初めて見る顔だね? エリーと一緒にいるってことは、やっぱり村から来たのかな? あたしはシルフ! よろしくねっ」
「ああ、シルフ。俺らは森の外から旅をしてやって来たんだ。実は頼みたい事があってだな……」
「!」
まずい。ここ数日で嫌というほど見てきた”好奇の目”へとたちまち変化していくシルフを前に咄嗟にそう思ったが、全ては余りにも遅かった。
「ええーっ! 外から来た人間さんなの!? いいなぁ珍しいなぁ、ねえねえ外のお話聞かせてよ! お願いお願い!」
「うぐぅーッ……!」
思わず額を押さえてよろけてしまう。津波のように押し寄せてくる村の子供達の姿が重なってグロッキーを再発しつつあった。
予想外の所から精神的なダメージを被りつつ、俺はどうにか子供っぽい風の精霊との対話を試みるのだった。
「ふむふむ……つまり、この森の魔力をたっぷり吸いこんで扱いやすくなった木の枝が欲しくてここに来たんだね?」
「……ああ、そうなんだ。シルフならそれを探す事ができるだろうってククリから聞いてきたんだが」
何とかシルフを落ち着かせ、俺は俺たちの要望を飲み込ませることに成功した。代わりにこれが終わったら外の話をめいっぱいしてやる約束を取り付けられたんだが、そこは未来の俺にどうにか頑張ってもらうしかないだろう。
魔法の杖を作るために必要な木材の確保だが、上等な枝を探すまでの伐採を最小限で済ませられるのならそれに越した事はない。しかし、問題は果たしてシルフにそれが可能なのかという所なのだが。
「うん、うん……ちょっと待っててね。風に聞いてみるよ」
意味ありげな台詞と共に何かに耳を傾けるような仕草をするシルフ。風に聞くとは、これは果たして単なる比喩なのかそうでないのか。プロメスティンも不思議そうに首を傾げているだけだし、もしかしたら筋道立った論理どうこうの話では語れない感覚なのかもしれないな。
しばし目を閉じるシルフを全員で黙って眺めていると、やがて一本の大木に向かってふわふわと近付いていった彼女は柔らかな笑顔と共にこう言った。
「あのね、この子がね、ボクの枝をどうぞーって」
えっもう?
驚くほどあっさり言い渡されたので思わず固まってしまったが、本当にこの木でいいんだろうか。
「あー、プロメスティン?」
「わ、わかりました」
錬金術で生み出した鉈を手にいそいそと例の大樹を調べ始めた赤髪天使をよそに、俺は改めてその木を観察した。
つっても木の種類なんかに造詣が深い訳ではないし、そもそも魔力なんて不可思議なもんを吸い込んで育った植物が他と同じように育っている保証なぞどこにもないので前世の知識と照らし合わせることもできず、よって何となくの所感にはなるのだが……まあ、立派な木のようには見える。
根は力強くガッシリと張っているし、若草色の大きな葉っぱも心なしか瑞々しくたっぷりついていて、何というか、生命力に満ち溢れているような感じがする。他より明るい色をした幹や枝も頑丈そうだ。
といっても、”アタリ”を先に知らされたからこそ余計にそう思えるだけなのかもしれないが……都合杖一本分程度の枝を切り出して調べていたプロメスティンは、ほうと感心したように声を上げた。
「これは、驚きました。当初私が理想としていた数値よりも魔力の親和性が高いです。いかに『精霊の森』といってもここまでの物が手に入るとは……」
「えへへ。この子がね、外の世界を見てみたいーって。張り切って良い枝がとれるようにうんと力を込めたんだって」
「そんな非科学的な事があるわけないでしょう」
「えっ……」
「「てめぇ、油断するとすぐこれか!!」」
意図せずしてエリーと声が被ってしまった。俺はともかくこいつはキャラが崩れてる気がしないでもないが、そんな事はどうでもいい。
あまりの即答に聞き逃しそうになったが確かに聞いたぞ。この場所を決して動けない樹木の健気な思いに目頭を熱くしたり決意を新たにしたりする時間すらくれねぇんだもんこいつ。科学者気質故のものかも知れんが、マジで感性が終わってるだろ。
「ず〜ん……」
「見ろ! シルフがなんかこう、ず〜んってなってるだろうが! めちゃくちゃ落ち込んでるじゃねーか!」
「やはりあなたをシルフに近付けるべきじゃなかった……覚悟しなさい!!」
「えっちょっ、何か変なこと言いましたか私?」
この後、再び俺を敵に回しやがったプロメスティンが
さっき見たんだよこの展開は。
あれから結局一週間程が経ち。
長居しすぎてしまった感はあるにしろ、ようやく俺はこの森を離れる時がやって来た。
「うええ、お兄さん……いがないでぇ……!」
「こらククリ! いい加減にしなさい! 皆も!」
俺の見送りには村中の子供たちが来てくれた。何だかんだで俺を困らせる事もあった連中だが……それでも楽しかった。こいつらに物を教えてる時は。
「大した人気ですね、まったく」
群がるように子供達が纏わりつく様子を若干離れた場所から見ているプロメスティンはというと、俺よりはひっ付く子供が少ないようだ。つまり、人気が無い。
「なんだ、やきもち焼いてんのか?」
「そうではありません。そもそも私は仕事の兼ね合いでここにいる時間が貴方よりも短かったですし、そこから安直に私の人柄に問題があるという話に結び付けられるのは本意ではなく——」
ああだこうだ言ってるが、要するにこいつは負け惜しみを言っとるだけだ。お前の人柄に問題が無かったら世の精神科医は日々の糧にありつけねぇだろうよ。
そう思って悔しがる顔を鼻で笑っていると、ある一人の女の子がプロメスティンの下におもむろに近付いてこう言った。
「お姉ちゃん! 色んなことを教えてくれてありがとう! これっ!」
とびっきりの笑顔でもって差し出されたのは……あれは花か? 一輪の野花をプロメスティンに向かってぐっと突き出していた。
「えっ……あ、どっ、どうも……」
予想外の事態に何が起きたかちょっと飲み込めてないらしい。子供相手にどもりながらどうにか礼を言ったプロメスティンは……おい、何だよその顔は。その優越感に満ちた顔は。こっち見んな。
黙ってれば俺も心暖かな気持ちでいられた物を……こういう所なんだよな、こいつのウザい所は。
まあそこらで気を取り直し。俺はしがみ付いてくる子供達を一人ずつ引き剥がしながら、いよいよ別れを切り出した。
「じゃあエリー、子供達を任せられるか?」
「分かってるわよ。ちゃんと送り届けるわ」
「シルフも……ありがとうな。本当に助かったよ」
「いいよー全然っ! あたしも外の話が聞けて楽しかったしね!」
ぱやぱやと明るい空気を振り撒きながら俺の周りを飛び回っているシルフは、プロメスティンの心無い一言で落ち込んでいたのもすっかり忘れてしまったようだった。
もしかするとおつむが少し弱い可能性があるが、都合の悪い事をすぐに忘れられるのはいっそ長所に転じているのかもしれない。
思わずまた失礼な考えを巡らせていると——俺の耳元で、シルフは他の誰かには聞こえないような声で囁いた。
「あの赤髪の子……人間じゃないよね?」
「えっ?」
質問するというよりは確認するような口調で放たれた言葉。余りにも唐突で、ついつい変な声が漏れてしまった。
どうしてそれを……と俺が呟くよりも早く、風の精霊はいたずらっぽく笑ってこう言った。
「耳を澄ませば分かるんだけどね……あの子からは風の声があまり聞こえなかったの。あの子を捉えられるのは風に近い何かだとは思うけど、それは私の操る風じゃない、っていうのかな……?」
「要するに、よく分かってはいないんだな……」
それはあいつが天使だからなんだろうか。風に関してあいつの感性がやたら悪かったのも、もしかするとこの辺りに関係があるのかもしれないが。
「でもね。キミから吹く風はとっても賑やかで、真っ直ぐで……楽しかった。そんなキミがあの子をとっても信頼してるのが伝わってきたの」
「それが、俺らを信じてくれた理由なのか?」
「うん。それと、キミはこの森に来てからたくさん遠回りをしてここまで来たのかもしれないね。それでもククリくんや村の子供たちのため、エリーに立ち向かったあの時のおかげで、キミは私の所にまでたどり着けたんだよ」
何を言いたいのかっていうと、つまりね——そうシルフは前置きしつつ、とびっきりの笑顔と共に断言してくれた。
「そういう生き方を曲げない限り……キミの夢は絶対に叶うよっ! 頑張ってね!」
「……ああ、ありがとう!」
こうして俺らはいつまでも手を振る子供達に見送られながら、精霊の森を後にした。
ここで起きた数々の出来事を、俺は生涯忘れることは無いだろう。
外の文化に一切触れたことが無かったからかルカさんと出会った時より好奇心旺盛なシルフちゃん、いかがだったでしょうか。
後半は正直IQを高く描写しすぎた気もするのですが、アホの人外キャラが時折見せる聡明さというものが好き過ぎてたまらず、これが我慢できませんでした……ッ。
それはそうと、主人公くんの3Dモデルを作ってみました(唐突)
【挿絵表示】
あとついでにプロメスティンさんも作ってみました
【挿絵表示】
【挿絵表示】
ツーショットも撮ってみました。仲良さそうにしやがって、このっ、こいつら……!
【挿絵表示】
これを作ってみた経緯、というか艱難辛苦の過程は活動報告にまとめておきましたのでそちらをどうぞ(『VRoidを触ってみました』の項)