箱入りお嬢様の実家爆発ドブカス崩壊世界でゴミ拾い物語   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

12 / 12
幕間:ウサギの巣穴にひそむゴリラと曲者、ついでに新兵

 

 とある街一番の屋敷が奇襲してきた武装組織ごと爆破され、とある街一番のビルが丸焼きになって建物内全てのデータを物理的に破壊された時点から数時間後の太陽の光が届かないとある地下、頑強な構造であることを優先したのであろうコンクリート造りの廊下を巨躯赤髪の女性と野戦服を纏う枯葉色の髪をした青年が進む。

 

「地上からの報告は」

 

「追加の情報はまだ何も、お嬢の足取りは未だつかめてません」

 

「回収したメットのマウントカメラが最後の手がかりか……。正面からブチかませば相手はいつだって踏み潰してやれるってのにかなりやりにくい状況になっちまったねェ」

 

「……申し訳ありません。あの時、俺がもっとお嬢に冷静になれるような声を掛ける事ができていればこんな状況には」

 

「いや、新兵(ルーキー)のアンタがあの場であれだけできただけでも上出来さね。元を辿れば相手があれだけの捨て身な電撃戦を仕掛けてくる可能性を予測しきれなかったアタシと社長のミスだよ」

 

 1つの大型都市を取り締まる大企業、ハーゼバイン。その直轄で運営されている傭兵組織、アルミラージの頭目であるルイーサが忌々しく言葉を吐き捨てる。そして、歩みを止めないまま自分に付き従う新兵(ルーキー)に一瞬だけ視線を向ける。

 

「あの時、アンタはお嬢の殺害を阻止し、敵精鋭の追撃を躱してお嬢のログが詰まったメットの回収までしてみせた。それだけでも誉められるべき戦果だ、胸を張りな」

 

「……イエス、ボス」

 

 言葉だけは了解、態度は消沈、そんな青年の姿に内心で溜め息を吐き捨てたルイーサが思考を切り替え、心のどこかで年齢の離れた妹や娘のようにも思っている自らの雇い主の令嬢の行方を辿るために思考を回す。

 アレは貧弱な見た目を裏切るほどのバイタリティを持っていて、ちょっと油断して目を離せば好奇心のまま行動に移すほどには思い切りが良い性格でもある。そして、素直な言動の通りに愚直な面もある。と、改めて令嬢の人となりを分析し、足取りを掴むための手がかりである回収されたカメラの映像記録を脳内で繰り返す。

 

「やっぱりあのまま道を真っ直ぐ突き抜けて、奇襲のゴタゴタに紛れて検問を抜けていっちまったのかねェ」

 

「お嬢ならありえますね」

 

 バイタリティ、思い切りの良さ、それらが噛み合えば殺されかけた恐怖と混乱の中にあっても真っ直ぐ走れと指示された通りに何処までも走ってしまうかもしれない。そう周囲の人間に思わせるほどに、令嬢は普段の日常の中でも愚直とも言える素直さで周囲の人間と交流していた。

 

「でも、だとするとお嬢は……」

 

「護衛無しにクリーチャー蔓延る街の外、最悪の一歩手前みたいな状況だよ」

 

 死亡するのが最悪ならば、何か少しの不運だけで簡単に命を落としかねない場にいるの最悪の一歩手前と言える。

 街の外に生息するクリーチャーと呼ばれる生命体達はそれぞれ個体や種類ごとに習性や多少の個性の違いがあるが、それでもそれらは原則的に生物の三大欲求に忠実な生命体だ。眠くなればある程度身を守れる場所を見つけてさっさと眠るし、空腹になれば草木を噛むなり他の生物を襲って肉を貪るし、繁殖期になれば性欲を持て余して繁殖可能な相手と下半身を繋げる事ばかりを優先し始める。

 眠たいだけならある意味では無害だ。しかし、飢餓状態のクリーチャーが迷子の令嬢に遭遇すれば間違いなく餌として認識して襲いかかるだろう。それは、拳銃の握り方も知らず、拳の握り方を知ってるかも怪しい身を守る術に乏しい令嬢にとって致死の状況となる。高性能な装備品(アシストアーマー)に頼るだけでどうにかなるほど、獰猛な野生生物の飢餓とは生易しいものではない。

 そして、健全な精神の人間では想像するだけで眉間に皺を寄せるような話ではあるが、流星群災害の際に()()()()()()()()種のクリーチャーは人間を繁殖相手として認識する場合がある。もしも、その類いが性欲を持て余した状態で令嬢と遭遇してしまった場合、ある意味では死ぬのと等しい地獄が発生してしまう可能性すらある。

 

「追跡用の発信器をメットに仕込んでおいたけど、こうもアッサリと落としちまうのは想定外だったね。ベストにも仕込んでおけば良かったねェ……」

 

「地上に潜伏した探索隊の情報では主な市街地にお嬢の痕跡を見付けられてません、残った貧民街(スラム)からの報告次第では街の外を探索するのも視野に入れるべきですかね」

 

「いや、青虫共(ブルーホーネット)の動向次第では先に奴等を始末しなきゃいけなくなる、こっから先はお嬢の運と社長の判断次第だね」

 

 本心では盗賊紛いの奇襲部隊の殲滅よりも保護対象である無力な令嬢の探索を優先したいと焦りを覚えているが、自らの業務としては所属する勢力の本拠地である街の防衛を優先しなければならない。そんな葛藤を抱えながら、ルイーサは廊下の進んだ先で歩哨の立つ扉のノブを掴む。

 

「社長、私だ、入るよ」

 

 返事の無い内に捻られるノブ、扉が開かれた先は窓の無い壁、蛍光灯の冷たい輝きを灯す天井、床は飾り気の無いリノリウム、換気のために設置された通気孔のダクトがある個室。その殺風景な部屋の中心には座り心地を優先に造られた豪華な椅子が置かれていて、それに深く腰掛けた紫の瞳に強い意思を感じさせる壮年が口を開く。

 

「やぁ、ルイーサちゃん。今日もキレッキレの筋肉してるね」

 

「“ちゃん”を付けるなウスラトンカチ」

 

「いいじゃないか。それよりも、この重たい鉄球付きの足枷を外して欲しいんだけど」

 

「そいつは全社員の総意で却下だね。おっと、扉は閉めなくていい、内側から開けられ無いようにドアノブを引っこ抜いてあるからね、出られなくなっちまう」

 

 仕立ての良いスーツ姿の壮年が足首に嵌められた足枷を指差すも、ルイーサが素っ気ない態度で返す。そんなやり取りの横で野戦服の若者が自らの上司の言葉に閉じようとした扉を確認し、実際にノブの失われた扉に自分の目を疑うように何度か自らの手で目を擦った。

 

「おや、後ろの君は初めて見る顔……いや、屋敷でウィノラと一緒にスポーツをしていたのを見たことがあるね。まぁ、こうやって顔を合わせるのは初めてだから初めましてと言うべきかな?」

 

ウチ(アルミラージ)の新兵だ。ホラ、社長がアンタに興味有るってさ、せっかくだから顔と名前を覚えて貰いな」

 

「は、へ」

 

「ボサっとしてんじゃないよ」

 

 何故社長が拘束されているのか、何故内側から出られない部屋に社長が監禁されているのか、何故社長と自らの上司がこんなにもフレンドリーな関係なのか、何故社長という雲の上の存在が自分のような末端の新兵に興味を持つのか、様々な疑問が一斉に沸き上がる中で新兵が呆けるも、上司の有無を言わせない圧力に日々の訓練でシゴキ倒された体が無条件で従って勝手に動き、狭い部屋へと足が進んで直立不動の姿勢へ。

 

「ロルフ新兵です! 所属は無し、初期訓練は終えましたが特定の部隊への所属はまだ決定されていません!」

 

 正確には配属される予定だった部隊は決まっていたしその部隊の元に先んじて合流もしていたが、正式な決定の前に先の奇襲によって部隊が壊滅、その状態では部隊としての体をなす事ができないので結果として所属無しの新兵となっている。そして、何がどうしてそうなったのか、ロルフの上司であるルイーサが使いやすい雑用兼連絡役として彼を連れ回していたというのが現状だ。

 

「うん、知ってるよ」

 

「え」

 

「君のおかげでウィノラは危ない所を逃げられたらしいね、ある程度の報告は聞いてるよ」

 

「へ」

 

「まぁ、聞いてたのは名前だけだからたった今顔と名前が一致したんだけどね。うんうん、その件については良くやってくれたよ、色々終わったらお小遣いあげる」

 

「あ……、こ、光栄です!」

 

 自らの上司の更に上役である社長の間が掴みにくい会話のテンポにロルフが戸惑いながら姿勢を改めて正す。そして、椅子に腰掛けていた社長がルイーサに視線を向け直しながら足を組もうとしたが、足枷と鉄球を繋ぐ鎖の短さに小さな金属音を鳴らすだけで半端に上げた足を元の位置に戻した。

 

「あぁっ、もう……この鉄球邪魔なんだよね。お願いだからこれ外してよルーちゃん」

 

「誰がルーちゃんだって? 気色悪い呼び方はやめな」

 

「可愛くていいと思うよ。ゴリラみたいで怖いんだからせめてニックネームくらいは……ね?」

 

「アンタにニックネームで呼ばれる筋合いは無いねェ」

 

 社長が口を動かす度に苛立たし気な雰囲気を増していくルイーサ。上司と更にその上役の奇怪なやり取りを目の前にしつつ、退室の間を失ったロルフはただ直立不動に待機を続ける。

 

「えー、若い頃から何度も一緒に死線を潜り抜けてきた仲じゃん。冷たい事言わないでよ戦友ぅ~」

 

「試作品の実働データ欲しさにアンタが勝手に戦場を徘徊して勝手に包囲されて作った死線ばかりだろうに。毎度巻き込まれるアタシとしてはアンタが社長じゃなけりゃァ頭蓋骨踏み割ってやりたいと思ってるんだけど」

 

「で、そんな事よりさ、ウィノラの手掛かり見付かった?」

 

 小さな部屋に吐き出される巨躯からの深く長い溜め息。それは質問への答えが芳しくはないものだからなのか、会話のペースが独特で合わせにくいからなのか、何故かその場に立たされ続けているロルフにはわからなかった。

 

「貧民街に潜らせたヤツラからの報告次第では街の外も探索範囲になる、そうなった場合は先に青虫共(ブルーホーネット)を潰さないと身動きがしにくくなるね」

 

「ふぅん、それならルーちゃん達にブルーホーネットへの対応を任せて、僕が外に探索しに行こうかな。迷子の子を探しに行かない親なんていないよね。そういう訳で、この足枷外して欲しいんだけど」

 

「アンタ、自分の身分がどんなものかを思い出しな」

 

「父親」

 

「そんでもって社長だ、この街の大将、王様と言っても良い。そんなヤツを危険地帯に行かせる訳がないだろうさね」

 

「資材かき集めてでっち上げた最新アシストアーマーがあるじゃん、それを僕が着用していけばちょっとやそっとの危険なんて無いに等しいよね? あ、ウィノラとお揃いになるのはかなり嬉しいかも」

 

「アレは! 青虫共(ブルーホーネット)を! ブッ潰すために! アタシが使うためのものだろうが!! 寝惚けた事言ってんじゃねェよ!!」

 

「んもぉ~、生身でも強いゴリラの癖にケチなんだから~」

 

 上司が響かせる怒声の中、最高権力者のトボケた態度に自分の住む街の行く末に一抹の不安を覚え始めたロルフが持ち歩かされていた通信機への着信に気付き、怒声とトボケた声を背景にしつつ真面目に課された役割に務める。

 

「歓談中ですが報告させていただきます! ウィノラお嬢らしき人物がブルーホーネットの装甲車部隊に追撃されるもこれを突破、ハーゼバイン自治域を脱出したのが確認されました!」

 

「え、どういう事?」

「詳細!」

 

 概略の報告に対して食い気味な反応。上司と上役から突き刺さるような視線を向けられた事に怯みながらもロルフが詳細な報告を始める。

 

「なるほど、小柄な少女が一見して無装備の状態で人間1人抱えながら装甲車と同じ速度で疾走。新型のアシストアーマーの出力なら全然あり得る話だねェ、その小柄な少女は十中八九お嬢のはずだよ」

 

「ウィノラってば自治域の外にまで行っちゃったんだね、怖い目に遭わなければいいけど……」

 

「抱えられてたヤツは知らないけど、包囲されたお嬢に手を貸してくれた骨董品みたいなトレーラーの運転手は間違いなくビーンのジジイだろうね。あのジジイがいるならそう悪い事にはならないだろうさ」

 

「あのメチャクチャなクソジジイが一緒だからこそ心配になっちゃうんだけど」

 

「そのビーンという人物は手練れなんですか?」

 

 詳細な報告を元に始まる状況の整理。その場で最も経験の少ないロルフが自らの知らない情報を当たり前のように共有しているベテラン二人に対して質問。直後、ロルフは自分が口を挟む事で話し合いの邪魔をしてしまったのではとハッとするが、ベテラン二人は何を気にするでもなくそれに答える。

 

「今は引退して運送屋やってるけど、昔は賞金首を狩る専門の傭兵としてそれなりにやってたジジイだよ。いわゆる賞金稼ぎ(マーセナリー)ってヤツだね」

 

「僕らが若い頃には何度か一緒に大きな火遊びをした仲でね、当時はハーゼバインの跡継ぎだってのを隠して遊び歩いてた僕と、戦闘が発生したら何処にでも出動していたルーちゃんと、場所が何処であろうと標的がいたら派手に仕事を始めるビーンとで示し合わせた訳じゃないのにドンパチしてる場所でよく顔を合わせていたんだよね」

 

 遊び歩くのに夢中になって屋敷に帰らないでいたら先代に懸賞金を懸けられ、そうなってるとは知らずカフェで朝食を楽しんでいたらいきなり現れたビーンにスタンガンを当てられて連行された事もあった。と、軽い調子で話された社長の秘話にどういう反応をすべきかと必死に思考を回すロルフ。

 思考虚しく、ただ一言「あっ、ハイ」とだけしかロルフは声に出せなかった。

 

「報告ではジジイのトレーラーに積載していたコンテナがトンネルに放棄されたらしいね、どうするんだい社長」

 

「もちろん、ブルーホーネットに持って行かれる前に回収だよね。クソジジイの積み荷には新型を製造するのに自前で用意するのが面倒な資材があったはずだから、それを回収できればまだ幾つかの新型をでっちあげれるよ」

 

「了解、手早く回収してくるさね」

 

 状況は大きく動いた。戦闘行為をするにおいて唯一でありながら最大の懸念だった行方知れずの保護対象が信用できる人物と共に戦火の届かないどこかへと脱出し、それによってどこでも気兼ねなく引き金を引けるようになった現状、自らの勢力が更に有利を取れるようにハーゼバインの最強戦力(ルイーサ)が戦意の強い瞳で踵を返して殺風景な個室から退室する。

 そして、その後を追おうとロルフが開けっ放しだった扉を潜ろうとしたところで、突然に足を止めたルイーサが振り返って思い出したように口を開いた。

 

「アンタはここで待機だ」

 

「え? ……イエスボス」

 

 てっきり自分も使いやすい雑用係の流れで出撃させて貰えるものだと思っていたロルフが困惑に陥りながらも下された命令を飲み込んでいると、ルイーサが面倒そうな表情をしながらチラリと置き去りにされかけた社長を見てからロルフに視線を合わせる。

 

「イカレポンチの社長から目を離してたらいつ脱走して場を掻き回されるかわからないからね、アンタはここでその歳だけとった大きなクソガキのお守りだ。そのクソガキが万が一にでも無許可なお出掛けをしてアタシ等の知らない所で問題を起こさないようにしっかり見張りな。ホラ、命令復唱!」

 

「イエス、命令復唱します! イカレポンチのクソガキを見張ります!」

 

「さんざんに言ってくれてるけど僕って社長だよ? 最高権力者だよ? 扱い酷くない?」

 

「このイカレポンチはあの手この手で脱走しようとするからね、なにがなんでも阻止しなよ。そのための全ての行為はアタシが許可する」

 

 言外に暴力だろうが脅迫だろうが使えるものは全ての使って拘束していろと言いのけたルイーサに、ロルフが了承の意を示し、社長が不貞腐れたように口先を尖らせる。

 

「メスゴリラめ、好き勝手言ってくれるんだから」

 

 部隊を率いて出撃するためにルイーサがその場を立ち去ってすぐ、ほんの少しだけ不機嫌そうに言葉をこぼした社長。それにどう反応すべきか迷った後に、ロルフはただ直立不動で無言を貫いた。

 

「さて、ロルフ君もただ見張るだけでは暇だろう? ちょっとお喋りでもして時間を潰そうじゃないか」

 

「お喋り、ですか?」

 

「うんうん、と言っても共通の話題ってなにか有るかな。うーん……ロルフ君ってカブトムシとかクワガタとか好き?」

 

「カブトムシですか? まぁ、人並み程度には好きですが」

 

「へぇ~。僕はキライなんだよね、なんかゴキブリみたいじゃん」

 

 振られた話題の突拍子の無さに困惑しながら答えるも、自分で振った話題に対して嫌そうな顔を見せる社長に対して困惑を増すロルフ。しかし、社長は特にそれを気にするでもなく話を続ける。

 

「っていうか、僕あんまり虫そのものが好きじゃないんだよね。なんかもう、虫ってクリーチャーとは別の感じで気持ち悪いし」

 

「はぁ、そうなんですか」

 

「あ、でも、好きじゃないけどゴキブリは結構面白いよね」

 

「おもしろ……?」

 

「箱一杯にゴキブリを生きたまま詰めて贈ってあげればどんな相手だってビックリして面白い反応してくれるからね。ホムラ重工の息子がウィノラに会ってみたいってしつこかったから贈りつけてやったんだけど、そしたら箱を開封した場にホムラの社長もいたみたいでさ、いつも銅像みたいにムッツリしてるホムラの社長も飛び上がって驚いていたのが箱に仕込んだドローンカメラで見れたのさ」

 

 この社長、もしかしたら似たようなイタズラをブルーホーネットの誰かにも仕掛けてそれが回り回って今回の戦争が起きる切っ掛けの一つになったのではないかと勘繰り始めるロルフ。

 そんな嘘か誠かはわからないが、仮に実話だったとしたら社長の正気を疑うか何処にも口外できないような話ばかりを聞かされ、それらに対してロルフが適宜リアクションに努める時間がしばらく続く。

 

「ロルフ君は聞き上手なんだねぇ、結構お喋りしちゃった」

 

「……光栄です」

 

「お喋りばかりでちょっと喉が渇いたし、糧食庫から飲み物を取ってきて貰っていいかな? こんな事もあろうかと糧食庫の奥にちょっと良いお酒を隠しておいたんだ」

 

「……すぐに取ってきます」

 

 機密であるべき話やただひたすらに反応に困る話。それらを語るのは一つの巨大な勢力の最高権力者で、聞くのは末端の傭兵。長く続いた雑談と言うには片方の心理的負担が大きすぎる時間の後に休憩が挟まれる。

 開けっ放しだった個室の扉の前に立つ歩哨、初期訓練を終えたばかりの身にとって先輩であるそれに苦笑いを向けられつつ扉を閉めたロルフは社長の頼み事を果たすべく疲労した頭を抱えながら糧食庫へと向かい、飲酒を嗜まず稼ぎも多くは無い彼では生涯目にする事も無かったであろう蒸留酒の瓶を確保し、酒に対してほとんど無知であるために飲酒には何が必要なのかと通りすがった他の隊員に聞きながら氷やグラス等を用意する。

 

「ロルフ新兵、只今戻りました。入室します──えっ?」

 

 そして、再度狭く殺風景な個室へと戻った時、ロルフは自らの目を疑う光景に間抜けな声を漏らした。

 窓の無い壁、蛍光灯が灯る天井、飾り気の無い床、それらに囲まれた中心の椅子に座っているはずの人物が見当たらず、通気孔の蓋が開かれている下には鍵穴に針金が刺されて解錠されている鉄球付きの足枷。

 

「脱走!?」

 

 混乱と思考の復帰を瞬間的に済ませたロルフが直感的に至った結論に驚愕して声を出す。その声に反応した歩哨も開け放たれた扉から室内を覗き込み、同じように驚愕の反応。

 そういえば、社長はしきりに足枷を外す事を求めていたし、自らのが行方知れずだったウィノラを探しに行こうともしていたし、足取りを掴めた後もウィノラを案じている様子は変わっていなかった。と、思い至るロルフ。もしかしたら、社長はこれまでに得た手掛かりを元にウィノラの後を追うため、見張りの目が無くなったのを好機として脱走をしたのだろうと推測する。更に、長く際どい話題の雑談で自分を疲れさせたのも狙っての事なのかもしれないと薄ら寒い思いを覚える。

 

「お、おい。どうする! ボスに連絡──」

 

「する前にまずはこうします!!」

 

 歩哨が事態解決のためにどうすべきかと慌てるのを横目に、ロルフは廊下へと飛び出して壁に設置された赤いボタンへと拳を叩き付けるようにして押し込む。その瞬間、ハーゼバインの勢力が隠れている地下空間全体に換気停止を報せるアナウンスが放送され、全ての地上につながる通気孔が空気を通さないように閉じられた。

 

「本来なら火事の時なんかに使うスイッチですが、これで社長が本当にダクトを通って地上へと向かっていたのなら閉じ込める事ができた……はずです」

 

「代わりにさっさと社長を捕まれらんねぇと換気できずに俺等も全員酸欠か。しかも、状況を把握できてない俺達以外の奴等に全部説明しなきゃならねぇオマケ付きだ」

 

「……面倒な事になりましたね」

 

 きっと、自分の上司であり社長とそれなりに長い付き合いのあるルイーサは、今の自分達のように面倒な事を数え切れないほどに付き合わされたからこそ先程のような雑な扱いをするようになったのだろうと考えつつ、ロルフは雑用兼連絡役として持たされていた通信機へと現状の説明と社長捕獲の協力を呼び掛けた。

 

 外部の武装組織に奇襲され、最高権力者の令嬢が半ば行方知れずの状態であり、自らの勢力の最高戦力が出撃してる中で始まった秘密基地内部での鬼ごっこは有能な新兵(ルーキー)の機転により程無くして終了を迎えたが、ハーゼバインの最高権力者で一部には曲者として有名な社長は、捕獲された後に子供のように拗ねながら高価な酒を飲んで不貞寝する事となった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。