箱入りお嬢様の実家爆発ドブカス崩壊世界でゴミ拾い物語 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
街の様子を見に行ってくれた彼等が何を言っているのか、最初はまるで理解できなかった。
「てっとり早く分け前の話からしようや」
「ここにいる5人でそれぞれ等分、不公平は無しだ」
「お前がそのガキを拾った、ジジイは現時点での俺達傭兵の雇い主で責任者、オレらが儲け話を持ってきた、どれが欠けてもこのラッキーは無かったからな」
修理の済んでいないトレーラーの横、それぞれが地べたや簡素な椅子などに腰を降ろして情報の整理をしようとしたところで切り出された話題に私は意図がまったく読めず、困惑のままトラとビーンに視線を向けるとそれぞれ困惑か思考の読めない無のどちらかな表情をしていた。
「いきなり金の話をされても話が読めねェよ」
「お前等傭兵の企み事に興味なんぞ無いわ。それよりも先に雇われとして指示された情報収集の話をせんかい」
まず私と同じように困惑の様子だったトラが三人に問い掛けるも、それに被せるように強い語調でのビーン。
「あー、たしかにそうだわな。俺達のとんでもねぇ幸運にちょいと気が逸ってた」
3人の内の1人、頬に傷跡のある男が少しだけ申し訳なさそうに軽い笑みを浮かべてから説明を始める。曰く、屋敷や父の会社を襲撃した一団が私の事を探していて、私の身柄に莫大な懸賞金が懸けられているとの事。
「そこのガキがハーゼバインの新製品の秘密を握ってるらしくてな、それが目的で今回の戦争をふっかけた側が今血眼になってそこのガキを探してんだ」
「新製品の秘密?」
「えっと、うん」
ハーゼバインとは父の経営する会社の名前だ。そして、新製品の秘密とはきっと、私が今着用しているこのアシストアーマーそのものの事なのだろう。怪訝そうに私を見て訊ねてきたトラに対して誤魔化す必要性を感じなかったので、心当たりの通りに肯定する。
そして、どうやら私はお尋ね者のようになっているらしいけども、あまりにも突然すぎる情報にどうにも現実感が無くてどんな思いを抱けばいいのかもわからない。まるで、遠いどこかの小さな事件を耳にした時のようにさえも感じてしまう。
「その懸賞金がまた凄くてな、多脚歩行戦車を何台か買えるくらいの額だ。思わず目ン玉飛び出るかと思ったぜ!」
「えぇい、金の話よりも仕事の話をしろスカタンどもめ! 儂は街の様子はどうだったのかと聞いているんだ!」
3人の内のもう1人、赤鼻の男が興奮気味に大袈裟な仕草で眼を見開くも、それまで無表情だったビーンが苛立ち気味に声を荒らげた事でほんの一瞬の静寂。
私としても街の様子、というよりは屋敷と父の会社の様子を知りたいので、ビーンによる情報の催促にはとてと賛成したいと思う。
「ハーゼバインの社屋は黒焦げ、工場は占領、屋敷は爆破でもされたのか半壊で、それぞれに常駐してた戦力は散りぢりの逃走だってよ。街は今ふっかけた側の戦力が残党を探してウロウロしてらぁ」
「え……?」
傷の男がなんて事ないように口にした言葉に、どこか遠くに離れていた現実感が急激に私の背後に迫ってきて悪夢を囁いてきたかのような気持ち悪さと恐ろしさを覚える。
社屋は黒焦げ、父の安否はどうなっているのか。
屋敷は半壊、ルイーサ達の安否はどうなっているのか。
まさか、みんな本当に死んでしまったのか。
「ハーゼバインはあの鉄腕ルイーサが率いる傭兵団、アルミラージを戦力として抱えていたはずじゃろう。そこらの戦力でどうにかなるとは思えんが? それに、曲者で有名なエーデルハーゼの当主もそう簡単な奴ではなかろうに」
「アシストアーマー開発で競合していたブルーホーネット社がほぼ総動員で奇襲をかけたらしい」
「鉄腕とエーデルハーゼは死んだのか?」
「さぁな、どっちも死体を確認したって話はなかった。けどよ、まだ生きてても遅かれ早かれ残党狩りに捕まるだろうよ」
気持ち悪さと恐ろしさに息が詰まり、震えそうになる中で耳に入るビーンと傷跡男のやり取り。その中にあった死は確認されてないという言葉に少しだけ空気が肺に入る。
「……人生逆転の賭けに出るほど儂は若くは無い、悪企みはお前等傭兵だけでやれ。儂は今後の予定について1人で考える、このコンテナにはハーゼバインに届ける予定だった荷を積んでるからな」
ひどく億劫そうに簡素な椅子から腰を上げたビーンが私達から離れてトレーラーの運転席へと入っていく。それを見届けた3人が、とてと面倒くさそうな顔をしながら小指で耳を掻いていたトラへと視線を合わせた。
「ジジイは降りたから分け前はそれぞれ2割5分だな。とことん幸運な展開だぜ」
上機嫌そうに話し始めた傷跡男。
「あァ? 何言ってんだお前」
冷めた眼でバカにしたように薄く笑うトラ。
「……そうか、いや、たしかにガキを拾った本人と儲け話を持ってきただけの俺達の分け前を対等にするのは少しぼったくりだったな。俺達からそれぞれ5分抜いてお前の取り分は4割でどうだ?」
「もう一回言うぞ、何言ってんだお前?」
「…………いやいや、あんまり大きな態度すんなよ小僧。こっちは3人がかりでお前をブッ殺してそのガキさらってやってもいい所を互いの幸運に免じてかなり譲歩してんだぞ」
「こ、殺っ……!?」
たぶん交渉を持ち掛けているのであろう傷跡男に対して、相手が口を動かせば動かすほど虎色の瞳の温度を下げていくトラ。その果てに、傷跡男が最初の上機嫌さを無くして乱暴に言葉を吐き、その物騒さが信じがたくて私の喉から搾るように声が漏れる。
今ってもしかしたらとても危ない状況なのかもしれない。と、危機を感じたと同時に、そもそもこの話し合いは私の身柄をどう扱うかのもので、もしかしたら私は屋敷を奇襲してきた武装勢力に引き渡されるかもしれない瀬戸際だった事に気付く。
「譲歩もなにもこいつを売る気なんてないんだが。犬や猫じゃねェんだから1度拾った以上そのまま気軽に捨てれるかよ」
「お前こそ何いってんだ、犬や猫なんぞよりもよっぽど価値のあるモノ拾っといて上手く使わねぇなんて正気か?」
「正気に決まってんだろ、テメェと同じ物差しで物事考えてねェんだ。こっちは真っ当に人間やってんだよ」
一触即発。今にもトラへと飛び掛かって殴り合いが始めそうな傷跡男の肌をひりつかせるような雰囲気が落ち着かなくて、特に深い思考の無いまま足がトラの背後へゆっくりと向かう。
「──ひゃぁ!?」
「おっとぉ、お姫様は大人しくしてな。今更逃げようなんて考えんなよ」
しかし、3人の内最後の1人で、最初以外は沈黙を保っていた小太りの男がいつの間にか私に近付いていて、突然私の腕を引っ張っておさえてくる。そして、その勢いで視界が大きく揺れ動いた直後に背中から首と胴体に腕を回されて羽交い締めのように拘束された。
噎せかえるような強くすえた体臭と、おぞましささえも感じる湿気た吐息が頭上から降り注いだ気持ち悪さに身体が激しく硬直してしまう。
「おい、乱暴にすんなオッサン」
「そうカリカリすんなや若いの、オレらは本当にお前さんとヤリ合うつもりはねぇ。こいつは交渉だ」
「交渉? 袋叩きをほのめかす脅迫がオッサン達にとっては交渉なのかよ」
「そう言うなよ、これも1つのやり方だ。で、だ。お前さん金に頷かねぇって事はあれだろ? シモの方が大事なタチなんだろ?」
硬直したままな私の頭上、おぞましい吐息を吐いてる顔の位置を虎色の瞳で睨むトラ。その鋭さを私に向けられてる訳では無いのに、その剣呑さによって更に身が硬直して声すらも出せなくなる。
「俺の分け前から更に1割をお前さんに、そんでもって引き渡す前の
「あァ?」
「そりゃあ男なら1度はどんな大金払っても抱けないような身分の女を抱いてみてぇやな。こいつはまだまだガキだがそれでも将来有望で見てくれはかなり上玉だもんな」
瞬間、全身の毛が逆立ったのを知覚するほどの鳥肌。
「へへっ、ガキの癖に触ればわかる程度には乳もあるみたいだ」
私の胴を拘束していた腕が蛇のように動き、ルイーサが着せてくれたベストの横から入り込んで最近になって少しだけ膨らんできた胸をアシストアーマー越しにまさぐられた。
おぞましい。
気持ち悪い。
恐ろしい。
それら負の思いに埋め尽くされた思考。それほど物事を知らない私でも今まさに尊厳を踏みにじられかけている事が理解できてしまう。
身体の震えが止まらなくなり、引きつった喉に悲鳴さえ出せないまま涙が滲む。
「ただまぁ、かなりの金額を譲歩してんだ、オレもその後から使わせて──」
「くたばれゲス外道」
「──おブッ!!」
滲む視界では正確に何が起きたのかは見えなかった。
でも、私の頭上からこぼれ落とされていた湿気た吐息の声が強かに肉を打つ音と小さくはない衝撃に中断され、私を拘束していた腕が離れて拒否感しか感じない体臭が遠ざかるのを感じた。
そして、いつの間にか腰が抜けていたのか膝から崩れ落ちそうになった私をまた誰かが捕まえて、いつか父やルイーサがそうしてくれたように持ち上げて抱えられた。
「言っただろうが、テメェらと同じ物差しで物事考えてねェんだよ。一緒にすんな胸糞悪ィ」
私を抱えたのはトラだった。
怒気を隠さない声が、私のすぐ頭上から耳を打つ。
「んごぉっ! 鼻が潰れた、鼻血止まんねぇ!!」
「小僧、お姫様抱えて騎士気取りかよ。それ相手にどんだけ尽くしてもお前だって所詮は野良の傭兵、それは小僧がどれだけ幸運だったとしても絶対に報われねぇし寿命を縮めるだけだぞ」
「知るかよ。オレはお前等みたいな汚ねェ生き方をしたくねェだけだ」
それっきり、とても嫌な気配のする沈黙。
負の感情しか感じない拘束から解放され、父やルイーサを連想する相手に助けられても尚続く身体の硬直と震え。それでもどうにか動かせた目蓋のまばたきに視界を滲ませていた涙が落ちて視界がある程度明瞭さを取り戻す。
「ダメだな、俺達とお前じゃ根本的なモノが違う。交渉は終わりだ」
復帰した視界に見上げるのは野生的な赤髪と虎色の強い瞳。
視界の端には諦めたように深く息を吐く傷跡男と懐からゆっくりと拳銃を取り出す赤鼻男。
そして、その傷跡男達の更に奥のコンテナ上に見馴れない何かが音を立てず現れた。
「最初から交渉なんて無かったじゃねェかよボケカスが」
見馴れない何か。それは輪郭だけなら人間によく似ていて、だけどその腕の先には殺傷力の高さを伺える長く鋭い爪を持つ白い蝋のような皮膚の生き物。
私はこの生き物を知っている。
遭遇したのは初めてだけど、その危険性は映像記録や書籍で学んでいた。
「言っておくが、最初に手を出したのはお前だからな。縮んだ寿命は今日までだ、死ね」
背後に現れた生き物に気付いていないのか、脇のホルスターから拳銃を抜こうと手を動かす傷跡男。そして、その生き物の出現にきづいて無いはずがないのにそれに対しての反応をせずにトラが挑発するように鼻で笑う。
「ハッ、冗談じゃねェ。お前が死んどけよ」
私を抱える手に力を籠めるトラと拳銃を抜いた傷跡男が睨み会う中、コンテナの上に現れたそれが人の顔から全ての個性を抜いたような蝋人形じみた顔の口を開いて牙を剥き出しにし、音を立てないまま掲げるように振り上げられた鋭い爪が陽光を反射して輝くのを、矢継ぎ早に訪れた恐怖に眼を離せなくなった私の眼を眩ませる。
「鼻が痛っ──おい! 後ろに
うずくまって悶えていた小太り男の悲鳴のような絶叫。
その場の全員が、それを合図に激しく動き出す。
「キィェェァァァァァーー!!!」
ひどく耳障りな金切り声で鳴きながらコンテナから大きく跳躍し、振り向こうとした赤鼻男の首に爪を叩き付けるクリーチャー。急所である首から噴き出すように出血した赤鼻男が悲鳴のないままクリーチャーに押し倒されるように地に伏せる。
「クソッ! こいつをブッ殺せぇぇ!」
赤鼻男を倒した勢いで振るわれたクリーチャーの爪を仰け反るようにして辛うじて回避した傷跡男が叫びながら拳銃をクリーチャーへと何度も発砲し、小太り男が鼻血を流したまま先ほどまで男達が乗車していた装甲車へと向かって脚をもつらせながら走り出す。
「よし、逃げるぞ!」
半ばパニックの様相となった場に対して瞬時に背を向けたトラが振り回すように私を持ち上げて肩に担ぎ上げ、アシストアーマーの腹部が瞬間的に脈動してその衝撃を受け流す。そして、傷跡男とクリーチャーがもつれ合う姿が徐々に遠ざかる光景を私はただ見ているだけだった。
「ガキが逃げっ、ぐぁっ! クソッ! クソがぁぁぁぁ!!」
血飛沫が散って恐怖心を煽る光景、見ていたくはないはずなのに、眼を逸らす事ができないままただトラに担がれてそれを視界に納めつづける。トラが廃墟群の崩れかけた建物に飛び込んでその光景が遮られる直前に見えたのは、傷跡男がクリーチャーに押し倒されて覆い被さられる姿だった。
逃げた先からまた逃げて、何処に向かって逃げているのかもわからないまま私はただ呆然とトラに担がれていた。