箱入りお嬢様の実家爆発ドブカス崩壊世界でゴミ拾い物語 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
「あ~~、さすがに死ぬかと思った」
あの場からどれだけ離れたのか、それなりに形を保っている建物ばかりの廃墟群の中にある殺風景なコンクリート造りの建物の中で、私を埃まみれの床に降ろしたトラが呼吸を荒くしながら壁に背を預けて崩れるように座り込む。
「あのタイミングで
亀裂だらけなコンクリートの部屋に呼吸が整わないトラのぼやきが反響。それに対してどう言葉を返せばいいのかわからず、ただ降ろされた場所にへたり込み続けながら、天井を見上げてあえぐように呼吸を繰り返すトラを見続ける。
「トラクターに装備の大半置いて来ちまった、
「えっと、その……ごめんなさい……」
「別に謝罪なんて求めてねェよ。あァ、クソ、マジで面倒な事になった」
きっと、この状況はトラが私を保護してくれた上に庇ってくれたから起きてしまった状況なのだろう。それはつまり、この状況は私のせいという事。
なげやりなぼやきを繰り返すトラに負担を掛け続けている事を謝ると、天井を見上げていた虎色の瞳が私を見た。
「休憩ついでに状況を整理するぞ」
「う、うん」
「まず、お前ってマジで何者なんだよ。さっきは俺以外の全員がお前の事を色々知ってるような雰囲気で話が進んでいたからな、襲撃される家だの新製品の秘密だのアホみたいな懸賞金だの全部詳細に話せ」
大して興味は無かったが、事がこうなった以上色々と知っておかなければまた唐突に訳のわからない状況になりかねない。と、整い始めた呼吸のトラが拒否を許さない雰囲気で私に言う。それに対して、私は特に何も隠す必要性を感じなかったし、こんなにも私を助けてくれている相手に不必要な秘密を持つべきではないと思ったので包み隠さずに全て答える。
まずトラが質問し、私がそれに答える一問一答の会話。トラ自身が知るべきだと考えたのであろう問い掛けに1つずつ答えていくと、徐々にトラの表情が渋い物へと変わっていった。
「なるほどね、つまり1つの大型都市を牛耳るハーゼバイン社が市場も戦場も変えるような技術革新をして、それをどうにか横取りするためによその会社の部隊が戦争ふっかけてきて、でもその技術革新の塊なアシストアーマーの唯一の現物をお前が着用して逃げ回ってて、ついでにお前は大型都市を言葉1つで動かせる社長の1人娘って事な。……マジモノの姫様じゃねェかよお前、廃墟群で迷子になってんじゃねェよ」
「ご、ごめんなさい」
「謝られてもどうしようもねェな」
オレ以外の全員が家名を聞いた時点でコイツの正体に気付いていやがったのか、そりゃ全員コイツを姫様呼ばわりする訳だな。と、心底疲れたように深く長い溜め息を吐き捨てるトラ。
「戦争……?」
「都市と都市の抗争なんざ戦争そのものだろうがよ」
理解した事を言葉にして整理していたトラの発言に気になった部分ががあったので質問してみれば、当たり前の事だと言わんばかりな口調での返事。
「会社が別の会社の本拠地で好き勝手大暴れしたんだ、こうなったらどっちかが再起不能になるまで徹底的な戦闘が続くだろうよ。これが戦争じゃなかったらなにが戦争だってんだ」
残党は徹底的に狩られるだろうし、都市機能の全ては占領される。どちらかがそれを達成するまで流血は終わらない。その説明に、全身の血の気が引くのを感じた。
もしかしたら、父も、ルイーサも、隊員達や会社の人達、そして、私もが襲撃してきた相手にとって殺害の対象になっているだろうという説明が、私の胸の奥になにか黒く冷たい物を差し込むような心地を憶える。
「で、だ。次は
「これから……? どうすればいいのかな。私、なんにもわからなくて……」
「だろうな。この状況を打破する方法が思い付く箱入りお姫様が存在するなら会ってみてェよ」
ちょっと待て、少し考える。その一言の後に眉間へと皺を寄せながら顎を指の腹で擦る仕草で黙り込むトラ。そして、そのいかにも頭を悩ませている姿のトラを視界に納めながら、私も父やルイーサなどから教わった事や勉強した事からなにか少しでも役に立ちそうな事を思い出せないか記憶を辿る。
──誰も信じちゃいけない、優しい世界しか知らないお嬢には難しいかもしれないどね、この世界はお嬢の想像できないほどに悪辣で、残酷なんだ。
その中でふと思い出したのは、今しがた実感してしまった教え。
私を捕まえて何処かの部隊に連れていけばものすごい大金が支払われるらしく、実際に私を捕まえてあまつさえ酷い乱暴をしようとしていた人達もいるくらいなのに、トラは何故そうしないで私を助け続けてくれているのだろう。
「あ、あのねトラさん」
トラが眉間に皺を寄せたまま私を見る。
「あァ? まさかお前が状況を打破する策を思い付くとんでもねェ箱入りお姫様だったのか?」
「そうじゃなくて、その……トラさんはどうしてこんなに助けてくれるのかなって」
「それ今聞くような事か? 大した理由なんて無ェよ。拾ったからには犬猫みてェに捨てる訳にもいかねェし、金に目が眩んだドブカスゲス外道共と同じになりたくねェからお前と逃げた。たったそれだけの事だろうが」
「でも、たぶんだけど、トラさん1人なら何も知らない私を連れていくよりももっと簡単に逃げたりできたんじゃないの?」
「そうかもな、でもそうしなかったのも全部成り行きだ。それに、あのドブカスゲス外道共が得して何も悪い事してないお前が損するのが気に喰わなかったからな」
そんなどうでもいい話は全部どうにかできてからにしろ。そう言って今度は額に拳をあてながら埃まみれの床を睨み始めるトラ。
強制的に話を中断させられた私は、成り行きという一言で全部片付けられた事にほんのりと釈然としない思いを抱きつつも、再度何か役に立ちそうな事を思い出せないか記憶を辿る。辿ろうとするも、問い掛けがどうにもスッキリとしない終わりかたをしたせいか先ほどのトラの言葉が何度も脳内で繰り返される。
成り行き、成り行き、成り行き。
助ける事に大した理由は無い。
外道が得するのが許せない。
悪い事してない人が損するのが気に喰わない。
ふと、思う。
まるで、勧善懲悪なお伽噺に語られる騎士みたい。
「……騎士さん」
「あァ?」
無意識の内にこぼれ落ちた言葉にトラの怪訝な視線が向く。
「あ……その、理由が無くても助けてくれて、悪い人が許せないのがお伽噺の騎士さんみたいだな……って」
「…………頭の中に花畑でも詰まってんのか? ちょっと黙ってろ」
「……うん」
とても呆れたような声色と見せ付けるように吐かれた溜め息がなんだかいたたまれなくて、そっぽを向いたトラから私も視線を逸らして床を見詰めて沈黙する。
そして、いくらかの時間が過ぎた後に溜め息ではない息を吐いてからトラが口を開いた。
「これからどうするか決めたが、後からなんでなんでと聞かれても面倒だから今全部説明する」
「うん、お願いします」
「まずはお前の実家がある街に向かうぞ」
ほぼ装備無しの現状、それ以外の街に行くにはクリーチャーとの遭遇や食糧等の面から見て不可能で、ビーンのトレーラーまで戻るにも傷跡男達がもしもまだ生きていれば危険なのでそれも不可能。向かう先は一番近い街しかあり得ないとの事。
「多少は襲撃部隊の目があるだろうが、それから隠れつつどうにかお前の実家の勢力の残党を見付けてお前を引き渡す。そうすればお前は信用できる護衛の元に帰れる訳だな」
「私、トラさんの事も信用してるよ?」
「そう簡単に信用すんじゃねェよバカ。オレは今成り行きでお前を助ける状況が続いてるだけで、傭兵ってのは基本的にさっきのドブカスゲス外道の方が普通なんだからな」
「? ……???」
トラの言う言葉は私にとって初めて見る数式のように難解なものだった。トラはさっきの恐ろしい3人組とは違って、トラは自らの言うドブカスゲス外道と同じなのが嫌な良い人なのではないだろうか。
「話を続けるぞ。お前は実家もしくは残党の元に帰る、オレは迷子のお姫様を帰らせた報酬にトレーラーに置いてきた装備の代わりを報酬に貰う。つまり、これはお前が依頼主の護衛任務だ」
「私が依頼主?」
「そうだ。戦争中とはいえお姫様の一言がありゃ1人分の装備を融通するくらいはできるだろ。それが済めばオレはお役御免、面倒事は終わりでその先は勝手にやらせて貰う」
契約の内容は迷子を信用できる奴に引き渡す、報酬は適当な装備。と、簡潔に要点を纏めたトラが視線で私に返事を促す。
たぶん、この提案には迷いなく頷くべきなんだと思う。
父やルイーサだけではなく、屋敷の人達や部隊の人達は皆私を大事に扱ってくれていて、誰も私の行方を知れてないであろう現状はその皆に心配を掛けているはず。もちろん、その逆で私も安否のわからない皆を心配する気持ちはとても大きい。急いで帰れる手段があるならそうするべきなのだとわかる。
でも、何故か即座に頷く事ができなかった。
「おい、なに黙ってんだ。イエスかノーのどっちかの簡単な事だろうがよ」
「えぇと、その……イエスでお願いします」
「おゥ、この状況じゃそれしか答えが無ェだろうがよ。そうと決まればさっさと移動するぞ、こんなクリーチャーと遭遇しかねない場所でのんびりする理由なんて無ェからな」
私は何に引っ掛かりを覚えて頷く事を躊躇したのか。
それをわからないまま、私達は休憩に使っていた建物を後にした。
しばらく廃墟群を進むと、私達の進む先を遮るように右にも左にも何処までも続く頑丈そうなフェンスが続いていた。トラが言うにはこのフェンスは街一番端に設置されている物で、これでクリーチャーが街に侵入してこないようにしているらしい。
「迂闊に触るなよ、街によって色々と仕掛けが変わるが触った瞬間に高圧電流で感電死なんてのも多いからな」
「ふぇぇ……」
他にも自動化された機銃が射撃してきたり、警報が鳴り響いて即座に武装した警備が駆け付けてきたり、フェンスを設置してない代わりに大量の地雷を敷設していたりなんて事もあるらしい。
街の安全を守るために色んな工夫がされていることに感心しつつ、その殺傷力の高さにはおののくしかない。
そして、普段人の行き来ができるように門になっている場所はブルーホーネットの見張りがある事が予想されるので、この危険なフェンスをどうにか越えるしか街に入る方法は無いらしい。
「コイツはよく見るタイプの電流トラップだな。フェンスを辿ってどっちかに進めば何処かにケーブルがあって、それを切断すればフェンスを登れる。ケーブルを見付けりゃ外からでも拳銃で一発だ」
「そ、そうなんだ。仕掛けは意外と単純なんだね」
「要はクリーチャーを追い払えれりゃいいからな。こういうのは仕掛けを凝れば凝るほどメンテナンスが面倒だから単純に作ってんだよ」
私達2人以外の生き物の気配を感じないまま、フェンスに沿って延々と歩く。クリーチャーというのは獣のように本能に忠実だけど、決して知性が無い訳じゃないのでこういった仕掛けがある場所にはそうそうに近付いてこないとトラは言う。
「あのね、トラさん。ちょっと思い付いたんだけど」
「なんだよ」
進む先だけではなくて周囲に対して常に視線を巡らせているトラが私を見ないまま、私達は言葉を交わす。
「どこにあるかわからないケーブルを探して歩くより、このフェンス飛び越えちゃった方が早いんじゃないかな」
「それができるなら苦労しねェ……そういやお前、すげェスペックのアシストアーマー着てるんだっけか」
「えっと、最初に屋敷から出た時、このフェンスよりも高い塀を飛び越えてたから、このフェンスも飛び越えられるよ」
私の提案に歩みも周囲を見回すのも中断したトラが真顔で私を見て、それに対して私は1度もっと難しいであろう事を成功させた体験があるので提案した事も必ず実行できる自信が有るのを胸の前で両の拳を握って示す。すると、トラが少しだけ思案するような間を作る。
「お前1人で向こうに行けたとして、その後は自力で実家の勢力探せんのか?」
「え……。たぶん、ダメだと思う」
「だろうな。それじゃあ俺を抱えて跳べるか?」
「トラさんってけっこう体大きいし、この人工筋肉量じゃちょっと難しいかも。重いものを持ち上げて運ぶなら簡単だけど、負荷が増えるほど瞬発力って低下しちゃうから」
父からこのアシストアーマーを貰った時に読んだスペック表を思い出しながら私とトラの体重をざっくりと計算して、どれ程の跳躍ができるかと予測するが、完全確実に電流トラップを回避できるかはかなりギリギリになりそうだと大まかに予測。
「雑な見積りで試して失敗の挙げ句黒焦げなんて論外だ。重い物を運ぶのは簡単って言ったな、その瓦礫なら持ち上げてぶん投げれるか?」
「どうだろう、試してみるね」
そう言いながらトラが指差したのは、私が膝を抱えて座った姿勢よりはと大きい位の瓦礫。意図の読めないまま言われるがままに瓦礫に歩み寄って持ち上げようと試みる。
瓦礫を抱くように腕を伸ばし、表面の凹凸に指を引っ掛ける。そして、持ち上げる事ができたとしてもバランスを崩して転倒してしまわないように1度腰を低く降ろしてから力を入れ始める。
アシストアーマーが脈動、全身の人工筋肉が急激に稼働して布を搾るような音。しかし、瓦礫はほんの僅かに揺れ動いただけで持ち上がらない。
「駄目そうだな」
提案しつつもあまり期待はしてなかったのか、トラが鼻で小さく息を吐く。しかし、私はそのまま力を入れ続ける。
人工筋肉の瞬発力では持ち上がらない荷重、それでも力を籠める意思を持ち続ける着用者の意思に従い、アシストアーマーに搭載された補佐システムが稼働してモードが切り替わる。
私を包む人工筋肉が徐々に膨らみ始め、着用者である私を締め付ける程に膨らんだそれは、これまでの瞬発力を優先する通常モードではなく最大出力のみを最優先に稼働するパワーモード。
「えいっ」
「マジか、嘘だろ」
ギチギチとゴムを強く擦り合わせたような耳に障る音を鳴らす人工筋肉。圧迫感による息苦しさに耐えつつ降ろした腰と瓦礫に回した腕を上に上げると、先ほどは僅かに揺れ動いただけだった瓦礫が私の頭上に持ち上がった。
「持ち上がったけど、これ、どうすれば、いいの、かな」
「マジで持ち上げたのかよ。落とすなよ、絶対頭とかに落とすなよ」
「どうすれ、ば、いい、のぉ」
苦痛に近い圧迫感に声を震わせながら指示を仰ぐと、トラが慌てたようにフェンスを指差した。
「ぶん投げてブチ破れ」
「うん……よ、い、しょぉっ!」
弾けるような騒音。
一瞬だけ波打つようにひしゃげたフェンスが瓦礫の荷重と勢いに耐えきれずに人が通れる程に大きな穴を開けるように破けて壊れる。その瞬間、フェンスの破壊された断面が刹那的に発光して火花を散らした。
そして、瓦礫を持ち上げる負荷が消失し、私が力む事をやめた事によりアシストアーマーの補佐システムが切り替わって通常モードへ。私の体を苦しいほど締め付けていた人工筋肉がゆっくりと縮んで通常の形態へと戻っていく。
「ふぅ」
「…………ぅっわ……」
苦痛に近い圧迫感から解放された事に安堵のような息を吐けば、なんとも言いがたい複雑そうな視線を私に向けるトラ。
「そんな体型丸わかりの裸寸前みたいな格好の癖にとんでもねェパワーが出るのな」
「丸わかり!?」
「アシストアーマーについては詳しくねェけどよ、そりゃ戦争してまで欲しがる奴が出る訳だわ」
「裸寸前!!?」
「何を今更、お前そんな格好してっからあのロリコンデブにスケベな目で見られて狙われて胸まで揉まれてんだろうがよ」
「スケッ……!!?!?」
「お前まさか気付いてなかったのか? 箱入りで物を知らないのは仕方無いにしてももう少しそういう事に気を付けろよ。防護ベスト着てるからまだマシかもわからねェが、それがなかったら変態スレスレだぞ」
「へ ん た い!!!??」
進む先を確保できたかと思えば矢継ぎ早に告げられる驚愕の言葉。
ルイーサも今の私と同じように運動場ではアシストアーマーだけの姿だったり、屋敷でも上半身は薄手のタンクトップ1枚だったりするので普通の事だと思っていたけれども、トラの言う体のラインが一目で解る格好というのは変態一歩手前という言葉に私の中の常識が音を立てて崩壊するのを感じてしまう。
「わ、わたし、変態さんじゃないよ!」
「大声出すなようるせェな。こっから先は誰に見付かっても襲わるかもしれねェのが理解できてねェのか、静かにしろボケ」
「で、でも……!」
「あァ、わかったわかった。そんな事よりもこの穴通る時に絶対フェンス触るなよ、感電するからな」
私の抗議に対して雑な対応をしながらフェンスに開けた穴を抜けていくトラ。その後ろを釈然としない気持ちのまま慎重に穴を抜ける。
「周りの何もかもが敵かもわからん状況で隠れながら進まなきゃならねェのにその変態みてェな目立つ格好はダメだな。どうにか誤魔化さねェと」
「……変態さんじゃないよぉ」
こうして、私達は壊れた物ばかりな廃墟群を抜けて少しずつ人の営みを感じられる場所へと進んでいった。