箱入りお嬢様の実家爆発ドブカス崩壊世界でゴミ拾い物語 作:ቻンቻンቺቻቺቻ
私は今、あんまり機嫌が良くない。
少しだけだけど、怒っていると表現してもいいかもしれない。
「何がそんなに気に食わねェんだよ、においか?」
私の格好が目立つというのは、まぁそういうものなのだと理解できる。なので、街の中心地へと進んでいく中で増えてきた人目から逃れて隠れるために路地裏の大きなゴミ箱に放り込まれ、色んなゴミに包まれて手入れに気を付けている髪に卒倒しそうなほどの悪臭がこべりついたのは仕方無い事だとも理解できる。
「それとも待たせ過ぎだってか? それは今は慎重に動かなきゃならねェんだから仕方無ェだろ」
トラが私という護衛対象を連れながら父の会社やルイーサの隊の人達が今どんな状況なのかを調べるのは、
「私、変態さんじゃないもん」
「まだそれ言ってんのかよ」
トラの言う通り体のラインが丸わかりな格好というのはほぼ裸で、それを気にせずに衆目の前に立てるのは変態一歩手前だとしても、私はただちょっとそういう事にうとかっただけで自分の裸を誰にでも見せ付けたがる変態というわけではない。それなのに、私をほぼ変態だと言うトラの意地悪さには少しだけ嫌な気持ちになってしまう。
「そんなに拗ねるなよ面倒臭ェな」
「変態さんじゃないもん」
「わかったって。お嬢様は変態じゃなくて物を知らなかっただけなんだよな、ちゃんとわかってるって。それよりもだな、情報収集ついでにメシ調達してきたからさっさと食え」
幾つかの荷物を抱えながらとても雑にうんうんと頷いたトラが、先程まで私が入っていた大きなゴミ箱の横に膝を抱えて座る私へと紙の包みを1つ差し出してくる。
「お前が普段どんな上等なもの食ってるのか知らなねェけどよ、さっきの
やはりぶっきらぼうな声を聞きつつ受け取った包みを開いてみると、包みの中で蒸れてしまったのかジットリとしてしまったパンで大きいけど少し萎えて皺のできているソーセージを挟み、その上にたっぷりの赤黒いケチャップをかけた食べ物。匂いはゴミ箱の中で悪臭に麻痺してしまった今の私にはわからなかった。
「えっと、ホットドッグ?」
「なんだ、箱入りお嬢様はファーストフードも一応は知ってるのか」
「うん。でも、私の知ってるのとちょっと違うかも」
いつだったかルイーサや隊の人達と好みの食べ物の話をした時に初めてこの食べ物の存在を知って、好奇心のままに屋敷の料理人にお願いして作って貰った事があるけれども、その時はもっとパンはフカフカしたやわらかい物だったし、挟んでいる物も見た目だけで肉汁がたっぷりと詰まっているのがわかるソーセージや複数の瑞々しい野菜だったり、かけてあるケチャップも鮮やかに赤くて彩りを飾る程度の分量だった。今この手の中にあるホットドッグは使っている材料と見た目はにているけど別の食べ物に見えるほど雰囲気が違っている。
「何がどう違うのやら、たかがホットドッグも金持ちが食べるんなら合成食品じゃなくて高級食材をふんだんに使ってんだろうな」
ぼやくようなトラの言葉を聞きつつ、精一杯の大口を開けてホットドッグの端に噛み付いてちぎり取る。
あまり行儀が良いとは言えない食べ方だとは思うけれども、ホットドッグの話を聞いた時にこれはこうやって食べるのが一番おいしいと聞いていたし、行儀が悪い事をするとチクりと注意をしてくる屋敷の人も周りにいないのでこうしてみた。料理人が作ってくれた時は周りにメイドがいたので、実はこうやって食べるのは初めてだったりする。
「なんだ、やっぱり口に合わなかったか。かなり微妙な顔してんな」
「ううん、そうじゃなくて……」
「なんだよ」
「たぶん、このケチャップの感じとかは嫌いじゃないと思うんだけど、さっきまでゴミ箱に入ってたせいでせっかくの珍しい食べ物なのに匂いがわからないのが残念で」
「そういや鼻がやられる程に臭いゴミ箱にずっと入ってた直後に飯が食えるのってスゲェな。実はお前メンタル図太いだろ」
世間知らずとはよく言われるけれども、図太いとは初めて言われるので少しだけ戸惑う。
知らなかった自分の一面を知りつつ完食したホットドッグ、感想としては大げさなケチャップの味は嫌いじゃないけど、そのケチャップの後味が少しだけしつこいかなとも感じた。
「そんじゃ、食い終わったし情報の共有と今後についての話だ」
路地裏の奥にあるゴミ箱の陰、胡座の姿勢に座るトラを正面から見るように膝を揃えて座り直す。
「ドブカスゲス外道共が言ってた通り、お前の実家は爆破されたのか半壊してたし、ハーゼバインの本社は黒焦げだった。どっちも建物の周囲に目ん玉ギラギラさせながら武装した奴等がウロウロしていたから近付いての確認はできなかったが、どっちも建物の規模が大きいからちょっと高い所に登ればそれだけで確認できた」
「そう、なんだ……」
もしかしたら、今までに聞いていた情報は何かの間違いで、実は父の会社もルイーサ達も襲撃してきた人達を追い返してたりしないかと願っていたけれども、トラという信用できる相手から改めて悪い状況を聞いて気分が落ち込んでしまう。
そんな私をそのままに、トラは調べてきてくれた事を坦々と報告し続ける。
街中には私を探している人が多く、しかし、その中にハーゼバインの関係者らしき人物を見付ける事はできず、私を探す人はアシストアーマー目的の襲撃部隊か懸賞金目当ての傭兵だという事。
戦争状態ではあるけれどもハーゼバインの関係者は皆上手く潜伏しているのか、街の中で戦闘騒ぎはほぼ無くて静かな状態だという事。
そして、ハーゼバイン関係者の潜伏がトラの予想以上に巧妙だったらしく、関係者達に接触する方法が今のところ見付けられないという事。
「この街に昔から住んでるような情報通ならどうにか関係者に渡りをつけられるのかもわからねェが、街の外から来たフリーの傭兵であるオレにはかなり手間がかかりそうだ」
この街にお前が安心して会えるような古株の住人はいるか。と、期待されてない瞳で訊ねられるけど、私には屋敷の外の知り合いなんてほとんどいないし、そもそもいたとしてもその全員がハーゼバインの関係者なので上手に隠れてしまっているのではと答えるしかなかった。
「非戦闘員含めて勢力まるごと隠れるのが上手いとかどんだけ錬度高いんだよクソが、長丁場になりそうだな」
「えっと、それじゃあ、私はどうすればいいのかな」
このままハーゼバインの関係者に会えないままだとしたら、私達はずっと行き場の無いままこの街で誰かの助けが無い状態で隠れ続けなければいけなくなる。私達は今、帰る場所どころか寝る場所さえないのにどうやって長い時間を過ごす事になるのだろうか。
「お前、肌が弱かったりするか? 化粧品に肌が荒れるとかよ」
「え? お化粧はほとんどした事ないからあんまりわからないけど、たぶん、そうでもないと思う」
私の問いに返されたのは、脈絡のない問い。
話題の転換に戸惑いながらも答えると、トラが抱えていた幾つかの荷物から何に使うかわからないような物や幾つかの化粧品を取り出す。
「まぁ、肌が弱くても我慢して貰うしかねェんだけどな。そんじゃ、顔だけで商売できそうなお嬢様はスラムで潜伏するには目立ち過ぎるからよ、その顔を台無しにさせて貰うわ」
「え? 台無し? えぇ?」
「動くんじゃねェぞ、俺はこういうの知ってるってだけで得意じゃないんだ。まずは顔面半分くらい火傷しておくか」
「火傷!?」
不穏な事を言いながら化粧品を手に近付いてくるトラがちょっと怖かった。
身に纏うのは汚れたシーツに穴を開けてそのまま衣服の代わりにしたようなボロ布。髪は手入れする術を知らないのか、それともそうする余裕が無いのか跳ねたり汚れたりの有り様。そして、顔の大部分は適切な治療を受けられなかった火傷の痕に占められている。ついでに、ゴミ箱の中みたいなひどい悪臭。
それが、今の私を客観的に見た姿らしい。
「綺麗に飾るのとは逆なお化粧もあるんだね」
「誰が見てもお前がお姫様な身分の奴だとは一目では解らねェだろうな、我ながら上出来だ」
「トラさんって本当になんでもできるんだね、こんな不思議なお化粧までできちゃうなんてスゴい」
私の中にある常識を良い意味で破壊し、不意打ちのように好奇心を満たされた事に喜びを感じながらトラを褒める。そんな興奮気味な私に反して、トラは眉間に皺を寄せながら私から視線を外して記憶を辿るように空を見上げた。
「あァー、ガキの時に世話になった相手がクソ溜めみてェな街で娼婦やっててな、自衛のために客を取らねぇ時はこうやって下半身でしか物事考えねェ奴の興味から外そうとしてたのを見て憶えたんだ」
「しょーふ?」
「あァ~……。接客業とだけ覚えておけ」
「うん」
何故だかとても気まずそうに息を吐いた後に、簡潔な説明をされたのでひとまずそれで納得しておく事にした。
ルイーサや隊の人達も時折私の質問に対してとても答えに困る事があって、そんな時はどうあっても漠然とした答えしか貰えないのを経験で私は知っている。今のトラもたぶんそういった時のルイーサ達と同じ状態になってしまったのだと思う。
「それで、この後はどうすればいいのかな?」
「状況が動くまで浮浪者のフリしながら廃墟生活だ。誰の管理下にも無い空き家なら探せば何処にでもあるし、それを確保すりゃ生活はどうとでもなる」
わざと汚したボロ布を頭から被るように羽織ったトラが言うには、無理にハーゼバインの関係者を探して目立つ動きをするのではなく、私達と別の目的ではあるけれども同じくハーゼバイン関係者を探しているブルーホーネットの部隊が見付けるまで待つべきらしい。そして、関係者が見付かればそれなりに騒ぎになるだろうからそれに乗じて関係者の潜伏先を見付けるとも説明してくれた。
「ブルーホーネットの奴らは街を占領して運用しなきゃならねェから都市機能の保全に人員を割かなきゃいけねェし、ハーゼバイン側からの反撃を警戒して守りを固めるのもにも人手が必要だ。単独で逃げた事になっているお姫様がまさかスラムに潜伏してるとは思わねェだろうし、この辺りまで捜しにくる人手はほとんど無いだろうよ」
「へぇー、そうなんだ」
「だけど、金目当てなフリーの傭兵にそれは関係無ェ。あいつらは金のためなら努力を惜しまねェからな、油断すんじゃねェぞ」
「うん! それで、油断無く浮浪者さんのフリをするにはどうすればいいのかな?」
「お前にやらせられる事は無い。ショボくれたツラしながら黙って座って地面の砂粒でも数えてろ」
「え?」
立って歩けば姿勢や些細な動作から育ちの良さが露見するし、喋れば浮浪者とはかけ離れた雰囲気が出てしまうので、とにかく死んでないだけの人間としてひたすらに沈黙していろと念を押される。
「そういう訳で、俺はこれから寝床に使う場所の確保とはぐれたりした場合の集合先にできそうな場所を探してくる。もしも身分がバレて追われた場合は全力で走って目立つように逃げろ、運が良ければそれでハーゼバインがお前を見付けてくれるかもな」
それをするのは本当に最後の手段でもあるから、今はとにかく目立たず隠れる事を優先しておけと言い残したトラが立ち上がり、その場に座りっぱなしの私を置いてきぼりにして足早に離れていく。
立つな、歩くな、口を開くな。これを守ればそう簡単に偽装を見破る相手はいないだろうというトラの言葉を信じて、先程まで私を収納していたゴミ箱に背を預けながら膝を抱える。
沈黙。ただひたすらに沈黙。
沈黙しながら地面の砂粒を目視で数えようと試みるも、少し数えれば地面のどこからどこまでの砂粒を数えたのかが解らなくなってまた最初から数え直すを繰り返す。
何度目かの数え直しを始めようとした時、いつの間にか私の座る目の前に小さな人影が立ち尽くしていたのに気付いた。
誰がそこにいて何故そこに立っているのか、私に何か用事が有るのだろうかと気になって顔を上げると、そこには泥色の乱雑な髪の毛をしたとても幼い少年が何も言わずそこに立っていた。直後、相手が誰であろうとあまり顔を見せてはいけないのを思いだしたけれども、もう見せてしまったのは仕方無いと開き直って私を見る泥色の少年と視線を絡ませる。
「…………」
「…………」
この少年はどこから現れたのか、見たところ10にもなってないような年頃のようだけど親か保護者は近くにいないのか、なぜ私を見ているのか、何も解らないまましばらく視線を絡ませ続ける。
色々と気になる事はあるけれども、顔はもうしっかりと見せてしまったけれどもトラの言う通りに声を出すのだけはしないようにして泥色の少年に問い掛ける事は辞めておいた。
「…………」
「っ!」
だけど、そのまま無視してまた地面とにらめっこするのも何か失礼な気がしたので挨拶の代わりとして精一杯の微笑みを贈ると、何かとても驚いたように大きく目を見開いた表情を返された。
「……?」
「……」
そして、何故なのか泥色の少年が私の座る横に寄り添うように腰を降ろす。何を目的にそうしたのか、困惑の視線を泥色の少年に向けてみると、人懐っこい笑顔だけが返される。
私は今どうすればいいのか、まったくもってわからなかった。
なので、わからないままなんとなく泥色の少年をそのままに2人で並んで座り続ける。
「…………?」
「…………」
「…………」
そして、気付けばまたいつの間にか土色の瞳をした幼い少女が私のすぐ近くに近寄ってきていて、泥色の少年にしたように土色の少女にも挨拶の微笑みを贈ると泥色の少年の隣に腰を降ろして3人で並んでしまった。
「…………???」
「「「「…………」」」」
似たような流れをもう何度か繰り返し、気付けば私の周囲には複数人の幼い子供達。なにがどうしてこうなったのか、なにをどすればいいのか、何もわからないままトラを待つ暇な時間をが続いていく。
「~♪ ~~♪」
何もわからないし、かといってお喋りをする訳にもいかないのでなんとなくお気に入りの音楽を鼻歌で奏でる。すると、私の周囲でぼんやりと座っていた子供達からの注目が集まる。そのまましばらく奏で続けていると、旋律を憶えたのか1人また1人と子供達が私に合わせて鼻歌を合奏し始める。
言葉は無かったし、お互いの素性なんて全然わからない。
だけども、この瞬間は私達は互いをかけ替えの無い存在のように感じていたのかもしれない。
「なァ、目立つなよって言ったよな? なんだこの状況、託児所か? なにがどうしてこうなってんだよ」
「え? えぇと、う~ん? わかんない」
「やけどのねーちゃん、しゃべれたのか」
私のお気に入りの音楽のいくつかをこの場の全員が合奏できるようになった頃、前触れ無く戻ってきたトラがものすごく呆れたような顔をしつつどこかトゲのある口調になりながら腕を組む。
「ガキ共、ここにいても飯にはありつけねぇぞ。さっさと散って鉄屑でも拾いにいけ」
「なんだよ、いきなりでてきてエラそうに」
「うるせェ、少なくともお前みてェなザコガキよりもオレの方が強くて偉い。殴られたくなけりゃ消えろ」
「ほんとうにエラかったとしてもビンボーな顔してるじゃん」
最初に私の目の前に現れた泥色の少年が何故かトラとケンカのように言葉を応酬した後、頭のてっぺんをトラに拳骨で殴られる。それを皮切りにこの場に集まっていた子供が皆駆け足で離れていった。
「い、痛そう……」
「痛めつけるために殴ったからな」
「……ちくしょう! いつか刺してやるからな!」
しばらく頭頂部を抱えて悶えていた泥色の少年だったけど、最後に物騒な言葉を吐き捨てて駆け足で離れていった他の子供達を問い掛ける事はように走り去っていく。
「で、結局なんだったんだあのガキ共は」
「よくわかんないけど、もしかしたらお友達になれたのかな?」
だとしたら、今までに友達と呼べる相手ができた覚えの無い私にとって、初めての友達はあの名前も素性も知らない子供達なのかもしれない。
「……クソみてェな状況なのに随分と呑気な奴だな」
再度の呆れたような顔。
「まぁいい、いや、やっぱ良くねェわ。マジで目立つような真似はやめろ」
「うん」
「ホントにわかったのか不安しかねェけどグダグダ言っても仕方無ェか。それよりも、寝床を確保したからさっさと移動するぞ」
呆れた表情のままだったトラから座っていた私へと手を伸ばされたので反射的に掴んでみると、軽い仕草で引かれて体が自然と立ち上がる。そして、そのまま何も言わず歩き始めたトラの背中を追って私も歩きだす。
よくわからないけれども、私とあの子供達はきっと友達だった。
再会の約束をする暇無しに別れてしまったけれども、また会って一緒に合奏する事はできるのだろうか。と、そんな風に考えながら日が暮れていく街の中でトラの背中を追いかけ続けた。