箱入りお嬢様の実家爆発ドブカス崩壊世界でゴミ拾い物語   作:ቻンቻンቺቻቺቻ

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目の前の未知は知りたくなるよね

 

 いつもとは眠りに就く環境が大きく変わったからあまり眠れないかもしれないと思っていたけれど、いざ目蓋を閉じたら次の瞬間には朝になっていた。

 

「おはよう。トラさんはよく眠れた?」

 

「お前そんな指で突っつくだけで泣き出しそうなナリしてる癖に、やっぱり色んな意味で図太いよな」

 

「えぇ?」

 

「わからねェならそれでいい、わかってるならそれはそれで面倒な気がするしな。朝飯食ったら移動だ、昨日言ってた集合場所を教える」

 

 バカにされたのか、呆れられたのか、それとも意地悪な事を言われたのか、よくわからなかったけれどもそのまま差し出された小さなビニールのパッケージと水を受けとる。

 朝食はなんだろうかと手の平に収まった物を見ると、昨日も見た『ハイカロリーフード!』の悪魔のような文字列。今回こそはと口を内から外へと決壊させないように慎重に少しずつ頬張る。

 さっさと食べ終わったトラのしばらく後に食べ終わると、それを待ってたらしいトラが化粧品やらを手にして私へと歩み寄ってきた。

 

「おい、顔面焼いてやるからそこに座って動くな」

 

「うん。お願いします」

 

 言われるがままにその場で膝を揃えて座り直し、偽装しやすいように目蓋を閉じて待つ。前回はトラの不穏な物言いが少し怖くて何度も瞬きをしたり、顔に触れられる感触を感じる度に身じろぎしては「動くな、やりにくい」と困らせてしまったのでそうならないように気を張る。

 昨晩に私もトラを手伝えないかという考えたけれども、まずは困らせないようにしようと朝食を食べながら思い付いたからだ。

 

「ハァ……。図太いんだか警戒心が薄いんだか」

 

 視界は目蓋に閉ざされたままだけど、溜め息を吐かれた事がわかる息遣いの音色と口調。そのまま少しだけ待つと、簡潔に「触るぞ」とだけ告げられてから頬に触れられる感触。

 ザラザラとしているともカサカサしているとも言える硬い感触。昨日と同じように私の顔を偽装しているのならばトラの指であるはずのそれが、何か冷たくて水気の強い物をやわらかく私の頬を撫でて塗り付けていく。

 

 そういえば、私の顔に異性が触れるのは父以外ではトラが始めてだ。と、そんな事今更ながらに気付くと、なぜだかこの状態が少しだけ恥ずかしい事をしているような気がしてきて、頬に熱が集まるのを自覚した。

 

「なにか痛かったか」

 

「え、なんで?」

 

「いつの間にか少し頬が赤くなってんだが」

 

「特に痛いことは無かったよ、ちょっと冷たかったからじゃないかな」

 

「そうかよ」

 

 会話はそれっきり、私達は顔を偽装している間ずっと沈黙していて、私はただ目蓋を閉じた黒い視界の中でトラの静かな呼吸の音に耳を傾けていた。

 

 


 

 

 人の気配がまばらで、周囲には崩れかけな建物ばかりの道で私の一歩先を歩くトラの背を追う。

 

「ねぇトラさん」

 

「なんだ」

 

 周囲にほとんど人はいないけれども、それでも誰かに声を聞かれないように小声で話しかけると、ぶっきらぼうな声が返される。

 

「昨日、銃の弾を何か細い箱に詰めていたけれども、あれは何をしていたのかな?」

 

拳銃(ハンドガン)に装填してある分しか手持ちの弾が無かったからな、他に武器を調達するあても金も無いから弾倉(マガジン)と弾を調達していつでも使えるようにしておいたんだ」

 

「それのお手伝いって私にもできるかな?」

 

「もう空きのマガジンも弾も無いから手伝いもクソもねェよ」

 

 いつものようきぶっきらぼうにそう言ったトラが先を歩く足を止めないまま、一度だけ振り返って偽装を済ませたばかりな私の顔を見る。

 

「で、なんで急にそんな事を聞く。無駄話は控えて欲しいんだが」

 

 私の声を周囲に漏らしたくないと言うトラを困らせないように、少しだけ足を早めて先を歩いていたトラのすぐ隣へ。歩調を合わせやすいように少し失礼してトラが浮浪者のフリをするために被っている汚れだらけの布の腰辺りを握る。

 

「あのね、昨日寝る前にちょっと考えてたんだけど……」

 

 小さな声でそっと伝えるのは、私は護衛を依頼した依頼主として身を守る事を依頼を受けてくれたトラに頼りきりになるのではなく、トラが私を護衛しやすいように協力できるようになるべきなのではと考えていたという事。

 私が考えていた事を私なりの言葉で順序立てて説明すると、しばらく無言で歩き続けた後にトラが後頭部を掻く仕草をした。

 

「状況を良い方向に動かそうとする気概があるのは良いんじゃねェかとは思うがな、お前にやらせられる事は基本的に無ェな」

 

「なんで? 私、アシストアーマーのおかけでだけ力持ちだから、きっと色々な事ができるかもしれないよ?」

 

「フェンスをブチ破った時のはたまたまの例外だ。あのまま歩き続けてりゃそのうちケーブルは見付けられただろうし、たまたま持ち上がった瓦礫を有効に使っただけだ」

 

 隣を歩くトラの顔を見上げると、同じように私の顔を見下ろしていた虎色の瞳と視線が交わる。

 たぶん、私の顔はあまり釈然としない気持ちが顔に出ていて、それを見るトラの顔は当たり前の事を当たり前の物として語る平然とした顔だった。

 

「お前がやらなきゃいけないのはだな、なによりもまず自分の身を守る事と逃げる事、そして、オレの言う事をしっかり聞いて必要な時にそれを実行する事だ。それ以外の事は考えなくて良い」

 

「なんで?」

 

「それが護衛対象と護衛の関係なんだよ。いいか? オレとお前は相棒(バディ)でも仲間(チーム)でもなくて、雇用主と被雇用者だ。お前はオレを有効活用だけしていればいい」

 

 当然の事のように語られる、どこか突き放した内容のように聞こえるのに事実ばかりを語った平常な声。

 たぶん、トラの言葉のほとんどは間違ってはないのだろう。

 私とトラの関係を単純に表現するのならたしかに雇用主と被雇用者だし、雇用主というのは相手がどれだけ信用している相手であっても時に被雇用者に対してシステマチックな判断をしなければならないと経営者として歴の長い父にも教わっている。

 だけど、なぜなのか私はこの事実だけの言葉を認めるのが嫌だった。

 

「クライアントのお嬢様には何か不満が有りそうだな、そんな顔をしてやがる」

 

「そうだね、上手く説明できないけど、何かが不満なのかも」

 

「なんだそりゃ、よくわからねェな」

 

「父様から教わったのとほとんど同じ事を言ってるからトラさんはきっと間違ってなくて、何かに不満な私の方が間違ってるのかも」

 

「あァ……?」

 

 平然としていたトラの顔が疑問符だらけの難解なものへと変わる。

 その推移がなんだか面白くて私の頬が自然に弛むのを感じ、直後に複雑な表情へと変わったトラが歩む先へと視線を逸らす。

 

「あ、ちょっと思い付いたかも」

 

「……いい加減お喋りは控えて欲しいんだが」

 

「ねぇ、トラさん」

 

「…………なんだよ」

 

「私とお友達になって欲しいな」

 

 歩みを止めて私の顔を見たトラの表情に擬音を付けるのならば、それはまさしくキョトンというのが正しいのだと思う。それほどまでに、トラは今までにはない不意をつかれた顔をしていた。

 

「私は今までにお友達みたいな相手は昨日一緒に合奏した子達だけだったけど、トラさんともお友達になりたいなって」

 

「あ? ……あー?? あァ???」

 

「お友達っていうのは、楽しい事とか大変な事とかも共有して、困った時には協力し合えるような関係の事をいうんだよね? 私、そういう風に聞いた事があるの」

 

 私は昨日、あの子供達と楽しい事を共有して、たぶんだけど互いの事を知りたいという思いも共有していたのだと今になってわかった気がする。だから、私はあの瞬間から名前も素性もわからない同士なのに、きっと友達になれたのではと思ったのではないだろうか。

 そして、私は助けてくれているトラを助けたいと思っているし、色んな未知を教えて楽しませてくれたトラと私が感じた喜びを共有したいとも思っている。

 これはたぶん、友達になりたいという気持ちのはずだ。

 

「雇用関係とかじゃなくて、お友達としてなら私もトラさんを手伝ってもおかしくないよね?」

 

 ルイーサ達の部隊は常に助け合う戦友だからこそたくさんの過酷な状況を乗り越えてきた。私には戦うという事は何もわからないけど、それでも友達としてトラを助ける事ができれば今この大変な状況を乗り越える事ができる可能性を増すことができるかもしれない。

 

 助けたくて友達になりたい。

 友達になって助け合いたい。

 どちらが先にくる思いなのかはきっとどうでもいい気がする。

 とにもかくにも、色々な思いが絡まった結果がトラと友達になりたいという事だと決め付けた。

 

「……お前の事がマジでなんもわからねェわ」

 

「私もトラさんの事、ほとんど何も知らないよ。でも、知りたいなって思ってもいるよ」

 

 ひどく困惑した様子でこぼすようにトラの口から出た言葉に対して、私は思考の無いまま反射的に言葉を返す。そして、その言葉によって今までに自覚していなかった思いにも気付くことができた。

 

 私はトラという未知を知りたい。

 

 昨日、トラが護衛の雇用契約を持ち掛けられた時、私は即座に頷くべきなのに、そうする事ができなかった。

 それは、トラが契約を持ち掛けた時に口にした言葉に含まれていた仕事が終われば後は好きにするという部分に引っ掛かりを覚えたからなのだと思う。

 好きにするという事は、私との雇用関係が終った後のトラは、きっと私が知らない何処かへといってしまうという事なのだろう。そうなってしまったら、私はもうトラと会う機会を得るのは難しくなってしまうのだろう。そうなれば、私はトラの事をずっと何も知ることのできないままになるのだろう。

 

 だけど、友達として再会の約束をしたのならばどうだろうか。

 雇用関係を終えた間柄ではなくて、友達になれたのならその後も関係は続いていくのではないだろうか。

 

 もしかしたら、契約を持ち掛けられる以前から、私は心のどこかで助けられるだけではなくてトラと友達になりたいと思っていたのかもしれない。

 

「ねぇ、トラさん」

 

「……なんだ? 朝っぱらから急激に疲れたからもう勘弁して欲しいんだが」

 

「お返事、欲しいな」

 

「…………勝手にしろ。だが、護衛の雇用関係が続く間はさっき言った逃げる身を守るを優先してオレの指示もちゃんと聞け。できなかったらこの話は無しだ」

 

 これはつまり、雇用関係が終われば私とトラは友達として新たに関係を築く約束として捉えてもいいのだろう。

 トラがなにやらものすごく疲れた雰囲気になっているのは気になるし、結局のところ私が現段階でトラにどんな手伝いをできるのかはわからなかったけれども、トラが私のお願いを聞いてくれた事が嬉しくて鼻唄を奏でたくなってくる。

 

「ねぇ、トラさん」

 

「………………」

 

「ありがとう」

 

「………………そうかよ」

 

 告げたくなったから告げた感謝の言葉に、そっぽを向いたトラがぶっきらぼうに短く返事をくれた。

 ただそれだけなのに、とても嬉しい事に思えた。

 

「あァ、クソ、調子狂うな」

 

 溜め息混じりに呟きをこぼすトラが歩みを再開し、トラの被るボロ布の腰部分を掴んでいた私もそれに引かれるようにまた歩きだす。

 嫌でも退屈でもない沈黙のまま進み、壊れかけの建物ばかりで似たような景色ばかりの場所から見覚えのある大きなゴミ箱が設置されてる路地が見える場所へと足を踏み入れる。

 

「昨日のあの子達、今はいないみたいだね」

 

「スラムのガキなんてのはどこの街だろうが毎日動き回って飯の種を探し回ってるからな、どこにいてもいなくても当たり前だ」

 

 昨日は私を収納したゴミ箱が見える位置でつい立ち止まってしまった私に、トラが一歩進んだ先で足を止めて振り返る。

 

「めしのたね?」

 

「食い扶持って言ってわかるか? スラムに住む奴はガキでも自分の飯は自分で用意しなきゃならねェんだ。 ここは例えガキであっても、自分の力だけで生きれなきゃ死ぬしかない場所だ」

 

「いや、そうでもねぇよ。現に俺の目の前には野良の騎士に守られてるガキもいる」

 

 突然の背筋が凍り付くような聞き覚えのある冷たい声に身が強張る。

 私を見ていたトラの顔が瞬時に緊迫した瞬間、弾けるような乾いた音が鳴り響いた。

 私の顔に鉄の匂いがする赤い飛沫が降りかかる。

 

「と、トラさん……?」

 

 無言で前のめりに倒れてきたトラが私にもたれ掛かり、そうなる事で私の死角になっていたトラの背後から顔の半分に包帯を巻いた男。

 

「頭狙ったつもりが全然別の場所に当たったな、片目潰れてりゃこんなもんか」

 

 現れたのは廃墟群で私をブルーホーネットに引き渡そうとトラに持ち掛けていた傷跡男で、害意を煌々と灯した瞳で私達を睨み付けながら片手に握る拳銃を弄ぶ。その姿が恐ろしくて、状況が理解しきれなくて、体が強張ったままの私はその姿を見ているだけしかできなかった。

 

「まさか雑魚クリーチャーごときに目玉やられるとは俺もヤキが回ったもんだ。だが、それでもやっぱり俺は幸運だ。カスみたいな確率を引き当ててこうして逃げ切られる前に捕まえる事ができた」

 

「どうして……」

 

 声を震わせながらの問い掛け。

 唐突すぎる状況に思考が鈍化し、私自身も何を問いたかったのかがわからなかったその一言に傷跡男が大きく口角を歪める。

 

「育ちの悪いガキが逃げ込む先なんてだいたいはスラムの奥まった場所だってのは人間撃って金稼いでるような奴だったら誰でも思い付く。多少なりとも機転が利くようだが、お姫様の騎士をするにはちょいと経験が足りなかったな」

 

「まぁ、それでもこうやってウッカリ逃がした後にまたすぐ捕まえれるのは幸運としか言えねぇやな」

 

「え、あっ──」

 

 背中のすぐ後ろ、それも湿った吐息を耳元で感じるほどの近さから浴びせられた言葉に嫌悪感を覚えるよりもはやく、腕を強引に引かれたと思ったら即座に足を払われながら押されて地面へとうつ伏せに倒される。その唐突に次ぐ唐突に抵抗する発想も無いまま、私という支えを失ったトラも地面へと崩れ落ちるのをただ目にするだけだった。

 

「よぉ、お姫様。今度こそ逃げるのは無しだ、諦めろや」

 

 どす。と、重い音が鳴って腹部と背中の人工筋肉が衝撃を受け流す時特有の瞬間的な脈動。直後に噎せかえるほどに強くすえた体臭と湿った吐息が私の背中の上、すぐ耳元から垂れ流される。

 もしかしなくても、傷跡男と行動を共にしていた小太り男が私にのし掛かかり、耳許でおぞましい言葉ばかりを吐く口を動かしているのだろう。

 鈍化しすぎてほとんど止まっていた思考でも相手がこの小太り男だと気付いてしまうほど、私はこの臭いと声に嫌悪感を抱いていたらしい。

 

「へっへ、なぁダチ公。見ろよこれ、たまんねぇな」

 

「どうしたダチ公。大金が目前なのが嬉しいにしても何をそんなに興奮してんだ」

 

「このツラ、とんでもなく俺好みの化粧だ。本当なら俺らの想像が付かねえほどに大事にされてるようなお姫様がよ、まるで拷問されたみてえな顔に化けてやがる」

 

 耳許でのおぞましい声の後に、臭くて生暖かい何かが水気の多い粘り付くような音とともに私の頬を這うように動いた。

 気持ち悪い。ただそれしかわからない。

 

「へっへ、げへっ、これがお姫様の味か。なにされたのかもわかって無い顔しやがって、たまらねぇや!」

 

「そこそこ付き合い長いせいかサディストなのは知ってたがよ、そこまで拗らせてたなんて知らなかったぜ」

 

「もう辛抱できねえ、興奮し過ぎてチンポコ爆発しそうだ。なぁ、ここで一発楽しんでいいよな? こんなに興奮したままゆっくりできるアジトまで連れ帰ったらこのお姫様を金に変える前にブチ壊す事になっちまうよ」

 

「そいつは困るな……。あんまりチンタラしてても他の同業者にでくわしたら面倒だ、10分で済ませてくれや」

 

「ダチ公が寛大過ぎて涙が出てきそうだ、そんだけあれば今の俺なら3回は天国にイケちまう」

 

 私やトラと同じ言語を使っているはずなのに、傷跡男と小太り男が話している内容は私にはほとんどわからなかった。

 だけど、彼らがどうしようもなくどうしようもない話をしている事だけをほとんど停止した思考の奥にある本能のような部分でだけ理解する。

 

「その間に俺は勇敢な騎士殿に殉職してもらっておくぜ」

 

 小太り男が私の纏うボロ布を引きちぎるように剥ぎ取ったのと同時に、傷跡男がずっと片手で弄びつづけていた拳銃の先をうつ伏せに倒れたままのトラへと向ける。

 

「あ、だめ、やめて」

 

 まだ、私の思考はどうしようもなく鈍いままだけど、傷跡男がこれからしようとしている事を私は心の芯の部分から拒絶していて、ただ恐怖と焦りのまま口から息切れのような言葉が飛び出る。

 

「なぁ小僧、俺の言うとおりに寿命は縮んだな」

 

「おねがい、やめて!」

 

 バキッ。と、堅いものと堅いものがぶつかる音がした。

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